第五話 新たな敵
——町中の、とある公園の中……黒い装束に身を包んだ一人の女性が、ベンチに座って黄昏ていた。
「…………」
——首元までかかった女性の髪色は、燃える炎のような赤。耳には髪色と同じ色のピアスがつけられており、その整った顔の目元には少しクマが現れていた。
「……夕暮れか」
女性は空を見あげながら、少し低めの声で呟く。その呟きには一切感情が込められておらず、彼女の空っぽな心をそのまま写し出しているかのようだった。
「…………」
女性は俯くと、懐から拡声器程の大きさの黒い銃と、橙色のカートリッジを取り出す。彼女は無感情にそれらを見つめながら、ボソリと呟いた。
「——闘技場チャンピオン、撃鉄のスカーレット……そいつが、あたしの獲物」
女性は無表情のまま闘志を露わにして、ベンチから立ち上がる。
「全ては、あたしの目的のために——」
最後にそう呟くと、女性は銃と橙色のカートリッジを懐にしまい……無言で歩みを進めるのだった。
————
「……スズカよ。それは誠か?」
「ええ。私は確かにこの目で見ました。デリュージョンが、人を襲っていた所を」
バイトに終わり、スズカ達がアパートに戻ってきた頃——スズカは先程の出来事を、ラルバ達に共有していた。
「デリュージョンって、メグミ達が倒したんじゃなかったのー?」
「そのはずだけど……まだ残党が、残っていたとか……?」
「どうであろうな。元々デリュージョンとは異星人や人類の負の遺産……存在事態は残っている。だが、アイディールでもなければ、それを悪用することなどできまい」
「……ということは、アイディールが復活した……ってこと?」
ルーシの言葉に、一同が顔色を青くして押し黙る。——かつてスズカ達を苦しめた、造られし災厄……デリュージョンを利用し、世界を支配しようと企んだアイディールとの戦いは、苦々しい記憶としてスズカ達の脳裏に刻まれていた。重々しい雰囲気の中、珍しく真剣な表情をしたラルバが口を開く。
「……今の時点でそう判断するには情報が足りぬ。それに、我輩達は確かに奴を破壊した——跡形も残さずにな。そんな状態で奴が復活したなど、にわかには信じがたい」
「ですが、私はこの目で暴走したデリュージョンを見ました。ルーシさんの話も、強ち間違いではないのでは……」
「——滅多な事を言うでない、スズカよ。世の中には、言霊という言葉があるのだろう?最悪の事態ばかりを口にしていれば、いずれ本当にそれが起こってしまうぞ」
「うっ……す、すみません」
強い口調のラルバの言葉に気圧され、俯きながら謝罪するスズカ。ラルバはそんなスズカを見て、真剣な様子でこう呟く。
「……まぁいい。しかしスズカよ。デリュージョンを再び相手にするのなら、我輩達にはまずやるべきことがある」
「……やるべきこと?それは、一体……?」
鬼気迫る表情を浮かべるラルバを前に、スズカだけでなくメグミやルーシもゴクリと唾を呑む。剣呑な雰囲気が立ち込める中、ラルバはゆっくりと口を開いた。
「——金を稼ぐことだ」
「「「……え?」」」
間の抜けた声をあげた三人を前にして、ラルバは淡々と言葉を述べていく。
「いいか?季節はそろそろ冬に入ろうとしているのだ。そうなれば、今よりもエアコンやストーブを使う頻度が増える。するとどうなるか……分かるか?」
「……っ!電気代とガス代が、増える……!?」
ルーシが神妙な表情で呟くと、ラルバは頷く。彼女はどこからか一冊のノートを取り出すと、ちゃぶ台の上に広げて何やら書き込んでいく。
「我輩達の毎月の収入がこの額で……貴殿らのエアコンやストーブを使う頻度を計算し、支出を割り出して差額を計算すると……こうなる」
「んー?これって、マイナスじゃない?」
メグミが首を傾げながらそう言うと、スズカの顔がいよいよ青くなった。彼女は冷や汗を流しながら、引きつった笑みを浮かべる。
「嘘、ですよね……?だって私達、真面目に働いて……」
「……スズカよ。現実を受け入れるのだ。我輩達は去年も同じ話をしたぞ」
「あ、ああ……!」
……再三言うが、スズカ達はまともな収入源を持たない、ボランティアのような集まりなのだ。成人しているラルバと成人したばかりのスズカはトリガージャーの活動で就職できておらず、メグミとルーシも本来なら未成年の学生であるはずだった。四人揃ってバイト生活であるため、生活がカツカツになってしまうのは必然とも言えた——特に、夏と冬は。……何も言わなくなってしまったスズカの肩を、ラルバは爽やかな笑みを浮かべながらポンと叩き、こう言った。
「——まずは、バイトをもう一つ増やす所からだな、スズカよ!」
「あああああ!嫌ですぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
——秩序を守る戦士、青峰スズカ。自分のことより他人を優先し、正義のために戦う戦士である彼女は……今この瞬間においては、労働の辛さが倍増することに怯える、年相応の少女であった。
————
その頃。いつも通り闘技場に来ていたカガリは、控室で自分の携帯を見ながらボソリと呟いた。
「……あれ、あいつら来てないんだ」
携帯の画面には闘技場の戦いの参加者一覧が写し出されており、そこにスズカ達の名前はなかった。毎日のように挑みに来ていた彼女達がいないことをカガリは疑問に思ったが、「そういう日もあるだろう」とすぐにそれを振りはらい、携帯の電源を切る。
「……ま、別にいいか。戦いが楽になるし」
カガリは少し眉をひそめながら呟くと、トリガーブラスターを構え、赤いカートリッジを懐から取り出す。カガリはカートリッジを引き金近くにセットして、引き金を引いた。
「……≪鎧造≫」
——チェンジ・スカーレット……!
カガリの姿が真紅のサイバースーツに包まれ、赤いジャケットがその上に着せられる。トリガージャーのものとは少し違う装備をした彼女の姿——≪撃鉄のスカーレット≫としての姿だ。
≪おっ、カガリ。もう変身したのか。珍しいな?≫
「……別にいいでしょ。イメトレしようと思っただけ」
ふよふよと浮いてきたバレルにぶっきらぼうに返すと、カガリはくるくると銃を回し始める。トリガージャー時代から続いている、カガリが苛立っている時の癖である。
≪カガリもようやく、チャンピオンとしての自覚が出てきたかー。俺は嬉しいよ≫
「そんなんじゃない。ただの精神統一だから」
≪気合が入ってるなぁ。今日も凄い戦い、見せてくれよ?≫
「誰に言ってんの」
カガリは淡々とそう返すと、控室を出て、闘技場の方へと歩いていく。留守番を任されたバレルは、カガリの後ろ姿を見ながらボソリと呟いた。
≪……さぁ、吉と出るか凶と出るか……楽しみにしてるぜ、カガリ≫
中性的な声で呟かれたその言葉に、返事をする者は誰一人いなかった。
————
——いつも通り、決勝戦まで勝ち残ったカガリは、銃をくるくると回しながら対戦相手を待っていた。
「……遅い」
カガリの対戦相手——スズカ達トリガージャーではないどこかの誰かは、カガリが闘技場に出てから三十分程度、姿を現していなかった。観客はざわめいており、実況役も戸惑った様子で「このままでは、撃鉄のスカーレットの不戦勝だぞー!?一体何をしているのかー!?」などと叫んでいる。カガリ含めて、その場にいる全員の不信感が募っていた中——カガリの向かい側に、人影が現れた。
「…………」
……控室から歩いてきた人影は、黒いローブを羽織っており、無言でカガリの方に視線を向けていた。
「……あんた、遅れてきておいて、挨拶もないわけ?」
「…………」
黒いローブの某の行動を不審に思ったカガリは憎まれ口を叩いてみるが、某の反応はない。それを見て、ますます眉をひそめるカガリだったが……突然、某は頭に被ったフードを外す。
「「「……っ!?」」」
隠された顔が露わになり、観客は一斉に息を呑んだ。——それは、赤髪の女性だった。首まで伸びた赤髪に、耳には髪色と同じ色のピアス。そして、少しやつれ気味だが整った顔立ち。その美しさに、観客も、実況も、カガリも、言葉を失っていた。
「……なんだ、急に静かになったな」
そんな中、女性は少し低めの声でそう言うと、カガリの方へと歩いていく。カガリはそれを、呆然とした様子で見ていた。女性はカガリの元に辿り着くと、マスクに覆われたその顔を覗き込み……こう呟いた。
「……よう。火神カガリ」
「……っ!?」
突然告げられた自分の本名に、カガリは目を見開いて女性を見上げる。女性は感情の籠もっていない瞳でカガリを見ていた。
「……表情が変わったな。どうやらあたしの勘は正しかったらしい」
「あ、あんた……なんで、それを……」
「言っただろ。ただの勘だ」
女性はカガリから飛び退くと、懐から何かを取り出す。——それは、黒い拡声器程の大きさの銃……カガリ達トリガージャーが使っている、トリガーブラスターと瓜二つの銃だった。
「……!?それって……!?」
カガリが驚きの声を上げるのを見ながら、女性は銃の引き金近くに、橙色のカートリッジをセットする。
——トリガーブラスター……ホウオウ……!
銃からは地を這うような低い声が聞こえ、銃は橙色の光を纏う。未だ驚きで固まっているカガリの前で——女性は、その引き金を引いた。
「……≪トリガーチェンジ≫」
女性の身体を、銃から放たれた橙色の光が包む。黒いローブ姿から橙色のサイバースーツ姿へと変わり、背中から生えた炎の翼が、女性の顔とサイバースーツを包み込む。翼は真紅の鎧とマスクになり、女性は炎のような戦士へと姿を変えた。
「あたしは、トリガーホウオウ……お前を倒す、戦士だ」
女性——トリガーホウオウはカガリにそう告げると、銃を構えて彼女に襲いかかった——
————
「……≪ウイング≫」
トリガーホウオウは銃の引き金近くに水色のカートリッジをセットし、背中に炎の翼を生やす。上空に飛び上がった彼女は銃を構えると、カガリ目掛けて何度も光弾を放つ。
「くっ……!」
カガリは縦横無尽に動き回り、光弾を回避していく。しかし、トリガーホウオウの攻撃は凄まじく、カガリの回避の合間を縫うように、次々と光弾が放たれる。
(なんて量……!あたしが反撃する暇がない!)
カガリは舌打ちしながらトリガーホウオウを睨み、ひたすらに回避に専念する。すると、翼をはためかせたトリガーホウオウが、一直線にカガリの下へと向かっていく。
「——≪レッドソード≫」
「……っ!?」
「……≪トリック≫」
突然、無から生成された真紅の剣を構えたトリガーホウオウは、剣の柄に桃色のカートリッジをかざす。物体を増やす力を持ったカートリッジは真紅の剣を増殖させ、カガリ目掛けてそれらが振り下ろされる。
「——うぁぁぁぁぁっ!」
炎を纏った剣撃をくらい、カガリは闘技場の壁まで吹き飛ばされる。トリガーホウオウは翼を閉じて着地すると、倒れているカガリ目掛けて走り出す。カガリはマスクの奥で顔をしかめながら、トリガーホウオウの足元目掛けて光弾を放つ。
「……!」
トリガーホウオウは足元に走る火花に視線を向けると、疾風の如き動きでそれらを躱し、カガリと距離を縮めていく。カガリはその隙になんとか立ち上がり、銃を構えてトリガーホウオウを迎え撃つ。
「ふざけんなっ……!あんたにそれを使う資格は、ないっ……!」
「……≪インビジブル≫」
カガリの怒りが籠もった叫びを聞き流し、トリガーホウオウは白色のカートリッジで姿を消す。彼女は見えぬ刃を構え、銃を構えるカガリを見据える。
「……≪フレイムブレイド≫」
「がっ……!」
一閃。カガリの身体にトリガーホウオウの刃が走り、カガリの身体が大きくブレる。トリガーホウオウの一撃はカガリに残っていた最後の力を消し去り……カガリは、そのままうつ伏せに倒れた。呆然と上を見上げるカガリの視界に、トリガーホウオウの姿が写る。
「あん、た……誰、なの……?」
「……あたしは、アゲハ」
トリガーホウオウ——アゲハは、トリガーホウオウの姿を解き、黒いローブ姿に戻る。彼女はカガリの下まで歩き、しゃがみ込むと、感情の籠もっていない声でこう告げる。
「お前を倒す……戦士だ」
最後に、アゲハの冷たい声を聞いて……カガリは、気を失った。
————
「……はぁ、はぁ……」
塀に手を這わせながら、カガリは弱った様子で家へと向かう。歩くたびに傷がズキズキと痛み、カガリは顔をしかめる。
「クソっ……!あたしが、負けるなんて……!」
カガリが闘技場に通い始めて、二年。それまで負け無しでチャンピオンの座を維持していたカガリの連勝記録は、「アゲハ」という謎の戦士によって断ち切られたのだ。カガリに金を賭けていた大半の客はブーイングをあげ、アゲハを糾弾したが……彼女は意にも介さぬ様子でその場を去っていった。チャンピオンの座など、まるで興味がないかのように。
「あ〜っ……!腹立つ!なんなのあいつ!」
≪そんなに喚いてたら、傷に障るぞ、カガリ≫
「うっさい!叫びたくもなるでしょ!?あたしは、負けるわけにはいかなかったのに……!」
カガリは悔しそうに表情を歪め、塀を力の限り叩きつけた。切羽詰まった様子のカガリから視線をそらし、バレルは押し黙る。
「クソ、クソ、クソッ……!」
カガリが表情を歪めながらそう呟くと、地面にへたり込んだ。カガリの怒りや悲しみが、彼女の中でひたすらに渦巻いているようだった。夜の街中で、街灯だけが彼女を照らしていた。
≪……一回負けたくらいでなんだよ。また次に勝てばいいじゃないか≫
「はぁっ!?あんた、あのアゲハって奴との戦いを観てなかったの!?あたしじゃあいつに勝てない。わかるんだ。あんなやつがいたら、あたしは毎回準優勝止まり……到底、稼げないよ」
≪カガリ……≫
バレルの言葉に反発し、カガリは焦った様子を滲ませながら項垂れる。バレルはカガリの顔を覗き込むようにふよふよと漂うと、カガリに向かってこう告げた。
≪いいか、カガリ?お前は、戦い続けるしかないんだ。お前の願いを叶えるには……あいつに、勝つしかない≫
「ううっ……でも、どうやって……」
≪簡単だ。やりようはいくらでもある。お前は撃鉄のスカーレットなんだ。誰が相手でも、最後には勝つ……「無敵の戦士」だろ?≫
「……無敵の、戦士……」
カガリは虚ろな様子でそう呟くと、彼女の瞳に暗闇が宿る。全てを飲み込んでしまうようなその瞳は、彼女の闘争心を掻き立てる。すると、今までの様子が嘘かのように、カガリはよろめきながら立ち上がる。
「……そうだね、バレル。あたしは……無敵の戦士、撃鉄のスカーレット」
≪その通りだ。頑張ろうぜ、カガリ≫
「うん……」
カガリは再び瞳に光を宿して、家の帰り道を歩く。バレルはその後ろ姿を遠巻きに眺めながら、彼女の後をついて行った。




