第三十七話 対等な関係
ことの経緯はこういうことだった。レモンが家に自身の弁当を忘れたことに気がついた二人が、弁当をレモンに届けるために学校に来た。その時、ライムが学校の職員に連絡を取るより前に、ユズが先に入ってしまい……そうして学校の職員に保護され、レモンを呼び出した放送を何故かマオが聞きつけ——今に至るというわけだ。話を聞き終えたレモンは、呆れたようにため息を吐いた。
「あんたら、何しとんねんな……特にユズ。勝手に入ったらあかんやろ」
「うう……ごめんなさい、おねーちゃん……」
「でも、姉さんが困ってると思って……」
「……まぁ、それはありがとう。でも、あんたら学校はどないしたん?」
「きょうはおやすみだったんだよー。けんりつきねんびってやつー」
「あー、そういや昨日言うとったな。忘れてたわ」
「え?姉さんが忘れるなんて、珍しい……って、ごめん、つい……」
驚きながらも途端にしおらしくなったライムの頭を、レモンは苦笑しながらも撫でる。厳しく叱るのは愛情の裏返しだ。必要以上に叱る必要はない。ユズも「あー!ずるいよライム!」と愚痴を言い出したのでついでに撫でてやる。ユズは小動物のように目を細めた。二人の頭を撫でながら、レモンはふと首を傾げ、もう一つの疑問を口にする。
「……そういや、放送とかあったか?うち、聞こえへんかったんやけど」
「言われてみれば確かに、さっきレモンの様子がおかしかったときに聞こえた気がするな」
「……でも、音が小さかった」
「……あの時か」
アゲハとリリスの言葉に、レモンは自分の痴態を思い出したのか、若干顔を赤くしながら呟く。何はともあれ、全ての謎は解けた。レモンは頬をかきながら、ライムとユズを彼女のもとに連れてきてくれたマオに礼を言う。
「……ありがとな、お嬢様。二人を連れてきてくれて」
「……言ったでしょ。わたしはもうあなたの主じゃないって」
「あ……せやな」
マオがそっぽを向きながらそう言うと、レモンはどこか寂しそうに呟く。いつもとは違う二人の様子に、アゲハ達は首を傾げ、ひそひそと会話する。
「……あいつら、何かあったのか?」
「わからない。けど、不穏な雰囲気」
「喧嘩でもしたのかな……」
アゲハ達の呟きが聞こえたのか、マオの顔が苦々しく歪められ……この場から逃げ出そうとしていたその時。——鈴を鳴らすような美しい声色が、一同の耳に入った。
「——あらあら、こんな所にいたのね」
——それは、美しい白髪と赤い瞳を持った、人間の女性だった。黒く艶やかな装束に身を包み、美しい肌を惜しげもなく晒している。しかし、彼女の纏う雰囲気は、人間の纏うそれとは大きく異なっていた。ライムとユズは得体の知れない存在に怯えたのか、レモンの背後に身を隠す。レモンも二人を庇うようにたち、女性を睨みつける。女性は肩をすくめながら、アゲハ達を見渡している。
「えっと……レッド、ブルー、イエロー、グリーン、ピンク……これで全員かしら?四十四番はいないのね……ま、別にいいわ」
「……てめぇ、突然変異種か?」
「ご明察。初めまして、ゴシキジャー。アタシは「宵闇」のレーナ。偉大なる王の左腕——以後、お見知りおきを」
レーナは恭しく礼をすると、アゲハ達に冷めた視線を向ける。彼女の瞳に宿るのは好奇心などではなく、部屋に入り込んだ羽虫に向けるそれ。敵意を隠す気などさらさらない。アゲハ達は警戒した様子で身構える。
「——九番から一度聞いていると思うけど……偉大なる王の侵略の足がかりとして、あなた達を抹殺する」
レーナが冷酷にそう告げた、次の瞬間——アゲハ達の目の前に、今まで見たことのない異形の怪物が現れた。——蟻、蟷螂、鳥、蟹、牛、爬虫類、虎——その他様々な生命体が歪に歪められ、混ぜ合わせられたような異形。かろうじて人型としての形を保っているそれは、この世のものとは思えないほどおぞましかった。あまりのおぞましさに言葉を失うアゲハ達を前に、レーナはどこか得意げに告げる。
「驚いた?これはアタシの造った合成獣。下級の突然変異種達を混ぜ合わせた傑作よ。これであなた達を葬ってあげる」
「「「——ゴァァァァァァァァァ!!」」」
レーナの言葉に合わせ、合成獣は複数の頭から咆哮をあげ、狂ったようにアゲハ達に襲いかかってくる。その咆哮で我に返ったアゲハ達は、一斉に腕輪に手を掛けた。
「「「「「——≪聖鎧装着≫!」」」」」
——ズバババーン!
——フレアレッド!マリンブルー!ランドイエロー!アカシアグリーン!ラブピンク!
五つの高い声が重なり合い、アゲハ達がそれぞれの姿に≪聖鎧装着≫する。目を見開いて驚いているライムとユズをレモンが庇い、他の四人が立ち向かっていく。
「くらえっ!」
先陣はアゲハ。赤く煌めく剣が合成獣の芯を捉え、身体を切り裂こうとする。しかし合成獣は異形の腕を剣のように構え、その一撃を受け止める。
「何っ……!?」
「アゲハ!——≪激流・スパイラルブラスト≫!」
反撃の体勢に入った合成獣を、リリスが水を纏った槍で押し流す。攻撃を弾かれて怒りを抱いたのか、合成獣は咆哮をあげる。
「「「ゴァァァァァァァァァ!!」」」
「≪爆剣・フレイムスラッシュ≫!」
「……っ、≪烈愛・マジカルバスター≫!」
アゲハは剣から炎の斬撃を放ち、サクラは≪桃色のモーニングスター≫を合成獣に叩きつける。合成獣の身体が削られ、合成獣の複数の瞳がアゲハ達を捉える。
「——残念だけど、それくらいじゃ止まらないわよ」
レーナの呟きの通り、合成獣は凄まじいスピードでアゲハとサクラに迫り、鋭い鎌と化した両腕を振るう。アゲハは剣で、サクラはモーニングスターでそれを受け止める。合成獣の剛力に、二人はそのまま鍔迫り合いになる。
「「「ゴァァァァァァァァァ!!」」」
「……っ、なんて力だよ……!」
「お、押し切られちゃう……!」
「二人共、今助ける!≪深淵・ミスティックブロー≫!」
合成獣の背後に回ったマオが、≪緑の戦斧≫を振るい背中を斬りつける。合成獣は体勢を崩し、その隙にアゲハ達は合成獣から距離を取る。
「助かったぜ、魔王!」
「油断するな!奴はまだ動けるぞ!」
「あいつ、固い……私達じゃ、歯が立たない……!」
リリスの言葉通り、合成獣はほぼ無傷の状態で虎視眈々と攻撃の機会を伺っている。リリスの槍やアゲハの剣ではいささかパワー不足である。それを理解したマオは、アゲハに向かって手を差し出してこう言った。
「赤羽アゲハ!わたし——我にあれを渡せ!奴は我が相手をする!」
「……っ!分かった、使え!」
アゲハは銀色の装飾が施された白い腕輪をマオに手渡す。マオは素早くそれを腕輪にかざし——≪聖鎧装着≫する。絶大な火力を誇る翠銀の魔王——シルバーアカシアグリーンが、再びアゲハ達の前に現れる。
——メタル・ミスティック・ビリジオン!シルバーアカシアグリーン!
高い声が響き、銀色の装飾が施された≪緑の戦斧≫を構えたマオが合成獣に立ち向かっていく。
「——≪翠竜戦斧・アーカーシャノヴァ≫!」
マオが≪緑の戦斧≫を横に凪ぐ。頑丈な合成獣の身体に大きな傷が生じ、合成獣は悲鳴をあげる。
「「「ゴァァァァァァァァァ!?」」」
「……それが、報告された新たな姿……確かに、力は凄いわね。けど、アタシの合成獣はそれで勝てるほど甘くないわよ」
「何だと……?」
「——羽ばたきなさい」
「「「ゴァァァァァァァァァ!」」」
レーナが合成獣に命令を下すと、合成獣は傷のついた箇所の少し上から、折りたたんでいた羽を展開する。合成獣がそれを羽ばたかせると、その身体が宙に浮く。
「さぁ……空からの攻撃に、あなた達は耐えられるかしら?」
残酷な呟きが、アゲハ達の耳に響いた。
————
「「「ゴァァァァァァァァァ!」」」
合成獣の咆哮が響き、複数の瞳がアゲハ達に向けられる。合成獣に混ぜられている突然変異種の頭部が、その顎を開く。突然変異種の頭部は、口の中を炎で満たし……その中身を、アゲハ達の前にぶちまけた。——さながら竜の息吹。シンプルながらも強力な一撃が、アゲハ達に襲いかかる。
「ぐうっ……!ぐああああっ!」
「アゲハ!——きゃあああ!」
「アゲハちゃん!リリスちゃん!」
不幸にも、竜の息吹が直撃してしまったアゲハとリリスが身体を焼かれ、その場に倒れ込む。スーツの防御性能で傷は火傷にとどまっているが、二人は傷を押さえながらうめき声を上げていた。
「くっ……うあっ……!」
「ううっ……熱、い……!」
「二人共!しっかりして!今、手当てをするから……!」
「させると思うかしら?」
二人の元に駆け寄り、包帯や水を取り出したサクラの前に、白髪の女性——レーナの姿が現れる。レーナは残酷に笑みを浮かべ、サクラに向かって手をかざす。サクラの顔が恐怖に歪んだその時——二人の間に割って入る一つの影があった。
「——≪翠竜戦斧・アーカーシャノヴァ≫!!」
マオだ。彼女は銀色の装飾が施された戦斧をレーナに振るい、レーナはすぐさまその場から飛び退く。マオは逃がすまじとレーナの方に向かっていく。
「我の仲間に手を出す奴は、許さない!」
マオの叫びと同時に、彼女は一心不乱に戦斧を振るい、レーナを切り裂こうとする。しかし、今度は二人の間に空を舞う合成獣が割り込み、合成獣は羽をたたんで地上に降りる。
「「「ゴァァァァァァァァァ!!」」」
「……っ!望む、ところだ……!」
咆哮をあげる強大な合成獣に不敵な笑みを浮かべてみせるマオ。合成獣とマオ体格差はまさに雲泥の差。いくらマオが強化されているとはいえ、合成獣に勝てるようには見えず……それまで静観していたレモンは思わず、マオに向かって呼びかける。
「お嬢様!」
「——来るなっ!!」
「……!」
しかし、返ってきたのは拒絶の言葉。その剣幕にレモンは立ち止まり、彼女の後ろにいるライムとユズが「ひっ」と悲鳴をあげる。マオはレモンの言葉に耳を貸すことなく、合成獣に向かって立ち向かっていく。マオは目が血走っており、深い怒りに囚われている事が見て取れた。
「我が!わたしが!やらなきゃならないんだ!誰も傷つかないように、誰も傷つけないためにっ!!」
「「「ゴァァァァァァァァァ!!」」」
「我の、邪魔をするなぁぁぁぁぁぁ!!」
合成獣に向かってひたすらに戦斧を振るうマオ。そしてそれを見て顔を青ざめさせているレモンに、火傷によって苦悶の表情を浮かべているアゲハとリリス……一人、正気を保っているサクラは、二人の手当ても忘れてその光景を呆然と眺めていた。
(……何、これ……)
こんな状況はサクラにとって初めてだった。マオが暴走し、レモンは動かず、アゲハとリリスは負傷して動けない。だが目の前の合成獣とレーナは、お構いなしに自分達を抹殺しようと襲いかかってくる。——まともに動けるのは、もう自分だけだ。
(……なんとか、しないと……!でも、私一人じゃ、何も……何も……!)
——何も、できない。弱い自分じゃ、この状況を打開できない。臆病な自分じゃ、合成獣に立ち向かうことができない。このままの自分じゃ、アゲハ達を救うことはできない——できない、できない、できない、できない、できない……そんな情けない弱音が、サクラの心の内を埋め尽くした。
(……でも……でも……!)
私が、やらなきゃ。大切な幼馴染も、大切な生徒も、救うことができない。分かってる。全部分かってるんだ。でも、私には勇気が……
——自信持って、サクラ。サクラはサクラが思ってるよりも、何倍も凄い人なんだよ?
「……!」
その時、サクラは思い出した。前に友人に言われた、自分へのエールを。自分なんかを凄いと褒めてくれた、親友の言葉を。自分を認めてくれる——仲間達の事を。——それを思い出した瞬間、サクラの瞳から迷いは消えていた。手にしていた包帯と水を掴むと、アゲハとリリスに手当てをする。傷を洗い、冷たい水で濡らした包帯を二人の傷に当てて……サクラは真剣な瞳で、かろうじて意識のあるアゲハにこう告げた。
「……アゲハちゃん。あれ、借りるね」
「サクラ、姉……?」
「大丈夫。すぐに返すから。……リリスちゃんを、守ってあげてね」
「あ、ああ……分かっ、た……」
アゲハは苦悶に顔を歪めながらも、意識が朦朧としているリリスを抱き寄せ……冷たい水で冷やした包帯を、リリスの傷に当てる。サクラは二人から目を離し、アゲハの懐から取り出した——金色の装飾が施された黒い腕輪を、自身の腕輪にかざす。桃色の腕輪に、金色の装飾が施される。サクラは、目の前にマオと戦っている合成獣を見据えながら……腕輪の部品を回した。
「……≪聖鎧装着≫」
——ズバババーン!オーバーフロー!
高い声が響くとともに、サクラの姿が金色の光に包まれる。
——身体の線を強調するような桃色のスーツの上に、胸や肩を覆う金色の鎧が身につけられる。
——両手には金で造られた機械の腕がはめられ、桃色の髪には金色の髪飾りが現れる。
——顔を覆い隠すバイザーに、金色の文様が刻まれていく。
——ゴージャス・チャーミング・ピンク!ゴールドラブピンク!
全てを魅了し、自身の虜にする桃と金の戦士——ゴールドラブピンクに≪聖鎧装着≫したサクラは、金色の装飾が施され、少し大きくなったモーニングスターを構え、合成獣の元へと走る。
「——はぁぁ!」
「「「——ゴァ!?」」」
攻撃は一瞬。凄まじいスピードで打ち付けられた一撃に、合成獣は驚いたような声をあげる。合成獣の身体に凹んだような傷跡が残っていた。
「な、なんだ……今のは……?」
マオがボソリと呟く中、サクラは目にも止まらぬスピードで辺りを飛び回り、合成獣へと攻撃を繰り返していく。モーニングスターについた鎖を巻き付け、鉄球を打ち付け、合成獣の身体を抉っていく。——その内、合成獣は膝を突き、うめき声を上げ始める。
「「「……ゴァ、ゴァァ……!」」」
「——翠川さん!大丈夫ですか……!?」
「……!?桃橋サクラ……!?その姿は……!」
突然目の前に現れたサクラに、先程までの怒りを忘れたかのように驚くマオ。サクラは呆然とするマオの横に並び、合成獣の方を見ながら武器を構える。
「か、加勢に来ました……!一緒に……あの怪物を倒しましょう……!」
「……必要ない。我一人で事足りる」
「そんなことありませんっ……!アゲハちゃんもリリスちゃんも、あの怪物にやられてしまいました……私達が力を合わせなければ、勝てません……!」
「……それでも、我がやらなければ——」
「——翠川さんっ!いい加減にしてくださいっ!」
「……っ!?」
マオの言葉を遮ったサクラの叫びに、マオは息を呑む。サクラはマオの肩を掴み、泣きそうな顔でマオを見つめる。それは幼馴染であるアゲハも見たことがないような、必死な表情だった。サクラの中で、コントロールできそうにない激情が荒ぶっているのが見て取れる。しかし彼女はあくまでも冷静に、マオに訴えかける。
「人は万能じゃないんです……何でもかんでも一人でなんとかなるわけじゃないんです。誰かの助けを借りて、支えられて、私達は日々を生きています」
「……!」
「翠川さんは確かに強い人です。けど、あの怪物はそれ以上に強い……一人でどうにかなるような相手じゃありません。翠川さんも分かっているはずです……!」
「ぐっ……でも、我——わたしはっ……!」
「——それは本当に、木戸さんが望んだことなんですか……?」
「……!!?」
サクラの言葉に、マオは虚を突かれたかのように目を見開き、顔を俯かせる。否定の言葉の代わりに、彼女のが呟いたのは……弱々しい、独白だった。
「……なぜ」
「あんなに様子のおかしい木戸さんを、私は初めて見たんです。落ち込んで、泣いて、今も辛そうで……流石に、私でも分かります……翠川さんが、関わっているんだって……」
「……わたしは、レモンを捨てたんだ」
「……!」
「もう、レモンが傷つくのを見たくなかった。ボロボロのレモンを見たくなかった。こんなわたしを守ってレモンが死ぬのが……怖かった。だから、レモンをクビにしたんだ……」
「翠川さん……」
「……レモンはわたしのことなんか、どうとも思ってない。いつもわたしのわがままに付き合わせて、迷惑かけて……わたしの側にいるより、レモンはもっと、幸せになれる場所が……」
「そんなこと、ありませんっ!」
気づけば、サクラは叫んでいた。マオがこれ以上自分を卑下するのを……見たくなかったのだ。
「木戸さんはっ……翠川さんが側にいなくて……寂しそうでした……!」
「……!」
「休む、って言葉を聞いて、泣いていました……!木戸さんは……レモンさんはきっと、マオさんの事を思い出したんだと思います……!」
「そ……そんな、わけ……」
「私から見ても……お二人は本当に仲が良いように見えました……マオさんがピンチになった時も、レモンさんは駆けつけてたじゃないですか……そんな人がマオさんの事をなんとも思ってないなんて、ありえませんっ……!」
サクラらしからぬ、強い口調だった。——教師として、仲間として……サクラはマオとレモンと接していくうちに、マオとレモンの間にある信頼関係の深さを知った。遠慮のない言葉を投げかける二人、互いに背中を預けられる二人——サクラの目には、それらが偽りであるようには見えなかった。……サクラの言葉を聞いたマオは戦斧を握り、顔を俯かせながら……震えた声で呟く。
「……わたし、レモンと一緒にいていいのかな」
「……レモンさんは、マオさんを拒絶したりしませんよ」
「わたしがいたら、レモンの迷惑じゃないかな……」
「……それは——」
「「「——ゴァァァァァァァァ!!」」」
サクラが答えるよりも先に、彼女の近くから咆哮が鳴り響く。マオとサクラが視線を向けると、体勢を立て直した合成獣が、複数の瞳でこちらを見つめていた。サクラは武器を構え、合成獣に向き直る。そして、マオの方に手を伸ばして……彼女にこう告げた。
「……あの怪物を倒したら、レモンさんとお話をしましょう。マオさんの事を、どう思ってるのかを……」
「……なんで、そこまで……?」
「——生徒を正しく導くのが、教師の役目ですから……」
「……っ!」
マオはサクラの言葉に瞳を潤ませ……手の甲で涙を拭い、サクラと同じく合成獣に向き直った。
「……行くぞ、桃橋サクラよ」
「……!……はいっ……!」
マオとサクラは武器を構え、合成獣に向かって走り出す。合成獣の背後に立つレーナは、二人を嘲笑うかのように冷たい声で告げる。
「——羽ばたきなさい」
「「「ゴァァァァァァァァ!!」」」
「させませんっ……!」
翼をはためかせた合成獣に向かって、サクラは凄まじいスピードで迫る。金色の装飾が施された≪桃色のモーニングスター≫を、目にも止まらぬスピードで振るう。
「——≪愛鎖球・ラブアンドレイジ≫!」
鎖が鞭のように蠢き、鋭さを増した鉄球が何度も合成獣の身体を削る。翼を閉じ、足元をよろめかせる合成獣を見据え、サクラはその場から飛び退く。
「——≪翠竜戦斧・カタストロフバースト≫!」
サクラに代わるように、マオは銀色の装飾が施された戦斧を叩き込む。その刃には最早迷いはなく——合成獣を中心として、盛大な爆発が起こった。サクラは爆風に煽られそうになり、しっかりと踏ん張っていると……爆発が収まった場所で、銀と緑に輝く魔王が、堂々と立っている姿が見えた。その姿を確認したサクラは、思わずマオの元へと駆け寄り、少女を優しく抱きしめる。
「やった……!やりましたね、マオさん……!」
「……ああ。貴様のおかげだ、桃橋サクラよ」
「いいえ……全部、マオさんがやったんです。私はただ……背中を押させていただいただけですよ」
「……そうか。ならば、そういうことにしておこう。……ありがとう、桃橋サクラ。これでわたしは……レモンと本気で向き合える」
マオの力強い言葉を聞いて、サクラは満足したかのように身体を離す。マオはサクラに背を向けて、未だきょうだいを守っている元従者の元へと向かう。——今度こそ、彼女を守るために。
「頑張ってください、マオさん……!……あっ!アゲハちゃん達の所に戻らなきゃ……!」
マオに向かって応援の言葉を送ったあと、サクラは火傷を負ったアゲハとリリスのことを思い出し……手当のために、すぐさま二人の下に戻るのだった。
————
「……合成獣、やられちゃったわね」
先程までの戦いを思い出しながら、瞬時に城に逃れたレーナはボソリと呟く。自慢の作品がやられたというのに、彼女にはそれを悔やむ気持ちはない。実験失敗——彼女にとっては合成獣一体など、その程度の価値でしかない。
「まぁいいわ。データは取れたわけだしね」
脳裏にゴシキジャーの事を思い浮かべ、彼女は笑みを浮かべる。——あの九番を苦しめた、金と銀の鎧と武器……その性能がどれほどのものかが分かっただけでも、十分な収穫だ。
「また装備を作らなきゃ……今度はとびきり強いのを……ねぇ?」
——近い将来、自分の作品が彼女らを下す光景を想像しながら……レーナは自身の研究室へと向かっていった。
————
「——レモン!」
「……っ!お嬢様……」
サクラの下を去って、≪聖鎧装着≫を解いたマオは、ライムとユズをずっと守っていたレモンの下に駆け寄る。レモン達の無事を確認したマオは、ホッと安堵の息を吐いた。
「……レモンが無事でよかった。ライム君も、ユズちゃんも」
「……まぁ、うちはずっとここにおったからな。どっかの誰かさんが来るなって言うたから」
「うっ……ごめん、レモン」
先程の発言を掘り返され、苦々しい表情を浮かべるマオ。レモンの冷たい視線を受け、マオは顔を逸らしそうになるが……彼女は強い意志を持って踏みとどまり、レモンの顔を見据える。レモンは虚を突かれたように、目を見開く。
「……なんやねん。まだうちに用があるんか?もう、うちとは関わらんのとちゃうんけ——」
「レモン」
レモンの言葉を、マオは途中で遮る。またもや驚いたレモンの身体がピクリと震え、彼女は黙り込んだ。そんなレモンの前で、マオは——地面に膝を突き、深々と頭を下げた。
「——すまなかった!」
「……え?」
「わたしが間違っていた!勝手な理由でレモンをクビにして、傷つけた!何度謝っても足りないと思うが、謝らせてくれ!本当にすまなかった!」
「ちょ、お嬢様!何してんの、あんた……!?」
レモンが慌てて土下座したマオの身体を起こそうとするが、マオは断固として動こうとしない。レモンの後ろから「……え、翠川さんはどうしたんだ?姉さんをクビにしたとか聞こえたんだが……」「おねーちゃんとけんかしたのかな?それとも、ちじょうのもつれ……?」というライムとユズの会話が聞こえてきて、普段はポーカーフェイスなレモンの顔が赤く染まる。
「ほ、ほら!ライムとユズが見てるやろ!上司の情けない姿を家族の目に晒さんといて!」
「いや!それではわたしの気がすまない!このあとレモンへの謝罪とライム君とユズちゃんへの謝罪が控えているのだ、どうせその時も情けない姿を晒すのだから問題ない!」
「しゃ、謝罪!?どうしたんお嬢様、頭でも打ったんか!?」
「わたしは至って正常だとも!見ろ、これがわたしの誠意だ——!」
「誠意の前に事情を言わんかい、この阿呆——!」
公園の中で、レモンの悲鳴に近いツッコミが響き渡った——
————
——なんとか正気に戻ったマオは、土下座を止めてレモンに彼女をクビにした事情を説明した。
「……なるほど。そういう事情やったんか」
「……ああ。わたしはこれ以上傷つくレモンを見たくなかった。たったそれだけの理由で、レモンをクビにしたんだ……本当に、すまなかった」
「は、はぁ……」
マオはレモンに頭を下げ、謝罪を述べる。見慣れない主人の姿を見たレモンは、何か言いたげな表情で狼狽えていた。マオはきっちり五秒のお辞儀を止めて顔を上げると、今度はライムとユズの方を見る。
「——ライム君、ユズちゃん。わたしは二人の姉君に不義理を働いた。二人に対する酷い裏切り行為にも等しいだろう。こんなことはもう二度とないようにする。本当に、すまなかった」
「は、はい……」
「よくわかんないけど、ユズはゆるしちゃいますっ。さっきのマオちゃん、かっこよかったし!」
ライムとユズは状況を理解できていない様子だったが、マオはきっちり五秒頭を下げて謝罪の意を示す。マオは二人に向けていた視線を、レモンの方に戻す。あまりにも真っ直ぐな視線を向けられ、レモンは戸惑いながらもマオに尋ねる。
「……なんや」
「……まだ言いたい事があるのだが、聞いてもらってもいいだろうか?」
「言いたい事……?まぁ、別にええけど……」
「ありがとう。なら、単刀直入に言わせてもらう。——木戸レモン。わたしの……友達になってくれないか?」
「……は?」
——告げられた言葉に、レモンが固まった。マオは至って真剣な表情のまま、言葉を紡いでいく。
「……わたしは、レモンと一緒にいたい。レモンはわたしに厳しくて、言葉もきつくて、守銭奴で、たまに人の心がないのかなって思うくらいの腹黒だけど……」
「え、急に悪口?」
「——それでも。世話を焼いてくれて、守ってくれて……とっても強くて、頼りになる人だって……背中を預けられる従者だって思ってる」
「……!」
息を呑むレモンの前で、マオは微笑みながらレモンを見つめる。普段のマオとは違う、優しい笑みだった。
「だから、友達になりたい。あなたと一緒にいたい。身勝手だって分かってるけど、それでも——わたしの友達になってくれませんか?」
マオはレモンに向かって、手を差し伸べる。レモンは半ば呆然としながら、マオの手のひらに視線を向けていた。
(……何言っとるんや、この人は……)
普段のマオらしからぬ殊勝な態度に、レモンは少し困惑する。だが、想いの籠もったマオの言葉は、レモンの心を確かに揺さぶっていた。
(……一緒にいたい、か)
今更だな、とレモンは思う。——十年以上、自分達は一緒にいた。これまでずっと、レモンはマオに仕えてきた。仕事として、部下として……マオの邪魔になるものは、この手で潰してきた。
(クビにされた時、正直腹が立ったわ。これだけ頑張ってきた事が、全部無駄やったって言われたみたいで……お嬢様に拒絶されたみたいで——ああ、そうか)
——その時、レモンは自分が抱えていた感情の正体に気がついた。自分は、寂しかったのだ。主人の厨二病発言が聞けなくなったこと——家事を代わりにやってやること——マオの命令で仕事をこなすこと——マオに尽くすこと——ただの業務だったと片付けていたそれらが、レモンにとっては必要なものだった。灰色になるはずだった自分の人生に、彩りを与えてくれていたのだ。
(……なんや、それ。阿呆みたいな理由やな。うちらしくもない)
——けど、嫌いになれない。そう思うと、レモンの心の内から、自然と笑いがこみ上げてきた。……瞳に、涙を浮かべながら。
「アハハハハハッ!ハハ、ハハハハッ!」
「——!?どうしたの、姉さん!?」
「おねーちゃん、ないてる……?わらってる?」
突然笑い出した自分を、愛する弟と妹が心配してくるが、レモンの笑いは抑えられない。とにかく可笑しくて、可笑しくて……腹が捩れそうだった。——ひとしきり笑った後、レモンは涙を軽く拭って、手を差し伸べた状態で立っていたマオの方を見て、口を開く。
「お嬢様」
「なんだ、レモン?」
「お嬢様って、ホンマに阿呆やな」
「ああ、そうだな。わたしは大馬鹿者だ」
「子供っぽくて、チンチクリンで、人遣い荒くて、人見知りで、生活力皆無で……ほんとどうしようもない主人や」
「うむ。その通りだ」
突然始まったマオの悪口展覧会に、ライムとユズは「ええっ!?」と叫んで二人を交互に見る。普段悪口を咎める姉の姿と今のレモンが重ならなかったのだろう。
「泣き虫で、引きこもりで、玩具オタク。すぐ弱音吐くし、説教しようとしたら逃げるし、芝居せぇへんとまともに人と話せないコミュ症や」
「その通りだとも」
「脱いだ服その辺に放って置くし、料理したら焦がすし、服のボタンかけ違えて凄いことにするし」
「そんな事もあったな。全く情けない話だ」
だが、マオは対して気にした様子もない。むしろ、レモンの発言を全肯定している。まるで、軽口を叩きあう友人のように。マオが笑みを浮かべながらレモンを見ていると、途端にレモンは視線を下に向け、呟く。
「……でも、ホンマは真っ直ぐで、真面目で、優しくて、頭も良くて……うちらを拾ってくれた、恩人や。変な所でかっこよくて頼れる——ど阿呆の主人や」
「……!レモン……」
「……マオ様。うちで良かったら……こんな腹黒女で良かったら、是非——」
レモンはマオの手を握って……穏やかに微笑んだ。どこか泣きそうな表情を浮かべているマオと視線を合わせて、レモンはその先を告げた。
「——友達に、なってください」
——泣きながら笑みを浮かべたマオが、同じく泣きそうな笑みを浮かべているレモンを抱き締める。ライムとユズは揃って驚いたような表情を浮かべていたが……場の雰囲気に当てられたのか、二人を見ながら穏やかな笑みを浮かべていた。
「なんか、おねーちゃんうれしそうだね」
「ああ。あんな姉さん、初めて見たよ」
二人の呟きを背にして、レモンとユズはしばらく抱きしめ合っていた。
————
——結果として、レモンはマオの世話係兼ボディーガードに鞘を納めることになった。しかし、以前のように全てをレモンがやってしまうのではなく、レモンとマオ、二人が当番制で家事を行い、トラブルは二人で力を合わせて解決するようになった。——どちらかに負担を押しつけるのではなく、互いに支え合うように。これが、二人の友達としての始まりだった。




