三人の旅路8
薄い青色の生地に鮮やかな桜が描かれている小袖に着替えた玲が部屋に戻って来るとほぼ同時くらいに夕餉が準備できたとの案内が来た。
食堂として使われている広間に行くと既に卓に料理が並んでいた。
料理は野菜と味噌がたっぷりの猪汁、炭の香りが残っている鹿肉の味噌焼き、焼き豆腐の田楽、大根・里芋・牛蒡の煮物、白飯に香の物であった。
今日朝から何も食べていない景狼は待ちきれず、猪汁を啜った。
味噌と焼いた猪肉の香と野菜の甘味に景狼が大きく息を吐く。
「うまいな」
隣に座る景狼が美味しそうに食べるのを見て玲も箸を取った。
「そういえば今日は何も食べてなかったですね」
玲が呟く。
「そうでござるな。拙者も先ほどの店で食べただけじゃな」
新次郎が笑った。
「こんなうまいもの食べれるなら構わん」
景狼が白飯を掻き込む。
「景狼殿もこれだけ召し上がれるなら、もう安心じゃな」
向かいに座る景狼の食べっぷりを見て言った。
「新次郎様、食べる時は黙ってではありませんでしたか」
玲がからかう様に言った。
「いや。もう言わんでくれ。話しながら食べるのは…楽しい」
「そうですよ。食べることは楽しいのですからね」
玲が牛蒡を口に運ぶ。
三人の他にも数組の客はいた。
三人が食べていると、他の客の会話が聞こえてきた。
「何処から来たのかのう」
「わたくしどもは京からですわ」
「京も大変じゃろう」
「そうさのう。織田様が来て、何もかも変わってしもうた」
「どう変わったんじゃろう」
「楽市楽座で昔からの商いは難儀ですわ」
「それと新しい将軍様のための城普請もあって金が飛んでいきますわ」
「それじゃ京には仕事が多いのじゃろか」
「仕事はあるが住むところがあらへんわ」
「奈良は今どんな塩梅かね」
「奈良は相変わらずじゃよ」
「この頃は松永様も年貢を上げておるのじゃ」
「松永様といえば織田様が頼りにしてるっちゅう話ですな」
「それじゃよ。織田様の勢いもあって筒井様を一気に潰そうと兵の補充で年貢が上がっておるのじゃ」
「それに大仏様と南都様の再建でそれ以上の御布施が言われてるのじゃ」
「とてもやっていけんのじゃ」
「松永様派手に燃やしたからのう」
「あれは三好様の手の者がやったと聞いてはいるが、誰がとかは関係ないからのう」
「それじゃ百姓なんかは食えないのではないか」
「そうさな。難儀しておるじゃろうのう。摂津や播磨あたりからえらい人買い来てるって話じゃて」
「何でも女、子供が狙われてるという話だわ」
「明日は我が身じゃな…」
「…じゃな」
「新次郎様、年貢とは重いものなのですか」
玲が濃い茶を飲みながら聞く。
「重いものじゃ。拙者ら柳生も里の者から年貢を受け取る。それを幾分か松永様へ納めるのだが」
「年貢が家によって違っておる。あるところだと5割のところもあれば、6割のところもある。柳生は今4割というところじゃ」
「民から年貢が無ければ拙者らは戦どころか生きてもいけん」
「じゃから民が多ければ多いほど豊かになるのじゃ」
「じゃがそれだけでは済まぬ」
「城を直し、兵を増やすには金子がいる」
「戦が近付けば、その分民の負担が重くなる」
「ここ奈良は治めるのは松永様じゃが、寺がある」
「奈良では寺への御布施も民の務めとなっておる」
「東大寺、興福寺と寺ごとに御布施がある」
「じゃから奈良の民は苦しいのじゃ」
「黒峰は違うのか」
「わたしは知らないですね。若君は」
「黒峰は狼じゃ。群れの頭じゃ。群れが食えるようにするのが頭じゃ」
景狼が応えるが玲には聞いたことに応えられたのかわからなかった。
「皆で狩りをし、畑を耕しておりますので、そのようなものは無いと思います」
「儂はもう眠くなったのじゃ」
景狼が大きく欠伸すると立ち上がった。
「では部屋に戻るとするか」
新次郎も立ち上がる。
「そうですね」
三人とも揃って部屋へ戻った。
部屋に戻ると、ひんやりとした行灯の光の中、白い布団が浮かび上がった。
敷布団の上に掛布団と綿入りの小袖が畳んである。
玲が襖を開けると一人分の布団が同様に敷かれてい
た。
「明日は松永様に手形を御礼を申し上げるゆえ、もう休むとしよう」
新次郎がそう言うと二人も眠りに入った。
行灯の光が消え入りそうな頃、外から喧騒が聞こえてきた。
先ず目覚めたのは景狼だった。
起き上がると離れのドアを開けて出て行く。
離れを出るといよいよ喧騒が大きくなっていた。
門の近くに宿の男が立っていた。
「ここは大丈夫なのでおやすみになってください」
「こんな夜に何の音じゃ」
「食えなくなっている百姓が店を襲っとるんです」
「ここんとこ毎日のことでございますよ」
宿の男が特段慌てた様子もなく、そう応えた。
景狼が門に手を掛けると、宿の男が言った。
「お客人、捕まるかもしれませんぜ。止めておきな」
景狼は構わず、外へ出た。
宿の前の米問屋の前で10人を超える男が騒いでいる。
よく見ると子供や女姿もあった。
男たちは農具を振り翳している。
「早う、蔵を開けろ!」
「このままじゃ保たん!」
「嬶や子に食わせてくれ!」
男たちが口々に叫んでいる。
何かが壊される大きな音が起こった。
男たちの声が今まで以上に大きくなる。
米問屋の蔵の扉が壊された。
「疾く運べ!」
「次は儂の番じゃ!」
「それを持って行かれたら、わたくしどもが年貢払えなくなってしまうわ」
男たちが蔵から順に俵を持ち出して行く。
それを遮ろうと店の若い衆が男たちが襲いかかる。
後から横入りしてくる男もいて収拾がつかなくなっていた。
店の若い衆が男たちの周りにいる女・子供にも容赦なく棒で殴る。
「危ない!」
棒が振り下ろされそうな少女の身体を抱えて玲が転がった。
景狼がすかさず玲の背後に立つ。
「景狼、これは何なのじゃ」
新次郎も来ていた。
「儂にもわからん」
「ただ不味いようじゃ」
景狼が前で行われている争いを見やった。
「お前らも仲間か」
若い衆が少女を庇った玲に向けて歯を向く。
今は新次郎も刀を差していない。
景狼も無論素手である。
玲は少女を自分の背で隠す。
「こんな小さい子を叩こうとするなんて」
玲が怒ったように言う。
「盗人猛々しいとはこの事じゃ。盗む方が悪いのじゃ」
若い衆が唾を吐く。
「盗む…」
玲が少女を見る。
少女は震えていた。
「わかったらどいてくれ」
「でもこんな子を…」
「もう大丈夫だ。これで食べれるぞ」
俵を担いだ男が少女のところにやってきた。
「それを返せ」
若い衆が男の方に向かうと、玲も男と若い衆の間に立った。
「少しでも分けられないですか」
玲が若い衆言う。
「一人に分けたら何も無くなるわ」
今や誰もが当事者となっていた。




