第四話 萌えろ、ラブピンク!②
午後の授業を乗り越え、アゲハは一人帰路についていた。リリスと一緒に帰ろうとしたが、学級委員長の仕事や部活があるらしいので、アゲハ一人で帰ることに。
(帰ったら何すっかな……今日は暇だし、ゲームでもするか)
昔のアゲハならば、暇などいくらでも外で潰せたのだが、部活も入らずに真っ直ぐ家に帰るようになってからはこんなもんである。別に寂しいわけではないが、どこか虚しく感じるというのが正直な感想だ。そんな感じでぼんやりと歩いていると……どこからか奇声が響いた。
「ケルルルルルル!」
「……ん?」
「ケルルルルルル!」
聞こえてきた声の方向――上の方を向く。そこには、鳥のような羽と頭をした人型の怪物がいた。一言で表すならば……鳥人というのが丁度いいだろう。それを見た途端、アゲハの脳裏に一つの単語が浮かぶ。
「……突然変異種か!」
「ケルルルルルル!」
怪物――鳥人は、アゲハの周りを旋回し、攻撃の機会を伺っている。アゲハは鳥人を警戒しながら、右腕に付けた腕輪のパーツを回す。
「≪聖鎧装着≫!」
――ズバババーン!
――レッド・フレイム!フレアレッド!
アゲハがそう叫ぶと同時に、服が赤い装束へと変わった。赤髪が長く伸び、髪型はポニーテールとなる。それと同時に、アゲハの右腕に一振りの剣が現れた。
「行くぞ、≪赤い剣≫!」
アゲハが剣にそう呼びかけると、剣が淡く光を放つ。……サグル曰く、意志を持つというこの剣は、持ち主に馴染むまではこうして呼びかけないと動かないらしい。なんて面倒くさい機能なんだ、とアゲハは思った。
「ケルルルルルル!」
「うわっ!?危ねえなぁ……!」
鳥人は凄まじい速さで空を飛びながら、体当たりを食らわせようとしてくる。一度でも食らったら、吹き飛ばされてしまいそうだ。
(……まずいな、つい勢いで変身したが、あたしの武器だとあいつに攻撃が届かねぇ)
鳥人は常に空を飛び、攻撃の機会を伺っている。アゲハの剣ではリーチが短く、鳥人には届かない。流石のアゲハでも、高く飛んで鳥人に攻撃する、という人間離れした技も使えない。
「――ケルルルルルル!」
「何っ!?……ぐあっ!」
一瞬の思考の隙をついて、鳥人が攻撃を仕掛けた。アゲハの身体が吹き飛ばされ、地面を転がる。攻撃をくらった背中が痛み、アゲハは顔を顰めた。
「くそっ、油断した……!」
「ケルルルルルル!」
「……っ!」
顔を上げると、目前に鳥人が迫ってきていた。その瞬間、鳥人の足の爪が鋭くなり、アゲハを切り裂こうと獰猛な光を放っている。
「やばっ……」
「ケルルルルルル!」
時間がゆっくりに感じた。あと少しすれば、眼前の爪がアゲハに届き、身体を切り裂くだろう。妙にリアルな想像をしてしまい、アゲハは血の気が引いた。
(……くそっ、ここまでか……)
アゲハが顔をしかめながら、生を諦めかけたその時……大きな声が響いた。
「えーーーい!」
「ケルルァ!?」
眼前に迫っていた鳥人が、鈍い音と共に横に転がった。その拍子に鎖の音が聞こえ、誰かが駆け寄ってくる音も聞こえた。謎の人物は、アゲハの身体を揺すってくる。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「あ、ああ……大丈夫だ。助けてくれてありがとう」
アゲハは身体を起こし、助けてくれた人の姿を見る。……腰まで伸びた桃色の髪に、顔を覆い隠しているバイザー。身体の線がくっきり出るような桃色の装束を身にまとっており、そのスタイルの良さが嫌でも目に入ってくる。その身体つきから、女だと言うことは理解できた。
「私、あなたが襲われてるのを見て、思わず武器を振るっちゃったんですけど……あ、当たってませんか?」
「ん?いや、特に何も……」
「よ、良かった……あの、いきなりで失礼だと思うのですが……もしかしてあなたは、ゴシキジャーだったりします……?」
「……!?な、なんでそれを!?」
「やっぱり、そうなんですねっ……良かったぁ、初めて仲間に会えましたよぉ……」
桃色の装束の女性は胸の前で両手を組み、祈るようなポーズをした。そのせいで胸が強調され、とても目のやり場に困る光景になっている。もしアゲハが男ならば、思わず目を逸らしていただろう。
(……というか、この弱々しい声……どっかで……)
「ケルルルルルル!」
アゲハが女性を見ながら考え事をしていると、背後からけたたましい奇声が聞こえてくる。振り返ると、体勢を立て直した鳥人が、再び宙へ舞っていた。
「……っと、今はこいつをどうにかしねぇと……!」
「そ、空を飛ぶ敵さんですか……私の武器なら、ギリギリ届くかもしれません……」
女性は自分の持っている武器……鎖に繋がれた大きな鉄球をアゲハに見せる。それは、女性のピンク一色の姿とは不釣り合いな、大型のモーニングスターであった。いきなり出てきたいかつい武器に、アゲハは少し引き気味に尋ねる。
「……それ、さっきあいつに使ったやつか?」
「は、はい……!まだ力が足りなくて、変身してないと使えないんですけど……」
「な、なるほど。じゃあ、あたしがあいつを引きつけるから、それで攻撃してくれるか?」
「わ、わかりました!不肖ラブピンク、頑張らせていただきます……!」
女性――ラブピンクがそう言うと同時に、アゲハは駆け出した。剣を片手に持ち、鳥人の目に留まるように、俊敏に駆け回る。
「ケルルルルルル!」
「はっ、来てみろ鳥野郎!もうさっきみたいにはいかねぇぞ!」
「ケルルルルルル!」
アゲハの挑発が効いたのか、鳥人は自分の羽を弾丸のように飛ばしてきた。アゲハは転がってそれを回避し、ラブピンクの元へと誘導する。
「はわ……凄いです……!」
「そろそろ来るぞ!準備しろ!」
「あ、そうでした……!行きますよ、モーちゃん……!」
――あいつ、あのいかつい武器にそんな可愛い名前つけてんのかよ。
アゲハは内心ツッコミをしながら、一気にラブピンクとの距離を詰める。そして自分の位置が彼女の隣になったその瞬間……アゲハは思いっきり叫んだ。
「今だ!」
「はい!……≪烈愛・マジカルバスター≫!」
「――ケルルルルルルァ!?」
ラブピンクが力の限りモーニングスターを振るい、鳥人は地面に叩き落とされる。起き上がろうにも、自分の倍はある重さの鉄球に潰され、動くことが出来ない。それを確認した瞬間、アゲハは方向を変えて走り出した。
「隙あり!くらえ、≪爆剣・フレイムスラッシュ≫!」
「――ケルルルルルル!?」
アゲハのスピードを乗せて放たれた横薙ぎの一撃は、鳥人の身体を容易く切り裂く。アゲハは駆け抜けた先でブレーキをかけたかのように止まり、剣を構え直した。
「――ケルルルァァァ!!」
鳥人の断末魔と共に、アゲハの背後で爆発音が鳴り響く。ラブピンクはとどめを刺したアゲハを見て、「ふわぁぁ……凄い……!」と呟いていた。
戦いを終えた二人は、近くの公園で一息ついていた。今は夕暮れ時なので、遊んでいる子どもはいない。よって、コスプレしている二人がいる、というように見られる心配はなかった。
「ふう……ありがとな。あんたのおかげで助かった」
「い、いえいえ……!仲間なんですから、助け合うのは当たり前ですよぉ……!」
「あっ、自己紹介が遅れたな。あたしは赤羽アゲハ。まぁその……フレアレッドだ」
「あ、これはこれはご丁寧に…………?え、赤羽アゲハ?」
「ん?なんだよ?あたしの事を知ってるのか?」
「し、知ってるよぉ!?あっ、そういえば、まだ変身解いてなかった……!えいっ……!」
ラブピンクは腕輪を回し、変身を解く。すると、アゲハの目の前に見覚えのある黒髪の女性が現れた。それを見たアゲハは目を丸くする。
「……え?サクラ姉……?」
「そ、そうだよ……ま、まさかアゲハちゃんもゴシキジャーだったなんて……」
現れたのは――桃橋サクラだった。まさかの知人の登場にアゲハは驚きを隠せない。それで気が抜けたのか、アゲハの変身も自動的に解かれた。次いで真っ先に浮かんだ疑問が、アゲハの口から零れ出る。
「さ、サクラ姉があのモーニングスターを!?嘘だろ!?サクラ姉、めっちゃ力弱いのに……!」
「あうぅ……へ、変身の効果だよぉ……私貧弱だから、力だけでも強くしてもらえるようにお願いして……」
「そ、そうか……」
「そ、それより!アゲハちゃんがゴシキジャーだったことの方が驚きだよ……!アゲハちゃん、喧嘩は止めたんじゃなかったの……?」
「あー……いやまぁ、そうなんだけどさぁ……ちょっとサグルのやつに頼まれてな」
「さ、サグル君に……お願い……!?」
サグルという単語を出した途端、サクラの顔が赤く染まる。それを見て、アゲハは「やらかした」と内心思った。……サクラは昔から何故かサグルの話題に関する食いつきが凄いのだ。サクラはアゲハにとって、頭も良くて気遣いも出来る、心優しい姉のような存在なのだが……サグルを話題に出した時のサクラは、少しその認識が異なる。
「い、いいなぁ……私も、サグル君にお願いされたい……」
「……いや、あいつからの頼みは聞かないほうがいいぞ。どんな無茶言われるか分からねぇし」
「それって……むちゃくちゃにされるってこと……!?」
「サクラ姉?」
「だ、だめだよぉ……サグル君……私は先生だからぁ……」
「駄目だ、聞いてねぇ」
先程までの頼りになる姿はどこへやら。赤い顔をしてもじもじとしながらにやけている成人女性がそこにいた。サクラはサグルの話題を出すと、決まってこの調子になる。……その理由はアゲハはなんとなく察しがついている。サクラは、十一も年の離れたサグルに恋愛感情を抱いているのだ。きっかけは謎だが――というかあのサイコパスに惚れる理由も謎だが――今のサクラの様子から見ても、年下の幼馴染に向ける感情にしては少し行き過ぎている。サグルがアゲハと同じ高校に通っているということもあり、本人はその気持ちを明かすつもりはないらしいのだが……
「サクラ姉。人の弟で妄想するのは別に良いが、そろそろ戻ってきてくれるか?」
「……はっ!?私、何を……」
「はぁ……サクラ姉、そんなにサグルを気に入ってるのか?あたしは理解できないんだが……あのサイコパスのどこがそんなにいいんだ?」
「さ、サグル君はそんな子じゃないよぉ……!あの大人びた雰囲気と綺麗な顔、加えて気配りも出来る優しい性格……!私の好みドンピシャなのぉ……!」
そうだった。あのサイコパスは外で猫を被っているんだった。サグルは昔から来客がある時は本性を隠し、完璧な自分を演じていた。それはサクラに対してもである。あのサイコパスは無自覚なたらしなのである。それを知っているアゲハは、サクラの言葉を聞いて顔を引きつらせた。
「……サクラ姉は、もっとあいつの事を知ったほうがいいと思うぞ」
「ええ!?そ、それってご挨拶――――」
「違う。頼むから、いつものサクラ姉に戻ってくれよ……お願いだから……」
アゲハは頭を抱えながら、頭の中がピンクに染まっているサクラにそう懇願するのだった……
「……久しぶりだな、ここに来るの」
「え、えへへ……ち、散らかっててごめんね……」
公園での危ない話を止め、もう少しサクラと話したいことがあったアゲハはサクラの家に来ていた。アゲハの家でも良かったが、サグルに会わせるとサクラがポンコツと化すためサクラの家となった。アゲハはしっかりと靴を玄関に揃え、鞄を持ってリビングへと入る。――そのリビングは、脱ぎ散らかした服やその辺に置いてある本や掃除機などで足の踏み場がなかった。
「……相変わらずだな、サクラ姉」
「う、うん……ちょっと片付けサボってて……今綺麗にするね……」
「おっけ。廊下で待っとくよ」
アゲハはそう言うと、リビングから離れて廊下に腰を下ろした。それと同時にサクラがリビングに入り、工事でもしてるかのような爆音が鳴り響いた。……しばらくして、サクラがリビングから廊下に出てきた。
「終わったよぉ……」
「お、どれどれ…………」
アゲハがリビングを見てみると、先程とは違って部屋が綺麗に片付けられていた。脱ぎ散らかした服は姿を消し、無造作に置かれていた本や掃除機もしっかりと元の場所へ。まるで入居したばかりのような綺麗な部屋がそこにあった。
「相変わらず掃除が早いな、サクラ姉」
「い、いやいや……私なんて、まだまだだよ……」
サクラは謙遜しながら目を逸らす。……サクラは頭が良いだけでなく、家事スキルもほぼ完璧に近い。部屋が汚部屋と化した時でも、一瞬で元の状態に戻せる。これもアゲハがサクラを「頼りになる存在」と慕う理由なのだが……いかんせん本人は自己肯定感が低く、その実力を認めようとはしない。それさえなければあとは完璧なのに。
「なぁ、そこに座っても良いか?」
「ど、どうぞ……!」
アゲハはオドオドとしているサクラに許可を取り、鞄を置いて机を囲んでいる椅子に座る。サクラは向かいの椅子に座った。
「そういやサクラ姉、仕事は大丈夫だったのか?さっき助けてくれた時って、まだ放課後になったばかりだろ?」
「き、今日は……家で仕事しようと思って……」
「あ、そうだったのか……ごめん。忙しいんだったら、今日は帰るけど」
「だ、大丈夫だよ……!全然時間あるから……!」
サクラの言葉にホッと息を吐く。アゲハは申し訳なさそうにしながらも、先に話題を切り出した。
「それで、話なんだけど……サクラ姉も、あたしと同じゴシキジャーなんだよな?」
「う、うん。なったのは本当に最近だけど……」
「サグルに誘われたのか?」
「え、えへへ……そうだよ……一週間前に、「サクラ姉にお願いがある」って言って私の家に来て……この腕輪を渡してくれたの……」
サクラは顔を赤くしながら、右腕に着けている腕輪をアゲハに見せる。アゲハが右腕に着けている腕輪と全く一緒だ。……一週間前にゴシキジャーになったのならば、サクラは一応アゲハより前にゴシキジャーになったということになる。確かにサグルは一週間前、「用事がある」と言って家を出ていた。
「それ以外に何か聞いたか?」
「え?そ、それだけだよ……?」
「……そうか」
アゲハは神妙な面持ちで下を向く。……アゲハが今日サクラの家を訪れたのは、サグルの企みを調べるためだ。理由は、この前に受けたサグルの説明が、どうも納得出来なかったためである。……アゲハの知っているサグルは、間違っても正義のためなどという理由で行動する人間ではない。加えて、アゲハが選択を迫られたあの時……選択を迫るサグルの瞳は、何か企んでいるような光を宿しているように見えた。後者はアゲハの勘だが……ともかく、サグルがサクラに接触したのなら、少し警戒する必要がありそうだ。
「ありがとう。じゃあ、あたしは帰るよ」
「え、もう……?もう少しくつろいでも良いんだよ……?」
「ちょっと用事を思い出してさ。また今度遊びに来るから」
「そ、そう……?」
「うん。またな、サクラ姉」
「う、うん……またね……」
アゲハは戸惑うサクラに背を向け、自分の鞄を持ってサクラの家を出た。サクラの言葉を思い返しながら、アゲハは帰路につく。
(リリスにあたし、そしてサクラ姉……なんでサグルは、あたし達をゴシキジャーに選んだ……?)
今判明しているゴシキジャーのメンバーの内、二人が自分にとって身近な人物。いくら世間は狭いと言えど、どうも不自然に思えた。サグルは一体、何を基準にゴシキジャーのメンバーを選んでいるのだろう。
(……まぁ、今は後二人と会うのが先だな。今は分かってることが少ないし、もっと情報を集めて……)
「……アゲハ?」
そうやって考え事をしていると、ふと、聞き覚えのある声が聞こえた。その地を這うような恐ろしい声色の声に、アゲハは思わず振り返る。――そこにいたのは、目からハイライトを消したリリスだった。何故だろう、見知った顔のはずなのに、冷や汗が止まらない。それは多分、アゲハのいた場所がサクラの家から出てきた所だったからだろう。
「り、リリス。奇遇だな……」
「さっき、サクラ姉の家から出てきたでしょ……?私に浮気してないって言ってたのに……嘘ついたの、アゲハ……?」
「う、嘘じゃねぇよ!それに、サクラ姉とそういう関係になることはないから!あとサクラ姉は先生だし!」
「教師と生徒……表では絶対にないからと言って、裏でいろいろやってる禁断の関係……常識、鉄板……」
「何処の世界の常識だよ!?」
「こうなったら、とられる前に……とる……」
「何を!?何をとる気なのお前!?ちょ、じりじり迫ってくるな!」
「……最初は痛いだけ……すぐに楽になる……」
駄目だ。話が通じない。このままでは何かヤバいことが起こる気がする。いや、より具体的に言えば……襲われるっ!!
「……っ!すまん、リリス!」
「……逃さない……!アゲハ……!」
本能的な恐怖を感じ、アゲハは急いで家の方向へ走り出す。リリスはそれを無表情で追いかける。……突如始まった追いかけっこは、アゲハが無事に家に辿り着くまで続くのだった。




