第三十九話 アバンチュールwith先代
——アゲハがなんとかリリスを連れて別荘を出ると、マオ達が一足先に遊んでいるのが見えた。砂浜にコートが張られていて、コートを境にボールが飛び交っている。
「レモン!トスだ!」
「はいはい……それっ!」
「よし!——魔王の一撃を、くらえっ!」
マオが見事な角度でサーブを放つと、真っすぐに地面に突き刺さる。笛の音が聞こえ、コートの真ん中に立つ青い競泳水着を纏った女性審判が結果を告げる。
「——緑チーム、一点」
「はわ……!?す、すみません、オトさん……」
「大丈夫だ、サクラ。ここから巻き返せばいい」
「次は赤チームからのサーブになります。オトさんか桃橋さんのどちらかがボールを持ってください」
「では、私が行こう」
アロハシャツ姿のオトがそう言うと、真ん中の審判からボールが投げ渡される。オトの強烈なサーブがマオ達のコートを穿ったのを見届けたその審判は、いつの間にか近くに来ていたアゲハ達の姿に気づくと、掛けていたサングラスをあげて挨拶をする。
「おや、青宮さんと……赤羽さんですね。お久しぶりです」
「……え、ミコト、さん……?」
「ミコトさん……あっ、先代マリンブルーの人か?」
「覚えていてくださって光栄です。白河ミコトと申します。先程到着し、ビーチバレーの審判を務めておりました」
「おりました、って……?」
アゲハが首を傾げながら呟くのを見て、ミコトは無言でコートを指さした。……先程のオトのサーブで吹き飛ばされたマオとレモンが、コートの外の砂浜に転がって気絶していた。え、と呟くアゲハとリリスの前で、ミコトは冷静に審判を下す。
「——赤チーム、一点。次は緑チームのサーブになります。翠川さんか木戸さんのどちらかがボールを——」
「いや続けるなよ!?」
「魔王達、続けられる状態じゃ、ない……!」
「ですが、まだ試合は始まったばかりです。審判は公正で公平な判断を下すのが務め。それに、私の流儀として、頼まれた仕事を途中で放り出すわけにはいきません」
「オトさんがいる時点で、公平もクソもないだろ!?あんな化け物じみたサーブを誰が返せるんだよ!」
「では、サーブを返せる代替の選手を立てましょう。——赤羽さん、青宮さん、お願いしてもよろしいでしょうか?」
そう言いながら、ミコトはホイッスル片手に空いているコートを指差した。アゲハ達に気づいたのか、オトがニコニコと笑みを浮かべながら手を振ってきている。アゲハ達には、その仕草がまるで死神が鎌を振っているかのように見えた。二人は顔を青ざめさせて抱き合いながら身を引かせる。
「いやいや、無理だって!」
「私達、ミンチに、されちゃう……!」
「心配はいりません、お二方。青宮さんは私の訓練を耐えきり、自らの強さを証明しました。赤羽さんは私の訓練を受けたわけではありませんが、あのオトさんから修行を受けていたとお聞きしています。お二方なら、オトさんとも相手取れるはずです」
怯える二人の言葉を切って捨てて、ミコトはそそくさと二人をコートに押し込んだ——割と話を聞かないタイプのようだ——。目の前に現れた姪っ子とその幼馴染の姿を見て、オトは不敵な笑みを浮かべてみせる。
「フッ、懐かしい顔触れが揃ったな。まさしく目の保養——もとい、同窓会のようじゃないか」
「あっ、リリスちゃんだ……!その水着、似合ってるよ……!」
オトが圧倒的な覇気を放つ横で呑気にリリスに手を振っているサクラ。身体が砂だらけな所を見るに、割と真剣に取り組んでいた事が伺える。
「——選手交代です。翠川さんと木戸さんが試合続行不可能となったため、赤羽さんと青宮さんが緑チームとして参戦します。得点はそのままで、ルールの変更も特にございません」
コートの真ん中に戻ったミコトがそう告げると、アゲハ達の下にボールが投げられる。アゲハがそれをキャッチすると、目の前のオトとサクラが身構える。
「先程告げたように、緑チームからのサーブになります。一セットごとにサーブは交代。自陣でボールに触れる回数は三回、トスはノーバウンドで行ってください。自陣でボールに四回以上触れた場合は相手チームの得点となります」
「いや、あの……あたし達、まだやるとは言ってな——」
「三点先取で、現時点での得点は赤チームが一点、緑チームが一点です。ちなみにコート外へのシュートは得点になりませんのでご注意を」
「いや、無視すんなよ!?」
サングラスを掛けた状態で淡々とルール説明をするミコトにアゲハは抗議するが、その抗議は聞き届けてもらえなかった。アゲハはこっそりコートを出ようかとも考えたが、ミコトがさっきからアゲハ達の方を凝視しているので諦めた。仕方なく、アゲハはボールを持って構え、半ば投げやりに叫ぶ。
「……ああもう!分かったよ!やればいいんだろ!」
「……!?アゲハ、正気……!?」
「ここでやらなきゃ、何されるかわかんねぇ。なら、とっとと終わらせる方が早い!」
「……分かった。アゲハがそう言うなら……協力する」
「ありがとな、リリス。二人であの怪物から生き残ろうぜ。そんで、あとで楽しく遊ぶんだ」
「……一応言っておくが、私にも傷つく心はあるんだぞ?」
まるで死地に向かう兵士のような言葉を交わすアゲハとリリスに、怪物扱いされたオトは少し悲しそうに呟く。しかし、アゲハの構えたボールを見ると、すぐさまトスの姿勢に移った。そのままアゲハがコートの後ろに立つと、ミコトがホイッスルを鳴らした。それと同時に、アゲハはボールを高くあげて、サーブの姿勢に移る。
「——勝負だオトさん!あたしの一撃をくらえぇっ!」
アゲハがそう叫ぶと同時に、オトに向かって凄まじいスピードのサーブが放たれるのだった——
————
——結果として、勝負はアゲハ達の惨敗に終わった。
「——赤チーム、一点。合計得点が三点に達したため、赤チームの勝利となります」
「ハッハッハ!当然の結果だな!」
「す、凄いです、オトさん……!」
「「…………」」
——ミコトの審判とオトの高笑い、サクラの称賛を耳にしながら、アゲハとリリスは地面に伏せていた。理由はもちろん、オトの殺人的なサーブに吹き飛ばされたためである。しかしマオ達と違って直撃は免れたので、運が良かったと思うべきだろう。現にアゲハとリリスには意識があるのだから、例え砂だらけになったとしても受け入れるべきで……
「……いや、おかしくないか?あのサーブ、人に放っていいもんじゃないだろ」
「……人の域……余裕で、超えてる……死ぬかと、思った……」
アゲハが身体を起こしながら悪態をつき、リリスは身体を震わせながら溜まっていた恐怖を吐き出した。アゲハが哀れみの意を込めて頭を撫でてやると、リリスは縋り付くようにアゲハに身を寄せる。そんな風に二人して生を実感していると、審判としての仕事を終えたミコトがこちらにやってきて、労いの言葉を掛けた。
「お疲れ様です。お二方」
「……お疲れどころじゃないんだが」
「砂まみれ……シャワー浴びたい……」
「ご協力に感謝します。お二方のおかげで無事に仕事を終えることができました。こちらは餞別です」
愚痴る二人に一方的に礼を告げたミコトは、手に持っていた二本のスポーツドリンクを二人に手渡す。アゲハはすぐさま蓋を開けて、その中身を渇いた喉に流し込んだ。
「ぷはーっ……生き返る……」
「アゲハ……私にも、飲ませて……」
「分かった。ちょっと身体起こすぞ」
「ごく、ごく……ふぅ、生き返った」
「気に入っていただけたようで何よりです」
スポーツドリンクで息を吹き返した二人に、ミコトは胸に手を当てて礼をする。いちいち丁寧な人だな、とアゲハは思いながらも、素直に礼を述べた。
「ありがとな。えっと……ミコトさん……って呼んでいいか?」
「はい。白河でもミコトでも、お好きなように呼んでください」
「じゃ、ミコトさんで。ミコトさんも、魔王に呼ばれて来たんだよな?他の先代メンバーの人達は一緒じゃないのか?」
「……私はツクモさんの車に乗せていただきました。お恥ずかしながら、車の免許を持っていないもので……メアリーさんとミドリさんは、もう少し後に来ると思われます」
「ツクモさん……先代、ラブピンク……どこに、いるの……?」
「……あちらです」
リリスがツクモの行方を尋ねると、ミコトは先程までアゲハ達が立っていたコートの辺りを指差した。……その中に、砂まみれでうつ伏せに倒れている桃髪ウルフの女性の姿があった。……なんだろう、先程も同じような光景を見た気がする。とアゲハは思った。
「……先程の試合を私の横で見学していたのですが、オトさんのサーブの余波で吹き飛んでしまいました」
「……え、さっきまでいなかったよな?」
「お二方が集中している間に来てしまったのです。「え、オトさんがビーチバレーするの!?見たい見たい!」というのが最後の言葉でしたね」
「……生きて、る……?ピクリとも、動いて、ない……」
「そろそろ回収しましょうか。海水を掛けたら元気になると思いますよ」
被害者であるはずなのにかなり雑な扱いをされているツクモに、アゲハとリリスは同情するような視線を送った。
————
——ミコトに「回収」されたツクモとマオ達がなんとか蘇ったので、アゲハ達は改めて顔合わせをすることになった。「挨拶は大切だからな」という主催者の言葉によるものである。
「その、さっきはご迷惑をおかけしました……本日はあたしみたいなカスをご招きいただき、ありがとうございます……」
すっかり萎縮した様子で頭を下げるのは、黒シャツ短パン姿のツクモである。オトの殺人的なサーブを目にした事による恐怖心で普段の明るさが鳴りを潜め、卑屈モード全開だった。
「ツクモさん。そのような事を仰らないでください。今回は皆さんに楽しんでいただくために集まっていただいたのですから、明るく行きましょう」
「うぅ……年下の子に気を遣われてるよぉ……恥ずいぃ……」
「……ま、さっきまでの事は忘れた方がええよ。マオ様の言う通り、明るく行こうや」
「無理だよレモンちゃん……地面が、地面がバーッてなって……あたし、砂まみれで死ぬかと……」
気絶した者同士、マオとレモンに慰められていたツクモだが、よっぽどオトのサーブが怖かったのか、身体を震わせていた。同じくサーブを受けた者同士であるアゲハとリリスは、ツクモの心情が痛いほど理解できた。アゲハは隣に立っているオトに怪訝な視線を向けて、少し引いた様子でこう言った。
「……なぁオトさん。オトさんって人間を止めてるのか?」
「止めているか止めていないかで言えば、もちろん止めていないが。何故そんな事を聞くんだ?」
「……アゲハ。多分、無自覚……」
「まぁ、そうだよな……どっからどう見ても人間にしか見えないもんな……」
「話の内容は見えてこないが、二人して私の悪口を言っている事は分かるぞ?」
「「言ってない」」
「おい、言ってる奴の反応だろうそれは!私にも傷つく心はあるんだからな!?」
アゲハとリリスにそう訴えるオトだったが、少しは人間離れしている自覚があるのか、語気は少し弱かった。——しばらくして、ツクモやマオ達に謝罪したオトは旅行の間、「スペックを人間レベルに落とすこと」をアゲハと約束する羽目になった。
————
「サクラ姉ー!右だ、右ー!」
「違うよサクラー!左だよ左ー!」
「わ、え、えっと……!?」
——マオ達に慰められたツクモが立ち直り、代わりにオトがしゅんと落ち込んでいた頃。アゲハ達は次のレジャーとして、スイカ割りに勤しんでいた。目隠しをされ、棒を持たされたサクラが、アゲハとツクモの指示で右往左往としている。他のメンバーはパラソルの下にレジャーシートを引いて、その様子を眺めていた。
「ふぅ……日影ってだけで、結構涼めるもんやねぇ」
「……悪く、ない。寝転んでも、まだ余裕がある」
「皆、水分補給を忘れるなよ!灼熱の業火を浴びた者はそのうち干からびて死に至る!各自、氷の力纏いし箱からその恩恵を得るのだ!」
「そこのクーラーボックスにジュースや水が入ってるから、喉が渇いたら飲めってことやな?」
「でしたら、こちらに一つ頂けますか?オトさんがお疲れになられたようなので」
「……技は使わない……使わない……人間になる、人間に……人間って、なんだ……?」
何やらブツブツと呟いているオトを手で示すミコトに、マオはジュースを手渡した。ミコトは手際よくペットボトルの蓋を開けると、思案の渦の中にいるオトに向かってそれを差し出す。
「オトさん、冷えたジュースです。どうぞ」
「……ん。ありがとう、ミコト君。丁度喉が渇いていたんだ」
「随分とお疲れになられているようですが、マッサージなど致しましょうか?」
「いや、大丈夫だ。気を遣わせてすまないな」
オトはようやく正気を取り戻したのか、笑みを浮かべてペットボトルの中身を口に流し込んだ。一連の流れを見ていた三人は驚いた様子で呟く。
「……ミコトさんって、随分とオトさんに献身的やな」
「ん……仲、良い……」
「そうでしょうか?特段意識しているつもりはないのですが」
「確かに、ミコト君にはいつも助けられている気がするな」
「これくらい、大したことはございません。どちらかといえば、私の方がオトさんに助けられておりますから」
ミコトはそう言って謙遜すると、クーラーボックスからペットボトル飲料を取り出し、蓋を開けてそれを飲み始める。渇いていた喉が潤ったのか、ミコトは満足したように息を吐いた。その所作すらも丁寧なミコトを見て、オトは苦笑しながらこう言った。
「謙遜する事はない。君の献身的な姿勢には、いつも助けられているよ。口にするのは少し気恥ずかしいが……いつもありがとう、ミコト君」
「勿体ないお言葉です。私も、いつもオトさんには感謝しております。この白河ミコト、どこまでもついていく所存です」
「はは、相変わらず堅苦しいな、ミコト君は。そろそろ十年の付き合いになるのだから、私の前では肩の力を抜いてもいいんだぞ?」
「十分に抜いております。こう見えて、少し浮かれ気分と言いますか……このような格好をするのも、初めてですので」
「初めて……?水着、着たことないの……?」
「ええ。お恥ずかしい話なのですが、今も不慣れな服装ゆえに戸惑っています」
リリスの疑問に無表情で答えたミコトは、よく見ると少し身体を縮こまらせて自分の身体を隠していた。ミコトは無表情のままだが、リリスの目には少し恥じらっているようにも見えた。
「ってことは、泳いだ事ないんか?それやったら、海とは相性悪そうやけど……」
「いえ、泳ぐ事はできます。祖父母に鍛錬として海への遠泳を課されていたため、夏はほぼ毎日褌とサラシ姿で泳いでおりました」
「……聞いたうちが馬鹿やったわ」
「ミコトさん、何者……?」
リリスとレモンがオトの同類に若干引いた様子の視線を向けていると、砂浜の方からスイカ割りに勤しむアゲハ達の声が聞こえてきた。
「サクラ姉、そっちじゃないぞ!そっちは海だ!」
「戻って!サクラ、ステイ!UターンしてUターン!」
「桃橋サクラ!わたしの声が聞こえる方に来るのだ!いいか、絶対に前に進むんじゃないぞ!?」
「あ、あわわわ……!ど、どっち……?」
一体どう指示したのか、浅瀬に文字通り片足を突っ込んでいたサクラに、アゲハとツクモ、そしていつの間にか混ざっていたマオが必死に指示を出していた。
「……なんや、思ったより楽しそうやな。うちも混ざればよかったわ」
「……ん、同意する」
「……なるほど、あれがスイカ割りですか。オトさん、メアリーさんとミドリさんが来たら、ツクモさんを含めた五人でやってみませんか?」
「ああ、構わないぞ。リリスちゃん達も参加するか?」
「遠慮しておく……」
「せやな……一日に二回も気絶するのはちょっと……」
「こ、今度は手加減するさ!アゲハとも約束したからな!……だ、だからそんな目で見ないでくれ……」
リリスとレモンの向ける冷たい視線に、オトは縮こまりながらそう返すのだった。
————
昼頃。スイカ割りを終えたアゲハ達が割ったスイカを食べていると、ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「すみません、遅れマシター!渋滞に捕まってしまいマシテ……」
「ふん、マオ姉に呼ばれたから来てやったぞ」
「あ、メアリーちゃんにミドリちゃん!待ってたよー!二人もスイカ食べようよ!このスイカ、めちゃくちゃ甘くて美味しいから!」
「Oh!いいんデスカー!?デハ、ご相伴にお預かりシマース!」
「ハッ、相変わらず食い意地の張った奴だな。スイカ如きではしゃぐなどまるで幼子——」
「ミドリよ。貴様も一つどうだ?このスイカは程よく熟れているから、塩をかける必要もないのだぞ。皆のためにわたし自ら調達したのだ」
「是非いただくとしよう!マオ姉がわたしのために用意してくれたものを無下にするなど無礼千万、閻魔に舌を抜かれてもおかしくはないからな!」
スイカに目を輝かせていたメアリーを鼻で笑っていたミドリだったが、マオの言葉ですぐに手のひらを返す。
「そ、そうか。では、先に荷物を置いてくるといい。メアリーさんとミドリの分は残しておくからな」
ミドリの反応に少し引いた様子のマオは、顔を若干引きつらせながらそう告げた。




