三人の旅路3
剥き出しの巨岩が牙のように連なる切り通しの傍らに、その小さな茶屋は張り付くように建っていた。
丸太を組んで筵を垂らしただけの粗末な掘っ建て小屋の前で三人は腰を下ろしていた。
玲が竹筒の水を飲みながら、周りの巨岩を見渡す。
聳え立つ岩壁には、まるで巨大な怪物の爪痕のように、縦横無尽にノミの彫り跡が残っていた。
そして割られた岩の断面には、規則正しく並んだ「四角い穴の列」がそのまま生々しく残されている。
また途中で斜めにひび割れているものも転がっている。
中には岩をくり抜いて中に石仏も安置されている。
「この石は何でございますか」
玲が新次郎に視線を移す。
「拙者もどうしてこのようなものが出来たのかわからん」
新次郎が首を振った。
「儂でよければ話をさせてもらってよいかのう、旅の方々」
筵の奥から老爺が出てきた。
「是非教えて下され」
玲が老爺の顔を嬉しそうに見た。
老爺も笑うと説明を始めた。
「儂は長い間ここにおるので見てきた」
「ここは石切場じゃ」
「ここにある岩を切って南都の寺や城を造るのですじゃ」
玲が周りの岩を改めて見る。
「お爺さま、どのように切るのでしょう」
「拙者も知らぬが、岩を斬る技があると聞いたことがあるが」
「お武家様、刀じゃ折れるだけじゃ」
「ほれ、あそこに穴が並んでるであろう」
老爺が規則正しく並んでる穴を指差す。
三人がその方向を見る。
「あの穴に木の杭を打つのよ」
「岩に杭が入ったら水をたんと掛けるのじゃ」
「そうすると岩が割れるのじゃ」
玲が立ち上がって穴を近くでじっと見ると老爺に振り返った。
「どうして割れるのでしょう」
「儂もわからん。ただうまく割れない時もあったのじゃ」
「岩が思わぬ方へ割れてのう。潰されて死んだ者も何人も見てきた」
「じゃからこの辺りには石仏もたんとあるのじゃ」
老爺はそう言い残すと戻っていた。
「お爺さま、お話ありがとうございました」
老爺が振り返り、笑うと筵の奥に消えていった。
「こんな岩を割るとは…」
新次郎が巨岩を見上げる。
「木を打って、水をかけるだけで割れるとは……わかりませぬ」
玲が呟く。
「これを見ればそうなのだろう。昨日のあの川なら岩を削ることは出来るじゃろうが」
「岩を割るのに死ぬのはなんでじゃ」
景狼が眉をひそめる。
「お爺さま、世話になりました」
玲が筵の奥に声をかけると、丁寧に頭を下げた。
「この先は地獄谷じゃ…気をつけるんじゃぞ」
老爺の声を背に三人は立ち上がると、歩き出した。
石切場を抜けた直後、街道は突如として途切れ、目の前は垂直に近い岩と泥の崖になっていた。
周りが鬱蒼とした木に覆われ、底を見ることが出来なかった。
荷物を背負ったまま前を向いて下りれば、斜度と荷の重みで前にひっくり返り、奈落の底まで真っ逆さまに転落しそうである。
後ろ向きに草履の先で慎重に下の足場を探る。
凍てついた木の根に指先を引っかけ、必死に体を支えながら一段ずつ這うように下りていく。
途中なだらかな下り坂になると少し休みを入れ、三人は無事下りきることが出来た。
そこは左右に山肌が聳え立ち、春日山の巨大な森が頭上を覆っている。
ジメジメとした泥の小道の脇を能登川が激しい勢いで流れている。
その川面から白く重い川霧となってドロリと湧き立ち、三人の足元を包み込んでいく。
川の轟音のせいで、周囲の藪のそよぎすら聞こえない。
行く手の白い霧がふっと裂け、川べりの泥の上に佇む巨大な石影が姿を現した。
苔むしたお地蔵様――『首切り地蔵』であった。
玲の目が開かれる。
「こ、こ、これは…」
「まさしく地獄じゃ…」
新次郎が呟いた。
「何ゆえ、首が無い…」
景狼がまじまじと見る。
首切り地蔵を過ぎると、地獄谷の底はさらに狭まり、切り立った岩壁の淵を沿うような崖道へと変わった。
右手には逃げ場のない巨岩の壁が聳え、左手のすぐ真横では、能登川が狂暴な白波を立てて岩を噛み続けている。
数歩よろければそのまま冷たい濁流に落ちるほどの近さである。
三人は、飛び散る川の飛沫を浴びながら、滑る泥の足元にただ神経を尖らせて進む。
川の轟音のせいで足音すら聞こえない。
最後の心臓破りと呼ばれる急峻な泥の斜面を草履の先で踏み締めながら、一気に下りきる。
新次郎が慎重に下りて行くところを、景狼と玲はまたしても文字通りに飛び降りた。
足元がゴツゴツとした岩や川の石が転がる平らな地面に変わった。
横に流れていた能登川が蛇行して前を塞ぐ。
三人は浅瀬を見つけて渡った。




