第三十五話 ミュータント・ギブ・ラブ
——そうして、アゲハと十三番はラブコメシーンの撮影を始めた。
——シーン1・補習の風景
「赤羽先生……ちょっと、わからないところが……」
「ん?どこだ?ちょっと見せてみろ」
「ん……!ち、近い……!?」
「ああ、すまん」
「……は、離れなくても、いい。先生。お、教えてください……」
もじもじとするリリスに教師(の格好をした)アゲハが迫り、無自覚で無防備な姿にリリスがドキドキするというシーン。……なお、リリスがわからないと述べた箇所は、当然ながらアゲハにも理解できないものだった——
——シーン2・廊下でのハプニング
「……っと!悪い。大丈夫か、魔王?」
「……!??!?だ、大丈夫でひゅ……ではなく!こ、この魔王に傷をつけられるものなどいにゃいぞ!ハーッハッハッハ!」
「……チッ」
うっかりアゲハが転んで、図らずしもマオを壁ドンし、耐性のないマオがドギマギするシーン。……ちなみに、最後の舌打ちは、十三番の≪配役≫によって操られているはずのレモンのものである。危うくマイクに入るところだったが、レモンは極限まで声量を抑えていたため回避。
——シーン3・夕暮れ時の邂逅
「……ん?そこにいるのは、サクラ姉——コホン、桃橋か?」
「え……赤羽先生?どうしてここに……?」
「お前が泣いてるのが目に入ってさ……放っておけなかったんだ」
「……っ!せ、せんせぇ……!」
「おっと……ったく、しょうがないやつだな……」
悩みを抱え、夕暮れ時の教室ですすり泣いていたサクラを、アゲハが慰め、勇気づけるシーン。ちなみに、最初にアゲハが呼び方を間違えたせいで、何度かリテイクとなった。
——以上、三シーン(+α)。全てのシーンを撮り終えたアゲハは、疲れでその場に倒れ込んだ。
「はいオッケー!お疲れ様!なかなかの名演技だったわよ、フレアレッド!まさか≪配役≫なしでもここまで演技が出来るとはね!私、人間を見直したわ!」
「……そうかよ」
「あとはこれを編集するだけね!私のパソコンさばきが火を噴くわよー!クヒヒヒヒッ!」
十三番は怪しげな笑みを浮かべながら、喜色混じりの声色でそう言った。その様子が今までに出会った突然変異種とは、少し違うように見えて——思わず、アゲハは呟いていた。
「……なぁ。お前は、突然変異種なんだよな……?」
「何よ突然。この私が人間に見えるかしら?ほら、触手だって出せるわよ?」
「……ってことは、その姿は……人を食べて作ったんじゃないのか?」
……かつてアゲハの弟を喰らった、九番のように。マッドの同族である九番は、人を喰らって姿を変えるとマッドは言っていた。黄埼ミカンのことだってそうだ。レモンの話によると、現在ミカンは行方不明になっているらしい。だが、突然変異種に食べられたと考えると、辻褄が合う……つまり、目の前の十三番も、アゲハ達が倒すべき邪悪ということに……
「なんでそんな事しなきゃならないのよ。この姿は私が作ったものよ?完全オリジナル、かつハイクオリティなんだから」
十三番は得意げに胸を張って、長い黒髪をかき上げる。よく見ると、目鼻立ちはすらっと整っていて、小ぶりな唇はどこか幼い印象を与える。いわゆる、童顔と言うやつだろうか。平均的な背丈に対して、少しギャップを感じる。そんな彼女の姿を一瞥して、アゲハは驚いたというように眉をピクリと動かした。
「……自分で、作った?」
「ええ、そうよ。こう見えて私、昔は自分でひっそりとラブコメ漫画を作っていたの。その時に人間の造形に詳しくなって、人間の世界に潜入するためにちょちょいと化けてみたっていうわけ」
「今、潜入って言ったか?」
「もちろん、よりよいラブコメを作るためにね!悪いことなんてこれっぽっちも……いえ、ちょっとしたかもしれないけど!誓って人間は殺していないわ!夏に彷徨く蚊は潰したけど!」
アゲハの鋭い視線を受けながら、赤裸々に事情を話す十三番。どこまでも楽しそうに笑う彼女は、とても嘘を言っているようには見えなかった。
「……お前は、九番とは違うのか?」
「九番?ああ、あの偉そうな先輩ね。彼を知っているの?私、彼はもう死んだって聞いたんだけど」
「……!?」
告げられた衝撃の情報に、アゲハは目を見開いて驚く。——どういうことだろう。サグルにそっくりなあの九番が、既に死んでいる……?そう心のうちで呟き、アゲハはマッドが「九番は自分が殺した」と言っていたのを思い出す。しかし、現時点では彼は生きていて、マッドホワイトとしてアゲハ達の前に立ちはだかっている。アゲハは困惑しながらも、十三番にこう言った。
「い、いや。あいつは生きてるぞ。この前だって、あたし達に襲いかかってきたんだ」
「他人の空似じゃないの?……あ。そういえばこの前、隊長が変なことを言っていたのよね……」
「隊長って……九番のことか?」
確か、今まで出会ってきた突然変異種——自身の名前を番号で呼ぶ者達が口にしていた言葉だ。九番も自分の事を、隊長と名乗っていた……だから、目の前の十三番も、九番に派遣された突然変異種のはずだ。——そんなアゲハの推測は、続いた十三番の言葉によって、粉々に砕かれた。
「何を言っているのよ。隊長は隊長よ。番号なんてないし、突然変異種としての力も使えないわ。たまに自分の事を「九番」とか言ったりするけど……」
「……は?」
十三番の言葉を、アゲハはすぐに飲み込むことが出来なかった。信じられないとばかりに目を見開き、アゲハはなんとか脳内で情報を整理する。
——「隊長」は九番を表す言葉だ。
——彼には番号がなく、突然変異種の力を使えない。
——しかし、彼は自ら「九番」と名乗っている。
これらのことから導き出されるのは、つまり……
「九番は……本物のサグルなのか……!?」
自分でも信じられない事を呟き、アゲハは彼との戦いを思い起こす。——自らを突然変異種と語る彼は、マッドホワイトの姿になった時にしかアゲハ達と戦わない。その際に、触手などは使わずに、その身一つで戦いを挑んでくる。……ただの油断と言うわけではないだろう。なぜなら彼は、全力でアゲハ達を抹殺しようとしていた。昔からオトとの修行を積み重ね、何度も戦いを繰り広げてきたアゲハだからこそわかる。だとしたら——わざわざ出し惜しみをする理由はないはずだ。
「…………」
「あら?どうしたの、黙り込んじゃって。もしかして、私に見惚れちゃった?でもごめんなさい、私には最高のラブコメを作るという使命があるの!」
「……そんなんじゃねぇよ。ちょっと、引っかかることがあっただけだ」
「そうなの?人間は大変そうねぇ」
「……ああ、本当にな」
——胸のうちに浮かんだ、小さな疑問をしまい込んで……アゲハは疲れ切った身体を休めるために、瞳を閉じた。
————
「……っ、クソっ……」
遠い星の、突然変異種の王が住まう城の中——九番は、彼に充てがわれた兵舎の中で自分の身体に付けられた傷を、顔を歪ませながら押さえていた。
「何故だ……何故、勝てない……!」
九番は脳裏にアゲハ達の姿を思い浮かべ、恨みの籠もった低い声で呟く。彼の幼い体躯と顔つきに似合わないその感情は、彼の心を黒く染め上げていく。
「私は、王の役に……バベル様の役に立たなければならないのに。こんなざまでどうするのだ、九番……!」
「——随分と荒れてるわねぇ」
聞こえてきた声に、九番は振り返った。……そこに立っていたのは、目を奪われるほど美しい白い髪に、赤い瞳を持った人間の女だった。九番の記憶にないその人間に、彼は身体を押さえながら、警戒した様子で殺気を放つ。
「……誰だ、貴様は……!どうやってこの城に侵入した……!」
「あら、失礼ね。上司の顔を忘れたのかしら、九番?せっかくあなたに新しく造った装備を渡そうと思ったのに」
「装備……?……っ!もしや、レーナ様……!?レーナ様なのですか!?そのお姿は……!?」
——「宵闇」のレーナ。「常闇」のバベルと並ぶ、突然変異種の王の側近。九番に改造したマッドホワイトの装備を渡したのも彼女だ。しかし、今の彼女の姿は、九番の知っている彼女とはまるで違った。
「ああ、これね?そろそろアタシも地球に向かわないといけなくなったから、≪変装≫を使ったの。よくできてるでしょう?」
「≪変装≫……私達≪メタフォ≫の力の根源……でしたか」
「そうね。より正確に言えば、あなた達の力は私の模造品。あなたがその姿でいられるのも私の力なのよ」
——レーナの能力・≪変装≫。それは思い描いた姿に変わることができる能力。時には異形の白い人型。時には黒く丸い球体——突然変異種の中には、彼女の本来の姿を知っている者は誰もいない。個体番号九番のような≪メタフォ≫と呼ばれる者は、そんな彼女の能力を分け与えられて創られた突然変異種なのだ。
「……重々承知しております。ところで、レーナ様は何故このような場所に……?」
「あなたに装備を渡しに来た——というのと、あなたの手当ね。その傷、まだ治っていないんでしょ?」
レーナは呆れたような表情を浮かべ、九番の身体の傷を指差す。……二度に渡るゴシキジャーとの戦いによって付けられたその傷は九番の身体を酷く蝕んでいた。
「はぁ……どれだけ放っておいたのよ。傷が膿になっているじゃない。早く適切な処置をしなければ、身体中が細菌に侵されて、そのうち死んでしまうわよ」
「……!?そんな……!」
「だから治療をすると言っているの。ほら、そこの机で横になりなさい。話はそれからよ」
レーナは無理やり九番を机に寝かせると、早速傷の治療を始める。医療キットを取り出し、消毒液を掛け、血を拭い、包帯を巻いていく。
「……レーナ様」
「何?今は忙しいのだけど」
「も、申し訳ありません。何故、そのように手際が良いのかと気になってしまいまして……我ら突然変異種は、そもそも——」
「傷の治療なんてしない。だって傷は放っておけば治るし、アタシ達は病気にすらならない……でしょ。それくらい知っているわよ」
「な、ならどうして……」
「あなたが例外だからよ。あなたは一度死んで蘇った。けど、その身体は人間と混ざり合い、特異な体質になったの。あなたが突然変異種の力を使えないのは、それが理由なのよ」
「……!」
「だから、怪我の手当てをする必要があるの。あなたを死なせるとバベルに怒られるもの。部下のためにわざわざ治療法を調べたんだから、せいぜい感謝しなさい」
ぶっきらぼうにレーナはそう言って、包帯をきつく巻いた。痛覚が半ば麻痺している九番は、うめき声を上げることもない。やがて、手当てを終えたレーナは、ため息を吐きながら、九番の身体を起こす。
「はい、終わり。手足はちゃんと動くわね?他に痛むところは?」
「も、問題ありません」
「そ。ならアタシはもう行くわね。あなたはしばらくここで休んでるのよ。その状態でゴシキジャー達に挑んだら、返り討ちにされてしまうもの。それ以上傷が酷くなったら、アタシじゃ手に負えなくなるからね?」
「……承知しました。この九番、レーナ様の御命令通りに」
レーナは九番が恭しく礼をするのを見て、彼の兵舎を後にする。珍しく感情を露わにしていた九番の姿を思い出しながら、ふと、レーナは顔をしかめながら呟いた。
「……九番、ね」
——かつて、地球侵略の第一陣として派遣されたメタフォ達。九番はその中でも、至って普通の性能をした個体だった。性格は尊大で自分勝手——レーナが創ったのだからよく覚えている——だった彼は、四十四番——マッドの手によって殺された。しかしどういうわけか、彼は人間の姿となって帰ってきた。人間の家に眠っていたという彼を、同僚が拾ってきたのだ。当然、レーナは驚いた。——メタフォはレーナが創った突然変異種だ。だが不死というわけではない。彼らは普通の突然変異種と同じように生きて、同じように死ぬ。そういう風にレーナが創ったのだ。だから、九番が生きているという事実に、違和感を感じた。レーナは、すぐに彼の身体を調べ——そして、その事実を知ったのだ。
(……あの九番は、人間……擬態先の人間に九番の記憶が植え付けられた別物……確か、名前は……)
——赤羽、サグル。フレアレッドである赤羽アゲハの……弟——
————
——いつもの空き教室の中で、アゲハは目を覚ました。ムクリと身体を起こして辺りを見渡すと、リリス、レモン、マオ、サクラが床に倒れているのが見えた。
「……あたし、ここで何を……」
身体を起こして、朧気な意識のまま記憶を探り……先程までの記憶を思い出したアゲハは、そこで一気に意識を覚醒させた。
「……!そうだ、確か、あいつとラブコメシーンを……ん?」
十三番との記憶を思い出し、アゲハが彼女の姿を探していると——ふと、アゲハの近くの机に、メモが置いてあるのが見えた。特徴的な丸文字で書かれたそれを、アゲハは無言で読み上げる。
——大分疲れていたみたいだから、先に撤収させてもらったわ!作品が完成したら真っ先にあなた達に見せるから、楽しみにしていてね!一応私の連絡先も書いておいたから!
……言葉通り、メモの端っこに彼女の通話アプリのアカウントとメールアドレスが記されている。案外律儀な奴だな、とアゲハは苦笑した。とりあえず今までの光景が夢ではなかったと理解し、アゲハはそのメモをポケットにしまい込む。そして、ふと、アゲハは空き教室にある時計を見て……目を見開いて叫んだ。
「あーっ!?あと五分で昼休みが終わるじゃねぇか!おい、皆起きろ!授業に遅れるぞ!」
差し迫っていたタイムリミットに、不良生徒であるはずのアゲハは必死に四人に呼びかけるのだった——
————
「……なるほど、そんなことがあったんだね」
放課後。家に帰ってきたアゲハは、今日一日の間にあった出来事をマッドに報告していた。彼女の側にはスナック菓子を貪っているソードが寝転んでいるのが見える。スナック菓子の欠片を床に溢しているソードを見て、マッドは渋い顔をした。
「ちょっと、ソードさん。ボクの部屋を汚さないでくれる?」
「え〜?でも、ここはソードの部屋でもあるじゃん」
「だとしても、スナック菓子をポロポロ溢さないで。掃除するのは誰だと思ってるの?」
「もちろんアゲちゃんだよね〜?」
「ガサツが服を着て歩いてるようなお姉ちゃんに掃除ができるわけないでしょ。ボクだよ、ボク」
「おいぶっ飛ばすぞ。お前はあたしを何だと思ってんだ」
呆れた様子のマッドに鋭い視線を向けるアゲハ。ソードは喧嘩っ早いアゲハを見て、「わ〜キレちゃった〜」と言いながらカラカラと笑っていた。この人外共は自分を馬鹿にしている節があるな、とアゲハは思った。
「まぁまぁ、落ち着いてよお姉ちゃん。今はそんなことよりも十三番の話でしょ?」
「む……まぁ、そうだな」
「最高のラブコメを作る、だっけ。九番はなんでそんな奴を地球に派遣したんだろうね」
「さぁな……まぁ一応、十三番の連絡先をもらったから、直接聞いてみれば——」
「——私を呼んだかしらっ!」
「「うわっ!?」」
突然目の前に姿を現した少女——十三番を見て、アゲハとマッドは驚いて身を引く。そんな二人の様子を見て、十三番は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?二人してそんな変な顔をして」
「お、お前!なんでここにいるんだよ!?」
「え?私を呼ぶ声が聞こえたからだけど」
「か、鍵はどうやって開けたのさ……!?」
「窓から入ったわ」
十三番はそう言って部屋の窓を指差す。人一人通れるほどの大きさの窓が、無防備に開けられていた。堂々とした不法侵入であった。アゲハとマッドが驚きのあまり言葉を失っている間、十三番は床に寝転がっているソードに視線を向けていた。
「あら!随分と可愛らしい子ね!フレアレッドの娘さんかしら!」
「ん〜?オネーサン、何言っちゃってるのかな〜?ソードにはこんな脳筋のママはいないけど〜?」
「じゃあ、妹さん?」
「はぁ〜!?違うし〜!ソードの方がアゲちゃんより年上だし〜!」
アゲハの親族扱いされているソードは、十三番の言葉に実に不満げである。どうやら年下に見られているのがお気に召さないようだ。それを見て、やっと気を取り直したマッドが口を開く。
「あなたが十三番……随分と、自由な人だね」
「あなたは……四十四番ね!バベル様が裏切り者として組織で公表していたからよく覚えているわ!」
「……!?バベル様が、そんな事を……!?」
「私と似た者同士ね!私も同僚や後輩から、要注意個体って言われて避けられてるの!」
バベルの行動にマッドが戦慄するのも束の間、続く十三番の言葉でマッドは「えっ」と間の抜けた声をあげた。十三番は何故か誇らしげに胸を張りながら、髪をかき上げる。
「ふふん、つまり私が類まれなる才能を持っているということよ!天才とは常に理解されないものだもの!」
「「「…………」」」
アゲハ達三人の胡乱げな視線が、十三番に向けられる。なんというポジティブ解釈だろうか、と三人は思った。
「要注意個体って……あなた、九番に言われて地球に派遣されたんじゃないの?」
「九番?もしかして、隊長のことかしら?あなたもその呼び方をしているのね?」
「……どういう事?別に、ボクが同族を番号で呼ぶのはおかしなことじゃないでしょ?」
「確かにおかしなことじゃないけど、隊長は九番じゃないわよ?隊長が勝手に自称しているだけで、彼に番号はついてないわ」
「……え?」
十三番の言葉に、目を見開いて驚くマッド。そんなマッドの様子を不思議に思ったのか、十三番は首を傾げた。
「どうしてそんな反応をするのよ?いくら組織を抜けたあなたでも、九番が死んだ事くらいは知ってるでしょ?私、ちゃんとバベル様から聞いたもの」
「……!?九番が、死んでる……!?」
「あら、知らなかったの?」
マッドは信じられないといった様子で十三番を見る。首を傾げてマッドを見ている彼女には、嘘をついているような素振りは見当たらない。マッドは途端に神妙な表情になり、十三番にこう言った。
「……もしよければ、あなたの知っている事を教えてくれない?どうやらボク達は、情報に齟齬があるみたいなんだ」
「?私は別に構わないけれど……あ、その代わりにラブコメ話を聞かせてもらってもいい?新作のネタがないの」
こんな状況でも平常運転の十三番に、マッドは眉をひそめながらも頷いた——




