第四十三話 「常闇」のバベル
——旅行から帰宅した翌日。ベッドから起き上がったアゲハは、寝ぼけ眼で辺りを見渡した。すると、見覚えのある黒髪の少女が、自分の隣で眠っているのが見えた。言わずもがな、リリスのことである。
「……またベッドに潜り込んできたのか」
アゲハは笑みを浮かべながら、リリスの頭を撫でる。一週間のほとんどをアゲハの家で過ごしているリリスは、こうしてベッドに潜り込んでくる事が多々あった。以前までのアゲハならもっと驚いていたような気がするが、今のアゲハは慈しむような目を向けて頭を撫でるだけである。リリスに告白を終えて恋仲となったアゲハは最早、バカップルの片割れと化していた。
「……そろそろ起きるか」
もう少しなでなでを堪能していたかったという気持ちを抑え、アゲハは身体を起こして朝の準備を済ませるために洗面所へと向かう。まだ早朝だからなのか、物音は一切聞こえなかった。それに違和感を感じたアゲハは首を傾げながら、廊下を歩いていく。
「……ソードとマッドは、まだ帰ってきてないのか?」
いつもならアゲハより先にソードかマッドが起きていて、アゲハにうざいくらいに話しかけてくるはずなのだが……今朝はそれがない。別に寂しいわけでは無いが、静かすぎるというのもそれはそれで不気味というのがアゲハの感想だった。割と広い家なので、人けがないとより不気味に感じる。
「……ん?」
そんな事を考えていると、玄関のインターホンが鳴ったのが聞こえた。こんな早朝に誰が、とアゲハは疑問を抱くが、聞こえた以上は玄関に向かう必要があるので、その疑問は取っ払った。
(……まだ寝起きですっぴんなんだが……まぁ、しょうがないか)
少し羞恥心を抱きながらも、玄関に辿り着いたアゲハは扉を開き、インターホンを鳴らした人物を目にした。——それは、見覚えのある赤髪の少女……ソードだった。見知った人物であったことに、アゲハは安堵の息を吐いた。
「って、ソードかよ。やっと帰ってきたのか……あれ、オトさんはどうした?それと十三番は——」
「アゲ、ちゃん……」
「……どうした?そんな悲しそうな声して……っ!?」
そう呟いて、アゲハは目を見開いた。ソードがいきなりアゲハの寝巻きの裾を掴んで、アゲハを見上げてきたのだ。——ソードの顔は、涙をこらえるような表情を浮かべていた。それを見て、ただ事ではないと察したアゲハは、真剣な表情でソードに問う。
「どうした?何があった?」
「オト様がぁ……突然変異種にっ……!」
「……っ!?」
——それは、破滅の序章。イリーガルのゲームは、この瞬間、この時から始まったのである。ただ彼が、愉しむためだけに——
————
「なんだ、これ……?」
「……空が、赤い。人けがない……」
アゲハ達が飛び出してきた「外」は、普段の街並みとは大きく異なっていた。建物はあるのに、人は一人も見当たらず、雲一つない赤い空には何かが飛んでいるような姿が見えるが、少なくとも鳥や虫などではない事は理解できた。
「「「ギシャアアアアア!!」」」
「!突然変異種……!」
「ソード、オトさんが連れて行かれたのはどっちだ?」
「あいつらがいる方だよ~!あっちに見える、黒い奴〜!」
ソードが指し示した方には、何やら黒い建物がそびえ立っているのが見える。それを見て、アゲハは短く頷いてこう言った。
「分かった、あっちだな。——行くぞ、リリス。オトさんを助けに行こうぜ」
「……ん、了解……!」
二人は大量の蟻型の突然変異種——アントマの大群の前で腕輪に手を掛け、その部品を回す。
「「——≪聖鎧装着≫!」」
——ズバババーン!オーバーフロー!
——ゴージャス・レッド・フレイム!ゴールドフレアレッド!
——メタル・コバルト・オーシャン!シルバーマリンブルー!
「——≪翼炎剣・ソニックフェザー≫!」
「——≪氷海槍・フロストファング≫……!」
無数の炎の斬撃がアントマ達を消し炭へと変え、氷を纏った一撃がアントマ達を薙ぎ払う。その際に生じた道を、アゲハ達は真っすぐに走っていく。
「ギシャアアアアア!」
「ケルルルルル!」
「……っ!飛んでる奴まで来やがった!」
「アゲハ……!また、囲まれてる……!」
走るアゲハ達の前にアントマだけでなく鳥人が現れ、アゲハとリリスは剣や槍を振るう。ソードも自らの姿を剣に変え、突然変異種達を薙ぎ払っていた。それを見たアゲハが驚きの声を上げる。
「おいソード、お前そんな事出来たのか!?」
≪ソードは煌水晶種だからね〜!これくらいはできて当然だよ~。それよりアゲちゃん、早く行かないと〜≫
「……!そ、そうだな!急ぐぞ二人共!」
アゲハは二人にそう呼びかけて、突然変異種達を薙ぎ祓いながら黒い建物へと向かうのだった——
————
黒い建物——イリーガルの城に辿り着いたアゲハ達は、入り口付近からそれを見上げていた。
「でけぇ……!ここに、オトさんが……?」
「……オトさん、攫うの……只者じゃ、ない」
「ソードもオト様は攫われたりしないって思ったけど〜……予想外、だったよ〜……」
アゲハとリリスの呟きに何処か物憂げな表情をしたソードが答える。いつもと様子の違うソードにアゲハとリリスが首を傾げていると、二人の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「——お姉ちゃん!ここで一体何が起こったの!?」
「……!マッド……!」
二人の前に現れたのは、息を切らした様子のマッド。右腕に紫色の腕輪をつけた彼女は、黒い城を見上げて眉を潜める。
「これは……ボク達の城……?」
「……?マッド、これ……知ってる、の……?」
「知ってるも何も、これはボク達突然変異種の城だよ。ボク達はここで生まれて、地球にやってきたんだ。それがどうして、こんな所に……」
「ここに、オトさんが連れて行かれたらしいんだ」
「え、オトさんが!?それにこの気配——まさか、ここにいるのは……!」
≪——よく来たね、ゴシキジャー諸君!遅いよ〜、待ちくたびれちゃったじゃない≫
マッドが血相を変えて城を見上げると同時に、城の中から低く朗らかな声が響く。そして、入り口の前に冠とマントを身に着けた、黒い球体が姿を現した。
「若干遅れてる子がいるみたいだけど……そろそろ辿り着く頃かな?」
「……!あなたは……!」
「あっ、四十四番!君も来てくれたんだね!待ってたよ~!そっちでの生活はどう?組織の中よりも楽しいかい?」
「……っ!……イリーガル、様……!」
黒い球体——イリーガルは朗らかな口調でマッドに圧を掛け、言葉を詰まらせる。すると、黒い球体から何故か笑い声が上がった。
「あはははは!駄目じゃないか四十四番。俺より先に俺の名前を教えたら。俺の話す内容が短くなっちゃうじゃない!」
「イリーガル……?」
「——こんにちは、現フレアレッドと現マリンブルー。俺の名前はイリーガル。突然変異種の王様だよ」
「——っ!?お前が、突然変異種の、王……!?この、球体が……?」
「うんうん、わかるよ。そうは見えないでしょ?でも本当のことなんだ。昔は肉体があったんだけど、いろいろあって失っちゃって——こんな玩具みたいな姿になったってわけ」
イリーガルはそう告げると、アゲハ達の前でくるっと回ってみせる。マントがたなびき、冠が少しだけ揺れていた。アゲハ達が言葉を失っていると、再び、聞き覚えのある声が耳に響いた。
「——なんだ、あれは?黒い球体……?」
「随分おっきなお城やねぇ。こんなけったいな所に、誰が建てたんやろか?」
「あ、アゲハちゃんに、リリスちゃん……!よかった、無事だったんだね……!」
声と同時に現れたのは、≪聖鎧装着≫したマオ、レモン、サクラだった。マオとレモンは武器を片手にイリーガルと城を交互に見ており、アゲハ達の姿を見たサクラは二人の方に駆け寄ってくる。
「本当に良かった……!突然辺りに突然変異種達が現れたと思ったら、街がおかしくなって……人も見当たらなくて……!」
「お、落ち着けよサクラ姉。あたし達ならこの通り元気だぞ」
「傷一つ、ない……」
「良かったぁ……!二人に何かあったら、私、私……!ふぇぇぇん……!」
泣きじゃくるサクラを撫でて安心させるアゲハとリリス。やがて、マオとレモンも二人の方に駆け寄ってきて、ゴシキジャーが勢ぞろいとなった。それを見たのか、イリーガルは愉快そうに声をあげる。
「——どうやら、役者は揃ったみたいだね。じゃあ、最終ゲームを始めよっか」
「最終ゲーム……?てめぇ、何を言って……」
アゲハが聞き返すと同時に、イリーガルの姿が消失し、城の扉がゆっくりと開かれる。扉の方に視線を向ける一同に、イリーガルは城の中からこう告げた。
≪この城にいる俺の配下を倒しながら、俺のところまでおいでよ。見事俺を倒した人には、赤羽オトをプレゼント!で、君達が負けた場合は俺が地球を侵略する……シンプルで単純なゲームでしょ?≫
無邪気に告げられた言葉には、純粋な狂気が込められていた。侵略という行為をいとも容易くゲームの天秤に賭けてみせるイリーガルの狂気に、一同は言葉を失う。
「……あいつ、イカれてるのか……?」
「アゲハに同意。正気の沙汰とは、思えない……」
「……当然さ。イリーガル様にとっては、命も星も玩具に過ぎないんだよ……」
マッドの呟きに、アゲハ達の顔がさらに青くなる。……だが、次第にアゲハは真剣な表情を浮かべ、城の入り口を睨んでこう言った。
「……オトさんを早く助けるんだ。あんなイカれた奴の側にいさせるわけにはいかねぇ!」
「……!アゲハ……!」
「それに、あいつの配下がいるってことは……九番もいるかもしれねぇ。そいつと決着つける、いい機会だ……!」
アゲハは闘志みなぎる様子で拳を合わせ、骨を鳴らす。その様子を見て、他のゴシキジャーのメンバーも意を決したような表情を浮かべて、アゲハに同調する。
「……私は、アゲハについていくだけ。ずっと一緒にいるって、決めたから」
「話がよく見えんが……人を助けるためならば、わたしの力を貸そうではないか」
「じゃ、うちも参戦やな。それに、敵の親玉倒せるんやったら、倒してしまったほうがええやろうしなぁ?」
「私も力になるよ、アゲハちゃん……!オトさんを、救うために……!」
闘志を漲らせる四人に、流れを見守っていたマッドとソードも続く。
「……ボクも行くよ。この戦いを……終わらせるんだ」
「オト様、待っててね!今、ソードが行くから〜!」
他六人の様子を見て、アゲハはニッと笑みを浮かべる。自分の仲間はとても頼りになるのだと、肌で感じながら——アゲハは城の入り口に向かって、歩みを進めた。
「行くぞ、皆!」
アゲハの呼びかけに応じ、一同は城の中へと足を進めるのだった。
————
城の中は、やけに静かだった。禍々しい装飾が施された壁が一面に広がり、一つの「部屋」のように床が広がっていた。
「……暗いな。前がよく見えねぇ」
「……静かすぎる。警戒、すべき……」
アゲハとリリスがそう呟くと同時に、「部屋」の灯りが一斉に照らされ——その中央に、敵の姿が現れる。
「な、なんだ!?奴は一体……」
「……ここにおるのは、あいつだけみたいやな」
敵の姿をみたマオが驚きの声をあげ、レモンが警戒したように眉を潜める。——そこにいたのは、竜の鱗のような鎧を纏った、黒い異形の戦士……「常闇」のバベルだった。
「——来たか、ゴシキジャー。私は「常闇」のバベル。イリーガル様の右腕であり——この「一層」を守る番人だ」
「一層……?番人……?」
「……まさか、バベル様と戦わないと、先に進めないの?」
「半分、正解だ。だが、先に進めぬわけでは無い。次の層に向かうための道は、あそこだ」
そう言って、バベルは右手で部屋の奥の小部屋を指さす。そこには、上に続く螺旋状の階段があった。怪訝な表情を浮かべる一同を前に、バベルは話を続ける。
「……貴様らの中から、二人。私と刃を交えるのだ。そうすれば、他の奴らは先に進ませてやろう」
「つまり……二人、ここに置いていく……」
「それがイリーガル様の課したゲームだ。イリーガル様のいる三層まで、定められたルール……破れば、貴様らはただではすまん。破った瞬間に、イリーガル様は元フレアレッドを殺すだろう」
リリスの言葉を肯定するように、バベルは淡々と言葉を述べていく。オトという人質を掛けた、不利な状態での戦闘——その正気を疑うような「ゲーム」の内容に一同は呆気に取られていた。
「さて、どうする?私と戦わないというのならば、貴様らの負け——イリーガル様が、自ら地球の侵略を進めなさるだろう。二人選ぶか、無様に逃げるか……二つに一つだ」
「そんな……バベル様に、たった二人で……?無茶苦茶だ……!」
元敵ながら、バベルの実力をよく知っているマッドが、顔を青くしながらそう呟いた。誰もがだんまりを決め込み、どうするのかと頭を悩ませていたその時——鈴を鳴らすような声が、その場に響いた。
「——ならば、わたしが行こう。「常闇」のバベルとやら……このわたし、翠川マオが相手をしてやる」
「……!?魔王、正気か……!?」
「誰かが行かねば、この先には進めない。ゴシキジャー最古参の戦士として、わたしが貴様らに道を示さねばな」
「だからって……!バベル様に一人で敵うわけないよ!」
「——なら、うちも合わせて二人や」
マオと合わせて声を上げたのは——レモン。アゲハ達の一歩前に出たマオの隣に、レモンは並ぶ。顔を青くしているマッドに向かって、レモンはこう告げる。
「訂正しいや、マッド。うちの魔王様がこんな黒トカゲに負けるわけあらへん。超がつくくらいしぶといからな、この人」
「レモンさん……」
レモンの言葉に驚愕の表情を浮かべるマッドに、マオは同調しながらこう告げるを
「うむ、その通りだ。わたしとレモンが力を合わせれば、勝てるものなどいない。すぐに追いついてみせるから——さっさと行け!赤羽アゲハ!マッド!オトさんを助けるのだろう!?九番とやらと決着をつけるのだろう!?ならばここで臆してどうするっ!」
「……!魔王……!」
「魔王さん……!」
マオの発破に、アゲハとマッドは目を見開き——次いで、覚悟を決めたような表情を浮かべる。バベルの方に向き直ったマオとレモンを見ながら、アゲハは他の四人にこう告げた。
「……行くぞ、皆。次の層に!」
「……ん、了解……!」
「分かったよ、アゲハちゃん……!マオさん、レモンさん、どうかご無事で……!」
「……そうだね。行こう、お姉ちゃん……!」
「ソードもついてくよ〜!」
アゲハ含む五人はバベルの横を走っていき……階段を足早に登っていった。それを見届けたマオとレモンは、バベルの前でそれぞれの武器を構える。バベルも自身の大剣を肩に乗せ、二人に向かって無感情にこう告げた。
「……よくぞ選択した、勇敢な戦士達よ。我が王の命により、この私——「常闇」のバベルが相手となろう」
「ふん、望むところだ!わたし達の力、とくと見るがいい!」
「ちゃっちゃと片付けよか。まだ休暇の途中やからな……!」
禍々しい「部屋」の中、マオとレモンの戦いが始まった——
————
「——≪深淵・ミスティックブロー≫!」
初手——マオの戦斧の一撃が、バベルを捉える。バベルは風を纏ったその一撃を、漆黒の大剣で受け止める。
「……その程度か。そのような脆弱な一撃では、私には勝てぬぞ」
「無論、これだけで勝てるとは思っていないとも!——レモンっ!」
「——≪狙撃・グランドショット≫」
マオがそう叫ぶと、背後に立つレモンが、バベルに向かって三本の光の矢を放つ。凄まじいスピードで向かってくる矢を目にしたバベルは、鍔迫り合いになっていたマオを大剣で押し飛ばし、そのまま大剣を振り回した。矢が一本残らずに消え去り、レモンは驚い様子で呟く。
「……!矢が、弾かれた……!?」
「その程度では勝てぬと言ったぞ」
「だからといって、諦める理由にはならない!——≪旋風・トルネードディザスター≫!」
レモンに視線を向けたバベルに、マオは風を纏った戦斧と共に回転し、連撃を加える。しかし、バベルはそれすらも大剣で防いでみせた。
「無駄だ。私の鎧と剣に傷をつけることは叶わぬ。負けを認めろ、ゴシキジャー」
「——≪乱射・ラピッドブラスター≫!」
バベルの言葉に被せるように、レモンは無数の光の矢を辺り一面に放つ。視界を覆い尽くす光の矢を見たバベルはその異形の顔を、忌々しいといった様子で歪める。
「……撹乱か。小癪な真似を」
「——≪粉砕・ジェノサイドブレイク≫!」
「……無駄だと言っている」
矢の中から現れたマオの一撃を、バベルはまたもや大剣で受け止め、その攻撃を弾く。隙の生まれたマオに向かって、バベルは勢いのままに剣を振るう。
「——はぁっ!」
「うあっ……!」
マオは剣に叩きつけられたかのように吹き飛ばされ、地面を転がる。衝撃で≪聖鎧装着≫が解かれ、苦痛に顔を歪めるマオを見て、レモンが悲痛な顔を浮かべて叫ぶ。
「——マオ様っ!」
「やっと隙が出来たな、小娘」
「あっ……!?」
「——吹き飛べ」
瞬時にレモンの前に現れたバベルは、大剣を振るってレモンを壁まで吹き飛ばす。壁に叩きつけられたレモンは声を上げることもできずに、≪聖鎧装着≫が解かれて気を失った。
「レ、レモ、ン……!貴様……よく、も……!」
「……まだ意識があったか。ならば、そこで這いつくばって見ていろ。ランドイエローの首が、胴と袂を分かつ瞬間を」
「……!やめ、ろ……!」
バベルは倒れたレモンの下へと歩いていき、マオは這いずってその後を追う。弱々しい声を上げながらも、闘志だけは失わないように……マオの瞳には、まだ光が灯っていた。マオは力を込めて、立ち上がり、バベルの下へと走っていく。マオはバベルにしがみつくと、顔を苦痛に歪めながら必死に叫びをあげる。
「やめろ……!レモンに手を出すな……!」
「……我が王の命だ。敗者には死を。ランドイエローの次は貴様だ、アカシアグリーン」
「させるものか……!まだ勝負は終わっていない!」
「正気か?貴様にもランドイエローにも、もう戦う力は残っていまい。それとも、貴様がランドイエローの代わりになるか?私としては、首を刎ねる順番など些末な事だからな」
「終わっていないと言っているだろう!まだわたしが立っている!勝手に終わらせるな、愚か者が!」
マオの言葉に、バベルは額に青筋を浮かべ——大剣を肩に乗せ、片手でマオの頭を床に叩きつける。マオの額から血が流れ、マオは苦悶の表情を浮かべる。
「ぐっ……ううっ……!」
「……あまり私を怒らせるな、人間。私を愚かと呼んでよいのはイリーガル様ただ一人。ただの人間が図に乗るな」
先程よりも低い声で告げられた、冷酷な言葉を受け……マオは、口角をあげた。まるで、敵を嘲笑うかのように。
「……ふっ、ただの人間、だと……?違うな。わたしは……誰にも、屈しない……緑の魔王……礼儀を尽くすのは貴様の方だ、「常闇」のバベル……!我は魔王……礼儀は、尽くされるものだ……!」
「……戯れ言を。ならば、先に貴様から首を刎ねて——」
額に再び青筋を立てたバベルの呟きを聞いて——マオは、力の限り叫んだ。——頼りになる、従者の名前を。
「——レモンっ!」
「——≪狙撃・グランドショット≫!」
「何……!?くっ……!」
背後から光の矢をくらい、苦悶の声をあげたバベルの鎧に小さな穴が開く。再び≪聖鎧装着≫し、先程よりも威力を増したレモンの一撃が、バベルの防御を貫いたのだ。撃たれた箇所を見て、マオから手を離したバベルは驚きの声をあげる。
「貴様……!いつの間に意識を……!」
「マオ様が時間稼いでくれたおかげや……あの程度で気ぃ失うわけ無いやろ、この阿呆……」
レモンは息を切らせながら、先程マオが言ったこととニュアンスの似た罵倒をバベルに投げかける。虚勢を張ってみせたレモンは、痛む箇所を押さえながら——それを知っているのは、マオだけである——……倒れていたマオに手を貸して、無理やりに立たせる。
「……大事ないか、マオ様?」
「……ああ、問題ない。わたし達なら、まだやれる……そうだろう?」
「頭から血ぃ流しといて、よーいうわ……言っとくけど、うちが受けたダメージはまんま残っとるからな?」
「問題ない。あの鎧は壊せる……それが分かっただけでも、勝機はある」
「はぁ……はいはい。しゃーなしで付きおうたるわ」
レモンはマオの横で弓を構え、マオは腕輪の部品に手を掛けて、視界にバベルを見据えながら……それを回した。——すると、マオの腕輪が、銀色の光を放った。レモンは目を見開いて、それに気がついてない様子のマオを見ながら呟く。
「マオ様——それは……!?」
——ズバババーン!オーバーフロー!
——メタル・ミスティック・ビリジオン!シルバーアカシアグリーン!
レモンの声に答えるように、腕輪の高い声が辺りに響き渡る。翠銀の魔王——シルバーアカシアグリーンに≪聖鎧装着≫したマオを見て、レモンは呆然としながら呟く。
「なんで……その腕輪は、青宮さんが持っとったはずやのに——」
「アカシアグリーン……!?貴様、まだ力を……!」
「——頭を垂れよ、突然変異種」
レモンと同じく驚きの声をあげるバベルに、二本の戦斧を構えたマオがそう告げる。マオは片方の戦斧を唖然としているレモンに渡すと、キッと視線を鋭くし——
「我こそは、ゴシキジャー最古参の戦士、アカシアグリーン!やがて——世界を統べる緑の魔王にして、この世の悪を滅ぼすものだ!頭が高いぞ、「常闇」のバベルっ!この我にひれ伏せっ!」
「貴様……!人間の癖に、私に指図をするなぁぁぁぁ!!」
「——行くぞ、レモン!タイミングを合わせろ!」
「り、了解や!」
マオは呆然としていたマオに声掛けをすると、二人並んで激昂したバベルの下へと走っていく。二振りの戦斧を構えて——マオとレモンは、同時にそれを振るった。
「「——≪翠竜戦斧・カタストロフバースト≫っ!!」」
「何っ……!?なんだ、この力は……!?」
「「はぁぁぁぁぁぁぁ——!!」」
「……っ!よ、鎧が……!馬鹿な……この私が、こんな小娘共に……!」
絶大な力の籠もった二人の一撃が、バベルの鎧を砕き、剣にヒビを入れ……その異形の身体が、徐々に呑まれていく。——やがて、二つの戦斧の一撃は、バベルの身体を袈裟懸けにした。
「ぐぁぁぁぁぁぁ——!?」
緑の十字が刻まれたバベルは、悲鳴をあげながら爆発した。その爆発を背に、駆け抜けたマオ達は顔を見合わせる。≪聖鎧装着≫が解け、ボロボロになった互いの姿を見ながら……二人は、笑みを浮かべて拳を合わせるのだった。




