第七話 衝突する二人の少女
カガリを追って走るスズカは、道すがら通行人の声を耳にしていた。
「——お前、聞いたか?あの≪撃鉄のスカーレット≫が、新参者の戦士に負けたって話」
「聞いた聞いた。思わず耳を疑っちまったよ。二年前に現れてから負け無しだったチャンピオンが、初めて黒星をつけられたんだぞ?」
「——≪トリガーホウオウ≫だっけか?トリガージャーの嬢ちゃん達に似てたが、仲間なのかな?それとも、切り札を隠してたとか?」
「馬鹿、トリガージャーがそんなみみっちい事するわけねぇだろ」
——耳に入ってくる話を聞いて、スズカも自身の耳を疑った。火神カガリが負けただとか、トリガーホウオウという妙な存在がいるだとか、にわかには信じがたい話ばかりだった。
(……カガリさんが、負けた?それに、トリガーホウオウなど……そんな戦士は聞いたことがありません。彼らに事情を聞きたい所ですが、今は——!)
スズカはどこかを目指して走るカガリを、必死に追いかける。気を抜けば置いていかれてしまいそうな速さで走っているカガリを前にしていては、事情を聞いている暇などない。
「待ってください……!カガリさん!」
スズカがそう叫ぶが、虚ろな様子のカガリには届かない。周りの人間が何事かとスズカの方を見るが、スズカは気にした様子もない。それよりも、様子のおかしいカガリを放っておく方が問題だと判断したのだ。
(今のカガリさんは、どこか様子がおかしい。いえ、おかしいのはいつもの事ですが、今のあの人には覇気がない)
まるで、誰かに操られているような……そんな危うさを感じさせるカガリに、スズカは脳内で警鐘を鳴らしていた。——そんな風に追いかけっこを続けていると……スズカは、ある場所に辿り着いた。
「闘技場……」
目の前にあるのは、スズカ達がいつもカガリと戦っている場所。少しものものしい雰囲気の闘技場。カガリの姿は、ここで消えていた。
「……カガリさんは、またここに?」
カガリが闘技場に行くのも、今はおかしな話ではない。昔のカガリならまずいかないであろう場所だが、今のカガリはかなり闘技場に執着している。切っても切り離せないほどに。
「今は一人。あの人を止めるには少し心許ないですが……」
スズカはそう呟きながら、先ほどまでのカガリの姿を思い出す。普段と違い、幽鬼のような足取りをしていたカガリ。そして、通行人の噂——正義感が人一倍強いスズカには、それらを放っておくことはできなかった。
「それでも、私は止まりません!」
スズカは内なる正義に従い、一人闘技場へと乗り込むのだった。
————
「トリガーホウオウ……あいつを倒さなきゃ……あいつを……」
控室でブツブツと呟きながら、変身しているカガリはトリガーブラスターの手入れを続ける。彼女の周りではいつもと違い、他の戦士が準備をしている。チャンピオンでなくなったカガリは、普通の戦士と共用の控室を使うことになっていた。戦いも一から勝ち上がっていく必要があり、現在チャンピオンのトリガーホウオウ——アゲハに戦いを挑む形となっていた。
「おい見ろよ。あの≪撃鉄のスカーレット≫だぜ」
「確か、ぽっと出の戦士に負けたんだろ?ハハッ、情けねぇな」
「今までが上手く行き過ぎたんだ。ツケがまわったんだよ」
カガリの耳に入ってくるのは、敵意に満ちた他の戦士の言葉だ。古参の戦士である彼らは、自分より若い新参者であるカガリをよく思っていなかった。そのためカガリは、いつも除け者にされたり、喧嘩を売られたりしていた。
「許さない……トリガーブラスターを使えるのは、あたし達だけ……」
……だが、今のカガリは何かに取り憑かれたように俯いており、他の戦士の言葉など気にも止めていない様子である。そんな彼女を不気味に思ったのか、他の戦士達は顔を引きつらせて去っていった。
「カガリさん……」
控室の隅にいた、黒髪ポニーテールの少女——スズカは、様子のおかしいカガリの姿を見ながら、顔をしかめるのだった。
————
——いつもの闘技場の中。戦いを一人で勝ち上がったスズカは、目の前の赤き戦士——撃鉄のスカーレットを見据える。彼女はずっと俯いていて、どこか覇気はない。
「……撃鉄のスカーレット。貴女に聞きたい事があります」
「…………何」
「——貴女が負けたというのは、本当ですか?」
スズカがそう言うと、彼女の足元に火花が走る。咄嗟にスズカが回避してカガリの方を見ると、カガリのトリガーブラスターの銃口から煙が上がっていた。カガリは地を這うような低い声でスズカに告げる。
「……だったら何?からかいに来たわけ?やっぱりあんたもあいつらと同じなんだ——このクズ女」
「違います!私は、貴女と話を——」
「——あんたと話すことなんかないっ!!」
再びスズカの足元に火花が走り、スズカはその場から飛び退く。彼女はトリガーブラスターを構えると、流れるような動作で青いカートリッジを引き金近くにセットする。
——トリガーブラスター!ブルー!
「——≪トリガーチェンジ≫!」
——アームド・オーダー!トリガーブルー!
スズカは青いサイバースーツとジャケットを纏った戦士——トリガーブルーに変身すると、カガリの方を見ながら闘技場を走り回る。
「逃げるな、ブルー!」
「落ち着いてください!私は戦いに来たわけではないのです!」
「闘技場に来といて、ふざけた事言うな!」
珍しく激情をぶつけてくるカガリは、スズカ目掛けて光弾を放ち続ける。スズカはそれをなんとか躱しながら、マスクの奥で顔を歪める。
「くっ……!仕方ありませんね……!——トリガーブレード!」
スズカは右手に赤い剣——トリガーブレードを生成すると、カガリの方へと向かっていく。銃一本を構えているカガリがそれを迎え撃つ。
「それでいい……!かかってきなよ、ブルー……!」
「——はぁっ!」
スズカが剣を振り下ろすと、カガリは銃でそれを受け止め、受け流しながら身体を回転させ、体勢を立て直す。カガリは一瞬のうちに、トリガーブラスターから光弾を放つ。スズカのサイバースーツに火花が走り、彼女はうめき声をあげる。
「うぐっ……!」
「相変わらず、脳筋女だね!この程度の攻撃も予想できなかったの?」
「そっちこそ相変わらず、口が悪いですね!それに、貴女の攻撃に追いつける方が珍しいのですよ!」
カガリの悪態に反発するスズカは、トリガーブラスターの引き金近くに桃色のカートリッジをセットし、引き金を引く。
「——≪トリック≫!」
スズカとカガリの周りに複数のトリガーブラスターが現れ、カガリ目掛けて銃口が向けられる。カガリが周りの銃に視線を向けると同時に、それらは一斉に火を噴いた。
「≪ブレイズパニッシュ≫!」
スズカは周りの銃と同時に、引き金を引く。すると、三方向から青い炎が噴き出し、カガリを焼き尽くさんとする。カガリは咄嗟に避けようと身体を捻らせるが——炎は途中で向きを変え、カガリの身体の一部を焼いた。
「ぐっ……!?何、今の……!」
「……貴女を倒すため、新たに生み出した技です。見ての通り、決定打にはなりませんが」
冷静に告げるスズカは怯むカガリにすぐさま距離を詰めると、剣に青いオーラを纏わせ、頭から振り下ろす。
「ぐあっ——」
「この通り、隙を作るくらいなら丁度いいでしょう」
スズカは呟き、カガリの身体に自身の銃を当てる。マスクの奥で苦痛に顔を歪めるカガリを他所に、スズカは銃の引き金を何度も引いた。
「うぁぁぁっ!」
カガリのサイバースーツに火花が走り、彼女は地面に転がる。痛む箇所を押さえながら、カガリは歩いてくるスズカを見上げた。
「クソッ……スズカぁ……!」
「……やはり、変です。貴女がこの程度で倒れるはずがない。向こう見ずな私の攻撃が、当たるはずがない……貴女は……本当に、≪撃鉄のスカーレット≫ですか?」
「……っ」
スズカの戸惑ったような声に、息を詰まらせるカガリ。スズカがそれを訝しんでいると、カガリはまるで苛立ったように地面を叩き、スズカに向かって叫ぶ。
「——あんたにあたしの何が分かる!いつもいつも、あんたの理想を押し付けるような事ばっかり言いやがって……!そういうところがムカつくんだよ!スズカッ!」
「っ……!?貴女、いきなり何を……」
スズカが驚いた様子で呟くが、カガリは気にした様子もなくまくし立てる。まるで、感情が爆発した幼子のように。
「ラルバはうざ絡みしてくる上に人道を外れた策ばっかり考えるし、メグミは遊ぶことしか考えてなくてすぐどっか行くし、ルーシは戦うときに名乗ったりして無駄が多いっ!あんたら全員——ムカつくんだよ!」
「…………」
スズカは……カガリの言葉を、呆然と聞いていた。……一時の気の迷いだと、思っていた。カガリは気がおかしくなって、闘技場の戦士なんかに身を落としたのだと。だって、昔のカガリは……慈悲深く、正義感に満ちあふれた……優しい人間だったのだから。それが、今の彼女はどうだ。
(……この人は、もう私の知っているカガリさんじゃない……私を、いや、私達を拒絶してる……)
……堕落し、大義や仲間を捨て、戦うために生きることを選んだ。たったそれだけの事実に、スズカは打ちのめされたように、だらりと腕を下げる。
「嘘です……」
「ハッ!まだ認められないわけ?あたしはあんた達のことが嫌い。だからあんた達と離れた!それぐらい分かってよっ!」
「くっ……!」
カガリはスズカ目掛けて光弾を放つと、足をふらつかせながら立ち上がる。もう戦う力など残っていないというのに、カガリの内に燃えたぎる怒りが、彼女を突き動かしていた。トリガーブラスターを構え、スズカの方へと走っていく。
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「……っ!」
カガリは光弾を放ちながら、スズカへと距離を詰めていく。支離滅裂のように見えて、一直線にスズカを狙う光弾が、彼女を襲う。スズカは息を呑んで、その光弾を眺め……
(——ああ、私は間違っていたのか)
カガリの罵声を、怒りを思い返し、自分がどれだけ彼女に嫌われているのかを知った。ちっぽけな——カガリにとっては、とてもちっぽけなスズカの正義は、最初からカガリの敵ではなかった。カガリが相手にしていたのは……スズカを含めたかつての仲間達だったのだ。
(カガリさんは、もう……私達の仲間じゃない)
——火神カガリは、トリガージャーの敵。スズカ達が初めて闘技場で刃を交えた時から、カガリは既にスズカ達の知っているカガリとは、全く違う何かになっていたのだ。
「……ごめんなさい、カガリさん」
絞り出すようにスズカが呟いたのは、カガリへの謝罪だった。秩序の守護者たる自分が、ずっとカガリを傷つけていた……スズカが、正義であることを強要した。それが、正しい事だと信じて。迫りくる光弾を前に、スズカはマスクの奥で瞳を閉じた。
(これが、罪滅ぼしになるというのなら……私は……)
このまま自分が、道半ばで死んでしまったとしても。スズカとしては、何の問題もなかった。——スズカの正義は、誰かを救うこと。自分の命一つで誰かを救うために、スズカはトリガージャーの道を選んだのだ。死ぬことに……恐怖はない。そんな風に、脳内で思考を巡らせていたスズカだったが……突然、炎がスズカ達の間に割り込んた。
「え……?」
「……っ!?」
炎を見て目を見開くスズカとカガリ。スズカは驚きの、カガリは憎悪の籠もった視線を向け、炎を見つめていると……その中から、黒い装束を纏った赤髪の女性が現れる。
「——随分と乱暴な奴になったな。前に戦った時の方がまだマシだったぞ」
「トリガーホウオウ……!」
カガリが睨見つけながら呟いた言葉に、スズカは驚いた様子で女性を見ながら、声をあげる。
「トリガーホウオウ……?」
「悪いな、嬢ちゃん。割り込みは褒められたことじゃねぇが……今は必要なことなんだ」
女性——アゲハはそう告げると、懐から取り出した黒いトリガーブラスターの引き金近くに、白色のカートリッジをセットする。
「……≪インビジブル≫」
アゲハは驚くスズカの肩に手を置きながら、引き金を引く。すると、二人の姿が掻き消え、あとにはカガリだけが残る。
「あいつ……!またあたしの邪魔をしやがった……!絶対に、ぶっ潰してやる……!」
カガリは悔しそうに地団駄を踏み、荒々しい感情を燃え滾らせる。勝敗がついたのかもわからない試合を目にした観客は、ざわざわと不安そうな声をあげる。
「おい……これって、どうなるんだ?」
「どうって、≪撃鉄のスカーレット≫の勝ちじゃねぇの?相手が逃げたんだからさ」
「今現れたのって、新しいチャンピオンよね?なんで、トリガーブルーを助けたのかしら……?」
観客の疑問に答えられる者は、その場にはいなかった。




