第八話 アゲハVSカガリ
アゲハによって闘技場の控室まで連れてこられたスズカは、控室の椅子に座らされていた。アゲハも同じように椅子に腰掛け、姿勢を崩している。気まずい沈黙が流れる中、スズカは口を開いた。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「何故、私を助けてくれたのですか?」
「別に、理由なんてねぇよ。あたしの近くにお前がいた……それだけだ」
スズカの問いに、アゲハは淡白にそう答える。彼女は手に持ったトリガーブラスターをくるくると回しながら、ぼんやりと部屋を眺めている。それを目にしたスズカは、慌てて声をあげた。
「ちょっと!その銃はそんな雑に扱っていいものでは……!というか、何故貴女はトリガーブラスターを持っているのですか!」
「貰った。火神カガリを殺せ、と言われてな」
「は、はぁっ!?」
衝撃的なアゲハの言葉に、スズカは思わず椅子から立ち上がる。敵意の籠もった視線を向けられ、アゲハは肩をすくめながら言葉を返す。
「安心しろ。あいつを殺す気はない」
「ええ……?ですが、その銃はカガリさんを殺すために貰ったのでは……?」
「あたしに人間は殺せない。だから死なない程度に痛めつけた。一応、あたしを助けてくれた御方の頼みだからな。無下にもできないんだ」
アゲハはそう言うと、トリガーブラスターを懐にしまう。唖然としているスズカに背を向け、アゲハは控室を出ていこうとする。
「ちょ……!どこへ行くのですか!?まだ聞きたい事が……!」
「……そろそろ、火神カガリとの試合の時間だ。あたしはあいつと戦わないといけない」
「っ……!カガリさんと……」
アゲハを呼び止めようとしていたスズカは、カガリの名を聞いて手を引っ込める。……先ほど拒絶された事を思い出しているのか、スズカの表情は浮かないものとなっていた。
「……カガリさんは、殺さないでくださいね」
「もちろんだ。あと、お前に言っておきたい事がある。そろそろ仲間の所へ戻れ。大変なことになるぞ」
「……え?それってどういう……」
「あたしの勘だ」
アゲハの発言の意図が掴めず、怪訝な表情を浮かべるスズカだったが……そんな彼女を他所に、アゲハは去って行ってしまった。スズカはしばらく、アゲハの発言の意図について考えて……一つ、思い当たることがあった。
「——あっ、バイト!」
スズカは自分が、どういう経緯でここに来たのかを思い出し……ほったらかしにしていたラルバたちの元に、急いで戻るのだった。
————
スズカが仲間の元へと戻っている間……アゲハはチャンピオンとして、カガリの前に立ちはだかっていた。
「トリガーホウオウ……!」
「……撃鉄のスカーレット。お前は何のために戦う?」
自身をマスクの奥から睨みつけてくるカガリに、アゲハはトリガーブラスターを肩に乗せながら冷静に告げる。カガリはアゲハの言葉の意図が掴めず、首を傾げる。
「何を言ってるの?闘技場に通う戦士の目的なんて、一つに決まってるでしょ?」
「……金、か」
「御名答。というか、それ以外あるわけないでしょ?あたしはお金のために戦ってるの。ああ、それとも、もっと大げさな理由でも聞きたかった?残念だけど、あたしはこういう人間なの」
アゲハと同じく、トリガーブラスターを肩に掛けてそう告げるカガリ。冷静沈着なアゲハとは対照的に、カガリはどこか荒々しい雰囲気を纏っていた。
「そんなのいいから、とっとと勝負しようよ。あたし、まどろっこしいのは嫌いなの。だから、気に食わないあんたのことを……倒したくてしょうがない」
「……まるで獣だな。だが、あたしも同じ穴の狢……か」
アゲハは一瞬眉尻を下げ——自身のトリガーブラスターの引き金近くに、橙色のカートリッジをセットする。
——トリガーブラスター……!ホウオウ……!
「……≪トリガーチェンジ≫」
——アームド・フレア……!トリガーホウオウ……!
低い声が響くと同時に、アゲハは橙色のサイバースーツを纏い、その姿の上に、炎の翼から生まれた赤い鎧が装備される。不死鳥の如き真紅の戦士——トリガーホウオウが姿を現した。アゲハは銃をくるくると回した後、それをカガリの方に向ける。
「——さぁ、一つ付き合ってもらおうか」
アゲハは右手に真紅の剣を生成すると、カガリのもとへと立ち向かっていくのだった——
————
「——すみません!遅れました!」
「ああ、やっと来たか!もう仕事は始まってるぞ!早く着替えて資材を運べ!」
「はい!」
青い作業着を身に纏った女性に叫ばれ、スズカは大きな声で返事をして、簡易な更衣室へと入り、着替えを済ませる。女性と同じく青い作業着を身に纏うと、先に来ているはずのラルバ達を探す。しばらく見渡して、それらしい人影を見つけると、スズカはその人影の方へと向かう。
「ラルバさん!待たせてごめんなさい!」
「スズカ!一体何処へ行っていたのだ!肉体労働は貴殿の分野だろう!言い出しっぺが仕事をほっぽり出すとは何事か!」
「ごめんなさい!すぐにお手伝いします!」
スズカは必死の形相で木材を担いでいたラルバの後ろを通り過ぎ、資材の積まれた倉庫へと走る。——スズカ達が選んだバイトの一つは、工事現場での肉体労働だった。最近は何故か建物が壊れることが多く、それを修理する仕事が増えているらしいというのがラルバの言葉。ならば力仕事が得意な自分が役に立てそうだと、スズカは思ったわけである。
「資材、運んできました!ここに置いておきますね!」
「おう、ありがとよ…………な、なんだこの量……?一人で持ってきたのか……?」
スズカが運んできた大量の資材を前に、呆然とした声をあげる作業員の一人。そんな作業員の近くに、青い作業着姿のメグミとルーシが駆け寄ってくる。
「……すぐに加工するよ。メグミ、運べる?」
「もっちろん!メグミに任せてー!」
「よし……!——はぁぁぁぁ……!」
「え、ちょ、お前ら何を——!?」
ノコギリや釘、金槌などを手にしたルーシが木材の一つを手にして、凄まじいスピードで加工を進めていく。すると、一瞬のうちに、建物の柱のパーツが完成し、ルーシはそれをメグミに渡す。
「お姉さん!これ、どこに運ぶの!?」
「え、えっと……その柱は、少し上の方で——いやちょっと待て!まさか生身で運ぶ気なのか!?重機も使わずに!?」
「上の方だね!じゃあ、いっくよー!」
「行くって、どこに——って、えええ!?と、飛んでるぅぅ!?」
驚く作業員を他所に、高く飛び上がったメグミは、パーツを置く場所を探し……それらしき場所を見つけると、ふわりとそこに着地した。該当する場所に柱を差し込むと、メグミはガッツポーズを取る。
「よいしょ!これでオッケー!」
「——え?今、声が……って、ええ!?いつの間に建材が!?」
驚く別の作業員の声を背にして、メグミは素早く下に飛び終わる。彼女は下で驚愕の表情を浮かべていた作業員を見ると、笑顔を浮かべて手を差し出す。
「イエーイ!」
「い、いえーい……?……じゃないだろ!お前、どうやってあんな高い所まで飛んだんだ!?」
「え?あれくらい簡単だよー?カガリお姉ちゃんはもっと高く跳べるもん」
「は、え……?あれ以上に……?」
信じられないという表情で硬直する作業員を前に、メグミは首を傾げる。隣にいたルーシが、苦笑いをしながらメグミの肩に手を置いた。
「えっと……この子は、ちょっとフィジカルが強い子なんです……」
「ちょっとどころじゃないだろ……?というか、お前も大概だぞ?なんであんな一瞬で木材を加工出来るんだ?」
「……ちょっと、手先が器用で……」
「だから!ちょっとどころじゃないだろ!なんなんだよお前らは!」
あまりフォローになっていないルーシのフォローに叫びをあげる作業員。そんな彼女の前に、今度は大量の石材を抱えたスズカが走ってきて——
「資材を持ってきました!ここに置いておきますね!」
「こんなにいらねぇよ!ていうか、人間が持ってこれる量じゃねぇだろ!?」
「え?これくらい普通では……?」
「普通なわけねぇだろ!お前ら私を馬鹿にしてんのか!」
人並み外れた才能を持った三人を前にして、作業員は激昂している。そんな意味のわからない状況を、遠目から眺めている者が一人。
「……何をしておるのだ、あいつら……」
肉体労働は得意でないのか、すっかり息を切らして座り込んでいたラルバは、呆れた様子でスズカ達を見ていた……
————
歓声上がる闘技場の中、二人の戦士が戦いを繰り広げている。片方は殺気を纏った赤いサイバースーツの戦士——撃鉄のスカーレット。もう片方は、橙色のサイバースーツの戦士——トリガーホウオウ。
「くっ……!重い……!」
「どうした、お前の力はこの程度か?」
トリガーホウオウ——アゲハの剣を銃で受け止めるカガリ。感情を感じさせないアゲハの刃は、カガリよりも力が強い。それが腹立たしいのか、カガリは苛立ちを募らせて叫ぶ。
「んなわけ——ないでしょ!」
「むっ……?」
カガリはアゲハの剣を受け流すと、身体を捻って距離を取る。すかさずカガリが銃弾を放つと、アゲハは素早く剣を振るって銃弾を弾いた。
「はぁっ!?あんた、反射神経どうなってんの!?」
「やるじゃないか。今のは当たりそうだった」
「くっ……!この化け物……!」
カガリはマスクの奥で顔を歪めると、桃色のカートリッジを銃の引き金近くにセットし、引き金を引く。
「——≪トリック≫!」
カガリがそう叫ぶと同時に、彼女の周りに複数のトリガーブラスターが現れ、アゲハの方へ銃口を向ける。
「——≪ヴォルカニックバースト≫っ!!」
アゲハ目掛けて複数の赤い光線が放たれ、彼女を穿とうとする。アゲハはそれを見て、マスクの奥で眉をピクリと動かす。迫りくる光線を見ながら、アゲハはステップを刻むように足を動かす。
「ふっ……はっ……ほっ……!」
アゲハは当たるギリギリを見極めて光線を回避し、時に真紅の剣を構えて光線を受け止める。それがほんの一瞬のうちに行われた事だということを、カガリは信じることができなかった。
(……マジでなんなの、こいつ……!人間離れしすぎでしょ!)
カガリは人の事を言えた立場ではなかったが、それ程までにアゲハの実力は凄まじいものだった。カガリが戦慄している間にも、アゲハはカガリへと迫っていく。剣を振るい、カガリへと言葉を掛ける。
「お前は、何のために戦う……?」
「は?またそれ……?前も言ったでしょ。あたしが戦うのは……金のためだって!」
「違う。あたしはそんな上っ面の事を聞きたいわけじゃない」
「はぁ……?」
アゲハの攻撃を躱しながら、カガリは苛立った様子で声をあげる。アゲハは次にトリガーブラスターを構えると、カガリに向かってこう告げる。
「あたしの勘だが……お前の願いはそんなもんじゃない。お前が求めているのは……もっと別のものだ」
「はぁ?ふざけてるの?勝手に分かったような事言って、何様のつもり?」
「少なくとも、今はチャンピオンだ」
「ハッ、早速調子に乗ってるってわけね。なら、チャンピオン様のお望み通り、あたしの求めているものを教えてあげる!」
カガリはアゲハの構えるトリガーブラスターを警戒しながらも、一瞬で距離を詰める。アゲハの鳩尾に自身のトリガーブラスターを当てると、カガリは引き金を引いた。
「…………!」
「——あんたの命だよ、チャンピオン様」
マスクの奥で驚愕の表情を浮かべるアゲハを前に、カガリはマスクの奥で獰猛な笑みを浮かべるのだった——




