二人だけの旅路2
「団子と白湯を二つ。団子は醤油と味噌で」
玲は注文すると、懐から地図を取り出した。
何やら書き込まれている。
少しボロボロになっている。
「それは何じゃ」
景狼の問いに玲は微笑んだ。
「これは若君に世間を教えるものです」
「世間?」
「そうです。今まで若君は霧生から出ていません。つまり霧生しか知らないのです」
「ですが霧生の外は広いです。それも死ぬまで歩き続けても端っこまで行けません」
「これを見てください」
「これは地図です。ここには伊賀国と、お隣の大和国、伊勢国が描かれています」
ボロボロの地図には中央に伊賀国、右に伊勢国、左に大和国、上に近江国が描かれている。
「この伊勢国との境にある山が布引です」
「この布引の横にある赤い点が霧生、黒峰の里です」
玲が伊賀の南東の小さい赤点を指出す。
「そしてこの赤い点の上にあるここが、ここ阿保です」
赤い点から指を少し上にずらし、別の点を示す。
「こんなに小さいのか、霧生は!」
景狼が叫んだ。
「若君、お静かに」
「そうです。世間から見れば黒峰はこんなものです」
「というより、この小さな点が集まったのが世間なのです」
「わたしたちも世間なのです。世間という群れの中にいるんです」
「儂たちも世間なのか」
景狼が呆然として呟く。
「そうです」
「そしてこの小さな点それぞれで違う生活があります」
「黒峰は狼と一緒に生活していますが、他の点では馬と一緒に生活をしているところ、鳥と生活しているところ、人だけのところ、いろいろです」
「だからその点に行くならそれを認めないといけません」
「黒峰に来るなら狼が一緒にいることを否定してはいけません」
「逆に狼が一緒にいないところへ狼と一緒に行くことを強いるべきでは無いのです」
「それは縄張りを侵す、ことです」
「縄張りを侵す…それはいかん!」
「若君、お静かにしてください」
「お待たせしました」
茶屋女が団子と白湯を載せた盆を持ってきた。
玲が茶屋女にお金を渡す。
「綺麗…」
玲が茶屋女を見ると、呟いた。
「え」
茶屋女が玲のストレートな褒め言葉にドキリとした。
「あ、ありがとうございます」
茶屋女が玲を見ると目が輝いている。
「母上お綺麗ですが、貴女凄く綺麗です」
「お客さんもお綺麗ですよ。肌も白くて」
「わたしなんか山の者なのでとんでもないです」
「あら?お客さんは山から来られたんですか」
「はい、布引から」
「それはまあ大変でしたね」
「あそこは時々狼も出ますし、危なくはなかったですか」
「狼は誰も襲わん!」
団子を食べていた景狼が叫んだ。
滅多なことで驚かない茶屋女でも驚いた。
「そうなのですね、すみません」
茶屋女が頭を下げる。
着物から胸が零れそうだ。
「若君、先ほど言ったじゃないですか。強いてはいけません、って」
玲の言葉で景狼が不貞腐れた表情をする。
「こちらが不作法でした。申し訳ありませんでした」
今度は玲に向かって頭を下げる。
「大きい…母上よりも」
玲の目が茶屋女の胸元に止まった。
「え」
茶屋女は玲の視線が自分の胸にあるのを感じた。
「お客さんはお伊勢参りですか」
「いえ、京へのお使いになります」
「京ですか…こちらからでは遠回りでは?」
「途中でいろいろ寄る所がありますので。阿保もそうですが」
「阿保も、ということは初瀬街道を奈良へ行かれるんですか」
「いえ、北へ平楽寺に寄ってからです」
「平楽寺というと、この先の比自岐峠を越えるんですか。それは大変ですね」
「はい」
「比自岐峠は休める場所が少ないので、ここでゆっくりお休みしていってください」
茶屋女が微笑むと、二人の元を離れて行った。
玲が自分の分の団子に口をつける。
焦げた味噌味が口いっぱいに広がる。
「凄い綺麗な女の人だったな…母上とは違う大人の人だった…」
「玲も大人じゃろ、髪上げ終わってるのじゃから」
「そういう意味じゃない」
「わからん」
「もう…わたしもあんな人になりたいな…」
玲は自分の膨らんでいる胸元を見下ろすと溜息をついた。
「布引…」
「あの身体の大きさ…」
「兄妹のような…」
「そして狼への異常反応…」
「なるほどあれが黒峰の景狼殿ね。ということはあの子は玲か」
「京へ向かうのに…わざわざ平楽寺…」
「そういうことね」
「景狼殿も魅力的だし、玲も素直ないい子だし…楽しくなりそうだわ」
店の奥から2人の後ろ姿を見ながら茶屋女、多羅尾冴は艶然と微笑んだ。
冴さん?登場です。
所謂くノ一です。
本当は伊賀くノ一として出したかったのですが、多羅尾なので甲賀五十三家の多羅尾光俊血筋になります。
何故影の軍団Ⅲは多羅尾半蔵という伊賀忍者にしたんだろう。
柘植新八は柘植なのでいいのだけど。




