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第四十一話 これからもずっと、あなたのそばに


——夕方。別荘に集まった一同は、夕食を囲んで食卓についていた。アゲハ達の目の前には、山のようにご馳走が並んでおり、心なしか光を放っているようにも見えた。


「……なんだこれ……?見たこともねぇ料理がたくさんあるぞ……?」

「所謂、フルコース……」

「高級レストランみたいですね……」


レモンとマオ以外の現ゴシキジャー達は、ご馳走を前にして、まるで財宝でも見つけたような反応である。


「……ふむ。これはなかなかのものだな。流石は翠川グループの社長令嬢だ」

「……大変美味ですね。とても深い味わいです」

「チキンはありマスカー!?コーラも欲しいデース!」

「ふん、これだからジャンクフードジャンキーは。マオ姉が用意してくれたこの料理の素晴らしさに気付かぬとは、人生の十割を損しているぞ」

「いや、そこまで……?てかミドリちゃん、この前からちょっと変わりすぎじゃない……?」



対して、先代ゴシキジャー。料理に舌鼓を打つオトとミコトに、この場にない料理を求めるメアリーを嘲笑うミドリ。ミドリの言葉に苦笑を浮かべるツクモ……流石は先代というべきか、アゲハ達よりかは全体的に落ち着いた様子だった。どこか落ち着かない様子のアゲハ達を見て、マオが首を傾げてこう言った。


「——赤羽アゲハ、青宮リリス、そして桃橋サクラ。あまり料理に手を付けていないようだが……食べ方が分からないのなら、わたしが教えるぞ?あ、それとも、苦手なものがあったか……?」

「い、いやいや。苦手なものはないと思うんだが……見たことない料理ばっかりで、びっくりしたというか」

「なるほど。なら、わたしが簡単に説明しよう。……まず、その貝料理は、殻を外せば身が出てくるから、それを箸でほじくればいい。肉料理はナイフで小分けにすれば食べやすいぞ。サラダはトングで適当に取って、適宜このドレッシングを掛ければ——」

「ちょ、ちょっと待て。もう少しゆっくりと……」

「……情報、過多。アゲハ、安心して。私が全部覚えて食べさせる」

「えっと、殻を、取って……?次は、どうすれば……?」

「桃橋先生、真ん中を箸で弄くるんや。ほら、こうやって、こう……」

「っておいそこぉ!なーにをベタベタしとるかぁ!このわたしの目が黒い内は、不純な行いは阻止してやるぞ!運営者としての責任があるからな!」

「レ、レモンさん……随分、固いみたいですけど……」

「ん……そっちちゃうよ。もうちょっと、上……」

「言った側から貴様らは何をしてる!?」


アゲハとリリスに料理の食べ方を教えていたマオだったが、サクラに一対一で料理の食べ方を教えていたレモンにぐわんと首を向け、慌てて会話に割って入る。……ちなみに、マオの「不純な行い」という言葉でアゲハとリリスが互いに視線を逸らしたことは知る由もない。一番不純な動機を持っていたオトはミリ単位も動じていなかった。オトは置いてあった飲み物で喉を潤わせると、マオに向かってこう告げる。


「まぁ、いいじゃないかマオちゃん。今夜は無礼講なのだろう?多少はっちゃけてしまうくらいは仕方ないさ」

「くっ……!そ、そうですね……!わたしとしたことが、少し興奮してしまったようです……!」

「マ、マオ姉。その、私も食べ方が分からない料理があるから、教えてほしい——」

「ふんっ!はぁっ!——とっととくらえ!」

「んぐっ……!?……ああ……マオ姉にあーんされちゃったぁ……♡」


オトの言葉で多少怒りを抑えたマオだったが、割り込んできた頭痛の種(ミドリ)に再びそれが爆発し、マオはミドリの眼前の貝料理の殻を外し、その身を無理やり——喉には詰まらないように——口の中に入れた。ミドリは興奮した様子で身体を震わせ、恍惚とした表情を浮かべていた。


「Oh……ミドリちゃん、どうしちゃったんです……?」

「うーん……ちょっとツクモちゃんには難しい世界かも……」


メアリーは珍しく戸惑った様子で眉を潜めるツクモとひそひそと会話していた。二人の会話を聞いていたのか、ミドリは途端に真顔になり、二人を睨みつける。


「なんだ?私に何か言いたい事があるのか?ジャンキー金髪女、生き遅れ桃髪女」

「い、言いたい事などありマセーン!今日もミドリちゃんは素敵デース!」

「ぐはっ……い、生き遅れ桃髪女……そ、そうだよね……あたしみたいなメンタルクソザコフリーター、誰にも相手してもらえないよね……は、はは…………死にたい……」


ミドリの気迫にメアリーが怯えながら賛辞を述べ、的確な罵倒にツクモが心の傷を抉られていた。仲間や後輩達の光景を見ながら、隣同士に座るオトとミコトは、同時に飲み物に手を付け、ふぅ、と息を吐いて呟く。


「……皆、賑やかで何よりだな」

「……ええ、そうですね」


微笑みながらの二人の呟きは、他八人の喧騒に揉まれて消えるのだった——



————

「ふぅ……」


旅館にあるような大きな湯(・)船(・)に浸かりながら、アゲハはリラックスしたように息を吐く。周りを見渡してみると、他の四(・)人(・)が身体を洗ったり、湯船に浸かったりしているのが見えた。


「ふぅ……極楽極楽」

「マオ様、だらしないおっさんみたいになってるで」

「……おい、桃髪女。少しは自分で洗え。十は年下の私に背中を洗われて恥ずかしくないのか」

「すみませーん……あたしは所詮駄目なアラサーでーす……友達もほとんどが結婚してて、一人だけ出会いもクソもないフリーターでーす……」


……夕食を終え、別荘にある風呂に入ることになったアゲハ達。かなり大きめの別荘だが風呂はそれに対して少し小さく、十人で入るには少しだけ狭かった。そのため、マオは皆に向かってこう告げた。


「よし!ここはくじ引きでグループ分けをしよう!この割りばし十本の中に五つ先を赤く塗ったものがあるから、それを引いた五人で風呂に入ること!言っておくが、不正はなしだぞ?それでは、順番に引くがいい——!」


結果——アゲハ、マオ、レモン、ミドリ、ツクモが赤いくじを引き、先に入る事になった。ビーチバレーやスイカ割り、そ(・)の(・)他(・)諸(・)々(・)で疲れていたアゲハとしてはありがたかったので、素直にそのメンバーで風呂に入る事にした。リリスとメアリーはかなり残念そうにしていたが——


(……ま、一緒に入ってこなくて正解だったかもな)


リリスとは幼馴染だが、流石に一緒に風呂に入った事はない。女同士だから特に気にする事はないはずなのだが、アゲハには一緒に入るわけにはいかない理由があった。


(……今この状況でリリスの裸なんか見たら……ちょっとやばい)


アゲハの脳裏に浮かぶのは、朝方に女神のような水着姿のリリスにキスされた記憶。あの時も内なる衝動を抑えるのにかなり苦労したのだから、今隣にリリスがいたら……と思うとアゲハの頬は熱くなる。絶賛思春期突入中のアゲハにとって、恋人との風呂は刺激が強すぎる。そんなのを見たら内なる衝動が今度こそ抑えられなくなって、リリスを————とにかく、そんな醜態をリリス以外のメンバーに見せるわけにはいかないのであった。


(……てか、ミドリさんとツクモさんとはあんまり話したことないんだよな……しかも、ツクモさんはなんか目のハイライトが消えてるっていうか……大丈夫なのか、あの人?)


先程のミドリの発言でメンタルブレイクを引き起こしていたツクモは、ミドリに甲斐甲斐しく身体を洗われていた。彼女は文句を言いながらも、少しは責任を感じているのか途中で放り出したりはしていない。


「……おい、桃髪女。先程の発言は撤回してやるから自分で洗え。貴様が揺れる度にそのデカいのが邪魔して作業が進まん」

「ごめんなさい……だらしない身体ですよねぇ……」

「だらしなくないからいい加減自分でやってくれ!私は早くマオ姉と一緒に風呂に入りたいんだ!」


ミドリの発言にマオが一瞬身体を震わせた。……何故だろうか、字面だけ見れば甘えん坊の子供のようだが、ミドリの発言にはどこか危うさを感じるアゲハだった。アゲハは二人から視線を逸らし、今度は少し離れたレモンとマオの方を向いた。……何故か二人と目が合った。


「……どうした?二人してあたしの方を見て」

「……浮(・)い(・)て(・)る(・)……」

「……うちも鍛えとるのに、世の中は理不尽やわぁ……」

「おい、どこ見てんだお前ら」


アゲハの胸に視線を向けている二人を見て、アゲハは思わず自分の胸を手で隠した。その際にアゲハの胸が腕で潰され——マオとレモンは驚愕で目を見開く。


「……潰れたぞ、レモン……」

「……せやな……というか、他の人も結構大きいやんな?なんなん?うちらに対する当てつけなん?」

「お前らさっきからなんの話をしてるんだ」


変わらず胸に視線を向けてくる二人に、アゲハは引いたような視線を向ける。……身体の大きさなんて人それぞれなのだし、気にする必要はないとアゲハは思うのだが……マオとレモンはそうではないらしい。


「わたし、毎日牛乳飲んでるのに、背も伸びないし、大っきくもなんないし……」

「マオ様は引きこもりのせいやろ。うちなんかは昔から鍛えとるけど、背が伸びて筋肉がついただけやで」

「背が高いだけいいじゃんかぁ……わたし、十八歳なのにまだ子供体型なんだよ?この先ずっと伸びしろがないかもしれないんだよ?」

「そんなんうちも同じやって。……もうええわ。持たざるもの同士、一緒に生きてこうやマオ様」

「うぐっ……!わたしは諦めたくないよ……!せめて、背だけは伸ばしたいんだもん……!ミドリよりかは大っきく……!」

「マオ様……小学生相手に……ううっ……」


ネガキャンが入って互いを抱きしめあった二人は、瞳に涙を浮かばせながら嗚咽を漏らし始めた。……なんかもう、見ていられなくなってアゲハはそっと目を逸らした。……すると、ツクモの身体をやっと洗い終わったのか、大分疲れた様子のミドリがタオル片手に湯船に入ってきた。


「はぁ……やっと終わった……これでマオ姉と一緒にお風呂——って、あーっ!!」


ミドリは湯船から立ち上がって、抱きしめあっているマオ達の方を指差した。彼女は顔を真っ赤にして瞳に涙を浮かばせながら——癇癪を起こしたかのように叫んだ。


「貴様ー!ま、マオ姉と何してるんだー!それはわたしがやりたいことだったのにー!鬼!悪魔!魑魅魍魎!」

「いや、声デカすぎだろ。ていうか魑魅魍魎って……」

「マオ姉のロリボ——コホン、その小さくて儚い身体を堪能するのは、妹(・)で(・)あ(・)る(・)この私だぞ!茶髪毒舌女は下がれぇ!」

「あんた小学生だよな?」


なんか今、内なる欲望が垣間見えた気がするのだが。アゲハがミドリにドン引きしたような視線を向けていると、ミドリがマオの側に歩いていった。ミドリに気づいたマオは、瞳を潤ませながら彼女を見つめる。


「み、ミドリ……!ミドリは、わたし達の仲間だよな……!?」

「む……?当たり前だろう。私のこの身体は全て、この先ずっとマオ姉のもの——」

「古賀さん……!そうや、うちらは仲間や!デカさがなんぼのもんじゃい!」

「……っ!?ちょ、何私を抱き寄せてるんだ茶髪毒舌女!そういうのはマオ姉から——!」

「ミドリー!これからもよろしくなー!」

「ま、マオ姉!?流石にそんなとこ触られたらくすぐった——んんっ……!」

「……なにこれ」


——これ、レーティング大丈夫な絵面なのだろうか——そんなメタ視点を抱くほどに、アゲハの見ている光景は異様なものだった。女子高生二人が女子小学生と身を寄せあって抱きついている姿は、かなり倫理的に危うい気がした。……アゲハは視線を逸らし、天井に視線を向けて湯船の縁にもたれかかった。


「……ふぅ……」


湯船の気持ちよさに身を任せながら、アゲハは交代の時間になるまで瞳を閉じていたのだった——


※ツクモは身体を洗われた状態で放置されていた。



————

「むぅ……」


打って変わって、次のグループ……リリス、サクラ、オト、ミコト、メアリーが風呂に入る時間となった。湯船に入った大人四人が談議している中、リリスは頬を膨らませながら湯船の中で膝を抱えていた。


「……アゲハと一緒が良かった……」


突然くじ引きによってアゲハと引き離されたリリスは、大層不満そうにしていた。当然リリスはマオに抗議をしたが、「これは先代メンバーの方々との交流も兼ねているのだ。悪いが我慢してくれ」と言われてしまった。……リリスはマオがこの旅行を凄く楽しみにしていた事、そのために準備を頑張っていた事を知っているので、流石に強く出ることは出来なかったのである。どうしようもない変態にも最低限の良識は残っていた。


「……それにしても、こうして顔なじみのメンバーと一緒に風呂に入る事になるとは。ミコト君とは何度か旅行で温泉に行ったが、メアリーやサクラとは初めてだな」

「……あれは良いものでした。オトさんが女湯にいる人全員と仲良く話していたのが印象的でしたね。オトさんのコミュニケーション能力の高さには、いつも驚かされます」

「エー!?二人共、ワタクシ達を差し置いてそんな事してたんデスカー!?ずるいデース!」

「お、女湯にいる人全員と……オトさんは、相変わらずですね……」


オトとミコトが昔の思い出に浸っていると、メアリーが二人に文句を述べて、サクラはオトのコミュニケーション能力……もとい、ナンパ力の高さに何処か引いた様子である。リリスは湯船の端っこで、四人をぼんやりと眺めていた。


(……皆、スタイルいい……大きい……)


リリスは自分の身体を見おろしながら、胸中でそう呟いた。……リリスは自分が恵まれたスタイルである事を自負している。アゲハに好かれるために運動し、食事にも気を遣い、自分でマ(・)ッ(・)サ(・)ー(・)ジ(・)をしたりと、小さい頃から弛まぬ努力を重ねた結果だ。しかし、目の前の四人はそんなリリスが霞んで見えるほどに美(・)し(・)い(・)身(・)体(・)を持っていた。

——まず、オト。少し筋肉質でしなやかな腕と太ももに、腰回りはスマートで、アゲハに勝るとも劣らない胸(・)……濃密に鍛え上げられたその肉体は、まさしく女性の——いや、人類の理想という感じであった。

——次にミコト。彼女は所謂モデル体型というやつか、高身長でなおかつ出る所は出ていて、引っ込む所は引っ込んでいる。強いて特徴を言うなら、臀(・)部(・)が(・)少(・)し(・)大(・)き(・)い(・)くらいだろうか。

——そしてメアリー。ミコトと少し体型が似ているが、胸に関してはこの中で一番。だが身体は全体的に細く、程よい肉付き——という健康的な身体だった。

——最後に、サクラ。彼女はこの中でもかなり大柄な方で、引き締まった他三人に対して少し肉がついているように見える。しかし太っているというわけではなく、あくまでも「痩せている」側の範疇を逸脱せず、それでいて身体全体が大きいのが特徴的だ。一言で表すなら、オトの好み——胸(・)と(・)尻(・)の(・)で(・)か(・)い(・)女(・)だった。その証拠に、オトは先ほどから冷静な感じを装いながらサクラをガン見していた。


(……アゲハも、ああいうのが好きなのかな……)


アゲハは特段身体に対して何か言及することはないが、それでもそんな事を考えてしまうのが乙女心。人を見た目で判断するのではなく、全体で判断するのがアゲハ——そんな事は分かりきったことなのだが、それでもリリスは疑り深くならざるをえなかった。なぜなら——


(……アゲハ、私に手(・)を(・)出(・)さ(・)な(・)い(・)……何度もアピール、してるのに……)


この旅行中、何処かでアゲハに手(・)を(・)出(・)し(・)て(・)も(・)ら(・)お(・)う(・)と企んでいたリリスは、若干意気消沈していた。朝にアゲハにキスして水着姿を見せたその後から、リリスはそれとなくアゲハにア(・)ピ(・)ー(・)ル(・)をしていた。恥ずかしいのを我慢して抱きついたり、耳元で囁いたり、アゲハに自分の胸を触らせたり——触らせ、たり……?

 

(……!?!??私、何、してるの……!?)


自らの行いを思い出し、比喩ではなく顔を真っ赤にするリリス。手を出してほしいから自分の身体を触らせた……?そんなのまるで——痴女ではないか?


(ち、違う……!私はただ、アゲハともっと仲良くなりたかっただけで……!最近アゲハと二人っきりになる時間が少ないし、アゲハが全く手を出してこないから溜(・)ま(・)っ(・)て(・)——って、違うぅぅ……!)


リリスは顔を覆って、湯船に口元まで浸かって項垂れる。リリスの口元でブクブクと泡が立ち、少しだけ水面が揺れる。——元よりリリスは、根っこが変態なわけではなかった。しっかりと羞恥心や常識を持て合わせている素直な人間だった。しかし、今まで人を愛したことがなかったリリスは、アゲハとの出会いによってそのタガが外れてしまっていたのだ。その純(・)情(・)さを、わずかに残した状態で——


「ぶくぶくぶくぶく……(うぅぅぅぅぅぅ……)」

「……どうしたんだ、リリスちゃんは?随分と顔が赤いが、のぼせちゃったのか?」

「本当ですね。しかも口元がお湯に……急いで上がらせましょう。溺れてしまうと危険です」

「ワ、ワタクシ、飲み物をもらってきマース!ミコトさん、リリスちゃんを頼みマシター!」

「わ、私も行きます……!待っててね、リリスちゃん……!」

「ぶくぶく……ぶくぶく、ぶくぶく……(違うぅぅ……お願いだから、放っておいてぇ……)」


その後、のぼせてしまったと勘違いされたリリスは、他四人に甲斐甲斐しく介抱された。しかし、顔に帯びた熱が引くのには、少し時間がかかったという——



————

——風呂を出たアゲハは、別荘の外に出て夜風に当たっていた。夏だというのに意外と風は涼しく、風呂で火照った身体が少し冷まされるのを感じる。


「お、星だ。結構綺麗に見えるな……」


アゲハが見上げる夜空には、所々星が散りばめられており、視界の端には少し欠けた月が見える。アゲハの近所では街灯や家の明かりであまり星などは見えないので、少し物珍しいように感じる。


「……来てよかったな」


そんな事を言えてしまうほどに、今のアゲハは満たされていた。昔のアゲハは家族間での問題や学校の補習などが重なり、まともに夏を楽しめた事がなかった。しかし、今年の夏は補習もなく、友(・)達(・)や(・)恋(・)人(・)と一緒に旅行に来ている。以前のアゲハでは、とてもではないが考えられないような事だった。


「——アゲハ?」


何処かセンチメンタルな気分でそんな事を考えていると、アゲハの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ってみると、そこには案の定、黒髪ストレートの美少女——リリスが立っていた。アゲハが「よっ」と軽く挨拶を交わすと、リリスはアゲハの隣に移動して、顔を見つめてくる。


「……散歩、してたの……?部屋にいないから、心配した……」

「すまん。ちょっと歩きたくなってさ。……なんで睨んてくるんだ?」

「……お風呂、一緒に入れなかった……から……私は寂しかったのに、アゲハは寂しくなさそう……」

「いや、風呂出た後も会っただろ?」

「足りない……アゲハの身体を、堪能したかった……」

「ミドリさんみたいな事言うじゃん」


変態は思考も似るのだろうか、とアゲハは思いながら、頬を膨らませているリリスの腰に手を回し、そっと抱き寄せる。すると、リリスの動きがピシッと固まった。リリスは何処かギクシャクした様子で口を開いた。


「……アゲ、ハ?何、してるの……?」

「堪能したいんだろ?ならこれで我慢してくれ」

「〜〜っ!……アゲハは、いつも、卑怯……」


顔を真っ赤にしたリリスの抗議は尻すぼみになっていき、彼女の身体から力が抜ける。危うく倒れそうになったのでアゲハは慌てて抱き止め、リリスと肩を合わせた。リリスの顔がさらに真っ赤に染まる。


「はわわわわ……!」

「……今日のお前はなんか変だな。いつもあたしの腕やら腰やらに抱き着いてるだろ?何恥ずかしがってんだ?」

「……す(・)る(・)のと、さ(・)れ(・)る(・)のは、違うっ……!」

「あー……なるほど」


アゲハは脳裏に水着姿のリリスが抱き着いてきた時の事を思い出し、自身も顔を赤く染めた。あれはアゲハの鋼の精神(鋼の精神とは言ってない)に著しいダメージを与える破壊力を持っていたのだ。アゲハは優しくリリスから手を離すと……リリスにその手を掴まれる。


「……止めてとは、言ってない」

「お、おう」

「……もう少し……一緒にいたい」


そう言って、リリスはいつも通りアゲハの腕に抱き着く。アゲハの心臓が高くはね、さ(・)れ(・)る(・)方(・)の(・)気(・)恥(・)ず(・)か(・)し(・)さ(・)を再び実感する。二人はしばらく星空を見上げ、顔を赤くしながら黙っていたが……


(待てよ……この状況なら……リリスに告(・)白(・)で(・)き(・)る(・)ん(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)か(・)?)


沈黙が続く中、アゲハはそんな事を思いついた。——以前、改めてリリスの事が好きだという気持ちに気づいたアゲハは、リリスに真剣な告白をすることを決意した。それはタイミングが合わず、今日この時までそれは叶わなかったが……今、二人きりであるこの状況なら——リリスに告白できるかもしれない。


(……や、やるぞ……このチャンスを逃すもんか……!)


思い立ったが吉日、という言葉を体現するように、アゲハは高鳴る胸の鼓動を抑えながら、リリスの方を見る。すると、星空を見上げていたリリスはアゲハの視線に気がついたのか、未だ赤い顔のままアゲハの方を向く。リリスは首を傾げて、小さな声で呟く。


「アゲハ……?」

「……っ」


リリスの透き通るような声が、アゲハの耳に響く。目の前の恋人が可愛らしくて、アゲハは顔を赤くして言葉に詰まってしまう。……だが、そこで詰まるわけにはいかなかった。アゲハは心を落ち着けるように息を吐いて——リリスの瞳をじっと見つめる。意を決して、アゲハは口を開いた。


「——リリス。話があるんだ」

「……?何……?」

「今から、とんでもなく恥(・)ず(・)か(・)し(・)い(・)事を言うから……笑わないで聞いてほしい」

「恥ずかしい事……って……えっちな、事……?」

「ち、違う。大事な話だ」

「……分かった。最後まで、聞く……」


途中で二人同時に顔を赤らめるハプニングはあったが——ともかく。アゲハはコホンと咳払いをして、話を始める。


「リリス——あたしは、お(・)前(・)が(・)好(・)き(・)だ(・)」

「……え?」


——前置きはなし。突然告げられた言葉に、リリスは目を点にして、動揺を口にした。ポカンとしているリリスを前に、アゲハはさらに言葉を紡いでいく。


「——いつも一緒にいてくれる所が好きだ。落ち込んだら慰めてくれる所が好きだ。スキンシップをしてくれる所が好きだ。あたしを褒めてくれる所が好きだ。実は初心な所が好きだ。弁当を作ってくれる所が好きだ。可愛い所が好きだ。顔が好きだ。性格が好きだ。リリスの——全部が好きだ」

「え、えぇ……!?ア、アゲハ……!?」

「リリスを見たら抱きしめたくなるし、甘やかしたくなるし、キスも……それ以上のことも……したくなる」

「ま、待って……!?ちょ、ちょっと、心の準備が……!」

「リリスがいないと寂しいし、リリスが他のやつに取られたらって思うと心が痛くなる。というかぶん殴って奪い取ってやる」

「ふ、ふぇ……」

「リリスの水着姿は可愛すぎるし、一緒に風呂に入れなかったのが残念だし、今可(・)愛(・)い(・)寝(・)巻(・)き(・)姿で抱きついてきてるのも、正直あたしの理性がやばくて——」

「す、ストップ……!ストップっ……!」


一方的に甘い言葉を囁かれて耐えきれなくなったのか、林檎のように顔を真っ赤にしたリリスがアゲハの口を両手で防ぐ。アゲハは若干顔を赤くしながらも、リリスの行動に眉をひそめる。

 

「ふぁんふぁよ?ふぁだふぁなしふぁおふぁっひぇふぁいふぉ?(なんだよ?まだ話は終わってないぞ?)」

「だ、駄目。これ以上、聞いたら、私……どうにか、なっちゃう……!」

「ふぁたしふぁってふぉうにふぁなりふぉうだよ。でも、ふぉまるふぁけにふぁふぃかふぁいんだ(あたしだってどうにかなりそうだよ。でも、止まるわけにはいかないんだ)」

「んっ……アゲハ、その状態で、喋らない、でっ……!くすぐった——ひゃっ」


リリスが身を捩ってアゲハの口から手を退けたため、アゲハは再び話を始める。リリスがそのまま逃げ出そうとしていたので、アゲハは彼女の手を取って自分の胸元へと引き寄せる。


「ぴゃっ……!」

「……最後まで聞いてくれるんだろ?逃げないでくれ」

「うぅ……でも、またさっきみたいな事、言うんでしょ……?」

「もう言わない。けど、他に言うことがあるんだ」


アゲハはリリスを抱きしめて、瞳を閉じる。リリスの高鳴っている心臓の音が、アゲハの耳に届いているように感じた。その音が好(・)意(・)に(・)よ(・)る(・)も(・)の(・)だと信じて——アゲハは、その先を告げた。


「——リリス。好きだ。大好きだよ……これからもずっと……あなたのそばにいさせてください……」

「……!」

「今までずっと曖昧な感じで、ごめんな。お前はずっと、あたしを好きでいてくれたのに……たったこれだけのことを言うのが、こんなに遅くなって」

「アゲハ……」

「……ごめん。何言ってんだって話だよな。けど、あたしはお前にずっと……「好きだ」って言いたかったんだ。そうじゃないと、リリスに……失礼だと思ったんだ。リリスは気持ちを口にしてくれてるのに、あたしだけ——」


その先は、口にできなかった。アゲハの唇が、突(・)然(・)何かで防がれたのだ。柔らかく温かなそれは……リリスの唇だった。


「ん……アゲハ……んっ」

「んむっ……!?」

「ぷはっ……んっ……んむ……」


目を見開くアゲハが口を開く間もなく、リリスは何度も何度もキスを繰り返す。舌を入れられ、絡み合って、何度も唇を奪われる。やがて、永遠と思われるような長いキスが終わり……アゲハは、息を荒げながら呆然と呟いた。


「はぁ、はぁ……リリ、ス……?」

「……ずるい。これ以上アゲハを好きになったら……私、壊れちゃう……抑えが、効かなく、なる……」

「リリス……今のは……?」

「……私の精一杯の、気(・)持(・)ち(・)……ねぇ、アゲハ。アゲハが私を好きだってこと……私は、とっくの昔に、知(・)っ(・)て(・)る(・)……」

「え、ええ!?そうなのか!?」

「うん……だって私は、アゲハのことなら、なんでもわかる……なんでも知ってる。初めて、シ(・)た(・)時も……アゲハはずっと、私を求めてくれた」


リリスは頬を赤らめ、瞳を潤ませながら、驚くアゲハの身体に身を寄せる。縋り付くように、あるいは抱きしめるように。


「……私も、アゲハの事が大好き。アゲハのカッコいい所が好き。優しい所が好き。不器用な所が好き。強い所が好き。可愛いものが好きな所が好き。可愛い所が好き。ゲームが上手い所が好き。一緒にいてくれる所が好き。顔が好き。性格が好き。——アゲハの全部が大好き」

「リリス……」

「こんな私でよければ……ずっとそばに、いてください……」

「……ああ。これからもよろしくな、リリス……」


二人は抱きしめ合って、互いに温もりを感じ合った。自分に繋ぎ止めるかのように、ひたすらに強く。目の前にいる恋人への愛を証明するように——二人はしばらく、瞳を閉じて抱きしめ合っていた。



————

「……さて、部屋に戻るか」

「……うん」


長いハグが終わりを告げ、二人の頬の熱が収まってきた頃。リリスの手を取ったアゲハは部屋に戻ろうと笑いかける。リリスは身体を縮こまらせながら、コクリと頷いた。


「それにしても、まさかリリスと同じ部屋になるとは……あたし、くじ運良いな」

「お風呂……外れた、のに?」

「まだ一日目だろ。魔王は明日もくじで決めるって言ってたし、明日はどっちもリリスと一緒になってやるよ」

「……楽しみにしてる。私も、アゲハと一緒にお風呂に入りたい。アゲハの身体を、堪能する……」

「……一応言っておくが、あたし達以外にも人はいるんだぞ?」


いつもの調子を取り戻してきたリリスに、アゲハは苦笑を浮かべる。——アゲハ達が寝る事が出来る部屋は全部で五つあり、一つの部屋に二人寝ることが出来る。皆が好き勝手決めると喧嘩になるという理由で、マオは風呂だけではなく寝室もくじ引きで決めることにした。ちなみに、マオはミドリと同室になって絶望していた。閑話休題。


「……うわ、もう皆寝てるみたいだな……部屋に着くまで静かにしてようぜ」

「……ん、了解」


別荘の中に戻ると、賑やかな話し声などは聞こえず、静寂が別荘の中に広がっていた。アゲハとリリスは自分達の部屋の前まで歩くと、扉の前に立つ。


「……ん?」


そして、アゲハは首を傾げた。静寂が続いていたはずの別荘の中に、誰かの小さな声が聞こえてきたのだ。辺りを見渡しても、人影は見当たらない。


「……リリス、周りに誰かいるか?」

「……いない。でも、声は聞こえる」

「そうか。じゃあ外か……こ(・)の(・)部(・)屋(・)だ(・)な(・)」

「……お化け?」


アゲハの言葉に、リリスは少し顔を青くした。若干怯えた様子の恋人を、アゲハは手を握って安心させる。


「大丈夫だ。とりあえず部屋に入ろう。何かいたら、あたしが相手してやる」

「……!わ、分かった……」


アゲハはリリスを抱き寄せながら、扉の取っ手に手を掛ける。リリスがアゲハにしがみつき、意を決したような表情を浮かべると同時に——アゲハは扉を開いた。すると、そこには——


「クヒヒヒヒッ……!いいわ、インスピレーションがみるみる湧いてくる……!やはり九番の言葉は正しかったみたいね!おかげで最高のシチュエーションが生(・)で(・)見(・)れ(・)た(・)わ(・)!」

「流石はア(・)ゲ(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)だよね~。あんな小っ恥ずかしい台詞、素面で言えちゃうんだから〜」

「馬鹿言っちゃ駄目よソードちゃん。ちょっとくらい小っ恥ずかしい方がその人の気持ちが表に出てくるじゃない。恥を晒すのは信頼の証よ。私の聖書(バイブル)でもそれは証明されているわ!」

「ラブコメ漫画を聖書(バイブル)とか、オタク過ぎ〜……あっ」

「どうかしたのソードちゃん?そこに何か——あっ」

「「…………」」


……そこにいたのは、床で何やら紙に書き綴っている十(・)三(・)番(・)と、ベッドで寝転がっているソ(・)ー(・)ド(・)だった。二人はアゲハ達が入ってきたのに気がついたのか、間の抜けた声をあげて固まった。代わりに、アゲハが口を開く。


「……お前ら、何してんだ?」

「えっ、あ、その……新作の漫画の執筆よ!良いネタがたくさん入ったから、今のうちに締めておこうと思って!」

「ソ、ソードはちょっと散歩に出掛けて、たまたま十三ちゃんに会ったんだよね〜」

「……ここ、私達の、部屋……散歩で来るには、少し遠すぎる……」

「わ、私は突然変異種(ミュータント)だもの!人間とはスペックが違うのよ、スペックが!新幹線よりも早く走れるのよ!?」

「ソードも、煌水晶種(テラ・クリスタル)だからぁ〜……こ、これくらいひとっ飛び、っていうかぁ~……」

「「…………」」


明らかに挙動不審な二人の反応を見て、アゲハとリリスは冷たい視線を向ける。……やがて、一つの結(・)論(・)に(・)至(・)っ(・)た(・)アゲハは十三番に歩みを進め……笑(・)顔(・)で(・)、その小さな頭を鷲掴みにした。


「——なぁ、十三番?お前さっき、生(・)で(・)見(・)れ(・)た(・)とか言ってたよなぁ……?」

「え、えっと……フレアレッド?何その怖い笑顔……それに、さっきの話、もしかして聞いて——」

「——お前ら、さ(・)っ(・)き(・)の(・)あ(・)た(・)し(・)ら(・)を(・)覗(・)き(・)見(・)し(・)て(・)た(・)な(・)?」

「「……っ!!」」

「えっ」


アゲハの核心をついた言葉に、十三番とソードは息を飲み、リリスは間の抜けた声をあげた。次いで、リリスの顔が真っ赤に染まる。


「嘘……あれ、聞かれ、て……?……はぅぅぅぅぅ……」

「な、なんで分かったの……?」


羞恥に悶えるリリスと、青ざめた顔でアゲハを見る十三番。アゲハは十三番の頭を掴んだまま、笑みを絶やさずに話を続ける。

 

「お前らがベラベラと喋ってたからだろ?特にソードが」

「……あの、フレアレッド?どこから私達の話を聞いてたのか、聞いてもいいかしら……?」

「「クヒヒヒヒッ……」から全部。あれだけ細く言ってたら、流石のあたしでも気づくぞ?」

「——すみませんでしたぁっ!」


——特にトリックも何もない。話を聞いていただけである。アゲハがそれを明かすと、十三番は汗をダラダラと流しながら、頭を掴まれたまま土下座した。随分と器用な奴である。


「……ソード?お前はどこに行こうとしてるんだ?」

「ひっ……!よ、良かったじゃんアゲちゃん!愛しの黒髪ちゃんともっと深い仲になれて!ソードはこれでお暇するから、後は二人で仲良くしっぽり——」

「——リリス。そいつを捕まえてこっち来い」

「……ん。分かっ、た……」


アゲハが笑顔でリリスにそう告げると、いつの間にか羞恥から解放されて真顔になったリリスがソードを裸締めで拘束する。——ソードは並外れた力を持っている煌水晶種(テラ・クリスタル)のはずなのだが、リリスの裸締めは全く解ける気がしなかった。リリスがアゲハの下に辿り着くと、アゲハは空いている方の手でリリスを抱き寄せ、十三番とソードに笑みを浮かべてこう言った。


「こいつ、あたしの恋人なんだ。可愛いだろ?」

「え、ええ……!大変可愛らしい子だと思うわ!ラブコメの勝ち組ヒロインに匹敵、いや追い越すレベルね!」

「お、お似合いだと思うな〜……」

「そうだろ?だからお前らには今から、あ(・)た(・)し(・)が(・)満(・)足(・)す(・)る(・)ま(・)で(・)、リリスの良い所を語ってやるよ。さっきリリスに止められたから、言い足りなくてウズウズしてたんだ」

「「えっ」」


アゲハの告げた言葉(罰)に、二人は顔を青くする。十三番とソードにとってはあまり面識のない人間から惚(・)気(・)話(・)を長々と語られるわけで——それは退屈を嫌うソードにとって、個人に興味を持たない十三番にとって拷問に等しいものだった。


「……アゲハ?この二人……追い出さない、の……?」

「ああ。追い出す。二度と帰ってこれないようにしてやるから、ちょっと待っててくれ。あとで二人で一緒に寝ような」

「……!分かった……!ちょっと、待つ……!」


目を輝かせるリリスがアゲハに抱きついたのを見ると、アゲハは両手で十三番とソードの頭を掴み、アゲハの方を向かせる。そして、今まで浮かべていた笑(・)み(・)を(・)消(・)す(・)と(・)……地を這うような低い声で、こう言った。


「覚悟しろよ、お前ら?あたしを前にして、簡単に逃げれると思うんじゃねぇぞ……?」

「「ひっ……!?」」


……その後、二人にとって語るも恐ろしい地獄の時間が流れ……二人の脳裏に「絶対にアゲハを怒らせてはいけない」という文字が刻まれるのだった——

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