第一話 撃鉄のスカーレット
——かつて、人々を堕落の道に誘い込む、≪デリュージョン≫という名の厄災が地球に襲いかかった。
——人々は理想を奪われ、自ら作り出した檻の中に閉じ込められていった。
——しかし、そんな≪デリュージョン≫に反旗を翻し、地球を救ったヒーローがいた。
——その名は……
————
——観衆集まる闘技場の中、四人の戦士の高く清らかな声が響き渡る。
「——秩序守りし青き戦士、トリガーブルー!」
「全てを知り尽くす黄色の戦士、トリガーイエロー」
「好奇心旺盛な緑の戦士!トリガーグリーン!」
「漆黒の翼纏いし黒き戦士……トリガーブラック……」
「「「「我ら、撃鉄戦隊トリガージャー!」」」」
四人の名乗りと共に、彼女達の後ろで四色の煙が爆発する。彼女達は全員がそれぞれの色のサイバースーツを身に纏い、その上にジャケットを羽織っている。名を撃鉄戦隊トリガージャー。かつて世界を救った、英雄と呼ばれる戦士達だ。
「待ってたぜ、トリガージャー!」
「今日も頑張ってー!応援してるわー!」
観衆は大盛況。彼女達を応援する声が闘技場全体に響き渡る。彼女達はその声に答え、観衆達に手を振っている。——そんなトリガージャーを前にして、一人、銃を構えている赤き戦士がいた。その身に纏うのは赤きサイバースーツ。その上に纏うのは赤きジャケットで、闘技場の中にいる戦士の中でも一際異様な姿をしていた。本名を知られていない彼女の闘技場での名は「撃鉄のスカーレット」——巧みな銃さばきを披露する、闘技場のチャンピオンだ。大歓声が鳴り響く中、撃鉄のスカーレットはトリガージャーに向き直り、こう言った。
「よく来たね、トリガージャー。またあたしに挑みに来たんだ」
「……っ!撃鉄のスカーレット……!」
「フハハハハ!相まみえるのは何度目か、撃鉄のスカーレットよ。余裕たっぷりなのは結構だが、我輩の策に足をすくわれぬようにな」
トリガーブルーはマスクの下から撃鉄のスカーレットを睨みつけ、トリガーイエローは大仰な素振りで笑い声をあげながら、トリガーブルーの肩にもたれ掛かる。その際に普通に振り払われて「おっと」と愉快そうに呟いていた。
「カガ——コホン、お姉さんには負けないよ!メグミ、前よりもっと強くなったもんね!」
「今日が年貢の納め時だ、撃鉄のスカーレット……この僕が、君に引導を渡す……!」
トリガーグリーンは目を輝かせながら、好敵手を見つけたような瞳で撃鉄のスカーレットを見る。トリガーブラックは何やら決めポーズを取りながら、芝居がかった口調でそう告げた。そんな四人を前にして、撃鉄のスカーレットは……マスクの下で余裕ぶった笑みを浮かべ、手の中で銃をクルクルと回転させながら、こう言った。
「——やれるもんなら、やってみたら?」
こうして、今日の闘いも始まった——
————
「——悔しいっ!」
四畳半の小さなアパートの一室。長い黒髪をポニーテールにした少女が、目の前にあるちゃぶ台に拳を叩きつけた。瞳には涙が浮かんでおり、彼女の整った顔立ちがぐちゃぐちゃに歪んでいる。——彼女の名前は青峰スズカ。現トリガージャーのリーダーを務める、生真面目な性格の少女。またの名を——トリガーブルー。
「まぁ、そう泣くでないぞ、スズカよ。勝負は時の運とも言う。負けたことは仕方ないとして、次に勝てば良いのだ」
ちゃぶ台の近くでだらーんと寝転んでいる、首まで伸びている美しい金髪と金色の瞳を持つ長身の女性——ラルバ・スターライトはそう告げる。彼女はその尖った耳をピクピクと動かしながら、のんびりとテレビを見ている。彼女はまたの名を——トリガーイエロー。
「あ、駄目だよルーシお姉ちゃん。一度に二個取ったら、やり直しだよ?」
「え……駄目なの、これ?」
「公式には認められてるけど、メグミルールでは駄目なのですっ。ふふっ」
「ええ、そんなぁ……」
……部屋の隅っこで将棋の駒崩しに勤しんでいる、緑髪が特徴的な小柄な少女と、白髪に蒼い瞳が特徴的な同じく小柄な少女。緑髪の少女の名はメグミ・カガミ、白髪の少女の名は黒天ルーシ。メグミはトリガーグリーン、ルーシはトリガーブラックに変身するトリガージャーの一員である。かつて世界を救った戦士である彼女達は今、一つ屋根の下で四人で暮らしていた。一人打ちひしがれているスズカを除き、他三人はすっかり腑抜けてダラダラと過ごしている。そんな三人を見たスズカは、その美しい顔を歪ませながらもう一度ちゃぶ台を叩く。
「なーに呑気に遊んでるんですかぁぁぁぁぁぁ!!?」
彼女の怒鳴り声に、ラルバは「うおっ」と驚き、メグミは「ひゃあああ!?」と悲鳴をあげ、ルーシは引き抜いていた将棋の駒の山を崩してしまった。三人がスズカの方に顔を向けると、鬼の形相をしたスズカがちゃぶ台に拳を置いていた。怒り心頭といった様子だった。
「何テレビ見てるんですか、なんで将棋の駒崩ししてるんですかっ!私達は撃鉄のスカーレット——火神カガリさんに負けたんですよっ!?悔しいとか思わないんですか!?」
——そう、冒頭のトリガージャーことスズカ達は、あの後あっさりと撃鉄のスカーレット——火神カガリに敗北を喫した。その時から、スズカはアパートに帰っても悔しさ全開で怒り心頭なのである。……そんなスズカの叫びを聞いて、ラルバはテレビに視線を向けながらこう言った。
「まぁ、勝てぬのは今さらであるからなぁ。負ける度に悔しがっていたら体力が持たぬよ」
「それでいいんですか!?め、メグミさんとルーシさんは!?カガリさんに負けて、悔しいですよね!?」
「えー?お姉ちゃんと戦うの、楽しいよ?負けても、次は頑張るぞ、えいえいおー、ってなるもん」
「運動会か何かと勘違いしていませんか!?」
「一朝一夕で結果を出せるとは思ってないよ……宿敵との戦いは自分との戦いでもあるんだ。具体的にはレベルアップ——」
「ゲームでもないですよ!?」
三人の呑気が過ぎる答えに、スズカは開いた口がふさがらないといった顔をして項垂れる。しかしそれでも引き下がろうとしないのが、青峰スズカという生真面目な少女である。スズカは頭を押さえながら、三人に向かってこう言った。
「いいですか……?私達は、何のために闘技場に通っていると思います?」
スズカの問いに、三人は互いに顔を合わせ……しばらくの思考の後、揃ってこう言った。
「「「お金を稼ぐため」」」
「違いますっ!」
三人の言葉を、スズカは強く否定した。——闘技場とは、数多の戦士達が戦いを繰り広げる娯楽施設。観衆達は退屈な日常から解放され、エンタメ性に富む戦いを見ながら戦士を応援し、金を賭ける。応援した戦士が優勝すると賭け金は倍となり、負けた戦士を応援していた人々は金を奪われ、そこから優勝した戦士と準優勝の戦士に賞金が支払われる(もちろん優勝した方が金額は多い)。戦うことしか能のない者達にとっては、まさに一攫千金のチャンスなのだ。トリガージャーの働きによって平和になった地球だからこそできる娯楽と言っても良い。現トリガージャーのスズカ達は、ある目的のもと闘技場で戦い続けている。それは決して金稼ぎのためなどではなく——
「撃鉄のスカーレット——元トリガーレッドであるカガリさんを取り戻すことっ!それが私達の目的ですっ!」
「「「あー……」」」
「あー……って何ですか!?まさか本当に忘れていたとか言いませんよね!?」
「……無論、覚えているとも。明日のバイトの日時と同じ程度には」
「う、うん!メグミ、ちゃんと覚えてたよー……?」
「くっ、左腕が疼く……!これは、失われし記憶が呼び戻されようとしているのか……!?」
「いや、絶対忘れてたじゃないですか!?」
明日の予定も定かではないほど物忘れの激しいラルバと、嘘をつくのが下手なメグミと、そもそも忘れていたと開き直ったルーシにスズカはツッコミを入れた。——スズカ達が闘技場に通うのは、貧乏ゆえに金を稼ぎたいわけではない。闘技場のチャンピオン——かつてトリガージャーの一員だった、撃鉄のスカーレットことトリガーレッドを取り戻すためなのだ。トリガーレッドはトリガージャーの元リーダーであり、実力もトリガージャーの中でトップクラス。人並み外れた運動神経を持つ、どんな悪も見逃さない正義感の強い人物——それがトリガーレッドだ。だが、彼女はトリガージャーが世界を救った後、トリガージャーを抜け、闘技場に入り浸るようになった。その事実を知っているのは、スズカ達だけなのである。
——正義の味方である私達が、私欲のために闘技場に入り浸るなど許されません!
というスズカの意志により、四人は撃鉄のスカーレットをトリガージャーに連れ戻そうと試みたが……あえなく失敗。彼女達は何度も打ち負かされ、拒絶され、今に至るというわけだ。——ちなみに、スズカ達が闘技場に入り浸る理由は「人探し」と公言しているため、スズカの意志には反していない。閑話休題。
「……いい加減、カガリのことは諦めたらどうかね?あやつは簡単に己を曲げるような奴ではないぞ?」
「諦めたらそこで試合終了です。私達は秩序を守る者として、カガリさんの暴挙を許すわけにはいかないのです」
「で、でも!お姉ちゃんは悪者になったわけじゃないと思うよ?この前会った時、メグミにお菓子くれたもん!」
「そうやって賄賂で懐柔しているわけですね?」
「考えすぎ……僕だって、カガリに戻ってきて欲しいけど……やっぱり、無理やり連れ帰るのは……」
「——とにかく!私は諦めませんからっ!たとえ一人になったとしても、絶対にカガリさんを更生させますっ!」
三人の言葉を一蹴し、スズカはプンスカと怒りながら部屋を出ていった。日課のランニングのためである。とにかく秩序や調和を求める彼女には、ラルバ達の柔軟な考えはない。
「……スズカも、カガリに負けず劣らずの頑固者であるからなぁ……」
沈黙の訪れたアパートの中で、ラルバの呆れたような声が響いた。
————
——スズカがランニングに勤しみ、ラルバ達がアパートでゴロゴロとしていた頃……隣の部屋で昼寝していたカガリは、布団の中で不機嫌そうに瞼を擦っていた。
「もう、何なのマジで……昼寝くらい自由にさせてよ……」
≪だからもっといいアパートに住めばいいって言ったじゃねぇか。ここ、壁スカスカなんだからさ≫
「うっさいなぁ……住みたい条件が揃ってる場所がここしかなかったの。ゴテゴテして無駄に広い家なんて絶対嫌だし」
≪カガリはほんと狭い場所が好きだよなぁ。それでいて皮肉屋。俺は嫌いじゃないけど、将来恋人とか作るのに苦労しそうだなー≫
「大きなお世話」
カガリは周りを飛び交う白い銃に悪態をつく。銃口の辺りに二つの瞳、まるで生きているかのように身をくねらせるその銃の名は——バレル。かつてトリガージャーを陰ながら支えていた、命を宿す銃である。カガリ達にトリガージャーの力を与えた、未だ謎の多い存在だ。本人(人ではないが)曰く、昔の記憶がないと言っていたので、どこから来たのか何が目的かも不明だが、それでもトリガージャー達の味方であることに変わりはない。現にカガリはかなりバレルのお世話になっている。カガリの壊滅的な一人暮らし能力が最低レベルまで向上したのはバレルの功績と言っても良い。
「てか、あいつらはどうしてあんなに騒ぐわけ?隣に住民が住んでるとか考えてないの?」
≪それほどスズカが頭にきてるってことだろ。怒ったあいつは周りが見えなくなるからなー≫
「バレル、スズカ達と反対のお隣さんに、注意してもらうように言ってきて……あたしはもっかい寝る……」
≪おいおい、何言ってるんだよ。俺が人前に出たら大騒ぎになるぜ?自分でやれよー≫
「チッ、使えない……」
バレルの言葉に舌打ちをしながら、カガリはムクリと身体を起こす。すると、それまで布団に包まっていた彼女の姿が露わになった。毛先に赤のメッシュが入っている黒髪ショートに、小顔で整った顔立ち。身体はいわゆるモデル体型というやつで、出るとこは出ていて身体は全体的に引き締まっている。——そんな絶世の美少女の魅力を台無しにしているのが、黒文字で真ん中に大きく「続編期待」と書かれた白Tシャツ。センスの欠片もないブカブカの白Tを下着の上に羽織っただけのスタイルは、彼女の駄目人間っぽさが表に現れているようだった。
≪またそんな格好で……ちゃんと下も穿かないと風邪引くぞ?≫
「下着は穿いてるから良いじゃん」
バレルの中性的な声で注意されたカガリは悪態をつき、欠伸をしながらテレビを付ける。そこに映ったニュース番組では、昨日の出来事——カガリがトリガージャーを下した事が取り上げられていた。
「——昨日の夕方七時に行われた、撃鉄のスカーレット対トリガージャーの試合は、またもや撃鉄のスカーレットの勝利に終わりました。彼女は既に百戦百勝の戦績を収めており、闘技場の戦士としてさらなる活躍が期待され——」
ニュースキャスターがどこか興奮気味にカガリの活躍を述べていた途中で、カガリはテレビの番組を変えた。次いで映ったワイドショーでも、カガリに関する話題が取り上げられており——うんざりした様子で、カガリはテレビを切った。
「暇。なんかアニメとかやってないの?」
≪平日の昼間にやってるのは、ドラマとかニュース番組くらいだと思うぞー≫
「バレル、なんか面白い話してよ」
≪無茶言うなよー。暇なら散歩でもしてきたらどうだ?≫
「やだ、面倒くさい。あたしは家から出たくないの」
≪はぁ……全く、すっかり腑抜けになっちまってさ。あの頃のかっこよかったカガリはどこへ……≫
「過去は過去、今は今。あたしは今も昔も変わらずあたし。面倒くさいオタク気取りは止めてよね」
≪へーい≫
バレルが気の抜けた声で返事をして、その場で横になった。どうやら不貞寝を決めることにしたようだ。銃のくせに随分とふてぶてしい。カガリはそんなバレルの姿を見て、自分もそれに習うことにした。
「おやすみー……」
——二度寝は至福のひとときである。カガリは内なる自分の声に従って、夕方まで布団に潜るのだった——
————
夕方になり、二度寝から目を覚ましたカガリは、いつも通り闘技場に向かっていた。闘技場での試合が始まるのは夜。チャンピオンであるカガリは毎日試合に参加する義務があり、一日でも休むとチャンピオンの座を剥奪されてしまう。割とシビアだが、それに見合った対価が貰えるのだからありがたい——というのがカガリの抱いている感想だった。ちなみに今の彼女の服装は「千客万来」と書かれた白Tに短パン、その上に赤いジャケットを羽織った姿である。撃鉄のスカーレットに変身した姿でも羽織っているジャケットだ。白Tを除けばアウトローな少女に見える。
「あら、カガリちゃん。こんにちは」
「……うす」
「今日もお仕事かしら?毎日頑張ってるわね」
「……シェリィさんも、なかなかだと思いますけど」
カガリは声を掛けてきた青髪の女性に苦笑を浮かべながらそう返す。——彼女の名はシェリィ・コモンズ。カガリが今歩いている商店街で屋台を開いている気さくな女性だ。おでんやラーメン、コロッケなど様々な料理を仕事帰りのサラリーマンなどに振る舞っている。ちなみに、カガリもこの屋台の常連だったりする。
「屋台を毎日引っ張っていれば、おのずと体力もついてくるのよ。そんなことより、新しくカボチャのコロッケを作ってみたんだけど……食べてみる?」
「ください。お金ならいくらでも払います」
「いらないわよ。まだ試作の段階だもの。——さ、熱いうちに召し上がれ」
シェリィは包み紙に包まれたコロッケを取り出すと、目を輝かせているカガリに手渡す。カガリは揚げたてのコロッケを冷ますこともせずに齧り付くと、途端にムスッとしていた顔を綻ばせる。カガリの口の中に、幸せな味が広がっていた。シェリィは微笑ましいものを見るような目でカガリを見ている。
「どうかしら?味の感想は?」
「んぐっ……最高です。甘くて、具がゴロゴロとしていて、とても食べやすいです」
「ふふ、そこまで喜んでくれたなら嬉しいわ。お仕事、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
最初の無愛想な態度はどこへやら。実に素直に礼を述べたカガリに、懐に入れられていたバレルは内心呆れたように呟く。
(このシェリィって人、本当にカガリの扱いが上手いよな……見習いたいもんだ……)
ついでに、もっとカガリは素直になればいいのに……などとバレルは思ったのだった。




