第四十四話 「宵闇」のレーナ
「——あらら。バベル、負けちゃったみたいだね」
城の「三層」——赤い空が広がっているその階層で、イリーガルが呑気にそう告げた。その呟きを聞いて、側にいた番人——九番が、驚いた様子で呟く。
「バベル様が……?そんな、馬鹿な……!」
「ま、誰だって負けるときはあるよね。今のアカシアグリーンとランドイエローは凄いなぁ。息ピッタリの主従って感じだ」
「え……」
イリーガルの言葉に、九番は呆然とした様子で彼を見る。自分の配下が死んだというのに、全く気にも止めていない様子が引っかかったのだ。
(……この御方は、私達の命を何とも思っていない……)
ふと、九番は隣に立つ十三番の方を見る。イリーガルによって強制的に力を引き出され、自我を失った彼女。城の「番人」に制定された彼女は、死ぬまで戦い続ける……イリーガルからすれば、配下など戦いの駒でしかないのだ。その事実に、九番は何故か身の毛がよだつように感じた。
(……力を示さねば……私も……)
その先を告げるのは恐ろしくて、できなかった。戦慄している九番を他所に、イリーガルは虚空に浮かび、朗らかな口調でこう呟く。
「次は、レーナ……君の番だよ。ま、君が死ぬより先に、赤羽アゲハがここに来るかもしれないけど……」
イリーガルは黒い球体の身体から赤い瞳を覗かせ、赤い空を見あげながらその先を告げた。
「——その時はその時だ。死ぬまで頑張ってね、レーナ」
明るくもどこか冷たい声が、赤い空に向かって投げかけられた。
————
——「二層」に辿り着いたアゲハ達は、その禍々しい内装を見渡しながら、中央の方に視線を向けた。「一層」とは違い最初から灯りが灯っていた部屋の中央にいたのは——美しい白髪と赤い瞳を持った女性——「宵闇」のレーナである。彼女は身に纏った白い装束を揺らしながら、クスリと笑みを浮かべる。
「……久しぶりね、ゴシキジャー。この前はアタシの合成獣がお世話になったわね」
「……っ!お前は……!」
「——アタシは「宵闇」のレーナ。この「二層」の番人であり、イリーガル様の左腕……このゲームのルールはバベルから聞いているわよね?」
レーナはそう言って笑みを深め、片手をあげる。——すると、部屋の中に穴が開き、そこから二体の合成獣が姿を現す。
「——アタシ達と戦う二人……ここに置いていきなさい」
「……!?敵が、増えた……!」
「馬鹿正直なバベルと違って、アタシは頭脳派なの。まさかアタシがあなた達と一人で戦うと思った?」
レーナは嘲るような笑みを浮かべながらリリスにそう言うと、途端に表情を消し、冷たい声色でこう告げた。
「さぁ、早くしなさい。「三層」への道を閉じるわよ」
「てめぇ……!卑怯だぞ!」
「卑怯で結構。現実の見えていない馬鹿よりもマシよ。さぁ、早く選びなさい——」
「——私が、やります」
レーナの言葉を遮って、声をあげたのは……どこか覚悟を決めた様子のサクラだった。サクラはいつもの弱々しい様子とは違い、力強い視線をレーナに向けている。そんな彼女を見て、アゲハは驚いたように呟く。
「サクラ姉……?」
「私が……やらなきゃ。アゲハちゃんとマッドさんは、九番さんと決着をつけるんでしょ……?なら、私が戦わないと……」
「サクラ姉……でも、一人で戦うなんて無茶だ!」
一人でレーナの下に歩いていくサクラの腕を、アゲハが掴んで静止する。そんな二人を見ながら、レーナは呆れた様子でこう告げる。
「別に無茶でも無謀でもなんでもいいけど……一人で挑むのはルール違反よ。戦うメンバーは二人。ほら、とっとともう一人選びなさいな」
「……!そ、そんな……!」
「——なら、私がやる」
レーナの言葉に悲痛な表情を浮かべたサクラの横で……澄ました表情をしたリリスが、手をあげながらそう告げた。驚いた様子のサクラが、リリスを見ながら呟く。
「リリスちゃん……な、なんで……」
「……サクラ姉と、同じ。私も、アゲハを九番の下に連れていきたい。それがアゲハの助けになる……なら、ちょっとアゲハと離れるくらい……耐えられる」
「……!リリスちゃん……!」
「リリス……いいのか?」
「……うん。だから、先に行って。アゲハ。すぐに追いつく」
サクラの感激したような視線と、アゲハの不安そうな視線を受けながら、リリスはそう告げた。アゲハはそれを聞いて少し口を引き結ぶと、リリス達から視線を離して、マッドとソードの方を向いてこう言った。
「……行くぞ、二人共。九番の所へ」
「……分かったよ、お姉ちゃん」
「やっとオト様と会える〜!オト様、絶対にソードが助けるからね~!」
ソードのそんな呑気な言葉を皮切りに、アゲハ達は「三層」に繋がる階段へと向かい、足早に登っていった。リリスとサクラはそれを見届けると、レーナの方を見て武器を構える。
「……行こう、サクラ姉」
「う、うん……!」
「やっと決まったわね——動きなさい、合成獣」
——ゴァァァァァァァァ!!
レーナのけだるげな呟きに答え、二体の合成獣が同時に咆哮をあげ、その獰猛な複数の瞳をリリス達に向ける。身構えるリリス達の前で、レーナは身体を宙に浮かせながら、冷酷に告げた。
「アタシの真の力……特別に見せてあげる。光栄に思いなさい」
レーナの宣言により、リリスとサクラの戦いが始まった——
————
——ゴァァァァァァァァ!
「——≪氷海槍・フロストファング≫!」
「——≪苛烈・パニッシュスター≫……!」
迫りくる二体の合成獣を、リリスは氷を纏った≪青い槍≫で、サクラは≪桃色のモーニングスター≫を振るって迎え撃つ。二人の攻撃に合成獣は怯むが、すぐに体勢を立て直して襲いかかってくる。
「うっ……!凄い、力……!」
「押しつぶされちゃう……!」
「この戦いのために特別に造った合成獣よ。お気に召したかしら?」
合成獣と鍔迫り合いになるリリスとサクラを見ながら、レーナは両腕を造り変える。人間の腕だったものは巨大な砲塔へと姿を変え、それがリリスとサクラに向けられる。
「——じゃあね。勇敢なお嬢さん達」
レーナがそう告げると同時に、二つの砲塔から巨大な光弾が放たれる。凄まじいスピードで放たれた光弾を見たリリスは、力を振り絞って合成獣を弾き、槍を地面に突き刺す。
「——≪氷海槍・フローズンエリア≫っ……!」
リリスがそう叫ぶと、彼女の周りに雪が振り注ぎ、眼前に巨大な氷壁が現れる。それは二つの光弾を受け止めると、音を立てて砕け散った。
「……チッ、命拾いしたわね。でも、抵抗すればするほど、あなた達の苦しみが長引くだけよ!」
レーナが忌々しげにそう告げると、合成獣が再びリリスに襲いかかってくる。リリスは銀色の装飾が施された槍を振るいながら、サクラに呼びかける。
「サクラ、姉……!このままだと、ジリ貧……!」
「大丈夫……!リリスちゃん、腕輪を貸して!私が、この怪物達を引きつけるから……!」
「……!?それは、危険……!一体でも、厄介、なのに……!」
「……わかってるよ。けど、私がリリスちゃんの足を引っ張るわけには、いかないから……!それに、リリスちゃんなら、あの人も倒せるはずだよ……!」
合成獣の攻撃を受け止めながら、サクラは必死に叫ぶ。既にサクラは息が上がっており、徐々に合成獣に押され気味となっている。先程のレーナの言葉通り、長期戦は難しいだろう。それはリリスにも理解できたが……それでも彼女は、サクラの行動に納得できなかった。胸の内を吐露するように、リリスは叫ぶ。
「なんで……そこまで……!?」
「私も……リリスちゃんや皆の助けに、なりたいから……!守られるんじゃなくて、アゲハちゃんみたいな……誰かを守れる人に、なりたいからっ!」
「……!」
リリスはサクラの想いを聞いて、目を見開く。——サクラの幼馴染であるリリスが知っているのは、弱い彼女だった。よく泣き、考え方が後ろ向きで引っ込み思案——リリスが見ていたのは、そういうサクラだった。だが、目の前のサクラは今、自分の力で、誰かの助けになりたい——そう叫んでいる。まるで、自分の恋人のように……それに気づいたリリスは合成獣の攻撃を受け止めながら、クスッ、と笑い……自身の姿を、マリンブルーの姿に戻した。
「……そういうの、嫌いじゃない……」
リリスはそう呟くと、銀色の装飾が施された白い腕輪をサクラに投げ渡す。それをなんとかキャッチしたサクラは、バイザーの奥で笑みを浮かべ——白い腕輪を、自分の腕輪にかざし、部品を回した。
「——≪聖鎧装着≫……!」
——ズバババーン!オーバーフロー!
——メタル・チャーミング・ピンク!シルバーラブピンク!
腕輪から高い声が鳴り響くと同時に、銀色の光に包まれたサクラの姿が変化する。——全てを魅了し、自身の虜にする桃と金の戦士・ゴールドラブピンク——それと似た銀色の鎧を身に着けたシルバーラブピンクとなったサクラは、力の限り≪桃色のモーニングスター≫を振るい、二体の合成獣を巻き付ける。
「……えーいっ!!」
——ゴァァァァァァァァ!?
銀色の鎖に絡め取られた合成獣は悲鳴をあげ、鎖を解こうと必死に身を捩る。それをサクラが押さえつけ、壁や床に叩きつけていく。サクラはバイザーの奥で視線を鋭くし、リリスに向かって叫ぶ。
「——行って!リリスちゃん!」
「ん……!分かっ、た……!」
海のような青い色の鎧を纏った戦士——マリンブルーの姿に戻ったリリスは、≪青い槍≫を構えながらレーナの方に走っていく。拘束された合成獣に視線を向けながら、レーナは忌々しげに顔を歪めて呟く。
「この……!アタシの合成獣を離しなさい!」
「……!させない……!——≪激流・スパイラルブラスト≫!」
再びレーナの腕の砲塔から放たれた光弾を、リリスは水を纏った槍で引き起こした竜巻で弾き飛ばす。驚愕の表情を浮かべるレーナを見据えながら、リリスは宙を浮くレーナに向かって、槍を振りかぶりながら高く飛ぶ。そしてリリスは槍に氷を纏わせ、力の限り槍を振り下ろした。
「——≪氷河・フローズンダスト≫っ……!!」
「させる、かぁ——!!」
——瞬時に両腕を鋼鉄の剣へと変えたレーナは、リリスの槍をそれで受け止める。しかし、重力の乗ったリリスの一撃は重く、押し返すことはできない。苦しみに喘ぐレーナを前に、リリスは更に力を込めていく。
「はぁぁぁぁぁ……!!」
「ぐぅぅぅぅぅ……!!」
どちらかが押し負けるまで、終わらない鍔迫り合い——その衝撃の余波が「二層」に広がり、壁や装飾にヒビが入っていく。やがて、レーナの剣にもヒビが広がり——二振りの剣が、音を立てて崩れた。
「なっ——!?そんな、馬鹿な——!」
「はぁぁぁぁぁぁ——!!」
「何っ……!あ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ——!?」
リリスの槍の一撃がレーナの身体に突き刺さり——悲鳴をあげたレーナの身体に、一筋の線が生まれる。そして、その身体が二つに分かれ——
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ——!!」
最後に断末魔をあげて、レーナはそのまま爆発した。それと同時に、レーナの従えていた合成獣が消滅し……必死にモーニングスターの鎖を引っ張っていたサクラが尻餅をついた。
「うわっ……!?いたた……」
バイザーの奥で涙を浮かべ、自分の尻を擦るサクラ。そんな彼女の下に歩いてきたリリスが、笑みを浮かべてサクラを見る。そして、リリスは手を差し伸べながら、呆然とする幼馴染に向かってこう言った。
「……やったね、サクラ姉」
「……!うん、リリスちゃん……!」
サクラはリリスの手をそっと握りながら、同じく笑みを浮かべる。——それは、確かな絆を持つ二人の戦果を示す、重要な証だった——
————
「……うーん、レーナもやられちゃったか」
——赤い空の広がる「三層」の中。その空に向かって瞳を向けていたイリーガルは、どこか残念そうにそう呟いた。彼はまるで駄々をこねる子供のように、愚痴を呟いていく。
「あーあ、つまんないや。バベルもレーナも、一つくらい白星をあげてほしかったんだけどな〜。あとは九番と十三番しか残ってないじゃないか」
「……失礼ながらイリーガル様。それは、私達では役不足という意味でございますか?」
「違うよ。君達は十分すぎる。今の君達ならきっと、フレアレッドにも四十四番にも勝てる……予言の通りならね」
九番の問いに、イリーガルは淡白な口調でそう答える。王の答えを聞いた九番は、小さく安堵の息を吐いて、次いで湧き上がった疑問を口にする。
「失礼ながら、その「予言」というのは一体……?」
九番の疑問に、イリーガルは少し抑揚のついた声でこう答えた。
「——俺はね、未来が見えるんだ。少し先の、ちょっとした未来を——今まで、他の星の侵略でも、それを使っていたんだよ」
「……!?未来を……!?」
九番が目を見開いて驚くのを見て、イリーガルは朗らかな口調で言葉を紡ぐ。
「お、いいリアクションだね。これはバベルやレーナしか知らなかった秘密事項なんだ。だから、内緒にしておいてね」
「し、承知しました。ですが、イリーガル様が未来を見ることができたとは……まさか、このゲームとやらも、その「予言」で見た未来なのですか……?」
「え?違うよ?」
「えっ——?」
九番が再び驚愕の表情を浮かべたので、イリーガルは笑い声をあげながら空に視線を向ける。視界に広がる赤い空を見ながら……イリーガルは心底楽しそうな口調で、こう告げた。
「——全部予言の通りにしてたら、面白くないじゃない。俺はとにかく愉しみたいんだ。愉しむなら——自分の命くらい、賭けて挑まなきゃね」
唖然とする九番の耳に、イリーガルの言葉が響き渡るのだった——




