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狼の時代  作者: 閃紅
永禄十一年
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21/42

二人だけの旅路19

夕食の準備が出来たと鍋が知らせに来てくれた。

景狼と玲は鍋の後から夕食を食べる少し広めの座敷へついて行った。

既に柳生一族が揃って席についており、入ってきた二人を見ていた。

「景狼殿は儂の隣へ」

新左衛門が自分の隣の空いてる席を指し示した。

「玲殿は兄上の隣へ」

松吟庵の隣の席を指し示す。

二人は指定された席に座る。

景狼が座ると新次郎が頭を下げた。

新左衛門よりも、どちらかと言えば松吟庵に似た優しい顔立ちの若者だった。

景狼は新左衛門と未だ会っていなかった新次郎の間。

向かい合った反対側に栄厳、松吟庵、玲、鍋といった配置であった。

全員が座ると、新左衛門が口を開いた。

「遠路遥々柳生によく来られた」

「京料理とはゆかぬが存分に召し上がってくだされ」

「どうぞ」

新左衛門の合図で玲が景狼に頷く。

膳には野趣あふれる料理の数々が置かれている。

飯椀、汁椀、肉の載った木皿、煮物の入った木鉢、香の物。

景狼が漆塗りの箸で皿の料理を摘み、口に持っていく。

味噌をつけて焼いた猪の肉の味が口いっぱいに広がる。

後から山椒の辛味がやってきた。

「うまい!」

「こんなうまい肉ははじめてじゃ」

汁椀を手に取り啜ると、熱々の汁と炙った猪の肉が身体を温める。

「温まるわ!」

景狼が嬉しそうに言う。

景狼が食べたことで他の皆も食べ始める。

「昨日が全然味がせぬものばかりでうまくなかったわ」

「今宵は最高じゃ」

「景狼殿、食べている間は話さないのが常ですぞ」

新次郎が眉をしかめて言う。

「なんでじゃ。霧生じゃ話しながら食うとるぞ」

「真ですか、玲殿」

新次郎が向いの玲を見る。

「そうですね。黒峰はなんというか賑やかです」

「話しながら食べますし、狼も一緒に食べますから」

「狼と一緒に、ですか」

新次郎が驚いたように言う。

「はい。黒峰では狼は家族ですから。一緒に食べて、一緒に寝ています」

「それはおかしいであろう」

「そうですか。黒峰では前からそうだと思いますが」

新次郎と玲の会話を聞いているのか、聞いていないのか、黙々と食べている。

新左衛門、栄厳、松吟庵、鍋は二人のやり取りを黙って見ている。

「獣と一緒に暮らすなど間違ごうておる」

「世間では犬と一緒に暮らす者もおるといいまする。狼でも変わらないかと」

「狼は獣ぞ。襲うであろう」

「襲いませんよ、狼は」

「山には狼がいて気をつけよ、と昔教わったわ」

「狼は人とは違うわ。無駄な戦いはせんわ」

景狼が音を立てて箸を置くと、隣の新次郎を見やった。

剣呑な雰囲気を漂わせて。

「人は獣とは違う。襲うものか」

新次郎が景狼の視線を真っ向から受け止める。

「狼が戦うのは群れの為じゃ」

「人も同じじゃ」

「違うであろう。人は他の縄張りを奪おうとするが、狼はせん」

「人が戦うのは民の暮らしを良くする為じゃ」


「もうよい。やめんか!」

栄厳が一喝する。

景狼と新次郎が黙る。

「新次郎、黙って食べるのが常だ、って言いながら何ゆえ黙って食べない?」

松吟庵が静かに言う。

「景狼殿が黙って食べないから教えて差し上げていたのです」

新次郎が松吟庵を見る。

「それはそれじゃ。景狼殿を気にせず新次郎は食べればよかろう」

「新次郎、何故黙って食べるのか、わかるか」

「それはわかりません。そう教わり申した」

「威儀即仏法、作法是宗旨(いぎそくぶっぽう、さほうこれしゅうし)」

「これは座禅だけではなく、生活の常を丁寧にせよ、それが仏の教えと言う意味じゃ」

「黙って食べるのも、余計なことを考えず食べろ、というところから来てると身共は思っておる」

「父上、我が柳生家はいつから黙って食べることになったのです?」

「知らん。考えたこともないわ」

栄厳が慌てて口の中のものを飲み込むと言った。

「つまり理由も知らずに続けておるということじゃ」

「新次郎、自分が正しいと思うことはよい。じゃがそれを他の者に強いては駄目じゃ」

「教わったことを守るのもよい」

「じゃが何故そうするのかを考えよ」

「よいな」

松吟庵は言い終わると膳の湯呑みを手に取った。

新次郎は悔しそうに頷くと木箸を取って食べ始めた。


「松吟庵の食事が違うのは何故じゃ」

景狼が向いの松吟庵の膳を見る。

松吟庵の膳は景狼の膳とは異なっていた。

粥の入った椀、汁椀には根菜だけで入っていて、景狼たちのような肉は入っていない。

煮物、香の物は同じ物だ。

「身共は禅僧ゆえ、肉は食べれんのじゃ」

「僧は何ゆえ肉は食わないのじゃ?」

「『不殺生戒ふせっしょうかい』という教えがある。全ての生き物には命がある。それを奪うことは大いなる罪である。その肉を食べることは奪っていることに等しい、ということじゃ」

「じゃがこれは一つの考え方じゃ。身共はそう思ってるうちに肉を食べたくなくなったのじゃ」

「昨日の澄海は肉を食べておったわ。儂の横で」

「はい。薄味でしたが山鳥を焼いたものがありました」

玲が昨日の夕食の膳を思い出しながら言う。

「それは四つ足では無いからじゃなかろうか」

「四つ足は何ゆえ食うては駄目なのじゃ」

「人と似てるからと言われておる」

「似てる?…ああ赤子ですか」

「赤子は四つ足になりますね」

玲は少し考えた後、膳の横に手をついた。

「玲殿、何をされるのですか」

新次郎が怪訝な表情で尋ねる。

「いえ。やってみればわかるかと思いまして」

玲が新次郎に答えながら、四つん這いになろうとする。

小袖の裾が捲れるのを直ぐに鍋は直した。

「玲、お止めなさい」

隣の鍋が玲の肩を掴んで優しく止めた。

「どうしてでしょうか、鍋様。やってみねばわからぬかと」

玲が肩を掴む鍋顔を不思議そうに見る。

「あまりやってはいい格好ではありませんよ」

「どうしてでしょうか」

「玲は赤子ではないでしょう、大人がやる格好ではありませんよ」

「確かにそうですね。承知いたしました」

玲が元席に座り直す。

鍋が嬉しそうに頷くと食事を再開した。

「なるほど四つ足が人に似ていること、相わかった」

「そう言われておるだけでもはや誰も理由がわからんじゃろう」

松吟庵がそう言うと、横の栄厳と新左衛門の顔を見た。


全員の食事が終わったことがわかると新左衛門が口を開いた。

「新次郎、景狼殿と玲殿は京へ向かうそうじゃ」

「京へ、でございますか」

「そうじゃ。お主は大和から出たことは無かったな」

「拙者は福住までしか行ったことはござりませぬ」

「では新次郎よ、お主、二人を奈良の町まで案内せよ」

「拙者がでござりまするか」

「そうじゃ。二人は奈良を知らん。お主がおれば儂も安心じゃ」

「新次郎様の案内であればわたしも安心でござりまする」

玲が微笑んだ。

周りが明るくなるような笑顔だった。

「それとな、新次郎」

「何用でございまするか」

「お主に柳生家当主から役目を申し付ける」

「当主からのお役目…漸くでござりまするか」

新次郎が嬉しそうに新左衛門に頭を下げる。

「我が柳生が松永様についておるのは知っておろうな」

「無論でござりまする」

「松永様が頼りに為さってるのが織田様じゃ」

「その織田様の軍勢が京におる」

「お主、京の様子を見てきてはくれまいか」

「これは柳生にとっての一大事じゃ」

「よいな」

「お役目承知仕った。この新次郎、十全にお役目全う致す所存」

新次郎が居住まいを正し、再度新左衛門に頭を下げた。

「新次郎、初のお役目祝着にござります」

鍋が新次郎に頭を下げると微笑んだ。

「新次郎、我が柳生の名を汚すでないぞ」

栄厳が厳しい表情で言う。

「必ずや」

栄厳に力強く頷いた。

新左衛門と松吟庵が顔を見て笑みを浮かべ合っていた。

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