外伝 残された者たち
——赤羽アゲハがいなくなってから、五年。ボク——マッドは変わらず≪突然変異種対策本部≫の職員として働いていた。
「……十三番さん。仕事場に私物を持ち込まないように」
「あら、ごめんなさい。でも、内なる創作意欲が抑えきれなかったの」
「ここには大切な書類もあるんだから、Gペンなんか使わないでよ。インクを零したらどうする気?」
職場のデスクで漫画を描き始めた黒髪の少女——十三番さんに注意すると、彼女は悪びれもなく漫画を描き続ける。突然変異種の中でも一際変わった性格である彼女は、仕事中に趣味を優先するような後輩——突然変異種としてはボクの先輩なのだが——である。かつては学生として人間界に忍び込んでいた彼女だが、卒業を期にうちの組織に入ったのだ。
「ふん、全く腑抜けた輩だ。このような奴が私の先輩とは思いたくないな」
「うふふ、そんなに褒めなくても、あなたをモデルに漫画を描くことしか出来ないわよ?九番」
十三番の返しに顔を引きつらせる、白髪赤眼の少女。五年前にボク達が戦った、「宵闇」のレーナを思い起こす姿をした彼女は、かつてボク達の敵だった九番である。
「……九番、あの書類持ってきて」
「あの書類とはどれの事だ。私を小間使いにするなこの裏切り者が」
「一応、ボクは君の上司なんだけどなぁ……あと、君に裏切り者と呼ばれる筋合いはないよ。もう組織はなくなったんだから」
「ふん、組織がなくなろうと私にとっては裏切り者だ。私が死ぬまでそれは変わらんぞ」
そう言ってそっぽを向き、結局書類は持ってきてくれない九番。——五年前、イリーガルとの決戦の後。赤羽アゲハがイリーガルを打ち倒し、イリーガルは赤羽アゲハを巻き込んで大爆発を起こした。その爆発の後で残ったのが……この九番と、マッドホワイトの腕輪。
「この力を使うことができれば、貴様など一捻りだというのに……忌々しい枷のせいでそれも叶わぬ」
苛立ったように右腕につけた白い腕輪に手を掛ける九番だったが、その腕輪は茨のようなものが巻き付いており、腕輪の部品が回らないようになっている。ボクが安全性のためにつけたものだ。
——そんな九番の腕輪を目にして、怯えるような声を放った者が一人いた。
「ひっ……!それって、≪支配の腕輪≫……!?どうしてそのような危険物を、九番さんが身につけているのですか……!?」
「あ、後輩ちゃん。もう来てたんだね」
ボクが椅子を回して声のした方を向くと、スーツ姿の茶髪の女性——白百合ヒナタが立っていた。彼女は青宮リリスの後輩であり、何かと青宮リリスに気を回している苦労人だ。ボクはそんな白百合ヒナタの願いで、青宮リリスに関する事情を共有している。「青宮リリスの助けになりたい」という彼女の願いを叶えるためだ。今日この場に呼び出したのも、その願いが関係している。
「来てくれてありがとう。休みなのに呼び出しちゃってごめんね」
「は、はい。それは全然……というか、今は九番さんの方が気にかかるのですが……」
「あの腕輪は封印している。怖がらなくても大丈夫だよ。もし心配なら、彼女は下がらせるけど?」
「な、なら安心ですね……」
「おい小娘。私を恐れているのか?ならば好都合だな。九番の前に、まずは貴様から——ぐっ!?」
「九番、この子に危害を加えるな」
白百合ヒナタに妙な事をしようとした九番は、ボクの≪印象操作≫で苦悶に顔を歪め、跪く。ボクを「跪くべき存在」と認識させて動きを封じたのだ。これは突然変異種としての力なのだが、疲れるのであまりやりたくないのが正直な感想だ。……さて、本題に入ろう。
「ごめんね。脱線してしまった。茶を入れてあげるから、そこに掛けてくれ。——十三番、よろしく頼むよ」
「それは無理ね。今良い所なの。主人公がヒロインに熱いキスをするシーンを描いてる所で——」
「——その漫画を描けているのは、一体誰のおかげだと思っているのかな、十三番?」
「今入れてくるわ!千利休も目をひん剥くようなお茶を楽しみにしてなさい!」
ボクが微笑みかけると、漫画を描いていた十三番はすぐに給湯室へと向かっていった。……十三番はこの仕事が主な収入源なので、クビにされるとかなりの痛手なのである。彼女の監視という名目で十三番を雇っているボクには、彼女をクビにする権限があるので、彼女はボクを裏切ることはない。閑話休題。
「さて、後輩ちゃん。今日呼び出した理由は覚えてるかな?」
「はい。確か……赤羽アゲハさんに関する話……でしたよね?」
ボクの言ったことをしっかりと覚えていた白百合ヒナタに、ボクは満足そうに頷く。九番と十三番は全くボクの言うことを聞いてくれないので、少し新鮮な気持ちだ。軽く感動を覚えながら、話を続ける。
「そうだ。君の助力、そしてリリスお姉ちゃんの助力によって、ボクは一つの可能性に行き着くことが出来た。お姉ちゃん——赤羽アゲハの居場所に」
「……っ、居場所……!」
ボクの言葉に、白百合ヒナタは頬を緩めて口角を上げ、グッと拳を握る。——現在行方不明中の赤羽アゲハ。青宮リリスは仕事と並走してずっと彼女の行方を追っており、その度に心を壊して医務室に運ばれていた。そんな彼女を助けたいと思った白百合ヒナタは、ボクと共にずっと赤羽アゲハの居場所を探っていたのである。喜ぶのも無理はないだろう。
「とうとう、わかったんですね!赤羽アゲハさんの、居場所が……!」
「ああ。もう目星はついている。準備ができ次第、いつでもお姉ちゃんを探しに行くことができるだろう」
「やった……!これで、青宮先輩も……!」
「……だけど、問題がある」
「え?」
ボクの言葉に首を傾げる白百合ヒナタ。何から話したものか……と考えながら、ボクは順序立てて説明を始める。
「まず、一つ。後輩ちゃん……君は、異世界というものを信じるかい?」
「異世界……ですか?」
ボクは目の前のパソコンに画像を映し、白百合ヒナタに見せる。マウスカーソルを合わせながら、ボクは説明を続ける。そこに映っているのは、中世ヨーロッパのような街並みだったり、おぞましき怪異だったり、超常的な力を扱う人間だったり……とにかく、この地球に生きる人間にとっては馴染みのないものばかりだった。
「文化、生態系、歴史、生きる人々……そのどれもがこことは違う一つの世界。ボク達はそれを異世界……または惑星と呼んでいる」
「な、なるほど……?……その惑星とやらと赤羽アゲハさんに、一体どのような関係があるのですか?」
疑わしいといった表情を浮かべる白百合ヒナタに、ボクはひとまず結論を先に述べた。
「——赤羽アゲハは、異世界にいる。こことは違う、別の世界に……」
「……!別の、世界……!」
「そうだ。この組織で働いている君にとっては、珍しいものじゃない。世界は無数にある。そして、その世界を繋ぐヒビもね」
ボクはモニターに、裂け目が走っている空の画像を移す。——異なる世界を繋ぐ、世界のヒビ……≪突然変異種対策本部≫の≪異世界支部≫——秘密結社ファイブカラーがよく使っているものだ。ヒビを介して異世界を研究している彼ら……いや、白百合ヒナタには、馴染み深いものだろう。
「……それで、赤羽アゲハさんが飛ばされた異世界というのは……?」
おずおずと尋ねてくる白百合ヒナタに、ボクは神妙な表情を浮かべ、懐からあるものを取り出す。それを、机の上に置いて見せつける。
「え……?なんですか、それ……?」
「……後輩ちゃん。ボクが今から話すことは、他言無用だ。ボクと、九番、十三番……そして、君だけの秘密だよ」
「は、はい……?」
ボクは机の上に置いたあるもの——赤い腕輪に視線を向けながら、話を始める。赤羽アゲハを…………ソードさんを探し出す、方法を。




