二人だけの旅路18
中宮寺から戻った景狼と玲を待っていたのは入浴の準備を出来たことの知らせだった。
ゴネる景狼に玲が入浴の仕方を教える。
普段霧生では山の温泉が入浴になるので蒸し風呂を使ったことは無かった。
玲も昨日までは無かったが冴と一緒に入った時に教えて貰っただけである。
景狼の着替えは鍋が出してくれていた。
湯帷子と、小袖、白小袖。
全て背の高い松吟庵のものということだ。
玲は冴から貰った小袖があるので、湯帷子だけを借りた。
景狼が湯帷子を着て部屋に戻って来ると、入れ替わりに玲が湯帷子と小袖を持って出て行った。
景狼は暫くしてから小袖に着替えると床に寝転んだ。
霧生を出てから未だ二日だが、今まで見たことも聞いたこともないことだらけであった。
考えているうちにいつの間にか眠りに落ちていた。
景狼は物音で目を覚ました。
玲が冴から貰った小袖を着て、部屋に入ってくるところだった。
玲が自分で着ている小袖を見て嬉しそうに笑ってる。
「何がそんなに楽しいのじゃ」
景狼が無表情に聞く。
「冴から貰った小袖ですよ。素敵じゃないですか」
玲が景狼を見ずに言う。
「いつもと何が違うのじゃ」
「こんな綺麗なの、持ってないですよ。母上ならお持ちかもしれませんが」
玲が顔を上げる。
玲の目に深緑の小袖を着た景狼の気怠げな姿が入った。
「若君はいつも黒ばかりでございますから」
「今のお召し物、とても似合っております」
景狼がつまらなそうに自分が着ている小袖を見下ろす。
「山や森みたいです」
「山みたいか」
景狼がもう一度小袖を見た。
「そうか。これはいいものだな」
景狼と玲が小袖で喜んでいる裏で、栄厳、新左衛門、松吟庵で顔を合わせていた。
「柳寿丸、どうじゃったか」
栄厳が口を開いた。
「父上のお言葉、わかった気がしまする」
「景狼は何にも染まっていない。おそらく家で何も教えられてはおらん」
「それはどういう意味でござるか、兄上」
「新左衛門、お主は昼と夜の違いはわかるか」
「夜と昼…夜は陽が出ていない時、昼が出ている時でござるか」
「では雨で陽が出ていないののは夜か」
「それは昼でござる」
「先ほどは夜と申したではないのか」
「それは…」
新左衛門が考え込む。
「景狼ならこう申すじゃろう。昼は昼、夜は夜じゃ、と」
「雨が降ろうが、雲が出ようが関係ない」
「見たままを見ておる」
「あ奴に善悪はない」
「いや、善悪を教えられておらぬと言うべきか」
「ゆえにあ奴は『本来無一物』なのじゃ」
「何にも持っておらぬということか」
栄厳が顎を擦りながら言う。
「そうではござらん」
「何も持たぬからこそ、何でも入る」
「あ奴は入ってきたものを自分で判断する」
「そういう意味ではあ奴の考えは真っ直ぐじゃ」
「景秀殿はそれを知って送ったのじゃろう」
「兄上、玲はどうでござりまするか。新次郎の嫁として」
「急かすな、新左衛門。今のままでは駄目じゃろうな」
「玲に問題が」
「あれも何も知らん。ましてや男と女のことなど何もな」
「志乃も言っておったが、玲は自分を女として意識し始めたばかりじゃから時間がかかるだろうと」
「柳寿丸よ。志乃の話は当てにならん。あ奴こそお主に打ち明けてもおらんではないか」
栄厳がニヤリと笑う。
「身共は出家した身ゆえ」
「そんなこと今更じゃわい」
「兄上、志乃のことも考えてやらんと」
「身共のことはもうよいのじゃ。玲は何事も学び、考える」
「景狼のそばにいることでその目で真っ直ぐに見えよう」
「じゃが景狼から離れると余計な考えが入りおる」
「ゆえに珠洲殿は景狼と一緒に出したのであろう」
「では新次郎と玲は難しいかのう」
「今は難しいかと。で身共に案があるのじゃが」
「ほう。柳寿丸の案なら面白きものじゃろう」
栄厳が楽しそうな表情になった。
「新次郎を一緒に京へ送るのはどうじゃ」
「新次郎を?」
新左衛門が腕を組んで考え出す。
「どのような意図で、でござるか」
「まず一緒に旅をすれば、二人と打ち解けよう」
「さすれば玲との仲も進むやもしれん」
「もう一つは新次郎は意固地じゃ。
「自分の考えに凝り固まっておる」
「同じくらいの友人もおらん」
「景狼と同い年と聞く。ちょうどよいではないか」
松吟庵が説明を終えると、栄厳が笑った。
「悪くないのう。面白い。新左衛門、どうじゃ」
「父上、急に申されても新次郎に…」
「不要じゃ…よく世間を見てこさせよ」
「決まりじゃ」
栄厳が新左衛門の肩を叩く。
「承知仕った」




