第四十話 バイオレット・9・サーティーン
——私は一体、誰なのだろう。ここ最近、そんな事ばかりを考えている。突然変異種として星を侵略し、王の、そしてバベル様のために戦い続けている。私は——九番は、レーナ様に造られた駒でしかない。
「……九番、あなたに新しい≪装備≫を持ってきたわ。これで今のゴシキジャーとも渡り合えるはずよ」
目の前の白髪の女性——レーナ様はそう言って、私に歪な冠を渡してくる。赤、青、黄、緑、桃の刺々しい触手が、開花した花のような形になっていて、とても≪装備≫のようには見えない。怪訝な表情を浮かべる私に、レーナ様は分かりやすく説明をしてくれた。
「それをあなたの腕輪にかざしなさい。そうすれば、あなたの持つマッドホワイトの力が強化されるわ」
言われるがままに私の右腕に付けられている腕輪に、歪な冠をかざす。すると、冠は腕輪に吸い込まれるように姿を消し、代わりに腕輪に五色の触手が巻き付いた。
「それにはアタシの造った合成獣の力が込められているわ。それを使えば、あなたは突然変異種の力とマッドホワイトの力——その両方を合わせて使うことができる。大切に使いなさいよね。それ造るの、凄く大変だったんだから」
「……レーナ様」
「何、質問?アタシはそろそろ「王」と話をしないといけないの。手短に言いなさい」
「……私は、九番、ですよね……?九番、なんですよね……?」
「……何を言い出すかと思えば……そうよ、あなたは九番。メタフォ部隊隊長、バベルの右腕。そしてアタシの作品。肝に銘じておきなさい」
「……はい、承知しました」
私が頭を下げると、レーナ様は呆れたように私の下を去っていった。……そうだ、私は九番。それ以外の何者でもない。分かっているはずなのに、私は何を——
「……考えるな。考えるな考えるな考えるな……」
——私は駒だ。
——私は九番だ。
——私は突然変異種だ。
——私は……
————
……気がつけば、私は海に立っていた。レーナ様の集めた情報によると、どうやらこの辺りにゴシキジャーが来るらしい。部下と共に海に送られた私は、右腕についている腕輪をいじりながら、ゴシキジャーが来るのを待っていた。
「……隊長、人影が。おそらく、ゴシキジャーが来たと思われます」
「……そうか。ご苦労だったな、三十九番。——各自、指示通りに動け。ここでゴシキジャーを一斉に迎撃する」
「「「ハッ!」」」
私がそう指示すると、私の同族である白い触手を持つ三体のメタフォが、配下の突然変異種に矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。私は目前に見える人影を見据えながら、手にした銃剣を砂浜に突き刺す。目の前の木々が生い茂る森に、二つの人影が見える。やがて、人影に光が差し……その姿が露わになる。——それを見て、私は目を見開いて驚いていた。
「何っ……!?貴様らは……!?」
「……久しぶり、と言えばいいのかな?九番」
「ちょっと四十四番、隊長の所に行くなんて聞いてないわよ!?あなたがラブコメ話を聞かせてくれるっていうから来たのよ!?騙したわねこのちびっ子!」
「四十四番に、十三番……!?何故、貴様らがここに……!?」
私の前に立っているのは、白髪の少女と人間に化けた部下……裏切り者の四十四番と、要注意個体の十三番だった。四十四番——確か今はマッドと名乗っているのだったか——は私を見ながら、苦々しい表情を浮かべていた。
「……本当に、サグルそっくり……」
「貴様……私の質問に答えろっ!ゴシキジャーの奴らはどうした!?何故貴様らがここにいるっ!?」
「……生憎、お姉ちゃん達はまだ来ていないよ。ボクは、そこの十三番に君がここにいることを教えてもらって、わざわざ会いに来たんだ」
「ちょ……!た、隊長。違うのよ!決して裏切ったとかそういうわけじゃなくて、ついうっかり口を滑らせちゃったというか……!」
十三番が何やら弁解を述べているが、私は聞く気にもなれなかった。——裏切り者には死あるのみ。バベル様の意志であり、私への指示でもある。私は計画を邪魔された事に対する怒りで、四十四番達に銃剣を向ける。
「……私の邪魔をした罪……地獄の底で償え」
「……!サグル……!」
「その名で呼ぶなっ!この裏切り者が!」
——堪忍袋の尾が切れた。私が銃剣の引き金を引くと、四十四番の頬に赤い筋が走った。四十四番は力強い瞳で私を見つめていて——それが、妙に癪に障る——私に向かって、こう告げた。
「……確かに、ボクは君を守れなかった。君に嫌われても、恨まれても仕方ない……けど、ボクはもう間違えない。ボクは君を……救う」
「黙れっ!わけの分からないことをほざくな!裏切り者には死あるのみ!口を利く必要などないっ!」
「……十三番。下がっていいよ。あとはボクが何とかする。そろそろお姉ちゃん達が来る頃だから、ソードさんと一緒に会いに行ってきて。ラブコメが欲しいんでしょ?」
「え、いいの!?そういうことなら……あとは任せたわよ、四十四番!またね隊長!」
十三番は四十四番の言葉を聞いて、凄まじいスピードでその場を去っていった。……こいつのあとで、始末してやる。——銃剣を再び砂浜に突き刺した私は、腕輪に左手を当てて、冠を回転させる。
「……≪聖鎧装着≫」
——ズバババーン……!キマイラ……!
——マッドネス・ミュータント・ホワイト……!キマイラマッドホワイト……!
腕輪から低い声が鳴り響き、私は黒い十字が刻まれたマッドホワイトの姿へと≪聖鎧装着≫する。すると、腕輪についている五色の触手が全身に纏わりつき、その姿を変えていく。
——四肢の鎧は青、緑、黄、桃色に染まり、鎧はさらに鋭い形状へと変わる。
——黒い十字には赤い文様が刻まれ、それは瞳のように蠢く。
——白い兜は獣のような形状へと変わり、首元には白いマントが生成される。
合成獣の力を纏った、異形の戦士……最早マッドホワイトとは呼べない私の姿に、目の前の四十四番は驚いたような表情を浮かべていた。
「……それが、君の望んだことなんだね……」
四十四番は何かをボソッと呟くと、彼女は右腕につけた紫の腕輪に手を掛ける。彼女は何故か苦々しい顔で私を見たあと、腕輪の部品に手を掛けて、それを回した。
「——≪魔煌解放≫」
——バイオレンス!バイオレット!テラ・バイオレット!
——クハハハハハッ!
……それは、少女の笑い声。無邪気で無自覚な災厄が、龍のように飛び回り、四十四番の身体を包む。——やがて、彼女の全身が紫に包まれ……そこから、紫の鎧を纏った四十四番が現れた。どこかマッドホワイトに似た姿をした彼女は、両手に紫色の銃を構える。
「……行くよ、サグル」
最後に耳障りな名を呟いて——四十四番が、こちらに向かってきた。
————
——数日前。十三番から九番に関する話を聞いたボクは、椅子から身を乗り出しながら、驚愕の表情を浮かべていた。
「……九番が、死んでる……?」
「あなた、知らなかったの?九番は人間の家族を襲った時に、返り討ちに遭って死んだのよ。バベル様がそう言ってたわ」
「バベル様が……?」
「そうよ。九番に私の撮影を手伝ってもらおうと探してたら、突然「九番は地球での任務の途中に死んだ」ってバベル様に言われて……あ、このことは他言無用とも言われてたわね。意味はよく分からないけど……」
……バベル様はそんな事をこの人に話したのか。というか、あのバベル様が釘を刺すなんて、よっぽどの機密事項だったのだろうが……相手が悪すぎる。流石要注意個体だ……口が驚くくらい軽い。
「……なるほど。つまり、君が「隊長」と呼んでいる個体は、九番ではないと?」
「たまに自分のことをそう呼んだりしてるけど、隊長に番号はないわね。いっつも黒尽くめの格好してる無口で変な人よ」
「無口で変な人……」
……「九番」と呼ばれている個体は、メタフォ部隊隊長であり、バベル様の右腕……そしてサグルとそっくりな見た目をしている。突然変異種としての力は使えず、マッドホワイトの力を使える……
(……九番は、サグルなのか……?)
ボクの頭の中に、そんな突拍子もない発想が思い浮かんだ。——四年前の事件の時。ボクが最後に見たのは、「九番」が化けたサグルの姿だ。その九番を殺したのはボク。だから、九番はもう生きているはずがない。考えれば当たり前の事だけど、でも、九番は確かに生きている。サグルの姿で——つまり、それが意味することは……
「サグルが、生きている……?」
もし「九番」が死んでいて、「サグル」が「九番」として振る舞っているだけだとしたら。九番として利用されているだけだとしたら……?
「——どうしたの、四十四番?お腹痛いの?先輩後輩のよしみで、胃腸薬を渡してあげてもいいわよ?」
「いや……別に大丈夫だよ」
……どうやら、ボクは酷い顔をしていたみたいだ。十三番が首を傾げながらボクを見ている。とりあえず差し出された胃腸薬は受け取らずに、ボクは椅子の上で腕を組み、顔を俯かせる。
(……サグル……)
ボクの大切な、友達——ボクが助けられなかった、命に変えても惜しくない友達……彼が、生きているかもしれない。そう思った時、ボクは咄嗟に口を開いていた。
「……十三番。もう一つ聞きたい事があるんだ」
「対価次第ね!私は一応組織の一員だもの!無償で情報を流すわけにはいかないわ!」
「なんでもするよ。ボクにできることならね」
「交渉成立ね!お姉さんになんでも聞きなさい!」
あれ、ボク今とんでもないこと言ったような……まぁ、今はこっちの方が先だ。
「——九番が次に現れる場所を教えてほしい。あの子と話がしたいんだ——」
————
——日が照らす砂浜の上で、二人の戦士が互いに武器を構えて駆けている。片や、合成獣の力を身に纏った異形の戦士——キマイラマッドホワイト。片や、紫の鎧を纏った双銃の戦士——テラバイオレット。胸の内に覚悟を秘めた戦士達が、互いに武器を交える。
「——はぁっ!」
「ぐっ……このっ……!」
キマイラマッドホワイトが振るった巨大な銃剣を、テラバイオレットは両手の銃で受け止め、その一撃を弾く。一瞬生じた隙を逃さず、彼女は銃の引き金を引く。
「——≪魔双・マッドネスバースト≫!」
「ぐうっ……」
紫の光弾をくらったキマイラマッドホワイトは、うめき声を上げながら自らも銃剣を銃のように構える。
「——≪白銃・ブーストシュート≫……!」
銃剣から放たれた白い光弾が、テラバイオレットの鎧を掠める。身を捩って回避した彼女は右手の銃を消失させ、新たに≪赤い剣≫に似た剣を出現させる。剣を振るいながら、テラバイオレットはキマイラマッドホワイトの銃剣と鍔迫り合う。
「——ボクの話を聞いてくれ、サグル!」
「私は赤羽サグルではない!九番だ!」
「違うよ……!君はサグルだ!思い出してよ、ボクの事を!」
「貴様は裏切り者の四十四番!私の敵だ!思い出すことなど何もないっ!!」
「うっ……!」
声を荒げたキマイラマッドホワイトが力を強め、銃剣でテラバイオレットの剣を弾き、蹴りを食らわせる。テラバイオレットの剣が消失し、彼女は地面を転がる。
「ボクは……君を、救う……!」
テラバイオレットは必死に身体を起こし、左手の銃を消失させる。右手に≪青い槍≫に似た槍を、左手に≪緑の戦斧≫に似た戦斧を出現させ、キマイラマッドホワイトに立ち向かっていく。
「おぉぉぉぉぉぉ!」
「その程度で、私を倒せるものかっ!」
キマイラマッドホワイトがそう叫ぶと、彼の四肢の鎧から青、黄、緑、桃色の触手が蠢き、刃のように鋭い形状になってテラバイオレットに襲いかかる。彼女は兜の奥で一瞬目を見開き眉を潜めながら触手を躱す。距離がだんだんと詰められていき、彼女は槍と戦斧を振りかぶる。
「——≪魔双・スパイラルディザスター≫!」
水を纏った槍と風を纏った戦斧の双撃が、キマイラマッドホワイトに迫る。しかし、彼は合成獣の触手を一つに束ねると、それを盾のように構え、テラバイオレットの攻撃を受け止める。
「なっ……!?」
「——≪白獣・アンリミテッドバイト≫」
キマイラマッドホワイトの四つの触手が刃のように形を変え、隙を見せたテラバイオレットを切り裂く。鎧を貫通したその一撃は、彼女の身体に深く食い込んだ。尋常ではない痛みが、身体中に走る。
「うぁぁぁぁぁっ!うっ、あぁぁぁ!」
「貴様では私に勝てない。私への侮辱を述べた自分を悔いて死ね」
「くっ…………嫌、だ……ボクは……君を、諦めない……!」
テラバイオレットは背後に≪黄色い弓≫に似た弓を出現させ、矢を放った。キマイラマッドホワイトは触手を下げ、矢を回避する。その隙にテラバイオレットは両手に≪桃色のモーニングスター≫に似た武器を出現させて、キマイラマッドホワイトの腕輪を狙う。
(あれさえ壊せば、サグルは戦う力を失うはず……!)
——テラバイオレット——マッドの狙いはこうだった。聞く耳を持ってくれないキマイラマッドホワイト——九番ことサグルを無力化し、そして彼が本物の「サグル」なのかを調べるのだ。今度は、彼を救うために……そのために、戦う道を選んだ。
「——≪魔双・マジカルバスター≫!」
紫色のオーラを纏った二つのモーニングスターが、九番の腕輪を捉える——それで、戦いは終わる……はずだった。
「——≪白剣・ブーストドライブ≫」
しかし、九番の方が一枚上手だった。彼の銃剣が火を吹き、マッドのスピードを上回る神速の一撃が、彼女を吹き飛ばした。——マッドの≪魔煌解放≫が解かれ、白髪の少女が地面を転がる。身体中に走る痛みが、ゆっくりと、着実にマッドを蝕んだ。
「うっ……ぐっ……」
「終わりだ、裏切り者の四十四番。貴様はバベル様の右腕であるこの私が、直々に殺してやる」
「……!」
九番が倒れるマッドに向かって足を進め、銃剣に白い光を纏わせる。マッドは苦痛に顔を歪めながら、なんとか身体を起こそうとするが……指一つ動かせない。
「ボクは……サグル、を……」
「またその名か。……私を何度も惑わせた、忌まわしい名……貴様ごと、その名も葬り去ってやろう」
マッドの直ぐ側に迫った九番が、銃剣を振りかぶり、マッド目掛けてそれを振るう。彼女は視界がゆっくりと動いているように見えた。自らに迫る「死」が、彼女から希望を奪おうとする。
「……ごめん、サグルっ……」
最後に小さく友の名を呟いたマッドは、一雫の涙を流して、その瞳を閉じる。あわや、九番の剣がマッドを切り裂くかと思われた……その時。——九番の身体が、銃声と共に揺らいだ。
「ぐあっ……!何者だ!」
九番は自分が打たれた方を向いて、怒りの叫びをあげる。マッドも釣られてそちらの方を向いて——弱々しく、目を見開いた。
「何者、か……あたしは一体、何者なんだろうね」
——そこに立っていたのは、赤い戦士だった。しかし、その姿はかなり異様で、どこか近未来的なスーツの上に赤いジャケットを羽織り、顔をマスクで覆っていた。そして、戦士が手に持っているのは……拡声器程の大きさの銃だった。
「誰……?」
「さーて、人助けと行きますか」
マッドが呟く途中で、戦士は走り出した。銃を構え、九番目掛けて乱射する。九番が銃剣でそれを防ぐ間に、直ぐ側まで迫った戦士が蹴りをかます。
「そーれっ!」
「ぐっ……!」
「あんたの動きはその程度?遅すぎて止まって見えるね」
「貴様……!私を愚弄するかっ!」
銃剣を構え、白い光弾を放つ九番。真っすぐ進むその一撃は、凄まじいスピードで戦士を狙う。しかし、戦士は地面を蹴り上げ、棒高跳びの要領でそれを飛び越し、着地する。そのまま地面を転がり、戦士は銃を九番の腹部に当てた。
「——ほらね、隙だらけ」
「くっ……!待機部隊!こいつを殺せ!」
九番の呼びかけに応じ、それまで森に潜んでいたメタフォや突然変異種達が現れ、戦士へと立ち向かっていく。戦士はそれを目にすると、九番から距離を取り、懐から桃色のカートリッジを取り出し、銃の引き金の近くにセットした。
——トリガーブラスター!トリック!
銃から中性的な声が鳴り響き、戦士が突然変異種達に向かって銃の引き金を引く。すると、陽炎が揺らめくように複数の銃が姿を現し、そこから無数の弾丸が放たれる。突然変異種が悲鳴をあげて、メタフォ三体以外が爆発して消滅する。
「なっ……何が起こったんだ?」
「あの戦士は何者だ!ゴシキジャーではないのか!?」
「ひ、怯むな!俺達が隊長を支援するんだ!」
メタフォ三体が、戦士に向かって鋭い刃のような腕を振り回しながら襲いかかる。戦士は冷静に、銃を構え、空いている手に赤い刀身の剣を生成し、足を踏み出す。
「トリガーブレード——あんたらは、あたしの間合いに入った」
戦士は剣を振るい、舞を踊るかのようにメタフォ達に斬りかかっていく。メタフォの腕が切り裂かれ、悲鳴が上がり、赤き光が戦場を支配する。地に伏しながらそれを見ていたマッドは、思わずその姿に目を奪われていた。
「綺麗……」
メタフォ達の悲鳴を背にして、赤き戦士は水色のカートリッジを引き金近くにセットし、そして引き金を引いた。
——トリガーブラスター!ウィング!
赤き戦士に白い翼が生え、それが羽ばたくことで突風が生まれる。怯むメタフォ達に、戦士は地面から飛び立ち、銃と剣を構える。
「——≪アクセルシュート≫」
戦士は銃から光線を三回放ち、メタフォ達を貫いた。戦士は次いで剣を振りかぶり、回転しながら三体を切り裂いた。
「「「ぐわぁぁぁぁぁぁ——!」」」
三体の断末魔が上がり、砂浜を巻き込んで爆発する。あとには、九番だけが残っていた。戦士は華麗に着地し、クルクルと銃を回しながら、九番の方を見てこう告げる。
「で、まだやる?見て分かったと思うけど、あたし強いよ?」
「……何者だ、貴様は……!」
「正義の味方。で、あんたは悪。これ以上続けるんだったら、相手になるけど?」
「……チッ、まぁいい。結局ゴシキジャーは現れなかった。私がここに留まる意味はない……だが覚えていろ。そこの四十四番は、どんな手を使ってでも殺してやる」
「……!待って、サグル……!」
「さらばだ。裏切り者の四十四番」
マッドの静止も虚しく、九番は陽炎のように揺らめき、姿を消した。戦士は肩に銃を乗せて、マッドの下に歩いてくる。戦士はマッドの側に辿り着くと、空いている方の手を差し伸ばす。
「ほら、立てる?」
「……うん」
マッドはその冷たい手を取って、身体に力を入れて立ち上がる。身体中で流れる血が、彼女の受けた傷の深さを物語っていた。その姿を改めて目にした戦士は「うわっ」と驚いたような声をあげる。
「あんた、ボロボロじゃん。大丈夫なの、それ?」
「……駄目かもしれない」
「わぁ正直。ちょい待ち、今治してあげっから」
戦士は屈んでマッドに肩を貸して、手に持っている銃に黄緑のカートリッジをセットする。戦士はそれをマッドの方に向けて、引き金を引いた。
——トリガーブラスター!ヒーリング!
「……!?傷が、治って……」
「凄いでしょ。ま、翌日身体めっちゃ痛くなるけど、痕も残らないからトントンだね」
「え、事後報告?」
血が流れるのが止まった事、そしてとんでもない副作用がある事を告げられた事で驚きの声をあげるマッド。しかし戦士はマッドの肩をトントンと叩き、からからと笑うだけだ。
「まぁ細かい事は気にせず。それより、あんたはなんでこんな所で血まみれになってたわけ?」
「……あの子と、戦っていたんだ」
「あの子……え、何?生き別れの息子的な?」
「ち、違うよ。ボクはあの子の友達なんだ……多分。でも、あの子にはボクの言葉が届かなかった。ボクには、彼を救うことができなかった……」
マッドは俯き、グッと拳を握る。九番がサグルである確証もまだ取れていないが、彼からの拒絶の言葉は、彼女の心に深く突き刺さっていた。……落ち込む彼女を見ながら、戦士は彼女の手を肩から外し、距離を取る。そして、マッドの方を見ながら、戦士はこう言った。
「……この世界にはさ、どれだけ仲良くなれる人がいると思う?」
「……え?」
「御伽噺でよく聞くのはさ。どんな人とも仲良くなれる、分かり合える……って奴だけど。あたしは、そうは思わないかな」
呆気に取られるマッドの前で、戦士はまた銃をクルクルと回す。彼女は銃の回転を止めると、再び言葉を紡ぐ。
「この世には仲良くできる奴と、仲良くできない奴がいる。仲良くできる奴は一握りで、両手の指にも満たない。対して、仲良くできない奴はゴマンといて、数えるのに指が足りない……世の中そんなもんだ」
戦士はとても「正義の味方」とは思えないような発言をして、マッドを困惑させる。だが、戦士はマスクの奥で「ふっ」と笑みを漏らし、空いている方の手をマッドの頭に置く。
「でも、仲良くできる奴との絆は——馬鹿にできない。切っても切れないくらいに固いのもあれば、切れても繋ぎ直せるのもある。……あんたのは、後者だよ」
「……なんで、そう言い切れるの?」
「見ればわかる。あたし、天才だからね」
戦士はマッドから手を離すと、銃を肩に乗せてマッドに背を向けて歩き出す。戦士は懐から白いカートリッジを取り出すと、銃の引き金近くにセットする。
——トリガーブラスター!インビジブル!
「——じゃあね、お嬢ちゃん。友達と仲直り、出来るといいね」
「ま、待って!あなたは、一体……」
「旅する正義の味方。で、あんたはお姫様。次は攫われないように気を付けな」
戦士はそう言うと、マッドの前から姿を消した。まるで、初めから何もなかったかのように。マッドは困惑しながらも、戦士に言われた言葉を反芻する。
「……仲直り、か……」
マッドのそんな呟きは、波の音に隠れて消えた。




