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狼の時代  作者: 閃紅
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三人の旅路1

翌日朝靄の中、景狼と玲の姿は柳生屋敷の門の前にいた。

新次郎が出てくるのを待っている。

新次郎は新左衛門、栄厳、鍋に囲まれて何か渡されたり、話している。

景狼は欠伸を噛み殺しながら、屋敷の奥に見える城を眺めていた。

玲はボロボロの地図を見ながら何やら呟いている。

「行ってみたかったのじゃ」

景狼の小さな呟きは玲の耳に届いたのか、驚いて顔を上げる。

「何がですか」

「あれじゃ」

景狼が屋敷の奥に見える朝靄の中に聳える柳生城を指差した。

「ああ、お城ですか。入りたかったのですか」

「入りたかったのじゃ。あんなもの見たことなかったのじゃ」

「若君が気になるなんて珍しいですね」

景狼は暫く城の方を見ていた。

玲もまた地図に戻っている。


「お待たせいたした」

新次郎が門の外に出てきた。

新左衛門、栄厳、鍋が続く。

「景狼、何をみておったのじゃ」

新左衛門が自分の後方を見ている景狼に声を掛ける。

「あの城じゃ」

景狼の答えに新左衛門が振り返る。

「あの城は普段は空じゃ」

「敵が攻めてきた時だけ民を入れ、戦う」

景狼が頷く。

「道中大事に。手形無くすでないぞ」

新左衛門が言う。

「筒井の残党や野盗も多い。常に備えよ」

栄厳。

「また来てくだされ。これは休みの時にでも」

鍋が風呂敷包みのもの玲に渡す。

「世話になった」

景狼が頭を下げると歩き出した。

「お世話になりました」

玲が一人一人に頭を下げ、景狼を追う。

「では父上、母上、栄厳様。行って参る」

新次郎が引き締めた顔でそう言うと、二人の後を追う。


柳生屋敷を出て坂を下り、中宮寺へ向かう坂道の前で松吟庵が志柳と共に立っていた。

「景狼、玲、新次郎。己の目で見て、耳で聞いて、そして考えよ」

「日ノ本はお主たちが思う以上に大きい。その分複雑よ」

「いろいろな人がおる。それを忘れるな」

松吟庵はそう言うと合掌した。

景狼が頷く。

「松吟庵様、志柳様。忝のう思いまする」

玲が頭を下げる。

志柳が微笑む。

「叔父上、行って参りまする」

新次郎が松吟庵に頭を下げる。

「先ずは見よ。そして考えよ。それが新次郎の剣を広げる」

「叔父上のお言葉、ゆめゆめ忘れませぬ」


柳生街道を西に向かって行く三人の後ろ姿を見送り、松吟庵が呟いた。

「京か…一度は行ってみたいものだな」

「松吟庵様がそういうとは」

「志乃。お主は京へは行ったことあるのか」

「ずっとご一緒なのでございますから、お知りでしょう」

「そうじゃったな」

「この歳ではもう難しいかのう」

「いえ。未だ未だでございます」

「夜もお働きになっておられるくらいなのですから」

「知っておったのか」

志柳が笑った。

「京に行くのもよいな」

「その時は…」

「無論じゃ」


霜の降りた泥濘んだ道を、三人は足音を立てながら歩いて行く。

上り道だが、三人は難なく歩いて行く。

新次郎は巨岩に彫られている地蔵の前で立ち止まると祈る。

「新次郎様、これは何ですか」

玲が尋ねる。

「『疱瘡地蔵』という。この辺りのものは道中の安全と病魔退散を祈って行く」

「この地蔵が病や災いを防いでくれるのじゃ」

新次郎が祈りを終えると二人に向き直った。

「疱瘡とは何でございますか」

「罹ればほぼ命を失うと言われてる恐ろしい病じゃ」

「そんな病が…」

玲も慌てて地蔵に祈った。

景狼だけが無表情に地蔵を見ている。

三人は再び坂を上って行く。

頂上付近で後を振り返ると朝靄に覆われた柳生の里が見えた。


坂を下って行くとなだらかな丘陵地帯に入った。

田畑や素朴な藁葺き屋根の集落が見える。

三人以外にも、これから奈良の町へ向かうのか、背中に炭や薪を背負った男たち姿がある。

白い息を吐きながら集団で歩を進めている。

「ああして固まって動いておれば、野盗に襲われることが少なかろう」

新次郎が前を見ながら説明する。

「それはどうしてですか」

玲が隣に歩く新次郎を見る。

「逆に襲われるからじゃろう」

「狼も群れでおれば襲われにくい」

景狼が答えるとは思わなかったのか、新次郎が驚く。

「…その通りじゃ」

「野盗とは言ってもただの人じゃ。武士でもなくな。じゃから同じような力なら数が多い方が勝てるじゃろう」

「ではより多い野盗が出れば襲われるのでは」

「そうならんよう、柳生からも人を出して野盗の集団は潰しておる」

坂を上り詰めると、突如として視界が開け左側に凍った池が見えてきた。

柳生の里を後にして奈良へ向かいます。

旅人は二人から三人へ。

忍辱山円成寺まで辿り着きました。

柳生と奈良の中間にあたります。

また次話もよろしくお願いします。

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