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狼の時代  作者: 閃紅
永禄十一年
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19/42

二人だけの旅路17

松吟庵から柳生家の重大な秘事が語られた後、静寂があった。

景狼と松吟庵は無表情だった。

景狼はいつも通り何の興味も無さそうな顔。

松吟庵は膝上に組んだ白細い指が震えている。

志柳は緊張しているのか少し紅潮させている。

そして玲は松吟庵と志柳の顔を交互に見ると暫く考えた後で口を開いた。

「松吟庵様は何ゆえ話されたのでしょうか」

「松吟庵様は騙すことが申し訳ないとお思いになったので」

志柳が松吟庵が話す前に口を挟む。

「申し訳ない、というのはそうなのだと思うのですが」

「若君を試したとか…ですか」

「そうじゃな」

松吟庵が認めた。

「松吟庵様…それでは」

志柳が松吟庵の方を向く。

「よいのじゃ、景狼は志乃が話す限り、志乃にしか話さんじゃろう」

松吟庵が一度志柳を見た後で景狼に視線を向ける。

「景狼は元から身共が話していないことをわかっておったのじゃ」

「今までそんな…あり得ない。何ゆえおわかりになったのですか」

「わかるのじゃ」

「何がですか」

「松吟庵が話していないことじゃ」

「それはどうしてなのです?」

「わかるからじゃ」

志柳と景狼のやり取りは堂々巡りとなっていた。

「志乃!」

松吟庵が志柳を制する。

「もういいでしょう」

松吟庵が優しく言った。

志柳は拗ねたような表情をした。

「剣聖は立ち合うと相手の呼吸や考えが見えると申す。それと同じではないのか」

「わかりました!」

玲の声が大きく、全員が玲を向いた。

「志柳様は何ゆえ松吟庵様が話したい事がわかるのですか」

「それはわかるからです…わたしを愚弄しておりますか」

志柳が玲に厳しい視線を向ける。

「いえ。若君も同じだったということですね」

玲が笑った。

「なるほど。相わかった。景狼は見てないようで見てるのじゃな」

松吟庵が満足そうに笑った。


「景狼よ。はじめて山を下りたが、どうじゃ」

「苦しいわ。臭いわ」

景狼が吐き捨てる。

「苦しい、は身共もわかるが、臭いとは何がじゃ」

「人じゃ」

「みんな違うことを言っておる」

「違うことですか?」

志柳が首を傾げる。

「よい。景狼がそのようにわかるということじゃ」

松吟庵が自ら膝を叩く。

「では景狼、平楽寺はどうじゃった。この中宮寺より大きく、凄かったであろう」

「あそこは暗く、臭く、味が無かったのじゃ」

景狼が渋い表情になる。

「身共は行ったことないが、豪勢な造りの寺だと聞いてるが…暗い?」

「多分若君には、お寺ではなく、中が沈んだ感じがそう見えたのだと。わたしもなんか揃っていない気持ち悪さを感じました」

玲が答える。

「揃っていない…そういう意味か」

「松吟庵様、どういう意味でございますか」

「景狼と玲は平楽寺が一枚岩ではないと言っておるのではないか」

「確かに平楽寺は矛盾だらけよ。合力するゆえ集っているが、仲間内で戦は続いておる」

「この二人にはそれがわかるということじゃ」

松吟庵が志柳に説明する。

「知らないものがわかるものなのですか」

志柳が二人を見る。

「どうであろう…ただ住むところが違えば違う考えや力はつくであろう。あり得ぬことではないのではないか」

「身共らはそういうものじゃ、と思うしかないのではないか」

「もう一つ教えてくれぬか」

「2人が見てきた通り、この日ノ本は長く戦っておる。多くの人が死んでおる。身共の母もじゃが」

「二人はどう見た?」

「何ゆえ起こるのかわかりません」

玲が答える。

松吟庵は玲に頷くと、景狼を見る。

「つまらん」

「つまらん?それは身共の言っていることがであるか」

「世間じゃ」

「ふむ。相わかった。教えていただき忝ない」

松吟庵が二人に深々と頭を下げた。

「御簾を」

志柳が頷くと?御簾を下ろしていく。

再び景狼と玲の前に御簾が下り、松吟庵と志柳の姿が隠された。

「新左衛門、おりまするか」

志柳が声を張った。

景狼が小さく鼻を鳴らす。

新左衛門が障子を開いた。

「母上、何か御用ですか」

「二人との話は終わりました。お連れなさい」

「承知仕る」

「景狼、玲。屋敷に戻ろう」

景狼が立ち上がり、庵から出て行く。

玲は立ち上がると、御簾に向かって頭を下げると出て行った。

最後に新左衛門が障子を閉める。

外は茜色を通り越し、薄暗くなり始めていた。

三人は無言で柳生屋敷へと帰って行った。

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