第四十八話 燃え上がる真紅の炎
——それは、アゲハがマッドの前に現れる、少し前の事だった。アゲハの方に手を伸ばしたソードは、アゲハを抱きかかえているリリスに声を掛けた。
「——ねぇ、黒髪ちゃん」
「…………」
「アゲちゃんの事……助けたい?」
「…………」
リリスは何も言わずに、ソードの言葉を耳にして頷く。今のリリスにまともな思考力はなく、ただ「アゲハに会いたい」という想いが彼女を突き動かしていた。
「……そっか。じゃ、そこで待っててね」
ソードはアゲハに手をかざすと、その手に赤い光を纏わせ、それをアゲハに流し込んでいく。すると、アゲハの身体が淡く光り、その光は徐々に強くなっていく。
「ソードも、アゲちゃんには生きてて欲しいからね。誰かを犠牲にした勝利なんて、面白くないもん」
ソードの言葉と同時に、アゲハを包む光は強くなった——
————
「…………んん……?」
——ここは、どこだろう。酷く暗くて、息苦しい。あたしはなんで、こんな所にいるんだろう?
「……目が覚めたの、お姉ちゃん?」
聞こえてきた馴染み深い声に、あたしは振り向く。そこには、黒髪の少年——あたしの弟が立っていた。弟の周りには炎が灯っていて、弟の姿だけが淡く照らされている。
「###……?なんでお前が、ここに……?」
「……なんでだろうね。僕も驚いてるよ。お姉ちゃんとまた会えるなんて、思わなかったもん」
弟はあたしの下に歩いてくると、人当たりの良い笑みを浮かべる。それは、どこか悲しそうで……昔こいつがいじめられていた時と、同じような瞳をしているように見えた。
「###……」
「——酷い怪我だね、お姉ちゃん」
被せるようにそう言われて、あたしは思わず自分の身体を見下ろした。大きな風穴が開いた、自分の身体を。
「なっ……!?なんだよ、これ……!」
そう呟いて、あたしはさっきまでの光景を思い出す。——そうだ。思い出した。あたしは、イリーガルホワイトに……
「あたし、死んだのか……?」
——その瞬間、脳裏に様々な事が浮かんできた。今まで歩んできた人生の出来事、恋人との約束、九番の事——ゴシキジャーとして戦ってきたこと。それら全部が、今この瞬間まで失われていたこと……
「…………っ!」
悪寒がした。自分が死んだという事実が、受け入れられなかった。あたしはまだ、なすべきことを成し遂げていないのに……志半ばで死んでしまった。ということは、目の前にいる、こいつは……
「……どうしたの、お姉ちゃん?僕の顔に何かついてる?」
「###……お前はもう……死んでるのか?」
「ええ?何言ってるのさ、お姉ちゃん。僕はちゃんと、ここにいるじゃない」
「でも……あたしは死んだんだ。ここは……あの世、ってやつじゃないのか?」
「……ああ、そうかもしれないね。僕は四年前に、突然変異種に殺された……母さんや父さん達と一緒に」
###はそう言うと、赤い血に塗れた姿へと変わった。あたしは思わずヒッ、と悲鳴をあげて、後ずさってしまう。###はそんなあたしに構わず、こちらに近づいてくる。
「逃げないでよ、お姉ちゃん。僕は何もしないよ」
「う、嘘だ!そんな見た目の奴に言われても、信じられねぇよ!」
「何もしないったら。——僕から逃げないで、お姉ちゃん」
###は強い口調でそう言って、あたしの手を掴む。半身半疑であたしは###に視線を向けると、血に塗れた姿が元の姿へと戻った。呆気に取られていると、###は途端に笑みを浮かべて、あたしにこう言った。
「……やっと僕の方を見てくれたね、お姉ちゃん」
「……なんなんだよ、お前。あたしの事をおちょくってるのか?」
「あはは、違うよ。……お姉ちゃんに、言いたい事があったんだ。多分、もう会う事はないと思うから……」
「はぁ?それってどういう……」
「——聞いて、お姉ちゃん」
あたしが聞く前に、###は強い口調で告げた。あたしの目に視線を合わせて、手を掴んだまま……###は、こう続ける。
「お姉ちゃんは、もう僕達の事を考える必要はない。お姉ちゃんにはお姉ちゃんの人生がある。そこに僕達が割り込んで、お姉ちゃんを邪魔するなんて事は……許されない」
###は一瞬悲しげに視線を伏せ——言葉を紡いでいく。
「僕はもう、強くなった。お姉ちゃんの助けを借りなくても、僕はもう自分で立って歩ける。お姉ちゃんはこれから、自分のために生きていいんだよ」
「###……」
「僕の願いは、お姉ちゃんに笑っていてもらうこと。——昔から、お姉ちゃんは僕のせいで笑顔を奪われていた。僕が弱いせいで、お姉ちゃんは何度も辛い思いをしたでしょ?僕はもう、誰かの足手まといには……なりたくない。だから……約束して、お姉ちゃん。これからは、自分のために生きるって」
###は強い口調でそう言って、あたしを見上げてくる。瞳には力が籠もっていたが、そこに宿る光は……どこか弱々しいものだった。それがどうにも、昔のこいつと重なってしまって——気づけば、あたしは口を開いていた。
「……無理だ。そんなの約束できない」
「……っ!お姉ちゃん……!」
弟は悲痛な表情をして、あたしを見上げてくる。しかし、あたしは胸の奥から溢れてくる言葉を止めることはできなかった。
「——だって、約束するまでもないからな」
「え……?」
「あたしは自分のために、誰かを助ける。誰かの助けになりたいから、助けてるんだ。——大切なものを、守るために」
——あたしはゴシキジャーになってから、たくさんの大切なものが出来た。魔王達のような友達や、リリスのような恋人……そして、家族。
「お前を守るのも、あたしが好きでやってたことだ。理不尽にいじめられてたお前を、守りたかった。だってお前は、あたしの大切な家族だから」
「お姉ちゃん……」
「辛い思いをしたのは事実だけど、それをお前の——サグルのせいだなんて、思ったことはない。自分で守ってる奴を憎むなんて、意味がわかんねぇだろ」
そう言ってニッと笑ってやると、###は——サグルは、驚いたように目を見開く。サグルはしばらく黙っていたが……サグルは突然口角をあげて、噴き出した。
「ふふっ……あははは……!」
「おい、なんで笑うんだよ?あたしは何もおかしな事は言ってねぇだろ?」
「ご、ごめん……ふふ……!そういえばお姉ちゃんは、そういう人だったなって……あはは……!」
サグルは目尻に涙を浮かべるまで笑った後、口元を押さえて目尻を拭う。そんな反応をされるとは思わなかったが、不思議と悪い気はしなかった。
「……でも、そっか。お姉ちゃんは、僕の事を……家族と認めてくれるんだね」
「当たり前だろ?何度も言うが、あたしはお前の姉ちゃんだからな」
「……ありがとう、お姉ちゃん。そう言ってくれて、嬉しいよ」
「おう」
短く返事を返すと、サグルはあたしに笑いかけてきて、少し距離を取る。すると、あたしの背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
≪——アゲちゃん!こっちに来て!早く!≫
——聞こえてきたのは、ソードの声だった。あたしが振り返ると、何もなかった空間の中に、赤い光が指す。その先に、さっきまでいた場所の光景が映っていた。
「あれは……」
「……どうやら、時間切れみたいだね」
「は……?サグル、何を言って……」
「大丈夫。お姉ちゃんはまだ、こっちに来る人間じゃない。あの光の下に向かえば、きっと元の場所に…………お姉ちゃんには、まだやることがあるんでしょ?」
「……っ!……そう、だな」
……サグルの言葉の意図を察したあたしは、サグルに背を向ける。そして、光の方に足を進めていく。あいつと……イリーガルと、決着をつけるために。
「…………」
最後に、あたしはサグルの方を振り返った。サグルは昔と同じように人当たりの良い笑みを浮かべて、何も言わずにあたしの方を見ていた。まるで、あたしを見送るかのように。
「……じゃあな、サグル」
あたしは、こみ上げてくるものを抑えながら、今度こそサグルに背を向ける。そして、目の前にある赤い光へと走っていった。
「……バイバイ、お姉ちゃん」
——最後に、サグルの言葉が聞こえたような気がした。
————
「んん……?」
——目を覚ますと、見覚えのある黒髪の少女の姿が目に入った。ぼやける視界に目を擦っていると、アゲハのすぐ側から声が響く。
「……アゲハ……!?なん、で……!」
その声を聞いて、アゲハの視界がクリアになる。アゲハの瞳に写ったのは……涙を流している、リリスの顔だった。彼女の目元は赤く、ずっと泣いていた事が伺える。
「よかっ、た……!アゲハ……生き、返った……」
「……リリス?ここは……」
——どこだ。そう口にしようとしたその時、耳をつんざくような爆音が聞こえてくる。アゲハが少し顔をあげて音のした方を見ると、自分の仲間達がイリーガルホワイトと戦っている姿が見えた。それを見て、アゲハは先程まで戦っていた時の記憶を思い出す。
(そうだ、あたしは——!)
アゲハはリリスの膝から身体を起こし、イリーガルホワイトの方へと足を進める。——すると、背後から力強く腕を掴まれる。
「待って……!アゲハ、何する、気……!?」
「イリーガルの奴を、ぶっ飛ばすんだ……!このままだと、皆が……」
「無茶、しないで……!アゲハは、さっきまで……死んでたのに……!」
「うっ……」
リリスから涙ぐんだ瞳でそう訴えられて、アゲハは少し顔をしかめる。——リリスの言葉通り、アゲハはイリーガルに一度命を奪われ、蘇り……今、ここに立っている。そんなアゲハが無理をするのを、止めない人間はいないだろう。だが、アゲハとしても、イリーガルが仲間を蹂躙することを見過ごすことなどできない。どうすればいいものか、とアゲハが逡巡していると——突然、アゲハの身につけていた腕輪が光を放つ。
「……?なんだ……?」
アゲハが首を傾げながら、腕輪を眺めていると……その赤い腕輪が更に強い光を放ち、アゲハ達の視界を覆う。……やがて、その光は収まり……アゲハの腕輪は真紅に輝く腕輪へと、変貌を遂げていた。
「これは……!」
アゲハの声に応えるように、腕輪は淡く光を放つ。アゲハはその腕輪を眺めると……意を決したような表情を浮かべ、イリーガルの方を向く。すると、アゲハの背後から、悲痛な声が聞こえる。
「アゲハっ……!」
「……なぁ、リリス」
突然、アゲハの真剣な声に呼びかけられたリリスは目を見開き、手を離してしまう。背後にいる恋人に振り返らないまま、アゲハは言葉を紡ぐ。
「——あたし達は、ずっと一緒だ。例えどれだけ離れたって、あたしは絶対、お前の所に帰ってくる」
「え……」
「だから、今だけは……そこで見ていてくれ。今から……あいつとの約束を果たすんだ」
「アゲハ……何を、言って……?」
リリスの呆然としたような呟きを聞きながら、アゲハはイリーガルの方へと足を進めていく。後ろから聞こえるリリスの足音に耳を傾けながら、アゲハは瞳を閉じる。
——お姉ちゃんには、まだやることがあるんでしょ?
脳裏に彼と交わした言葉を思い出しながら、アゲハは自身の腕輪に手を掛ける。誰かを守るため、助けるために…………あたしは、最後まで戦うんだ。
「——≪聖鎧装着≫」
——ズバババーン!
耳に、幼く蠱惑的な少女——煌水晶種である彼女の声が響く。
——レッド・フレイム!
次いで、アゲハ自身の声が響く。それと同時に、アゲハの身体にフレアレッドの——真紅を纏った装束が形成され、アゲハの姿が変化していく。
——フレアスカーレット!
二つの声は重なり、アゲハは真紅の装束を纏った戦士——フレアスカーレットへと≪聖鎧装着≫する。アゲハの右手には真紅の剣が生成され、長く伸びた赤い髪は一つにまとめ上げられる。そして、彼女の背中には炎の翼が生え……アゲハは、イリーガルホワイトの下へと飛んでいった。
「アゲハ……」
リリスはその場に膝をついて、呆然とその後ろ姿を眺めることしかできなかった。リリスの耳の中では、先程アゲハに告げられた言葉が、何度も響いていた——
————
——イリーガルホワイトを前にしたアゲハは、剣を構えて敵を睨む。炎の翼は閉じられ、アゲハの身体を優しく包んでいる。
≪……なんだい、その姿は?それに、君はどうやって生き返ったというんだ?人間の命は、一つしかないんだろう?≫
「さぁな。あたしにはわかんねぇ。なんで生き返ったのかも、この姿も……わかんねぇことばっかりだ」
アゲハはイリーガルホワイトの言葉にそう返すと、自身の剣を彼の方へと向ける。それに合わせて、アゲハの翼が展開され、アゲハの周りを炎が包む。イリーガルホワイトを睨みつけながら、アゲハはこう言葉を続けた。
「だが、一つだけわかることがある。それは——」
アゲハは高く飛び上がり、剣を構えてイリーガルホワイトの方へと飛んでいく。アゲハはイリーガルホワイトの間近で剣を振りかぶると、力の限り叫びをあげる。
「——てめぇは、あたしにぶっ倒されるんだよっ!!」
≪——なっ!?この、力は……!?≫
アゲハの瞳に炎が灯り、イリーガルホワイトの身体に剣が振り下ろされる——その瞬間に、イリーガルホワイトは大量の武器を生成し、それを盾のようにしてアゲハの攻撃を受け止める。
「——はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
≪ぐぅっ……!?凄まじい、力だね……!≫
アゲハが叫び声をあげて剣を押し込んでいくと、イリーガルホワイトの武器が徐々に破壊されていく。——炎が、全てを包み込もうとしている。
「負ける……かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
≪……!?まさか、無理やり僕の力を飲み込もうとしているのか……!?ありえない……!フレアレッドの力では、そんな事は不可能だ……!≫
イリーガルホワイトはうめき声をあげながら、必死にアゲハの攻撃を抑え込もうとする。しかし、アゲハの炎は留まることを知らず、彼の武器ごと、イリーガルホワイトを飲み込もうとする。武器が徐々に消えていき、アゲハの瞳にイリーガルホワイトの姿が写る。
「——ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
≪……!武器が……!≫
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
≪ぐはぁっ……!?嘘だろ……!?この僕が、人間に……負けるというのか……!?≫
武器の盾を無くしたイリーガルホワイトにアゲハの剣が突き刺さり、イリーガルホワイトは驚愕の声をあげる。自身を切り裂いていく刃を赤い瞳に写しながら——彼は、笑った。
≪は、はは……あはははははははっ!!いいねぇ!実に素晴らしいよ!予言を乗り越えて見せるなんて、まさに君は——真のヒーローだ!僕を打ち倒す、真のヒーローだよっ!!あははははっ——!!≫
最後に、大きな高笑いをあげて——イリーガルホワイトは、アゲハによってその身を真っ二つに切り裂かれる。彼の餓者髑髏のような頭は、愉悦の笑みを浮かべ——そのまま、アゲハを巻き込むようにして、大爆発を起こした。
「——っ、アゲハっ——!!」
その爆発を見たリリスは、喉を引き絞るような叫び声をあげ……彼女の下に、真紅の腕輪が転がってくる。まばゆい光を放っていた腕輪は、リリスの膝に当たると動きを止め——やがて、その光すらも、うっすらと消えていった。




