第六話 再来する脅威
……カガリがアゲハに敗れた、その翌日。スズカ達は、いつものファミレスでバイトに勤しんでいた。
「五番テーブル、注文入りましたー!」
「りょ、了解……!すぐに、持っていくよ……!」
元気のいいメグミに応え、ルーシはすぐに調理に取り掛かる。ラルバは無言で厨房で料理を作ってはホールへと出て、ひたすらに配膳を繰り返していた。今はランチ時のためか、ひっきりなしに客がやってきているのだ。
「…………」
そんな中、スズカは今日も変わらず、皿を磨いていた。料理の才能もなく、接客の才能もない彼女には、皿洗いの女神しか微笑む事がなかった。彼女自身からすれば誠に遺憾であるが、決して役立たずというわけではなかった。そう、誠に遺憾であるが。
「スズカ。皿を貰ってもいい……?」
「あ、はい。どうぞ」
「スズカお姉ちゃーん!お皿持ってきたよー!」
「ありがとうございます」
皿を求めに来たルーシに皿を渡し、メグミが持ってきた皿を受け取ってそれを洗う。昼食時のピークに達しているこのファミレスで、スズカは先ほどからずっとこの作業を続けていた。
(……あ。油汚れ……)
そんな作業を続けているうちに、スズカは皿の汚れの種類と対処法を完璧に覚えてしまった。見ただけで皿を素早く、完璧に洗うことができるようになり、ついた異名が——
「おや、≪皿洗達人≫のスズカではないか。ついでにこれも頼めるかな」
「——ふんっ!」
「ぐあっ……!?あ、足が……!」
「次そのふざけた名前で呼んだら……殴りますよ?」
スズカを妙な渾名をつけて呼んできたラルバの足を踏みつけ、笑みを浮かべながら凄みのある声を出す。ラルバはそれを見て苦笑いを浮かべ、スズカに皿を手渡して足早に去っていった。
「全く……ラルバさんはいつもいつも……」
ラルバへの苛立ちを募らせながら、しかし皿は綺麗に磨いていくスズカ。プライベートと私情を割り切る、まさに秩序の守護者のような人間である。そんな風に、彼女が皿を磨いていると……
「……ん?」
スズカの立つ場所からホールが見える隙間。その隙間の先に覗く景色に、スズカは首を傾げる。
「…………」
スズカの視線の先の席では、黒い装束を身に着けた、赤髪の女性が何を注文するでもなく、ボーッと窓の外を眺めていた。
(……あの人、何をしているんでしょう?)
今はファミレスの中は大分混んでおり、席は何処も埋まっている。そんな中で何も注文しない赤髪の女性というのが、スズカの目には奇異に写った。
「スズカ……!皿、ちょうだい……!」
「スズカお姉ちゃーん!お皿、持ってきたよー!たくさんあるから、早く取ってー!」
考え事をしている間に、焦った様子のルーシとメグミが現れ、スズカを急かしてくる。スズカは即座に考え事を断ち切り、手に持った皿を置きながら二人にこう告げた。
「——分かりました!今行きます!」
スズカは皿を両手に、ルーシ達の方へと向かうのだった。
————
ピークを過ぎ、夕方頃となった店内。人けがまばらになってきても、赤髪の女性は席に座っていた。女性はメニュー表を手に持ちながら、じっとそれを眺めている。
「ねぇ、お姉さん。ご注文、決まった?」
「…………」
「お姉さん?おーい、お姉さーん?」
メグミが声を掛けてみても、女性はうんともすんとも言わずに、メニュー表を眺めている。そんな彼女の態度にムッとしたのか、メグミは先程より声のボリュームをあげて叫ぶ。
「お姉さーんっ!ご注文っ!決まったー!?」
「…………!」
「あ、やっとこっち見てくれたー!」
メグミの声に驚いたのか、女性はメニューから視線を外し、メグミの方に視線を向ける。女性はしばらく目を見開いて黙っていたが——やがて、表情を戻すと、メグミに向かってこう言った。
「……驚いた。ここまで声のでかい子供がいるなんてな」
「むぅ。メグミ、子供じゃないよ?もう十五歳なんだから!」
「それはすまん。で、あたしに何の用だ?」
「注文を聞きに来たの!お姉さん、ずっとそこの席にいるから……何か食べないのかな、って思って!」
「ああ、もうそんなに経つのか……」
メグミの言葉に女性は頭をかきながら、メニューに視線を移す。そしてメニューの中にある文字列を指して、それをメグミに見せる。
「……これ、なんて料理だ?」
「これ?えっと、≪やみつきハンバーグセット≫だけど……もしかしてお姉さん、字が読めないの?」
「ああ。最近この街に来たばかりで、ここの言葉に慣れてなくてな……」
「へぇ、そうなんだー。大変だね」
「だが、教えてくれるやつがいて幸運だった。……じゃあその、≪やみつきハンバーグセット≫を一つ」
「は~い!≪やみつきハンバーグセット≫一つ〜!他にもわからないことがあったら、遠慮なく言ってね!メグミ、いろいろ教えてあげられるよ!」
「おう、ありがとな。何かあったら頼りにさせてもらうよ」
女性が短く礼を言うと、メグミは注文を厨房へ伝えに言った。女性は再びメニューに視線を落とすと、それに目を通していく。
「……ここは、あたしのいた世界じゃないんだな……」
女性——アゲハは、どこか物憂げな様子でそう呟くと、メニュー表をパラパラとめくっていった。
————
——スズカ達がファミレスでのバイトを終え、次のバイトの場所へと向かう途中。彼女達の前に、二体の怪物が現れた。一体は、全身が家電で構成されている人型のロボット。もう一体は、身体中にケーブルが巻き付いた四足歩行の黒い狼。どちらも≪妄想≫の一種である。
「……まさか、本当にデリュージョンに出会うとは……スズカの妄言ではなかったのだな」
「!?ちょっとラルバさん、聞き捨てならない言葉が聞こえましたよ!?私がいつ妄言を言ったのですか!」
「二人共!喧嘩してる場合じゃないよ!」
取っ組み合いを始めるスズカとラルバに、メグミは仲裁のために声をあげる。その声に感づいたのか、二体のデリュージョンが四人の方を向く。
「「————!!」」
二体のデリュージョンは咆哮をあげて、スズカ達の下へと向かってくる。目の前に迫ってくる敵を見据えながら、四人はトリガーブラスターを構えた。
「「「「——≪トリガーチェンジ≫!」」」」
——トリガーブルー!イエロー!グリーン!ブラック!
それぞれのカラーのサイバースーツとジャケットに身を包んだ四人は、二手に分かれてデリュージョンを迎え撃つ。
「ほら、行きますよラルバさん!」
「ふむ、我輩の策を見せてやるとしようか」
ラルバの肩を叩いたスズカが、ロボットの方へ銃を構える。ロボットは冷蔵庫で出来た両腕を二人に向ける。
「行くよ!ルーシお姉ちゃん!」
「うん……!気を付けて、メグミ……!」
メグミとルーシは咆哮をあげる巨大な狼に向けて、武器を構える。それぞれ相対したデリュージョンに向かって、四人は駆け出した。
————
「————!」
「スズカ!奴の注意を逸らすのだ!」
「分かりました!ラルバさん、ブレードを!」
スズカとラルバは互いにトリガーブレードを生成し、ラルバはスズカにトリガーブレードを、スズカはラルバに自身のトリガーブラスターを投げ渡す。剣二刀流となったスズカは、一人デリュージョンへと立ち向かう。
「こっちに来なさい!私はここです!」
「————!」
デリュージョンの前に躍り出たスズカは二本の剣を操り、敵の前へと立ちはだかる。デリュージョンはスズカの姿を捉えると、その腕で殴りかかってくる。
「————」
「くっ……!負けません……!——はぁっ!」
「————!」
スズカはデリュージョンの攻撃を受け止め、そのまま弾き飛ばす。デリュージョンの動きが鈍り、その注意はなおもスズカの方を向いている。そんな中、後ろで様子を伺っていたラルバは、二振りの銃をデリュージョンに向ける。
「……≪トリックショット≫」
「————!」
デリュージョン目掛けて放たれた無数の光弾が、複雑な軌道を描いてデリュージョンを貫く。大きく身体を仰け反らせたデリュージョンは、そのまま消滅する。ラルバは右手の銃を肩に掛けると、安堵の言葉を呟く。
「ふむ、なんとかなったようだな」
「お疲れ様です。メグミさん達に加勢しますか?」
「いや、その必要はない」
スズカの言葉を受け、ラルバはメグミとルーシの方に視線を向ける。
「そろそろ、戦いが終わる頃だろう」
ラルバはそう呟いて、不敵な笑みを浮かべるのだった。
————
——黒い狼のデリュージョンと交戦していたメグミは、敵の攻撃を受け止めながらスズカ達の方に視線を向ける。メグミは、二人が互いの武器を交換しているのを見て、瞳を輝かせる。
「わぁ、かっこいいなー!ルーシお姉ちゃん、メグミ達も入れ替えっこしよー!」
「い、入れ替えっこ……?それってどういう……」
「はい、パース!」
「わ、わわっ……!?」
有無を言わさず、メグミは左手に生成したトリガーブレードを、ルーシに投げつける。ルーシは慌てて自分のブレードを地面に落とし、メグミのブレードを受け取ると、瞬時にその意図を理解する。
「メ、メグミ……!取って……!」
「よっ……と!ありがとー!ルーシお姉ちゃん!」
ルーシの投げたトリガーブラスターを、メグミはジャンプしながらキャッチする。すると、黒い狼——デリュージョンが彼女の眼前に迫っているのが見えた。
「——バーン!!」
「————!?」
メグミは躊躇なく二つの銃の引き金を引き、ほぼゼロ距離でデリュージョンに光弾を放つ。デリュージョンは悲鳴をあげて、その場に転がった。
「ルーシお姉ちゃん、行っけー!」
「……っ、≪黒雷影斬≫……!」
メグミに発破を掛けられたルーシは、二本の剣に黒い雷を纏わせると、デリュージョン目掛けて斬りかかる。
「————!」
デリュージョンは咆哮をあげ、身体に纏わせるケーブルを盾にしてルーシの一撃を受け止めようと試みる。しかし、ルーシの一撃は予想以上に重く、デリュージョンはケーブルごと切り裂かれた。
「————!?」
デリュージョンは声にならぬ悲鳴をあげ、その肉体は消滅していった。それを見届けたルーシは安堵の息を吐くと、「やったー!」と呑気に叫んでいるメグミに抗議の視線を送りながらこう告げた。
「メ、メグミ……!いきなり剣を投げてきたら、びっくりするでしょ……!?」
「ルーシお姉ちゃん、かっこよかったよ!やっぱりルーシお姉ちゃんはとってもかっこいいね!」
「ふぇっ!?か、かっこいい……!?そ、それほどでも、ないよ……えへへ……」
しかしメグミの無邪気な褒め言葉によって、ルーシの怒りは簡単に鎮められるのだった……
————
——それぞれ戦いを終えたスズカ達は、一箇所に集まって先程の戦いを振り返っていた。
「ふぅ……なんとかなりましたね」
「我輩達も強くなったものだ。あの程度のデリュージョンでは相手にならんな」
スズカは安堵の息を吐きながら額の汗を拭い、ラルバは得意げに笑いながらそう告げる。
「スズカを疑っていたわけじゃないけど、本当にデリュージョンが復活してた……なんでだろう……?」
「んー……でも、メグミ達がぶっ飛ばしてあげたから、もう心配しなくてもいいんじゃないかなー?」
ルーシがデリュージョンの復活に首を傾げると、メグミは呑気な言葉を掛ける。スズカとラルバはそれを聞いて、警戒した様子で顔をしかめた。
「……ですが、デリュージョンがこの街の中で現れているのは確かです。警戒はするべきかと」
「スズカの言う通りであるな。奴らが民間人に危害を加える可能性もある。今回はまだ力のない個体だったが、強力なデリュージョンが現れれば、我輩達でも対処は難しい」
「大丈夫大丈夫!メグミ達ならどんな敵でも勝てるよ!」
スズカとラルバが厳しい言葉を述べる中、メグミは笑顔を浮かべてそんな事を言う。楽観的がすぎる言葉だったが、四人の間に漂っている緊張感は少し和らいだように思えた。
「……そうだね。僕達なら、どんな敵が来ても勝てるはずだよ」
「はい、私達ならきっと…………ん?」
ルーシに言葉を返そうとしたスズカは、視線の先にとあるものを見つけて言葉を詰まらせる。——彼女の先では、少し虚ろな目をした黒髪の少女……カガリがふらつきながら歩いていた。
「カガリさん……?」
いつも堂々と歩いているはずのカガリを思い浮かべたスズカは、違和感を抱いて首を傾げる。カガリはスズカの視線の先で真っすぐ歩いていくと、路地裏に消える。
「……っ!」
「ス、スズカ!?どこへ行く!」
ラルバの静止も聞かず、不穏な雰囲気を感じ取ったスズカは、カガリを追って走るのだった。




