三人の旅路2
街道の先には高い石垣が聳えていた。
街道は石垣を大きく迂回するように続いている。
「少し寄らせてもらってよいか」
「ここは円成寺と言って松永様側が護っておる」
「我が柳生もここにおるので挨拶をしたい」
新次郎が壁を見ながら言う。
「構わないと思います。若君」
玲が景狼の顔を見る。
景狼が頷く。
「忝ない」
新次郎が頭を下げて左側に見える池の側を歩いて行く。
景狼が右を向くと、風に揺れる生垣の向こうに、枯れた楼門がぽつりと孤立して建っていた。
楼門を囲う強固な壁はなく、門を避けて入ることも可能に見える。
「新次郎様、あの門は何のためにあるのですか」
玲が先に歩く新次郎に尋ねる。
「門を避けて入ろうとする者こそ怪しまれる。」
「見えぬところに監視がおる。」
楼門の2階の薄暗い窓から覗いている気配を景狼は感じられた。
「いるな、気持ち悪さが見えてくる」
景狼が窓の方を見ながら呟いた。
「わかるのか」
新次郎が驚く。
「こちらに向けた気持ち悪いものだけじゃが」
「若君はそういうものがわかるのだそうです」
「それは凄いのう」
池の辺に前を歩いていた商人が腰を下ろしている。
木の樋からチョロチョロと流れ出る水を竹筒に入れている。
寒さで水受けの石鉢の周りには氷柱が下がっていた。
池を回ると橋を渡って池を縦断する。
朝日に池に張った氷が反射する。
楼門に辿り着くと、新次郎が声を張った。
「拙者、柳生新左衛門が一子柳生新次郎厳勝と申す」
「見舞いに参った」
「暫しお待ち下され」
門の奥から声が掛かる。
門が開くと、白地に「春日大明神」墨の文字が書かれただけの幟を携えた足軽が数人立っている。
「柳生新次郎じゃ」
新次郎は名前を告げると、手形を見せる。
足軽は確認すると、手形を返す。
「そっちの二人は」
足軽が景狼と玲を見る。
「手形を」
新次郎が促した。
景狼と玲が手形を渡す。
足軽が手形を見ると、ガタガタ震え始めた。
「これは弾正様の手形…ご無礼仕った」
足軽は膝をつくと二人にそれぞれ手形を返した。
「何処の家のご家来衆か」
新次郎が幟を見る。
「これは新次郎様、福住でござる。本日は福住の番なれば」
足軽が立ち上がりながら応えた。
「おお、祖母の家の方たちか…福住の叔父殿は息災でござるか」
「順弘様は福住の館にて大層お元気でおられます」
「それは重畳…叔父上に宜しくお伝え下され」
「これは柳生で採れた串柿と酒じゃ。山の上は冷たかろう。温まってくれ」
新次郎は背負子を下ろすと、縄で括られた見事な串柿の束と酒の入ったいくつかの壺を足軽たちに渡した。
「これは見事なものを…皆で相伴に預からせていただきまする」
足軽が揃って頭を下げる。
「新次郎様、中へ入られまするか」
「景狼、玲、中へ入るか」
「今日のうちに奈良の町に着かねばなりません」
玲が応える。
「では今日のところはこれで」
「お役目大儀じゃ」
新次郎が足軽たちに頭を下げる。
足軽が頭を下げる。
「では参るか」
新次郎を先頭に踵を返すと、街道へ戻る。
途中橋を渡った後、振り返ると未だ足軽が頭を下げているのが見えた。
門の裏側が見える位置に来ると景狼は呟いた。
「あの気持ち悪いものが無くなったな」
街道に戻ると石垣を見ながら先へ進んで行く。
「どうしてこのような壁で囲むのですか」
玲が尋ねる。
「ここから東は我が柳生や福住があるのと、更に先には伊賀、山城、近江に繋がっておるからじゃ」
「ここを取られれば松永様と我ら大和の豪族は切離される」
「円成寺は奈良の寺と仲が良くないのじゃ」
「お寺同士で争うのですか」
「寺は土地も多く持っておる。豪族より金も米もある寺も少なくない。」
「その金や食料で豪族を助けたり、自ら兵を集めたりして戦うのじゃ。」
「どうしてそこまで戦うのでございまするか」
「それは拙者にもわからん。ただ自分の土地を守るためだと思っておる」
街道は山道へ入り、上り坂となっている。
鳥の声と自分たちの足音だけがしている。
誰も口を開かなかった。
新次郎はいつでも鯉口を切れるよう、手を携えている。
景狼と玲はただ一つの音も逃すまいと無表情で歩き続ける。
途中集落などを見掛けるが一切音がなく、人がいる気配が無かった。
三人は無言で通り過ぎる。
やがて上り坂の頂点に差し掛かると、茶屋が見えてきた。
「借りるぞ」
新次郎は茶屋の中に声を掛け、銭を渡した。
「ここで休むとしよう」
新次郎が茶屋の近くで腰を下ろす。




