三人の旅路7
景狼が気が付くと、宿に移った方がよいということで胤栄紹介の「三笠屋」に宿を取った。
「三笠屋」は井筒屋からだいぶ離れてはいるが逆に静かな場所だった。
向いに米問屋などの問屋が並んでいる。
「ここは数少ない湯船のある宿じゃ。ゆるりと休めるじゃろう」
そう言って笑いながら胤栄は去って行った。
「この者は病み上がりゆえ、そのつもりで」
そう宿の主人言い残すと、玄庵も去って行った。
景狼、玲、新次郎は離れの一室に通された。
畳敷きで板の間で比較的広く、襖で部屋が区切れるようになっている。
「こんな部屋見たことござらん」
新次郎が部屋を見回して言う。
「畳が敷かれているお部屋はわたしも初めてです」
「平楽寺では一部が畳でした」
玲が畳を触って言う。
景狼は早速畳に寝転んでいた。
「お湯が沸いております。どうぞ温まってくださいませ」
宿の者が知らせに来た。
宿の者から人数分の手桶と手拭い、糠袋を受け取る。
「こちらをお使いください。使い終わったら湯殿に置いておいてくださいませ」
「湯殿は中庭の建物もございます。湯煙が上っているのでおわかりになるかと」
「それではごゆるりとお過ごしくださいませ」
そう言うと宿の者が頭を下げて部屋を出て行った。
「若君から先にいただいてください」
いつも景狼が背負ってる背負子の中から荷物を取り出しながら玲が言った。
「わかった。新次郎、参るぞ」
景狼が起き上がる。
「景狼、待ってくれ」
新次郎が自分の背負子から風呂敷で包んだものを取り出し、景狼に渡す。
「これは母上からじゃ」
景狼が風呂敷を解くと、柿渋がかった朱の小袖が現れた。
「叔父上が買ったものじゃが使っておらんかったようじゃ。母上が景狼にと」
新次郎が自分の小袖を取り出す。
「若君、見せてくださいませ」
景狼が玲に渡す。
玲が小袖をまじまじと見る。
柿渋がかった朱の生地に黒い山々の稜線が描かれている。
まるで夕焼け時の山々のようだ。
「きれいです。若君にお似合いです」
玲が嬉しそうに景狼に小袖を返す。
「そうか…忝ない」
景狼が新次郎に頭を下げる。
「とんでもござらん。ささ、参りましょう」
景狼と新次郎が連れ立って部屋を出る。
湯殿はすぐに見つかった。
三人の部屋から湯煙を出す建物が見えていた。
建物に入ると濛々とした湯気に覆われる。
湯殿は入口近くに棚があり、奥に湯船が置いてある。
湯船の前には石が置かれている。
床は板張りであった。
「これは何じゃ」
新次郎が湯船を見て驚く。
「風呂じゃ」
景狼が着ているものをどんどん脱いでいく。
「拙者はこんな風呂知らんぞ」
「これが風呂じゃ」
「昨日のは風呂ではないわ」
景狼は全て脱ぎ去り裸になると、糠袋と手桶を持って石に座る。
「早く来い」
景狼が新次郎を呼ぶ。
「ああ」
新次郎も着たものを脱ぎ、褌だけの姿になると同じように糠袋と手桶を持って石に座ろうとする。
「それも外すのじゃ。風呂は何も着けず入るものじゃ」
「え。何も付けずにでござるか?」
「そうじゃ。汚れるじゃろう」
「何がでござる」
「湯に決まっておろう。早くせい」
新次郎は言われたまま褌を外して石に座った。
顔が羞恥で赤くなっている。
「儂の真似せよ」
景狼が手桶で湯船の湯を掬い身体を流す。
少し残った湯を湯桶入れ、糠袋を揉んだ。
糠袋で全身を擦った後、手桶で湯を掬い、全身を流した。
「こうやるのじゃ」
景狼は満足そうに言うと、湯船に浸かった。
新次郎も同様に身体を洗うと湯船浸かった。
「熱い…」
「それがよいのじゃ」
最初熱く痛い感じがしていた新次郎であったが徐々に熱さに慣れてきて、穏やかな表情になっていた。
「これは凄いものじゃな」
新次郎が嬉しそうに言う。
「風呂は最高じゃ」
景狼が笑う。
「拙者、このような風呂は初めてじゃ。景狼はどうなんじゃ」
「黒峰じゃこれが風呂じゃ。山の中に湯があっての、いつでも入れるのじゃ。狼も入っとる」
「狼も!?」
「ああ。一緒に入ることもあるわ」
「恐ろしい所じゃ…」
新次郎が呟いた。
柿渋がかった朱の小袖を着た景狼と紺色の小袖を着た新次郎が部屋に戻って来た。
「若君、新次郎様。お似合いでございます」
「お風呂、どうでしたか」
玲が二人の姿を見て手を叩いて喜んだ。
「それはもう。拙者初めてじゃったが、あれは良きものじゃ。熱かったが」
新次郎が言う。
「あれが風呂じゃ。熱かったが」
景狼が寝転ぶ。
「ではわたしもいただいてきますね」
玲が楽しそうに笑うと小袖と風呂の道具を持って出て行った。
湯殿の建物に入ると、湯船に指を入れる。
「熱い!お二人の言ったとおりですね」
玲は指を振ると棚の前で着ているものを全て脱ぎ去ると一糸まとわぬ姿で手桶で湯を掬うと石を濡らす。
身体を流した後で糠袋を湿らせた。
「先ずは汚れを洗い流さないとですね」
糠袋で全身くまなく汚れを洗っていく。
手桶で洗い流すと湯船に浸かった。
「熱いけど…気持ちいいです」
「霧生から阿保。阿保から比自岐。そして平楽寺」
「若君と一緒に旅しました」
「阿保では冴とも知り合いになりました。初めての知り合いです」
玲が嬉しそうに笑う。
「それから月ヶ瀬から笠置を通って柳生へ」
「新八さんの案内で舟乗りましたが、怖かったです。今でも思い出します」
「柳生では皆さんよくしてくれました。松吟庵様があまりにお綺麗で驚きました」
「あんな方が本当にいるなんて」
「そして石切場の峠から地獄谷を通って奈良へ」
「若君が倒れられた時は、もうどうしてよいのかわかりませんでした」
「わたしも若君を助けられるようになりたいです」
「明日はいよいよ京へ参ります。母上の言われた場所も残り一つです」




