第二話 撃鉄のスカーレット②
闘技場控室——戦士が試合の合間に休息を取るその場所で、カガリはろくに準備もせずに机に突っ伏していた。闘技場に響く試合の実況が耳に響き、右から左へと抜けていく。
≪おいおい、カガリ。変身しなくていいのかー?≫
「出番まだだし……ふぁ……試合の時間になったら起こしてー……」
試合前でも居眠りしようとするその気概は、肝っ玉というべきか愚かというべきか。——闘技場での試合はトーナメント形式。チャンピオン故にシード権を獲得しているカガリは準決勝が終わるまで出番はない。普通の戦士ならば武器の準備や準備運動、自己暗示という名の鼓舞にチームでの連係の確認……etc.
——しかし、ソロでなおかつ自分の実力に絶対の自信を持つカガリにとっては、そんなものはただの体力の無駄使い。日夜疲れている身体を休めるほうがよっぽどマシである。
≪自分より強い奴が来るかもしれないのに、呑気だなー≫
「この辺りであたしより強い奴なんていないし……ふぁ……もう寝る。おやすみ」
≪あ、おい!ほんとに寝ちまった……相変わらず、寝つき早いなー……≫
バレルの呆れたような呟きを聞きながら、カガリは眠りについた。
————
「——来ましたね、撃鉄のスカーレットっ!」
——決勝戦直前に目を覚まし、変身を終えたカガリは、闘技場に姿を現した。いつも通り、自分の眼前に立っているのはかつての仲間。言わずもがな、トリガージャー四人である。彼女達はトリガージャーになる前の姿で、カガリに相対していた。怪訝に思ったカガリは思わずスズカに尋ねる。
「何?生身であたしに挑む気なの?」
「違います。今日はあなたに言っておきたい事があるので」
トリガージャーのマスクは、声が籠もってしまいますから——と。現時点で声が籠っているカガリへの当てつけ(スズカ本人の自覚なし)を付け加えながら、スズカは真剣な瞳でこう告げた。
「——私達と、手を組む気はありませんか?撃鉄のスカーレット」
「…………」
またか。とカガリは思った。互いにトリガージャーだと知っているが故の——弊害。それはスズカがカガリを連れ戻そうと企んていること。彼女は秩序を守りし者などと謳っておきながら、あの手この手を使ってカガリをトリガージャーに戻そうとしてくるのだ。今回のスズカの提案も、彼女の手の内の一つ。既に百通りの誘われ方をしているカガリはマスクの下で真顔である。ナンパするチャラ男でもこんなには誘わないだろう。カガリなら途中で諦める。しかし、一般に当てはまらない枠に収まるのが青峰スズカという少女であり。
「このような争いは無駄です。私達は共に手を取り合い、さらなる巨悪に立ち向かうことができ——ひゃあっ!?」
長々と御高説が始まりそうだったので、カガリは自身の持つ火炎放射器程の大きさの赤い銃でスズカの足元に火花を散らす。スズカは慌ててその場を飛び退き、カガリに向かって怒りの叫びをあげる。
「何するんですか!まだ台詞の途中でしょう!」
「長い」
「な、長い!?まだ四十文字程度しか喋ってないですよ!?」
「現代人って、文章一行で読むのを止めるんだって」
「あなたがせっかちなだけでしょう!何の根拠もない嘘八百を述べるのは止めなさい!」
「悪いけど、あたしは仲間にならない。言う事聞かせたいんだったら、あたしに勝ってからにして」
プンスカと怒るスズカにカガリがそう告げると、スズカはキリキリと眉尻をあげて、カガリが持つものと同じ銃を構え、後ろの三人に呼びかける。
「行きますよ、皆さん!この分からず屋に制裁を下します!」
「おお、やっと出番が来たか」
「わーい!カガ——赤いお姉さんとバトルだー!」
「……やるからには、全力で行かせてもらうよ」
ラルバ、メグミ、ルーシの三人も銃を構え、四人は懐からそれぞれの色のカートリッジを取り出す。それらを自らの銃の引き金付近にセットする。
——トリガーブラスター!ブルー!イエロー!グリーン!ブラック!
銃からはバレルに似た声が響き渡り、四人の持つ銃がそれぞれ、青、黄色、緑、黒の光を放つ。四人は光を放つ銃を空に向けて、高らかに宣言し、引き金を引く。
「「「「≪トリガーチェンジ≫!」」」」
——アームド・オーダー!トリガーブルー!
スズカの全身を青いサイバースーツが覆い、顔を隠すマスクが装着される。スーツの上に青いジャケットを羽織った秩序を守りし戦士——トリガーブルー。
——アームド・ストラテジスト!トリガーイエロー!
ラルバの全身を黄色のサイバースーツが覆い、顔と耳を覆うマスクが装着される。スーツの上に黄色のジャケットを羽織った慈悲なき軍師——トリガーイエロー。
——アームド・ハリケーン!トリガーグリーン!
メグミの全身を緑のサイバースーツが覆い、顔を隠すマスクが装着される。スーツの上に緑のジャケットを羽織った暴風の化身——トリガーグリーン。
——アームド・カオス!トリガーブラック!
ルーシの全身を黒いサイバースーツが覆い、顔を隠すマスクが装着される。スーツの上に黒いジャケットを羽織った漆黒の堕天使——トリガーブラック。
「「「「我ら、撃鉄戦隊トリガージャー!」」」」
変身を終えた四人が名乗りをあげると、彼女達の後ろで四色の煙が爆発する。それと同時に、観客席から歓声が上がり、「トリガージャー!トリガージャー!」といったコールが聞こえてくる。カガリは思わず耳を塞ぎたくなったが、片手が銃によって塞がっているため諦めた。代わりに、銃を構えてトリガージャーに向ける。
「かかってきなよ、トリガージャー」
カガリがそう呟いた瞬間、スズカ達は一斉に散り散りになり、四方向から銃を向ける。カガリが一歩でも動けば、四人のうちの誰かが引き金を引く。遮へい物など一切ないこの状況では、明らかにカガリの方が不利……と普通は考えるだろう。カガリはマスクの下でニヤリと笑みを浮かべながら悪態をつく。
「正義の味方とか言ってる奴らが、取り囲んで逃げ場潰し?」
「私としても業腹ですが……正面切ってあなたに勝てるとは思いませんので」
「——と、我輩が最初の頃から言っていたのだが、ようやく案を呑んでくれたというわけだ」
冷たい声色でカガリに言葉を返すスズカに、そんな彼女をやれやれと肩をすくめながらからかうラルバ。案の定、ラルバはスズカにマスク越しで睨まれる。
「ラルバ・スターライト。余計な事は喋らないでください」
「フハハハハ。これは失敬」
「やっぱあんたの仕業か、イエロー。ブルーがこんな姑息な手段を思いつくわけないもんね」
「……!え、ええそうですとも。本来私は正々堂々とした戦いを望んでいるのですから——」
「我らがリーダーは少々脳筋な所があるゆえ、毎度すぐに特攻して戦闘不能になるのでな。ひとまず第一の心配事は逃れたわけだ」
「まぁ、妥当だね。こいつ、バカの一つ覚えみたいに突っ込んでくるだけだし」
「なんですってぇぇぇぇぇぇぇ!?もう一回言ってみなさい、撃鉄のスカーレットっ!!」
カガリの言葉に食ってかかるスズカだったが、フォーメーションは決して崩さない辺り、彼女の真面目さが伺える。向けられた四つの銃口を見ながら、挑発に失敗したカガリは小さく舌打ちする。
(……このままだと集中砲火……スズカを突破するのは簡単だとしても……まだ三人いる。面倒くさいなぁ……)
だんまりを決め込むカガリを見て、怒りの表情を浮かべていたスズカは怒りを抑え、得意げな笑みを浮かべてみせる。
「……ふっ、流石のあなたと言えど、このフォーメーションを崩すことは不可能でしょう?先程の発言を撤回するのなら、銃を下ろしてもいいですよ?」
「撤回しない。バーカ」
「……っ!このっ!」
スズカが怒りに呑まれ、引き金を引くと同時に……カガリは身体を軽く捻って、銃弾を回避する。それを見たラルバは、先程の余裕ぶった態度を崩し、焦った様子で他の二人に向かって叫ぶ。
「メグミ!ルーシ!奴を逃がすな!スズカを援護するのだ!」
「りょーかい!」
「分かった……!」
ラルバの指示に従ったメグミとルーシが、同時にカガリに狙いを定めて、引き金を引く。——その時、体勢を立て直す瞬間だったカガリは、高く飛び上がり……背面飛び込みの姿勢で銃弾を回避する。その間——わずか三秒。素早く華のある動きに観客が歓声をあげる。カガリは軽々と着地し、スズカの方に向き直る。
「それで終わり?ブルーちゃん?」
「こんのぉ……!」
「待て、落ち着くのだスズカよ!挑発に乗れば奴の思惑通りだぞ!」
「スズカ……!」
「スズカお姉ちゃん!」
「何言っても無駄無駄。火ィついたらこいつは止まらない。あんた達が一番分かってるでしょ。……安心しなよ、こいつ倒したら次はあんた達だ」
目の前で怒り心頭といった様子のスズカを見据えながら、カガリは他の三人に向かってそう告げる。とうとう辛抱ならなくなったのか、スズカが銃を構えてカガリの方に走り出す。
「くらいなさいっ!——≪ジャッジメントシュート≫っ!」
スズカが引き金を引くと、青く輝く光線がカガリ目掛けて放たれる。しかし、カガリはそれを軽々と躱して、自らも銃の引き金を引いた。
「——≪ヴォルカニックバースト≫」
——刹那。赤い複数の光線が、スズカを貫く。絶大なダメージにより変身が解かれ、スズカは声も上げられずに地面に倒れ込んだ。戦闘不能——残り、三人。
「スズカ!くっ……メグミ、ルーシ!プランBだ!」
「お、おっけー!メグミ、頑張っちゃうよー!」
「スズカ……仇は取るよ……!」
……一応補足しておくと、スズカは別に死んだわけではない。絶大なダメージを受けて気絶しただけだ。トリガージャーのスーツは防御性能が高く、身に着けていればまず死ぬことはない。閑話休題。
——カガリは自らに向かってくるメグミとルーシを警戒しながら、この中で一番警戒すべき相手——ラルバを見据える。ラルバはトリガージャーの中でも最年長の戦士であり、人一倍頭のキレる参謀だ。「エルフ」という知力の優れた異星人の血を引いている彼女の右に立てる軍師はいない。被害を省みない過激な策や、味方ですらドン引きするような殲滅作戦……慈悲という概念のない彼女の策は、カガリがトリガージャー現役の頃は、「絶対に敵に回したくない」と評価していた程だ。
(……まだ策があるっての……?勘弁してよ……)
カガリはマスクの下で面倒くさそうな表情を浮かべながら、メグミとルーシを迎え撃つ。敵はまだ三人もいるのだ。油断してはならない。
「いくよー!ルーシお姉ちゃん!」
「……トリガーブレード……!」
メグミの声に答えるように、ルーシは空いている方の手にカッターナイフのような形をした赤い刀身の剣を生成する。トリガージャーの近接武器——トリガーブレードだ。硬い装甲をいとも容易く貫く基本装備。剣を手にしたルーシはカガリに斬りかかっていく。
「はぁっ!せいっ!」
「くっ……なかなかやるじゃん、ブラック……!」
カガリが肉薄する刃を回避しながらルーシにそう告げると、メグミも声をあげる。
「メグミもいるよー!」
トリガーブレードを生成した彼女は、小柄な体躯に似合わず巧みに剣を操り斬りかかっていく。二方向から迫ってくる二人を、カガリは自らの運動神経を頼りに躱していく。たまに銃を剣のように構えながら、攻撃を受け止める。
「もー!なんで全部防げるのー!?」
「……流石はチャンピオン。一筋縄では行かないということか……!」
襲い来る二人の言葉を聞きながら、カガリは未だ何もしてこないラルバに注意を向ける。ラルバはこの状況下でも一歩も動かず、ただカガリをじっと見つめている。カガリはそれを、怪訝な表情で見て……瞬時に、その意味を理解した。
「……っ、下か!」
カガリは二人の剣撃を弾き、すぐさまその場から飛び退く。すると、先程までカガリがいた場所が音を立てて爆発した。当たっていたら即脱落だっただろう威力に、カガリは戦慄する。爆心地では、爆発に巻き込まれ変身が解けたメグミとルーシが倒れていた。……観客もカガリも言葉を失う中、ラルバは拍手しながら、カガリに向かってこう言った。
「——おやおや、これも避けてみせるとは。感覚は衰えていないようで何より」
「イエロー、あんた……!グリーンとブラックを囮に使ったの!?」
「人聞きが悪いな。仕掛けた爆弾が爆発するまで、時間を稼いでもらっただけだとも」
「それを世間一般では囮っていうの!」
「まぁそう怒るのはやめたまえ。これはちゃんと二人に許可を取った策だ。我輩は必要とされた策を必要とするタイミングで使っただけ——我輩が責められるいわれはない」
「子供を囮にするのが問題って言ってるんだけど!」
「——それは昔の話だ、撃鉄のスカーレット。この二人は既に十五を越えた。貴殿の庇護下にあった二人は——もういない」
「……っ!」
ラルバの言葉に、カガリはマスクの下で歯噛みする。いつも大仰で芝居がかった口調をしていたラルバの声が、心なしか酷く冷たい声色に感じた。ラルバはカガリを見据えながらトリガーブレードを生成し、剣先をカガリに向ける。
「——さて、お喋りはここまでにしておくとしよう。撃鉄のスカーレットよ……一つ、手合わせ願おうか!」
ラルバは銃弾を放ちながらカガリを距離を詰め、無駄のない動きで剣を振るってくる。対してカガリが扱えるのは銃のみ。ラルバの攻撃を受け止め、躱すことはできれど、攻勢にはまわれない。
「くっ……!」
「フハハハハ!どうした、撃鉄のスカーレットよ!いつものキレがないではないか!」
「イエロー……!まさか、ここまでがあんたの……!」
「——勝つためには手段を選ばない。我輩の流儀、忘れたとは言わせぬぞ?」
「……っ!相変わらず、やな奴……!」
——今までの流れが全てラルバの企みだと気づいたカガリは、冷たい声色で悪態をつく。カガリは慌てて冷静さを取り戻し、状況を分析する。
(……残ってるのはこいつ一人。無鉄砲なスズカや我武者羅に動くメグミとルーシとはわけが違う。ちょっとでも油断すればやられる……)
今まで幾度となく戦いを繰り広げてきたカガリは、敵に回ったラルバがいかに手強いかを知っている。だからカガリは毎回最優先でラルバを倒していたのだ。しかし今回の一番槍はスズカ——いつもカガリが最後に倒す相手。すっかり予定を狂わされたカガリはまんまと策に嵌められたわけだ。
「——ふんっ」
「……おお、受け止めたか」
——しかし、それがどうしたというのだ。策に嵌まろうと、窮地に追いやられようと……カガリのやることは変わらない。自分は闘技場で負けるわけにはいかない——そう思った時、カガリの身体の底から力が湧いてきた。攻撃を防がれ身を引いたラルバに、カガリは銃口を向ける。
「……あたしは負けない」
「ほほう。我輩に一対一で勝てると?」
「あたしの方が銃の扱いが上手い。それで十分」
「なるほど。しかし、我輩も簡単には負けられぬのだ。貴殿に勝ちを譲れば身を挺して囮となったスズカにどやされてしまうからな」
「……この性悪」
「褒め言葉として受け取っておこう」
言葉の応酬の末——二人は口を閉じ……互いに武器を構えて、マスクの下から睨み合う。観客の中に、緊張が漂う中……やがて、どちらからともなく足を進めた。
「ぬんっ!」
「はぁっ!」
——剣と銃が鍔迫り合い、二人の間に火花が散る。剣の一撃が、銃弾が、互いを襲い、すり抜けていく。カガリはアクロバティックな動きで銃弾を放ち、ラルバは剣を巧みに操って、銃弾の合間から斬りかかる。カガリのサイバースーツに傷がつき、その隙にラルバは剣を投げ捨て、カガリの目前で銃を構える。
「終わりだ——≪トリックショット≫」
黄色く光る光球が連続で放たれ、蛇のように蠢いてカガリの方へと向かっていく。地面から足が離れているカガリが光球を避けることは不可能。あわや、その身体が貫かれると思われた——その時。ラルバの鳩尾にカガリの銃が突きつけられる。
「——!しまっ……」
「——≪アクセルシュート≫」
ラルバが声を上げるより先に、カガリの銃から放たれた光線がラルバの身体を貫く。ラルバは撃たれた箇所を押さえながらよろめき、膝をつく。変身の解けた彼女は苦悶の表情を浮かべながらカガリを見上げる。
「っ……やはり、正面から来るか……」
「あんたの攻撃と逆方向に動いただけ。曲がるだけの球にやられるほど間抜けじゃない」
「……ふっ、今回も、我輩の読み違いというわけだ……」
——お見事。最後に小さくそう呟いたラルバは、不敵な笑みを浮かべながら、前のめりに倒れ込んだ。直後、試合を見守っていた審判が、マイク越しに結果を叫ぶ。
≪——勝者、撃鉄のスカーレット!≫
告げられたチャンピオンの勝利に観客席から大歓声が上がる。トリガージャーを応援していた観客は悲嘆に暮れているが、それをかき消すほどの歓声。カガリはふぅ、と一息吐きながら、客席に向かって決めポーズ。人さし指だけを立てた手のひらを、空に向かって突き上げる。
(……今回はやばかった。ラルバがあたしを読み切れなかったから何とか勝てた……)
先程までの試合を思い返しながら、カガリはマスクの下で眉をひそめる。——あの時、ラルバはカガリが剣の攻撃を受けた瞬間にカガリに迫ってきた。カガリが攻撃を避けられないタイミングで——少しでもカガリの対応が遅れていれば、ラルバの方に軍配が上がっていた。思わず、冷や汗をかく。
「……やるじゃん、あいつら」
カガリはボソリと呟き、その場を後にした。マスクの下の彼女の瞳に浮かんでいるのは……純粋な称賛と、少しの寂しさが入り混じった光だった。




