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狼の時代  作者: 閃紅
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二人だけの旅路1

黒峰の里は伊勢国と伊賀国の境界である霧生にある。

霧生は布引山地にあり、昔から白い霧が山に立ち込める様子を「布を引いたようだ」と言い表したことから付けられたと言われている。


景狼と玲は朝靄の中黒峰の里を出発し、崖道を下って行った。

霧生は標高500メートルで、麓の阿保(あお)は150メートルなので峻厳な山道ではあるが、黒峰の者にとっては庭同然なので難なく駆け下りる。


「若君、見てください」

霧生の崖道を下る玲の声に、景狼が顔を上げる。

朝霧の向こうに、広い盆地が見えた。

伊賀盆地である。

阿保の町が見えている。

「あれが阿保の町です」

「ここ伊賀で大きな町の一つです」

「西の奈良と東の伊勢を結ぶ初瀬街道が通ってるので人が多く集まります」

「お伊勢さんに向かう人も多くいていろんなお店があるそうです

「宿や茶屋も多いそうです」

「母上に言われてるので少し寄りますね」


阿保の町に向かう2人の表情は正反対である。

景狼の方は大きな身体を丸めてとぼとぼ歩いている。

玲の方は雲一つ無い空を見上げて笑顔で足取りも軽い。

景狼の方が足は長いが、後を付いてくる形になっている。

その差はどんどん開いていく。

時折振り返るためだ。

「もう、若君!」

「いつまでいじけてるんですか」

「今日は上野まで行かないといけないんですから」

玲が振り返り、景狼の手を引いていく。

「儂は行かん。上野など知らん」

「白狼が見送りに来てくれなかったのじゃ」

「父上と母上に約束したじゃないですか」

「ちゃんとお役目果たす、って」

「約束…守らないのですか、若君は」

「そんなんだから白狼見送りに来ないんですよ」

「約束は…守らねばならん。それが黒峰じゃ」

「なら行きましょう」

「早くお役目終えて、一緒に帰りましょう」

「ね」

玲が景狼の俯いた顔を見上げる。

顔を上げた景狼の目に、微笑む玲の顔が映った。

いつも助けてくれてる玲の笑顔だ。

「儂、行く」

「玲、ついて来い」

「儂が守るんだから」

今度は景狼が玲の手を引いて行く。

玲が小走りになっていた。

「そんなに急がなくても大丈夫ですよ」

玲が笑いながら言うが、景狼の耳には入ってはいないようだった。


馬のいななき、商人たちの威勢のいい声、旅芸人が鳴らす拍子木の音、そして他国の美味そうな食べ物の匂いが充満している。

玲は嬉しそうに辺りを見渡すが、景狼は人を見る度に肩を強張らせた。

「若君、凄いですね」

「こんなに人はいるのか…」

2人は町を巡った。

人に近づく度に景狼が立ち止まるので、必然的に玲は景狼と手を繋ぐようになった。

景狼が身体も大きく、剣呑な雰囲気なのでジロジロ見られている。

「あれは何じゃ」

「何ですか」

景狼が指出す方向には小高い丘に立つ砦があった。

「あれは阿保城です。あそこは隣の国のお偉いさんがいるそうです」

「ここは伊賀ではないのか」

「伊賀なのですが、伊勢の国の人が治めてるんです」

「縄張りを侵してるってことじゃな」

「それは許せん」

景狼が阿保城に向かって走り出そうとする。

玲が力いっぱい手を引くが引きずられて行く。

「若君、待ってください」

玲が叫んでも一向に止まらず、引きずられて行く。

周りの者も大声を出す玲とそれを引きずって行く大きな男の構図が怪しいものに見えたのか、騒ぎ出した。

その騒ぎで町にいた犬が吠え出す。

景狼が犬のところまで行く。

「町にも狼がいたんだ」

「白狼来れたじゃないか」

「若君、それは犬です。狼じゃありません」

「それに白狼の大きさと違うじゃないですか」

景狼は肩を落として俯いている。

玲は大きく溜息をついた。

「疲れました、休みましょう」

いよいよ人の世界へ踏み出した景狼です。

阿保の町は調べると伊賀では大都市だったらしく、北畠氏の重臣が治めていたので、演芸とかもあったらしいです。

そういうのも出したかったですね。

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