第三十八話 レッドホット・SUMMER魂
——サクラの手当てを受け、≪突然変異種対策本部≫の病院に搬送されたアゲハは、リリスと共に説教を食らっていた。
「——全く!以前も「無茶は厳禁ですよ」と言いましたよね!?あなた達の命の数は一つなんですよ!もっと注意してください!」
「「は、はい……」」
アゲハとリリスが顔色を青くしながら俯いている前で、顔を真っ赤にして叫んでいるのは白衣を纏った二十代くらいの女性。どこか幼い顔をした彼女は、以前アゲハ達が入院した時の担当医だった。
「今回は火傷で済んだからいいものの、生身の体でそんな攻撃を受ければ即死です!勇気と無謀を履き違えてはいけません!」
「すみません……」
「ごめん、なさい……」
アゲハとリリスの謝罪を聞いて、担当医はそれ以上の追求を止める。彼女はため息を吐きながら、椅子を回転させて机の上のパソコンに向き直る。
「……はい、説教は終わりです。薬を出しておくので傷の治療を忘れないようにしてください。酷くなったら私のもとに報告に来るように。いいですか?」
「「はい……」」
「あ、それと赤羽さん」
「……はい?」
担当医は突然アゲハの方を向くと……何故か、身体をもじもじとさせながら、蚊が鳴くような声でこう言った。
「その……オトさんの夏の予定とか……知りませんか?」
「……すみません、なんて言いました?」
「……っ!や、やっぱりなんでもありませんっ。お大事にっ!」
アゲハは担当医の声が小さすぎて聞こえなかったので聞き返したが、彼女は顔を真っ赤にして発言をなかったことにした。そして、アゲハとリリスは半ば無理やり診察室を追い出されたのだった——
————
翌日。学校に向かっていたアゲハは、リリスと昨日の担当医の事について話していた。
「……結局、あの人は何を言おうとしてたんだ?」
「さぁ……私も、全く聞こえなかった……」
「あの人、たまに挙動不審になるよな。普段は言葉がキツイっていうか、厳しい感じなのに」
「……ピンときた。あの人は所謂、ツンデレ……」
「……違うと思うぞ?」
ツンデレというよりかは、真面目な人なんだろうなとアゲハは勝手に思っていた。実際、診察は的確で分からないところはとことん説明してくれる。厳しい言葉も、アゲハ達を心配してるからこそ。……ただ、たまに挙動不審になることだけは不可解だが。そう、特にオト関連の話だと……
「……ん?」
「……アゲハ、どうかしたの?」
「……いや、何でもない。うん」
……途端に嫌な予感がしたので、アゲハはこれ以上考えることを止めた。世の中には知らないほうが良いこともある——そう誰かに言われた気がしたので。代わりに、アゲハは別の話題を出す。
「……そういや、あと一週間で期末試験だな」
「……ん、そうだった。……今日も、私が教えてあげる……ね♪」
「ああ、頼むよ。放課後に教室でいいか?」
「ん……やる気、漲ってきた」
「悪いな。いつかお礼するからさ」
「……っ!?お礼……!?」
「ん?ああ……まぁな。一応頼み事を聞いてもらってるわけだし。お返しくらいはしないとな」
アゲハがそう言うと、リリスは突然神妙な顔をして黙り込み、チラチラとアゲハを見る。挙動不審なリリスを見て、アゲハは首を傾げる。
「どうした、リリス。あたしの顔になんか付いてるか?」
「ハッ……何でもない。ちょっと興奮してた」
「え、なんで?」
「気にしないで。……ちなみに、お返しって……なんでもいいの?」
「ああ、なんでもいい……と言いたいところだが、あんまり高いものとかは買えないぞ?小遣いがカツカツだからな」
アゲハがそう言うと、リリスは首を横に振りながらこう言った。
「……お金の問題は、気にしなくていい……というか、お金はかからないと、思う……」
「そ、そうか?別にそこまで気を遣う必要はないぞ?」
「……ん。もう貰うものは決めた。期末試験が終わったら、貰うね……?」
「お、おう……」
何故か目にハートを浮かべたリリスの言葉に、アゲハは首を傾げながら頷くのだった——
————
一週間経ってから、少し。期末試験の最後の科目を無事終えたアゲハは、机の上に腕を伸ばしながら倒れ込んだ。
「ふぅ、終わった〜……」
絞り出したような間延びした声を出し、アゲハは溜まった疲れをため息として吐き出す。周りを見ると「数学やばくなかった?」「最後の問題運ゲーでやったわ」という言葉を交わすクラスメイトの姿が見える。アゲハがぼんやりと彼らの姿を眺めていると、少し離れた席に座っていたリリスがこちらにやってきた。
「……お疲れ、アゲハ」
「おう。お疲れ、リリス……」
「……大分、疲れてる……私の膝で、休む?」
「……今は止めとく。家でやってくれ」
「……!う、うん。任せてほしい」
顔を赤くしながら頷くリリスを見て、アゲハは少し頬を綻ばせる。……一年の頃は試験終わりに生ける屍と化していたアゲハだが、今回は違った。今のアゲハを満たしているのは、圧倒的な自信と安堵だった。
(……リリスに感謝だな)
リリスに勉強を教わってから、アゲハは真面目に授業を受けるようになり——英語担当の教師や数学担当の教師がとても驚いていた——自分でも予習復習をするようになった。その甲斐あってか、並の知識は頭に入ったように思える。アゲハだけでは、こうはならなかっただろう。試験に全力で取り組んだことなんて、人生で初めてではなかろうか——そんな事を思いながら受けた期末試験は、過去最高の出来だったと自負している。まぁ、まだ結果を見たわけではないのだが。
「……リリス。帰りにどっか寄ろうぜ。昼飯、まだだろ?」
「……うん。一緒に行く」
「よし、決まりだな」
アゲハが笑顔で拳を突き出すと、同じく笑顔のリリスが控えめに拳を合わせた。二人の間に、穏やかな空気が流れていた。
————
翌日。試験を返却されたアゲハとリリスは、いつも通り空き教室に集まって、成果の発表をしていた。何故教室でやらなかったかというと、周りの目を気にせずに叫びかったから。
「——しゃあっ!赤点回避だ——!」
「アゲハ、凄い……!」
リリスのパチパチという拍手を耳にしながら、アゲハは自身の答案を天高く掲げていた。一番高い国語科目は八十点台で、一番低い数学でも六十点台。平均すると七十点弱という結果に収まった。サクラ以外の教師が目を見開いていて驚いていたのは記憶に新しい。——歓喜のあまりリリスに抱きついて「よっしゃー!」と叫んでいるアゲハを、空き教室でくつろいでいたレモンとマオは唖然とした様子で見ていた。
「……いきなり入って来たと思ったら、赤羽さん達はどないしたんや?」
「うーむ……赤点回避とか言っていたし、期末試験の話ではないか?今日は答案返却日だからな」
「——レモン、魔王!見てくれよ!バツより丸の数の方が多いんだぜ!凄くないか!?」
アゲハが目を輝かせながら、レモンとマオに自分の答案を見せつける。——レモンは目を見開き、マオは興味深そうにそれを見た。
「は……?国語の点数、うち一点負けてるんやけど」
「流石はわたしの好敵手だな。悪くない結果だと思うぞ」
「ふふん、そうだろそうだろ!」
信じられないとばかりに呟くレモンと、冷静に感想を述べるマオに、褒められた子供のごとく胸を張るアゲハ。そんなアゲハに駆け寄ってきたリリスが、微笑みながら頭を撫でていた。
「偉い、偉い……♪」
「これで夏休みは自由だー!」
「いや、はしゃぎすぎやろ。頭の中身、小学生に戻ったんか?」
「ありがとなー、リリスー!」
「……っ、アゲハが、私を抱きしめてる……!ふふ、ふふふふふ……!」
「無視かいな……マオ様、この二人どうしたらええと思う?」
「赤羽アゲハにとっては、それほど喜ばしいことだったのだろう。好きにさせてやればいい」
「……マオ様、いつもより大人しいな。変なもんでも食うたんか?」
「何を言うか。わたしはいつも通りだぞ。……それよりレモン、もっと「マオ様」と呼んでもらってもいいか?今のうちに心に刻んでおきたい」
「……ここ、もううちしかツッコミおらんの?」
目の前で乳繰り合ってる二人と、友だちができたばかりで浮かれているマオを見ながら、レモンは頭を抱えて項垂れるのだった——
————
それから数日後。終業式の終わった放課後、レモンを連れたマオはアゲハ、リリス、サクラをいつもの空き教室に集めていた。何故呼ばれたのか分からないといった表情を浮かべているアゲハ達を見ながら、マオは高らかにこう宣言した。
「——海に行こう!」
「「「……海?」」」
「マオ様、端折りすぎや。赤羽さん達になんにも伝わってへんで。もっと言葉を足さなあかんよ」
「む、そうか。ならば……——ゴシキジャー諸君!一夏のアバンチュールに、行きたいかー!」
「いや、一昔前のクイズ番組か」
まるで説明できていないマオに代わって、レモンが困惑しているアゲハ達に説明する。
「明日から夏休みやろ?マオ様が夏休みのどっかで、ゴシキジャーの皆と翠川グループの別荘で過ごしたいんやって」
「別荘!?また、凄いのが出てきたな……?」
「魔王の話からして……海が近い、ってこと?」
「察しがええな、青宮さん。別荘の周りが私有地やから、人がほとんど寄り付かんのやって。プライベートビーチって奴やな」
「凄いですね……!……でも、私も行っていいんでしょうか……?一応、教師の身の上なのですが……」
「まぁ、女しかおらんし、大丈夫とちゃうん?部活の顧問みたいな感じやと思えば」
「な、なるほど……?」
二人の疑問にレモンが答え、リリスは目を輝かせ、サクラは首を傾げながらも納得する。レモンが疑問に答え終わった所で、後ろからマオが割り込んでくる。
「まぁ、そういうわけだ!予定が合いそうな者は参加してくれたら嬉しい!内容は三泊四日で、食事やその他希望するものはこちらで用意する。日程の調整も、各自の希望を元にこちらで行う。それらを踏まえて、参加を希望する者はここで挙手するのだ!」
マオがそう告げると、アゲハ達三人は手をあげる。サクラは少し不安そうだったが、「妙な事が起こらないように最大限配慮しよう」というマオの言葉で不安を消した。——こうして、ゴシキジャー全員による一夏のアバンチュールが開幕するのだった。
————
「——ここが、海か……」
「いや、なんでオトさんがいるんだよ」
マオの計画した一夏のアバンチュール——初日の朝。家からマオの用意した車に乗せてもらって目的地にたどり着いたアゲハがそこで見たのは、見知った肉親の姿だった。美しい赤髪ストレートに整った顔立ちと抜群のプロポーションを誇る、アロハシャツ姿のアゲハの叔母——赤羽オトが、マオの別荘の近くで身体を伸ばし、存分に日光を浴びていた。オトはアゲハの方に気がつくと、朗らかに笑みを浮かべて手を振ってきた。
「おや、アゲハじゃないか。久しぶりだな。元気そうで何より」
「元気そうで何より、じゃねぇよ。なんでオトさんがここにいるんだよ」
「わたしが呼んだんだ。この前の特訓で世話になった礼に、おもてなしをさせてもらおうと思ってな」
アゲハの疑問に答えるのは、後ろからついてきたマオ。麦わら帽子に白いワンピースを纏った彼女は、いつもとは違う儚げな印象を与える。マオの姿を見たオトは、ビジネスライクな笑みを浮かべて挨拶をする。
「やぁ、マオちゃん。お招きに預からせてもらったよ。これから三日間、よろしく頼む」
「もちろんです、オトさん。翠川グループの娘の名にかけて、精一杯おもてなしさせていただきますね」
「それは楽しみだ。ところでその服、とても似合っているね。可憐な君の魅力を引き立てている」
「ふふ、お上手ですね。オトさんこそ、そのハイビスカスのアロハシャツがよく似合っていらっしゃいますよ」
「ハッハッハ、今日のために拵えて来たんだ。向こうの浜の美少女をナンパ——もとい、夏気分を味わうためにな」
「おい」
聞き捨てならない言葉が聞こえたのでアゲハが口を挟むが、オトはそれを無視して話を進める。
「マオちゃん達は無事に到着したみたいだな。こちらは恥ずかしながら、メンバーがまだそろっていないんだ。しばらくしたら来ると思うから、気にせず過ごしてくれて構わないよ」
「あら、そうなのですか?まだ集合時間には早いですし、もう少し待つことも可能ですが……」
「……メンバーってなんだ?あたしら以外にも来る奴がいるのか?」
アゲハがマオに質問すると、マオは敬語を止めた口調でこう答える。
「特訓で世話になったのはオトさんだけではないからな。先代ゴシキジャーのメンバーもここにやってくる予定だ」
「……マジか。それ、リリス達には伝えてるのか?」
「スケジュールの組み立てがカツカツで、伝え忘れていてな……心配は無用だ。我が翠川グループは予測不可能な状況にも対応できる。迷惑は絶対にかけないと約束しよう」
「なら、いいけどさ……ところで、さっきから気になってたんだけど、魔王ってそんなに敬語とか使うタイプだったか?」
「流石にあまり面識のない目上の人には敬意を払って接するぞ。父上と母上にしっかり教育を受けているからな。二人に恥は被せられない」
「あ、そう……」
意外と真面目だな、なんて思うアゲハは不真面目なのだろうか。教育の賜物と言うやつを目にしたアゲハは、視界の端にオトの姿を捉えながらマオに耳打ちする。
「……まぁ、あの人には敬意を払わなくていいぞ。寧ろ一番警戒してくれ。要注意人物だから」
「……?そうなのか?問題を起こすようには見えないが……」
「アゲハー?マオちゃんに一体、何を吹き込んでいるんだー?」
目前に怖い笑みを浮かべたオトが現れ、アゲハは顔を青くして無言でマオから距離を取った。どうやら眠れる獅子の尾を踏んでしまったらしい。「なんでもない」と言って誤魔化すと、すんなり矛を収めてくれた。とはいえ、オトはまだアゲハを凝視している。
「——アゲハちゃーん……!荷物を運ぶの、手伝ってぇ……!」
「お、おう!サクラ姉!今行くぞー!」
サクラの弱々しい叫びに感謝しながら、アゲハは足早にその場を後にするのだった——
————
マオの別荘に荷物を運び終わった一同は、早速水着に着替えて外で遊ぶことにした。着替えに手間取る四人より一足先に外に出たのは、アゲハ。——赤いビキニの上に白いシャツを羽織り、裾を腰の辺りで結んでいる。健康的な太ももやしなやかな二の腕が太陽に照らされていて、上半身の露出は控えめながらも、彼女の魅力が最大限引き出されていた。
「……リリス達、遅いな……」
「いや、赤羽さんが早いねん。女は準備に時間がかかるっていうのは常識やろ」
「お、レモンも来たか」
アゲハの呟きに悪態をつきながら答えるのは、黒い競泳水着に黄色のパーカーを羽織ったレモン。水着の上からでも分かる鍛え上げられた腹筋や足を見て、アゲハは思わず「おお」と声をあげた。
「予想はしてたけど……凄い筋肉だな、お前」
「こう見えて、毎日鍛えとるからな。赤羽さんは、馬鹿力の割にすらっとしとるんやねぇ」
「馬鹿力は余計だろ。……まぁ、あたしも一応オトさんに鍛えられたからな。そんときに一気に背が伸びたんだ」
「……なるほどな」
一瞬、レモンはアゲハの豊かな胸やすらっとした手足に視線を向け……何故か笑みを浮かべてこう言った。
「うちも、オトさんに鍛えてもらいたいわぁ」
「オトさんに?……いや、止めたほうがいいと思うぜ。あんなの命がいくつあっても足りないぞ」
アゲハは脳裏にオトの無茶苦茶な特訓の数々を思い出し、苦い顔をする。しかし、レモンは全く怖気づいた様子もなくアゲハに詰め寄る。
「上等や。一縷の望みがあるなら、うちはそこに賭ける。命の危険に臆してたらボディーガード失格や」
「……お前、目がキマってないか?」
余裕ぶった笑みの中にどこか必死な様子が見え隠れするのは気のせいか。「オトさんは妙に人気があるよな……」と呑気な感想をアゲハが抱いていると、二人の人影が別荘から出てきたのが見えた。人影——マオとサクラはアゲハ達の下に駆け寄ってきた。
「ハーッハッハッハッ!準備が早いな、二人共!流石は我が好敵手と従者である!」
「お、お待たせしました……!ちょっと、着替えるのが大変で……」
細い腰に手を当てて高笑いをあげるマオは、白いフリルをあしらったスカートタイプの水着を身に着け、先程と同じく麦わら帽子を被っていた。艷やかな金髪が太陽の光を反射して煌めいており、小柄ながら可憐な印象を与える。——対してサクラ。花柄が特徴的な桃色のビキニに、日差しを避けるためのサンバイザーを着けた姿。大胆に晒された肌がきめ細やかに照らされ、サクラはもじもじとしながら身体を隠している。その際にサクラの胸や足が強調され、非常に目に毒な光景となっていた。二人の姿を見たアゲハは、それぞれ感想を述べる。
「……魔王、手足が細すぎじゃないか?ちゃんと食ってるか?」
「……毎日三食欠かさずに食っているが……?なんだ、嫌味か貴様?自分はでっかいからって高みの見物を決め込んでいるわけか?ん?」
「す、すまん。似合ってるぞ、その水着。サクラ姉は、その……かなり大胆だな」
「はわ……恥ずかしいよぉ……やっぱり、サイズが合わなくても上着を借りればよかった……うぅ」
「グハッ」
「レ、レモンー!?大丈夫か、しっかりしろ!」
何故か吐血をして倒れたレモンに、アゲハは必死に呼びかけ、彼女の身体を起こした。レモンは朧げながらに瞳を開き、空に向かって弱々しく手を伸ばしながらこう言った。
「赤羽さん……うちはここまでや。マオ様に、よろしく言っといてな……桃橋先生には、その水着えっち過ぎるって——」
「言えるか馬鹿!いいから戻ってこい!満足気に親指立ててんじゃねぇ!」
無限の彼方に旅立とうとしていたレモンをアゲハが正気に戻すと、レモンを未だ恥ずかしそうに蹲っているサクラの方に向かせる。レモンは若干顔を赤くしながらも、感想を述べる。
「……桃橋先生。似合っとるよ、それ。あと、恥ずかしいんやったらこれ被っとき」
「あ、ありがとうございます……?」
レモンは懐から大きめのタオルを取り出すと、サクラに手渡した。サクラは戸惑いながらもそれを肩に掛け、安堵の息を吐いた。……そんな光景を見ながら、マオは一人、不機嫌そうに眉をひそめてレモンを見つめていた。
「……レモン。わたしへの感想はないのか?」
「去年より二、三ミリ背ぇ伸びたな」
「ねぇ、雑じゃない?せめて「似合ってる」の一言くらいちょうだいよ」
「はいはい、似合っとる似合っとる」
「心が籠もってなーい!なんだ、桃橋サクラにはデレデレしてたくせに!わたしは友達だろ!?もっと温かみのある言葉を寄越せ!」
「湯たんぽ」
「ちっがーう!確かに温かみはあるが、そういう事じゃなーい!」
うがーっ、とマオがレモンに掴み掛かっているのを見ながら、アゲハは別荘の方に視線を向ける。まだ出てきていないリリスが心配になったのだ。アゲハはマオ達そっちのけで別荘に入り、皆で着替えていた部屋の扉をノックした。
「リリスー?まだ着替え終わってないのかー?」
「……!?ア、アゲハ……!?」
「着替えに苦戦してるとかだったら言えよ?あたしが手伝ってやるからさ」
「だ、大丈夫……!もう着替え終わってる……!」
「?じゃあどうして出てこないんだ?」
「……き、緊張してる、から……アゲハに変だって、思われたくなくて……」
「……なるほど」
どうやらリリスはアゲハに水着姿を見せるのが恥ずかしいらしい。理由がなんとも可愛らしくて、アゲハは思わず扉の前で悶えそうになったが、鋼の精神でそれを抑える。今は悶えている場合ではない。アゲハはリリスを安心させるために、扉越しに言葉を投げかける。
「大丈夫だ。リリスがどんな水着を着てても、あたしは変だとか思わない。どんな姿でも、リリスはあたしの大好きなリリスだから」
「……!……ひ、引いたり、しない……?」
「しないって。あたしの命をかけてもいいぞ?」
「……!……なら、扉の前で、立ってて……今、行くから……」
「おう。焦らなくてもいい——!?」
——突然、扉が内側に開いたかと思うと、アゲハの視界がリリスの顔で覆われた。唇には柔らかな感触があり、アゲハが喋る事を止めさせる。
「ん……ん、んむっ……」
「……!?」
その瞬間、アゲハは自分がキスされていることに気がついた。アゲハは目を白黒とさせながらリリスを見て、唇を貪られながら必死に息をする。——やがて、リリスに解放されたアゲハは、息を荒げながら呆然と呟く。
「ぜぇ……はぁ……リリ、ス……?」
「……ごめん。勇気を、出したくて……——見て、アゲハ」
「……!」
リリスの言葉に反応したアゲハは、目の前にいる彼女の全身に視線を向けた。——ネイビーブルーのビキニに、白く透けている神秘的なパレオ。健康的な白い肌は太陽のように眩しく、アゲハの視線を釘付けにしていた。
——ここに、女神がいる。
そう錯覚するほどに、リリスの水着姿は儚く、美しいものだった。あまりの美しさに言葉を失っているアゲハを、リリスは頬を赤らめながら不安げに見上げている。
「……に、似合って、る……?」
「————」
リリスの上目遣いを受け、顔を赤くするアゲハ。理性がガンガン削られるのを実感しながら、アゲハはなんとか自身の衝動を抑えつけ、リリスの顔を見つめてこう言った。
「……凄く似合ってるよ。リリス」
「っ……!?……あ、ありがとう……」
「……そんな可愛い姿、あたし以外に見せるなよ?」
「み、見せない……私がこんな姿見せるの……アゲハ、だけ……」
「…………」
とうとう耐えきれなくなり、アゲハは両手で顔を覆って天を仰ぐ。必死に理性を働かせながら、アゲハは胸中で思い切り叫んだ。
(——あたしの恋人が!えっち過ぎるぅっ!)
魔性の魅力を持つリリスに、アゲハの理性は崩壊寸前だった。もしここがアゲハの家の中だったら、リリスを襲っていたかもしれない……それほどまでに今のリリスは目に毒だった。——ていうかさっきキスされたよね?あたし、こんな可愛い女の子にキスされたのか?と、アゲハは興奮が抑えきれない様子だった。思わず掠れた声がアゲハの口から漏れる。
「うぁぁぁぁぁぁ……っ」
「……?アゲハ、どうかしたの……?」
(上目遣いはもうやめてくれぇぇぇぇぇ!マジで今はやばいからぁぁぁ!あたしがあたしで、いられなくなるっ……!)
アゲハは再び心の中で叫び声をあげる。アゲハを縛る理性の鎖が悲鳴をあげていた。にもかかわらず、リリスはアゲハに無自覚な攻撃を加えていく。
「顔、真っ赤……もしかして、照れてる……?」
「照れてる。めちゃくちゃ照れてるからもう勘弁してくれ……」
「!ふふ……嬉しい。見せて、良かった……」
「リリス……そろそろ外に出ないか?魔王達が、待ってるぞ……?」
「うん。一緒に行く……♪」
(だから勘弁してくれぇぇぇぇぇ!)
アゲハの腕に抱きつき、アゲハが必死に保っている理性をゴリゴリと削ってくるリリスに向かって、アゲハは心の内で悲鳴を上げるのだった——




