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狼の時代  作者: 閃紅
12/15

二人だけの旅路10

新八と名乗った男は玲の方を向いた。

「儂は冴に頼まれて参った、そう申せば信じてくれるかい」

「冴?」

玲が驚く。

「話がしたくてな、待っていた」

「あそこで話そうかのう」

新八が指差したのは眼下の観菩提寺だった。

3人は坂を下りて観菩提寺の前に来た。

周りに砦なども疎らに見える。

朝の光を真っ正面から浴びて、山裾にそびえる本堂は、眩いばかりの朱塗りの身体を輝かせていた。

燃えるような赤。

その鮮烈な色彩は、朝露に濡れた背後の山林の深い緑を鮮やかに押し広げ、まるでそこだけ現世から切り離された聖域のように浮かび上がっている。

門の前に座り込むと2人にも促した。

砦から怪訝そうに見ている。

「冴から伊賀のありのままを教えてくれと頼まれてのう」

「儂も黒峰景狼様に会ってみたかったでのう」

そう言って笑うと話し始めた。


「まず儂のことじゃが、柘植新八という。新八でよいわ」

「儂は惣国馴染めず逸れている」

「平楽寺に行かん」

「馴染めない者同士、冴には仲良くしてもらってる」

「惣国はまとまってて、まとまってないのじゃ」

「伊賀は貧しい国じゃ。その日食べれるものがないものも大勢おる」

「黒峰のような関白様から食い扶持を貰い、暮らしていける者などおりはせん」

「おまけに土地が痩せてて米も作れん」

「じゃから生きる糧は商人、旅人など道を通るものから貰うのじゃ」

「じゃがその商人、旅人も限られておる」

「奪い合うのじゃ。惣国の奴ら一緒におるが地元では争っておる」

「じゃからまとまらん」

「で、その少ない糧を吸うのがここよ」

新八は真下を指した。

「平楽寺もそうだがこいつらが儂らの糧を奪っていくのよ」

「これは儂も冴に教わったのじゃがな」

新八が恥ずかしそうに頭を掻いた。

「またこいつらの稼ぎを奈良の寺が吸い上げる」

「これが貧しい理由じゃ」

「冴の話じゃ伊賀や大和だけでなく近江も京も同じようじゃ」

新八は竹筒の水を飲んで一息をついた。


「ここからは内緒の話じゃ」

「これも冴からじゃが」

「多羅尾は織田側につくらしい」

「儂のところも、織田につこうとしておる」

「三郎左衛門は裏切るのか」

景狼の目の色が変わる。一瞬にして、辺りに刃のごとき凄気が満ちた。

一気に殺気が迸る。

「待たれい」

「先ほども申したが、黒峰のように暮らせる者はおらんのじゃ」

「皆生きるのに死に物狂いよ」

「身内を裏切らないのは大事じゃ」

「じゃが、人は食っていかねばならん」

「それを忘れないで欲しいのじゃ」

「これは冴からの言葉じゃ」

玲は言葉を失った。

伊賀は一つではなかった。

人は飢え、奪い合い、その上に寺が君臨している。

昨日まで見ていた平楽寺さえ、その一部なのだという。

珠洲から教わった知識だけでは、とても理解できぬ世界だった。


「さて長居は無用じゃ」

「追っ手が来る前に急ごうぞ」

新八が立ち上がる。

まだ呆然としている景狼が引いていく。

「新八様、月ヶ瀬に行かねばなりません」

「月ヶ瀬?何故じゃ」

「母上のお言いつけです」

「仕方ないのう」

3人は歩き出した。

暫く平坦な道を進むと、急な下り坂が現れた。

所々石が転がっており、転げ落ちそうだ。

「ここからは用心が肝要じゃ」

新八が慎重に坂を下りてく。

それを見た景狼が玲に声を掛けた。

「玲、参るぞ」

「若君、承知仕りました」

景狼が飛び出した。

景狼は駆け下りなかった。 飛び降りたのだ。

途中で着地、また飛び降りるを繰り返し、あっという間に谷底に着く。

ほどなく玲も到着した。

ゆっくり降りてくる新八を2人は待つ。

谷底に着いた頃には新八の息も絶え絶えだった。

「何じゃ、あれは!」

「霧生ではよくやってます」

玲が笑いながら言う。

「景狼はともかく…玲までもか」

新八が大きく溜息をついた。

「狼なら当たり前じゃ」

景狼がそう言うと歩き出した。

「いや、玲は狼でないであろう」

そう言いながら後をついて行く。

案内するはずが一番最後となっていた。

「なんなんだ、黒峰は」

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