第三十二話 かくして令嬢は魔王となる
——夕暮れ時の街の中。テラが暴れたことにより人けが無くなっていたその場所で、三人のゴシキジャーと九番が目まぐるしい戦いを繰り広げている。
「——≪爆剣・フレイムスラッシュ≫!」
「——≪白剣・ブーストドライブ≫」
アゲハの繰り出す炎の斬撃を、九番は火を吹かせた銃剣を振るってそれを打ち消す。隙の出来たアゲハに九番が追撃を加えようとすると——
「——≪激流・スパイラルブラスト≫」
すかさずリリスの生み出した水の竜巻に阻まれ、九番は後ろに飛び退く。彼は銃剣を銃のように構えると、それをリリスに向けて引き金を引く。数発の弾丸がリリスに向かって飛んでいき——次いで、リリスの身体が銀色の光を放ち、姿が変化する。
——メタル・コバルト・オーシャン!シルバーマリンブルー!
一瞬のうちにシルバーマリンブルーへと≪聖鎧装着≫したリリスは、防御性能の向上した鎧で九番の弾丸を受ける。鎧はいとも容易く弾丸を弾き、リリスには傷一つつかない。
「……また姿が変わったか……!」
九番は忌々しげにそう呟くと、銃剣を剣のように構えてリリスに斬りかかる。リリスは≪青い槍≫でそれを受け止めると、九番を銃剣ごと弾いた。
「——≪氷海槍・フロストファング≫」
氷を纏わせ、牙のように鋭くなった槍が九番の鎧を穿つ。九番はくぐもったうめき声をあげ、すぐさまリリスから距離を取る。
「逃がすかよ!——サクラ姉!」
「あれはサグル君じゃない……大丈夫、大丈夫……——っ、≪烈愛・マジカルバスター≫!」
アゲハの呼びかけに応えたサクラが、九番に向かって≪桃色のモーニングスター≫を振るう。桃色に輝く巨大な鉄球が、九番の身体を打ち付けた。
「ぐあっ……!」
「——≪爆炎剣・ボルカニックドライブ≫!!」
「なんだと——ぐあぁぁぁぁ!?」
吹き飛んだ九番にタイミングを合わせるように、アゲハが剣に炎を纏わせた神速の一撃が突き刺さる。九番はそのまま地面を転がり、その衝撃で≪聖鎧装着≫が解除される。
「ぐっ……ば、馬鹿な……また、負けただと……?」
「——追い詰めたぞ、九番!今日こそてめぇをぶっ倒す!」
「……まだだ……まだ、死ぬわけにはいかん……!」
「あっ!おい待て!」
アゲハの制止も虚しく、よろよろと立ち上がった九番は陽炎のように姿を揺らめかせ、一瞬のうちに姿を消した。逃げられたことを悟ったアゲハは怒りで顔を歪ませる。
「あの野郎……!また逃げやがった!」
「……アゲハ。今は九番の事を気にしてる場合じゃない」
「……そうだな。行くぞ、二人共」
「ん、了解」
「わ、分かった……」
アゲハはリリスの言葉で我に返り、マオがいる場所へと向かう。その後ろで、サクラが何処か複雑そうな表情を浮かべていたが……アゲハがそれを知る由はなかった。
————
アゲハ達が九番との戦いを終える数刻前——マオはレモンと共に、テラとの命がけの戦いに挑んでいた。
「——≪深淵・ミスティックブロー≫!!」
「——≪流星弓・コメットアローレイン≫」
マオが力の限り戦斧を振り回し、レモンが天空に放った大量の矢がテラに襲いかかる。テラはいとも容易く矢を回避しながら、マオの一撃を一回のジャンプだけで避けてみせる。テラは空中で不敵な笑みを浮かべながら、力強く叫んだ。
「——中々やるじゃないか!今度は俺様の番だ!」
テラは自身の身体を紫の剣へと変えると、凄まじいスピードでマオの方へと向かう。剣は紫の炎を纏い、その刀身は威力を増した。あわや、マオの身体が貫かれるかと思いきや——マオは戦斧を構え、かろうじてその一撃を受け止めた。
「うぐぐぐ……!」
≪ほう、今のを見切ったか。だが、この程度で俺様が止まると思うか?≫
テラの言葉通り、彼女の一撃は徐々に重くなっていき、マオは抑え込むのに必死だった。——このままだと、押し切られる——そう思ったのも束の間。マオと鍔迫り合いになっていた剣は、突然横から割り込んできた影に弾かれる。
「……うちの事、忘れんといてやっ!!」
割り込んできた影——レモンは弓を剣のように振るうと、テラをマオから弾いた。宙を舞ったテラは剣から少女の姿に変わると、少し離れた所に着地する。そして黒目と白目の入れ替わった瞳に、獰猛な光を宿した。
「くはははははっ!いいぞ!血が滾って来る!なんと息の合った動きか!」
「……今のも無傷かいな。あんた、硬すぎとちゃうか?」
「何を言う。俺様は既に傷だらけだ。だがその痛み苦しみを力に変えてこそ、戦いに身を投じるに相応しい……!だからもっと俺様に傷をつけろ!殴れ!斬り刻め!破壊しろ!」
「いや、ただのマゾヒストやん」
「痛みを力に変える、か。面白い……!この魔王の相手として申し分ないな!」
テラの雰囲気に当てられて変なスイッチが入ったのか、マオは厨二病全開で魔王節を披露する。何処か似た者同士の主人と敵を見ながら、レモンは呆れたような表情をした。
「……油断したあかんよ、お嬢様。あいつが硬いのはほんまみたいやから、手加減とかせんといてな」
「無論だ。全力で我の一撃を叩き込むとも!……ところで、レモン?出来ればさっきみたいに、名前で呼んでくれたら嬉しいなって——」
「言っとる場合か、阿呆」
「痛いっ!?背中はだめぇっ!?わたし、こう見えて身体ボロボロで——痛いっ!?」
この期に及んで腑抜けた事を言い出した主人の背中を、レモンは割と強めに叩いた。マオは涙目になりながらも、戦斧を構えてテラの姿を見据える。
「くはははははっ!いいぞ、その瞳!覚悟を決めた戦士の瞳だ!その調子で、もっと俺様を愉しませてみせろっ!」
「言われなくとも——!」
口ではそう言うが、マオは内心不安になっていた。現状、ゴールドランドイエローとなったレモンと共闘しても、テラに決定的なダメージを与えられていない。レモンの言うように、テラの身体が尋常ではないほど硬いのは真実であり、このまま戦いを続けていれば、ジリ貧になることは間違いない。
(……どうする?どうすればいい——!?)
戦斧を構えたマオはテラに向かって斬りかかりながら、突破口を模索する。そんな迷いが表に出ていたのだろうか。テラは何処か勝ち誇ったような笑みを浮かべてこう言った。
「どうした、臆したか!ほら、俺様に一撃加えてみせろ!」
「——!」
テラの拳を戦斧で必死に受け流しながら、マオはとある事に気がついた。——傷一つないと思われていたテラの身体の中央に……一筋の傷が付いている。その傷の周りは火に焼かれたように焦げて黒くなっており、テラの身体の細胞が再生しようと蠢いているが、その傷に弾かれているのか再生することはない。
(あれって、さっきの……)
マオは先程、レモンが駆けつけた時の事を思い出す。火花が散る音と共にテラの攻撃が止まり、レモンの弓から煙が出ていた。そして、テラの身体には一筋の傷が——
(……!!もしかして、これなら……!)
脳裏に思い浮かんだ策に、マオの瞳に光が戻る。しかし、その策を行動に移すにはあるものが足りない。そう……赤羽アゲハが持っているはずの、あの銀色の装飾が施された腕輪が——
「戦いの最中に考え事とは、余裕だなっ!」
「お嬢様!」
「……!しまっ——」
脳内にリソースを割いていた事が災いし、マオは目前に迫っているテラの拳を見て顔を青くした。ダメージが蓄積している今、あの一撃を喰らえばただではすまない——マオはどうにか戦斧を振るって、その一撃を防ごうと……
「——≪爆剣・フレイムスラッシュ≫!」
——その時、聞き覚えのある声が響き、炎の斬撃がテラに襲いかかった。テラはその場から飛び退き、突然割り込んできた赤い影に向かって叫んだ。
「誰だ!」
「通りすがりのヒーローってやつだ!——ヒーロー、参上!……ってな!」
赤い影——赤羽アゲハはいつかのマオと似たような事を言いながら、≪赤い剣≫を構えてテラに斬りかかっていく。そして、アゲハに続くように、リリスとサクラがマオの前に現れた。
「魔王、やっと見つけた」
「はわ……!?翠川さん、酷い怪我です……!すぐに治療を……!」
リリスがマオを指さし、サクラはどこからか消毒液やら絆創膏やらを取り出してマオを治療しようとする。突然現れた三人にマオは呆然としながら呟く。
「青宮リリスに、桃橋サクラ……?それに、赤羽アゲハまで……何故、こんな所に?」
「サクラ姉が、マッドからの伝言を伝えてきた。魔王が危ないって」
「マッドが……?」
≪そうだよ、魔王さん。全く、煌水晶種に一人で挑むなんて、無茶にも程があるよ。最悪死んでたかもしれないよ?≫
マオの疑問に答えるように、リリスの持つ携帯からマッドの中性的な声が響く。まさしく何度も死にかけた事を思い出し、マオは罰が悪そうに顔を逸らした。
「まぁ確かに、お嬢様はちょっと無茶しすぎやな」
「……!?」
「え、木戸さん……!?いつからいたんですか……!?」
「いつからって、さっきからやけど」
驚いた様子のリリスとサクラを見て、レモンは何かおかしなところがあっただろうかと首を傾げる。彼女はリリスの方に視線を向けると、驚いた様子でこう言った。
「青宮さん、銀のやつ使ったんか?ほー……こうしてみると、結構変わるもんやねぇ」
「……レモンも、いつもと姿が違う。ツインテールじゃないし、金ぴか……もしかして……腕輪、盗んだ?」
「あら、バレてしもうた。ちょっといろいろあってなぁ。こっそり赤羽さんから拝借したんや」
リリスからの絶対零度の視線を受けながら、レモンは飄々とした様子で爆弾発言をした。レモンがあまりにも堂々と言ったためか、サクラは目を点にしてきょとんとしており、マオは驚愕の表情を浮かべていた。
「何をしているのだ、レモンよ!?確かにいつもと姿が違うとは思っていたが、赤羽アゲハからあの腕輪を盗んだのか!?」
「人聞きが悪いわぁ。万が一に備えてこっそり借りただけや。勿論、後でこっそり返すつもりやったで?」
「こっそりするな!堂々と借りればいいだろう!」
「んー……でも、あいつを始末しに行く時、赤羽さん達に気取られないようにしろって言ったのはお嬢様やで?」
「ハッ……!?」
確かに、マオがレモンにそのように指示を出したのは事実だ。だが、それはアゲハ達にイベントを心から楽しんでもらうためのマオの配慮であり、盗みを働くことを推奨したわけではない。
「……どういう事?」
「……翠川さんが、窃盗の指示を……?」
「違う!断じて違うぞ!この誇り高き魔王がそんな事をするわけがないだろう!?だからそんな目で見るんじゃない!」
リリスとサクラのドン引きしたような視線を受け、マオは必死に身の潔白を主張する。リリスはなおも疑っている様子だったが、マオが「後でしっかり説明する!」と告げると、とりあえず矛を収めてくれた。
「お嬢様の嫌疑が晴れてよかったわぁ。危うく犯罪者になるところやったな」
「レモンのせいでしょ!?わたしは変なことしてないもん!」
自由奔放な従者に思わず口調が乱れるマオだったが、すぐに我に返り、リリスとサクラに向かってこう言った。
「……とりあえず話は後だ。我々は今、赤羽アゲハが交戦している煌水晶種を倒さなければならない。二人共、力を貸してくれ」
「了解。じゃあ、アゲハに加勢してくる」
「待ってくれ、青宮リリス。貴様にはもう一つ頼みたい事がある」
「え?頼みたい事……?」
「ああ。それは——」
首を傾げるリリスに、マオは自分の策を告げる。煌水晶種——テラを倒すためにマオが考えた、一か八かの策。マオは珍しく真剣な表情で、その内容を述べるのだった。
————
マオと入れ替わるようにテラと交戦していたアゲハは、≪赤い剣≫を巧みに操り、テラ相手にも奮闘していた。
「——くはははははっ!!やるな、赤いの!緑のと黄色いのとの戦いを邪魔したのは気に食わんが、お前も俺様好みの戦士だ!さぁ、終わりのない戦いを愉しむといい!」
「意味わかんねぇ事言ってんじゃねぇ!——≪爆剣・フレイムスラッシュ≫!」
アゲハが炎を纏った斬撃を放つと、テラはその場から飛び退いてそれを躱す。そして一瞬でアゲハとの距離を詰めると、拳を大きく振りかぶる。
「——覇ぁぁぁぁぁぁ!!」
「させるかっ!」
アゲハはテラの拳に合わせて剣を振るい、二人は鍔迫り合いとなる。恐るべきその拳の硬さに、アゲハは目を見開いて驚く。
「……っ!?硬ぇ……!」
「くはははははっ!どうした!これくらい押し切ってみせろ!」
「っ……!」
アゲハは滑らかに剣を動かし、テラの攻撃を受け流す。少し隙が生まれたその瞬間、アゲハは剣に炎を纏わせ、技を放つ。
「——≪爆剣・フレイムスラッシュ≫!」
「……!——ぐおぉぉぉぉ!?」
まともに技を喰らったテラは、燃える身体を押さえつけ、仰け反った身体の体勢を戻す。すると、テラの身体がたちまち再生していき、テラは獰猛な笑みを浮かべた。
「くく……はは……くはははははははっ!!いいぞ!この痛み!この高揚感!これこそが俺様の求めるものっ!最高だ!くはははははっ!!」
「な、なんだこいつ……!?ゾンビか何かか!?」
何事もなかったかのように立ち上がるテラを不気味に思ったのか、アゲハが顔を青ざめさせる。そして自分の攻撃があまり効いていないと悟ると、警戒したように剣を構える。テラはそんなアゲハの方にぐるりと首を向け、狂ったように笑う。
「くははっ、怖気づいたか?だが俺様はまだ満足していないんだ。もっと愉しもうぜぇ……?」
「ぐっ……やるしかねぇのか……!」
アゲハは剣を構え、ゆっくりと迫ってくるテラを迎え撃とうとする。二人の間に、緊迫した雰囲気が漂う中……アゲハの肩が、何者かに叩かれた。それと同時に、アゲハにとって聞き覚えのある声が聞こえる。
「——待たせたな、赤羽アゲハよ」
その声を聞いて、思わずアゲハは振り返る。そこに立っていたのは、緑の鎧に身を包んだ戦士——アカシアグリーンこと翠川マオだった。マオは傷だらけの身体もそのままに、真剣な表情でテラを見据えていた。
「——決着をつけに来たぞ、煌水晶種」
「て、てら……なんだって?」
「赤羽アゲハ……さっきは助かった。感謝するぞ。後は我に任せてくれ」
「お、おう……?」
ボロボロのマオを怪訝な表情で見ていたアゲハだったが、マオの纏う雰囲気に気圧され、素直に下がる。マオはアゲハの立っていた位置に歩みを進めると、腕輪の部品——銀色の装飾が施された緑の腕輪に手を掛ける。先程とは様子の違うマオを見て、テラはまた獰猛に笑う。
「くはははははっ……!赤いのが割り込んできたかと思えば、今度はお前か。全くお前達は、どれだけ俺様を悦ばせたら気が済む?」
「……安心しろ。これが最後だ。貴様はこの我が完膚なきまでに叩き潰す」
「やれるものなら——」
テラはそこまで言って、マオ目掛けて駆け出す。彼女は空中に飛び上がると、拳を大きく振り被って、一撃を繰り出す。
「——やってみろ!!」
「——≪聖鎧装着≫」
——ズバババーン!オーバーフロー!
テラの拳を受ける寸前。マオの鎧が銀色の光に包まれ、その姿が変わっていく。
——竜の爪や牙のように鋭い形状の緑の鎧が、銀色に輝く鱗に覆われていく。
——冠に銀色の装飾が施され、口元のマスクはどこかメタリックなものへと変わる。
——緑に染まっていた右の瞳は、白銀の色に染まる。
——メタル・ミスティック・ビリジオン!シルバーアカシアグリーン!
その姿はまるで機械仕掛けの竜。誰もがひれ伏す翠銀の魔王——シルバーアカシアグリーンと化したマオは、テラの攻撃をその鎧で受け止めた。防御性能の向上したその鎧は、マオの身体に傷一つつけない。
「何っ……!?」
「——≪翠竜戦斧・アーカーシャノヴァ≫!!」
一瞬だけ生じた隙——テラがマオの至近距離におり、無防備な状態となってしまったその時……マオは銀色の装飾が施された≪緑の戦斧≫を横に凪いだ。風を纏い、硬さを増して、格段に威力を増したその一撃が、テラの身体の傷をなぞる。尋常ではないその痛みに、テラは——生まれて初めて悲鳴をあげた。
「ぐがぁぁぁぁぁぁ!!?いっ、だぁぁぁぁぁ!?」
「——どうした、痛みを求めているのではなかったのか?」
その場で傷を押さえて蹲るテラを見下げ、マオは冷たい声色で嘲笑うようにそう言った。テラはあまりの痛みに顔をしかめながら、マオを見上げる。マオはここまで作戦通りに進んでいる事を実感し、不敵な笑みを浮かべた——
————
「——青宮リリス。その力を我に貸してほしい」
作戦があるとその場の全員に告げたマオは、リリスの腕輪を指差しながらそう言った。マオの狙いは勿論、銀色の装飾が施された白い腕輪のことである。
「……別に、構わないけど……それが、策?」
「ああ、そうだ。我はさらなる力を得て、正面から奴を倒す……そのためには、その腕輪が必要なのだ」
「珍しく知的な事言ったかと思えば、ただの脳筋戦法かいな……それやったら、うちか青宮さんがいけばいいんとちゃうの?」
レモンの呆れたような言葉を聞いて、マオは首を横に振る。彼女の瞳は真剣そのもので、他者を圧倒するような気迫を纏っていた。驚いたように自分を見る従者の姿を見ながら、マオは二人にこう言った。
「いや、我がやる。あの煌水晶種には、金と銀の腕輪の力しか通用しない。青宮リリスと桃橋サクラは奴と戦ったことがないだろう?我ならば奴の動きについていけるし、火力も十分だ。……あと、レモンは重傷を負ってるから普通に駄目」
最後に一瞬素に戻ってレモンの怪我を指摘すると、リリスとサクラは目を見開いてレモンを見た。
「え……!?木戸さん、怪我してるんですか……!?」
「まぁ、せやな。お医者さんによると、骨折れる直前までいっとるみたいやで。今も痛すぎて気ぃ狂いそうや」
「……なんで、平気な顔してるの……?」
サクラが顔を青くしてレモンを見ると、彼女はあっさりとマオの言った事を肯定した。リリスがドン引きした目でレモンを見ていたが、レモンは至って平気な様子で首を傾げるだけである。話題が逸れているのを察したのか、マオはわざとらしく咳払いをしながらこう言った。
「コホン、とにかくだ……奴は我が倒しに行く。奴を倒せるのは、我だけだ——」
≪——残念だけど、魔王さんじゃ煌水晶種を倒せないよ≫
真剣な雰囲気で言いかけたマオの言葉を、マッドが電話越しに遮る。マオは思わず「なんだと!?」と不満を口にするが、マッドはそれを意に返さず、冷静に告げる。
≪煌水晶種には死という概念がない。奴らを倒すには、殺さずに無力化するしかない……ということで、ボクから魔王さんにプレゼントだ≫
一転して明るい声でそう告げたマッド。それと同時に、マオの緑色の鎧の首元から何かが生成され、マオの手のひらの上に落ちる。それは、マオ達ゴシキジャーが着けているものに似ている、灰色の腕輪だった。
「これは……?」
≪それは煌水晶種を封じ込めておく事ができるアイテムだよ。あ、なんで転送できたかっていうと、スーツに付いている通信装置のおかげね。……まぁとにかく、それを使えば魔王さんの策とやらは成功するはずだよ≫
「マッド……何故そこまで?」
≪これが、ボクなりのお詫びだとでも思ってよ。これでも一応ボク、反省してるんだよ?≫
冗談めかしてそう言うマッドに、怪訝な表情を浮かべていたマオは……不敵に笑った。勿論、レモンを傷つけたマッドを許すつもりはマオにはないが……今回くらいは、信用してやってもいいかもしれない。そう、思ったのだ。
「フッ……いいだろう。この魔王の力を見せてやろうではないか」
≪応援してるよ、魔王さん≫
「よし……ならば、少し作戦を変更する。我の役目は先程言った通りだ。青宮リリスと桃橋サクラ……貴様らは、これを使え」
マッドの言葉を受けたマオは、手に持っていた灰色の腕輪をリリスに向かって投げた。リリスは驚きながらもそれを受け取り、マオの方を見る。
「我が奴に勝ったら、その腕輪で奴を封印するのだ。我が合図をする。頼むぞ、二人共」
「……ん、任された」
「わ、わかりました……!翠川さんも、お気をつけて……!」
笑みを浮かべるマオに同じく笑みを返すリリスとサクラ。そんな三人を見ながら、ふと、レモンは首を傾げながら呟いた。
「……あれ?うちは?うちの仕事はないん?」
「レモンは駄目だってば。これ以上無茶したらお父さんに言いつけるからね?」
「……はいはい。全く、過保護なお嬢様やわ……」
怒ったようなマオの視線を受け、レモンは肩をすくめながら主人に従うのだった——
————
先程の作戦についての話を思い出しながら、マオは笑みを潜め、テラを冷たい瞳で見下しながら、凄みのある声でこう告げた。
「……頭を垂れろ。誰を相手にしていると心得る。我は魔王。いずれ世界を支配する、絶対的な力を持った魔王……我が従者を傷つけた痛み、その身で味わえ」
「…………!」
そして、マオの纏うおびただしい量の殺気に、テラは顔を青くする。初めて感じる恐怖の感情に、テラは内心困惑していた。
(馬鹿、な……この俺様が、人間如きに、怯えているだと……?ありえない……!俺様は、煌水晶種——戦いを求める者なのだぞ……!?)
テラは身体を震わせながら、その場にへたり込んで後ずさる。彼女のうちには、もう痛みや戦いによる高揚感はない。あるのは、命の危機を感じたことによる、純粋な恐怖——そして、恐怖を感じている事に対する恐怖だけだった。眼前の敵が、自分が変えられたことが、怖くて仕方ない。
「……さて、終わらせるとしよう」
「や、止め……!」
「——≪翠竜戦斧・カタストロフバースト≫!!」
「——がっ……ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
怯えるテラに向かって、マオは緑に輝く戦斧を叩き込む。——戦斧に込められた力が解放され、テラを中心にして爆発した。
「かはっ……」
全身を焦がし、傷だらけとなったテラが虚ろな顔でその場に倒れ込む。爆発の衝撃を鎧で防いでいたマオは倒れたテラを一瞥すると、後ろに向かって叫ぶ。
「——桃橋サクラっ、青宮リリスっ!」
「は、はいぃ……!」
「任された……!」
「えっ、サクラ姉、リリス!?」
マオの後ろから突然現れたサクラとリリスに、それまで立ちぼうけだったアゲハが驚いた声をあげる。そんなアゲハを他所に、灰色の腕輪を持ったサクラがテラに駆け寄る。サクラは腕輪を持った手を振り被ると、テラに向かってそれをかざした。腕輪は紫の光を放つと、徐々にテラの身体を飲み込んでいく。
「うぅぅぅぅぅ……!」
「はぁぁぁぁぁ……!」
反発する腕輪を、サクラとリリスは必死に抑え込む。マオもそれに習って腕輪に手を添えて、腕輪の反発を防ぐ。——やがて、灰色の腕輪は紫に染まり、それと同時に、テラの姿が掻き消えた。
「消えた……!?」
「やった……!成功です!」
「ミッション、コンプリート……」
「——よくやったぞ、二人共。この魔王が褒めて使わす」
≪ふう、なんとかなったねぇ……こっちはヒヤヒヤしたよ≫
驚くアゲハそっちのけに、何やら成し遂げた雰囲気のサクラとリリスに、満足そうに頷くマオ。ついでにどこかホッとしたような声色のマッド……展開に全くついていけていないアゲハは、胡乱な表情を浮かべて首を傾げた。
「な、なんだったんだ……?」
アゲハの切ない呟きに、答える者は誰もいなかった——
————
「……なるほどな。だいたい分かった」
戦闘が終わった後。アゲハ達はレモンの病室に集まっていた。そこでマオから策について説明を受けたアゲハは、納得したように頷くと、手のひらの中にある黒い腕輪と白い腕輪を転がす。
「つまり、魔王はあの紫の怪物を倒すためにマッドの協力を受けていて、リリス達と力を合わせてあいつを封印した。で、レモンはあたしから腕輪を盗んであの怪物と戦っていたってことでいいのか?」
「ま、そういう事になるね。流石お姉ちゃん、馬鹿なのに理解力だけはあるよね」
「喧嘩売ってんのか」
今しがたアゲハに向かって褒めているのか馬鹿にしているのか分からない言葉を放った白髪の少女——マッドを睨むアゲハ。現在謹慎中である彼女が何故ここにいるかというと、アゲハへの説明をするためにマオがオトに許可をとって呼んだのである。マオは心底嫌そうにしていたが、律儀な性格の彼女はそこに私情を交えることはなかった。
「改めて……先程は助けてくれてありがとう、赤羽アゲハ。貴様……いや、貴殿がいなければ我は奴に敗れていただろう」
「気にすんなよ。あたし達は仲間だろ」
「……!」
アゲハが微笑みながらそう言うと、マオは驚いたように一瞬目を見開き——顔を赤くして、照れたかのようにそっぽを向く。
「か、勘違いをするな。仲間ではない。貴様は我の好敵手だからな!今のは好敵手としての感謝だ!」
「「仲間って言われちゃった!うれしいなぁ〜!でもわたしなんかが仲間なんて烏滸がましいよね……!」……ってところやな。ていうかお嬢様、病院で大きな声出したらあかんで」
マオの厨二病じみた発言を妙に上手い声真似で翻訳してみせるレモン。ベッドの上に寝転がる彼女は、簡素な寝間着に身を包んでいた。すぐ近くの壁には大きく「抜け出し厳禁」と書かれた紙が張り付けられている。レモンが病院を抜け出した事により、彼女は病院側から厳重注意を言い渡された。紙はマオが書いたものであり、彼女はレモンが退院するまでこの病院に通う事を決めた。アゲハ達がここにいるのも、レモンはこの部屋から緊急時以外出ることができないからである。閑話休題。
「……いつも思うんだけど、魔王さんって裏表の差が凄いよね」
「根がヘタレで臆病やからな。虚勢張らんとまともに話せへんのやろ」
「〜〜っ!〜〜〜〜っ!」
「み、翠川さん、落ち着いてください……!木戸さんは怪我人なんですよ……!」
マッドとレモンのひそひそ話を耳にしたのか、涙目でレモンに掴みかかろうとするマオをサクラが必死に羽交い締めにして制止する。マオはサクラの言葉を聞いてピタリと動きを止め……キッ、とレモンを睨むと、不機嫌そうにそっぽを向いた。
「あーあ、怒らせてもうたな」
「……レモンって、魔王の世話係なんだよな?なんでそんなに魔王への当たりが強いんだ?」
「お嬢様の趣味嗜好に合わせて——」
「レ・モ・ン……?」
「おっと、冗談や。……まぁ、気ぃ向いたら赤羽さんに教えたるわ。今言ったらお嬢様に叱られそうやからな」
マオの鋭い視線を受けたレモンは冗談めかした様子でそう言うと、ニコニコとわざとらしく笑顔を浮かべる。いつも通り飄々とした彼女を見ながら、ふと、アゲハはジト目になる。
「……そういや、お前はいつ、あたしから腕輪を盗んだんだ?あたしはずっと服のポケットに入れてたはずなんだが」
「赤羽さんが≪魔法少女シオン≫のイベントのステージに魅入ってる時やけど?」
「あの時か!?いやでも、服のポケットに手突っ込まれたら、流石に気づくだろ……!?」
「ふふ、うちは多才なボディーガードやさかい。もしよかったら、赤羽さんにうちのスキルを教えてあげよか?」
「いらんわ!」
思わず声を張り上げてしまい、アゲハはハッとして口を押さえた。病院の中で騒ぐのは厳禁である。不良生徒と呼ばれるアゲハにも、その程度の常識はあった。マオと同じようにレモンに胡乱げな視線を向けるアゲハを見ながら、それまで黙っていたリリスが口を開いた。
「……そういえば、あのイベント。魔王の会社が運営してたって、本当?」
「まぁ、そうやな。うちが怪我したのも、イベントの警備スタッフの仕事であの怪物に会ったからやし。一応告知とかにも翠川グループって書いてあるしな」
リリスの疑問に、そっぽを向いているマオに向かって律儀に答えるレモン。「怪我」という単語を聞いたマオが苦々しい顔でうめき声を上げていたが、レモンはそれを無視した。彼女もいつも主の揚げ足を取ってばかりではないのである。所謂気遣いというやつだ。
「凄いです……あんなに楽しいイベントを、翠川さんが運営していたなんて……」
「ああ。魔王って意外と凄いやつなんだな。あのイベントは今まであたしが行った中でも一番だったぞ」
「……!」
サクラとアゲハの素直な称賛に、そっぽを向いていたマオは目を見開き、何故か両手で口を押さえる。アゲハが不思議そうな表情を浮かべてマオを見ると、彼女の耳が真っ赤に染まっているのが見えた。同じくそれを見たリリスが、首を傾げながらこう言った。
「魔王、もしかして……照れてる?」
「……!?」
「あー……口元押さえてるのはそういうことか」
「お嬢様は感情が表に出やすいからな。ニヤけ面を見られたくないんやろ」
「〜〜っ!!〜〜〜っ!!」
「き、木戸さん、どうかそれくらいで……」
「魔王さんのそんな怒った顔、ボク、初めて見たよ……」
顔を真っ赤にしてレモンを睨むマオに、気の毒そうな視線を向けるサクラとマッド。——その後、しばらくマオは誰とも口を聞かず、病室のすみでそっぽを向き続けるのだった。
————
そろそろ遅くなるということで病院を後にしたアゲハは、サクラとマッド、そしてリリスと共に帰路についていた。マオはレモンの看病という名目で居残りを選択したため、こうして幼馴染組(一人を除く)で帰宅する事になったのである。
「……なんか、お前がこの面子にいるの、珍しいな」
「まぁ、そうだね。擬態してた時も、皆と一緒に帰ったりしなかったもんね」
アゲハがそう指摘すると、マッドは昔を懐かしむように——実際は二ヶ月程前の話なのだが——そう呟いた。
「ん。私が一緒にいたいのはアゲハ。マッドはお呼びじゃない」
「わ、私はそもそも、帰宅する時間が合いませんから……」
アゲハの腕にずっと抱きついているリリスがマッドの発言を肯定し、サクラが気まずそうにそう言った。かつてマッドをサグルとして接していたサクラとマッドの間には、いつの間にか溝ができているようだった。……リリスは前とあまり変わっていないが。気まずい雰囲気が漂っているのを察したアゲハは、とりあえず話題を変えることにした。
「……にしても、煌水晶種か……そいつらとも、これから戦うことになるのか?」
「いや、それはないよ。煌水晶種は遥か昔に住処の星が滅んでいるからね。今生きている煌水晶種は、こいつを含めて六体のはずだよ」
アゲハの疑問に、マッドは手のひらの上でテラが封じられた腕輪を転がしながらそう答える。それを聞いて、アゲハは安堵の息を吐きかけて——首を傾げた。
「……ん?待てよ?じゃあ残りの奴らと戦闘になるかもしれないってことじゃないのか?」
「それはありえないよ。だって他の五体も無力化されてるからね」
「なんでお前がそんな事知ってるんだ?……もしかして、そいつらの住処を滅ぼしたのって……」
「ち、違うよ。ボクはそんな事していないさ。煌水晶種の星が滅んだのは、戦いを好む彼らが好き勝手暴れ回ったせいらしいからね。だいたい、その頃にはまだボクは生まれてないから」
「……ずっと気になってたんだが……お前、一体いくつなんだ?」
「トップシークレットだよ、お姉ちゃん。まぁ、ボクは突然変異種の中でも若い方と言っておこうかな」
アゲハの言葉を受けて、マッドは自分の口に人差し指を当てて意味深に笑みを浮かべる。なんとなくイラッとしたアゲハだが、話が進まないので触れないことにした。触らぬ神に祟りなしとも言うし。
「で、なんでお前は煌水晶種についてそんなに詳しいんだよ」
「…………」
「な、なんだよ?なんであたしを指差すんだ?もしかして、あたしがその煌水晶種だって言うのか?」
「……違うと思うよ、アゲハちゃん……」
いきなりアゲハに向かって指を指してきたマッドに、アゲハは怪訝な顔になる。そしてサクラに勘違いを訂正され、少し罰の悪そうな顔になった。——その時、マッドの指す方向を目で追っていたリリスは、何かに気づいたというように目を見開き、動きを止めた。
「……もしかして、腕輪……?」
「お、正解だよリリスお姉ちゃん。実はその腕輪には、煌水晶種が封印してあるんだ。お姉ちゃん達はその力を使って、ゴシキジャーになってるってわけ」
「「「えっ」」」
——マッドから告げられた衝撃の事実に、アゲハ達の目が点になった。アゲハはリリスとサクラと同時に腕輪に視線を向けて……腹の底から叫びをあげた。
「——はぁぁぁぁぁぁ!?マッドてめぇ、なんつーもんを着けさせてたんだよ!?」
「大丈夫だよ。封印は簡単には解けないから」
「そういう、問題……?」
「ほ、本当に大丈夫なんですか……?」
マッドの胸倉を掴んで身体を持ち上げるアゲハに、マッドは冷静な言葉を投げかける。リリスとサクラが胡乱げな視線をマッドに向けるが、彼女はどこ吹く風である。
「まぁ、封印が解けても……あの紫色の煌水晶種みたいな事は起こらないよ。断言する」
「嘘じゃねぇだろうな……?」
「ボクはもうお姉ちゃん達に嘘をついたりしないよ。リリスお姉ちゃんもサクラ姉——コホン、サクラお姉ちゃんも、安心してほしいな」
「……なら、信じてあげてもいい」
「……わ、私も……信じます。マッドさんのことは苦手……ですけど。疑う理由も、ありませんから……」
マッドの言葉にそう返すリリスとサクラ。かつて騙し騙された関係だった彼女達の間には、今やそれなりの信頼は介在していたのだ。アゲハがマッドを改心させた……それによる部分も多いのだろうが。信じると言い切ったリリス達を見て、アゲハもマッドを疑うのは止めた。
「よし、お前の言葉を信じてやるよ。マッド」
「ありがとう、お姉ちゃん。もしその腕輪に問題が発生したりしたら、ボクが解決するから」
「その言葉、忘れるなよ?」
「うんうん、忘れんなよ〜?」
「……ん?」
今何か、見知らぬ声が割り込んできたような気がする。——どことなく蠱惑的な雰囲気を纏った、幼い声。この場の誰にも当てはまらない声が、一瞬だけ響いた気がする。思わずアゲハはリリス達のほうを見てこう尋ねる。
「今、何か言ったか?」
「何も、言ってない……マッドが返事したと、思った……」
「え?今の声、マッドさんじゃないの……?」
……どうやら二人にも声は聞こえていたらしい。確かにマッドに似た幼い声ではあるが、当の本人は無言で首を横に振っている。アゲハは怪訝に思いながら、首を傾げる。
「誰か、いるのか?」
「あらら、もしかして声聞こえてない?寂しいなぁ〜……ま、脳筋ちゃんはオツムが弱そうだもんねぇ〜」
「……!!」
今度はハッキリと聞こえた。この場にいる誰のものでもない、蠱惑的な少女の声。リリス達にも聞こえたのか、驚いたような表情を浮かべて辺りを見渡している。——すると、アゲハの着けている赤い腕輪が光を放ち、そこから影が飛び出してきた。
「……っ、誰だ!」
アゲハは反射的に腕輪に手を当てて、影の方に視線を向ける。すると、影が街灯に照らされて、その姿が明らかになる。……それを見て、マッドは驚きの声をあげた。
「なっ、あなたは……!」
——それは、赤髪の少女だった。アゲハ達の腰回り程しかない小柄で細い身体をしており、顔立ちは幼いが、かなり整っている部類だ。そして、とりわけ目を引くのが……赤い水晶のような瞳と、神秘的な赤い装束だった。
「あー、きつかった〜……回復にこんなに時間がかかるんだったら、先に言っといてよね〜?」
「ソード、さん……!?まさか、身体が復活したの……!?」
「当たり前でしょ?ソードは煌水晶種だよ?あれくらいの再生よゆーよゆー」
「煌水晶種……まさか、お前が……!」
アゲハが驚いたように声をあげると、ソードと呼ばれた少女はニヤニヤと笑みを浮かべる。彼女は口に手を当てながら、何故か身を捩らせると……静かに、爆弾を投下した。
「そうだよ~。ソードはソード。煌水晶種の生き残りの一人。はじめまして……ではないかな?ソードはずっとその腕輪の中にいたんだし〜」
——その事実を聞いたアゲハは目を見開くと、すぐさまマッドのほうを見てこう言った。
「お、おいマッド!封印は簡単に解けないんじゃなかったのかよ!?」
「そのはずだけど……まさか、ボクが今持っている煌水晶種に反応して……?いやでも、それだけであの封印が……?」
その場で何やらブツブツと呟き出したマッドから目を逸らすと、アゲハはソードに視線を向ける。アゲハは警戒したような様子を崩さずに、なおも腕輪に手を掛けている。
「あらら、怖いお顔〜。可愛くないなぁー。一応何ヶ月か一緒にいるのに、敵意マシマシ〜」
「……お前の企みはなんだ?」
「企みなんてないよ〜。脳筋ちゃんと戦う気はないから安心してよね〜」
「脳筋ちゃんって言うな!」
「ぷーくすくす。でも、脳筋ちゃんは脳筋ちゃんだからねぇ〜」
アゲハは額に青筋を立てながら、ソードを睨む。ソードは臆した様子もなく、その飄々とした態度を崩さない。リリスとサクラ、そしてマッドは、一触即発の雰囲気を感じ取りながら、二人の様子をじっと見ていた。すると、注目を集めていることを悟ったのか、ソードは意地の悪い笑みを浮かべながら……次なる爆弾を投下した。
「そこの黒髪ちゃんに、(自主規制)とか(自主規制)とかして、むちゃくちゃにしたあんたなんて、脳筋ちゃんで十分だよ〜」
——時が、止まった。それまでの不穏な空気は離散し、妙な沈黙だけが場を支配する。マッドとサクラは、アゲハ達の方に視線を向けて固まっていて、アゲハとリリスは目を点にして固まっていた。やがて、時は再び動き出し……アゲハとリリスの顔が同時に、林檎のように赤く染まる。そこで、ようやく事態を理解した二人は——
「「〜〜〜っ!?」」
その場で声にならない悲鳴を上げるのだった——
————
夕暮れ時の空に、そろそろ暗闇が差し掛かってきた頃……病院のベッドで寝転がっていたレモンは、眉間にしわを寄せながら未だ帰ろうとしない主人にこう言った。
「……お嬢様、ええ加減帰りや。外真っ暗の中で歩くのは危険やで」
「嫌だ。我は今日、ここに泊まる。ちゃんと許可だって取っているからな」
「阿呆なこと言っとらんで、はよ帰らんかい」
珍しくレモンの言葉に反抗するマオに、レモンは頭を抱えそうになった。というのも、二人は先ほどからずっとこのようなやり取りをしているのだが、一向にマオが家に帰らないのである。このままだと主人を真っ暗闇の中で帰らせるという危険極まりない事態に陥るので、レモンとしては早急に帰ってほしい。
「だいたい、何処で寝るつもりなん?」
「ほら、そこに椅子が一つ」
「阿呆なんか?主人を差し置いてうちにベッドで寝ろっちゅうんか?というか、服は?ご飯はどうすんねんな?」
「服は家から持ってきた。ご飯はさっきコンビニで買ってきたぞ」
マジかこいつ、とレモンは思った。世話係兼ボディーガードである自分が主人にコンビニ飯を食わせた挙句椅子で寝かせる?そんな事がマオの父親の耳にでも入ったら、レモンの首が飛んでしまうではないか。いや、そこまで酷い事態にはならないだろうが……ともかく。損でしかないお泊りを、レモンは断固として拒否する姿勢であった。
「お嬢様?見舞いはもう十分やから、はよ帰ってくれるか?真っ暗闇の道は怖いんやで?不審者に出会ったらどうする気なん?」
「ここにいれば安全だろう」
「でもほら、あんま病院に長居して、変な病気うつったらどうするん?」
「レモンの部屋にいればいい」
「いやでも、お医者さんや看護師さんに迷惑が」
「許可を取っていると我は言ったぞ」
「…………」
あの手この手で誘導するものの、マオはのらりくらりとそれを躱してくる。普段妄想ばっかりしてボーッとしてるくせに、こういう時だけ頭の回転が早い。なんだかレモンは頭が痛くなってきて、思わず手で頭を押さえながらこう言った。
「はぁ……あのな、お嬢様。うちの事が心配っていうのは分かったけど、うちがお嬢様を椅子の上で寝かせたって知られたら、旦那様に叱られるやろ。他の患者さんにも迷惑や。いくらお医者さんが許したとて、うちは許すわけにはいかんのや」
「…………!」
「だから、暗くなる前にはよ帰って——」
「レモン」
マオは顔を俯かせながらレモンの言葉を遮る。マオはそのままレモンの近くにある椅子に腰掛けると、レモンの手のひらを握った。レモンはマオの行動が予想外だったのか、呆気に取られた様子で呟く。
「……お嬢様?」
レモンは首だけをマオに向け、俯いた顔を覗き込む。……すると、マオは今にも泣きそうな弱々しい表情をして、レモンの手のひらを見つめていた。いつもとは違う主人の様子に、レモンは押し黙る。……しばらくの沈黙の後、マオは素の口調で喋り始めた。
「……レモンの手、大きいね」
「は?」
「わたしより筋肉があって、ちょっと固くて……背丈だって、昔はわたしの方が大きかったのに、すぐに追い越されちゃった」
突然昔を懐かしみ始めたマオを見て、レモンは困惑の声を上げるだけである。マオはレモンの手を割れ物を扱うかのように優しく撫でる。その声は、若干震えていた。
「……この手で、あなたはずっとわたしを守ってくれた。不審者からも、次期社長の座を狙う人からも……レモンはいつだって、わたしを守ってくれたよね」
「…………」
「でも、その度にレモンが危険な目に遭って……怪我して、倒れて……意識がっ、戻らなく、なったり、してっ……」
マオはレモンの手を自分の手で包んだまま、嗚咽を漏らした。数滴の雫がレモンの手のひらに落ちてきて、その冷たさに驚く。主人の手のひらに包まれているはずなのに、手が冷たい。……そんな状況の中、レモンは一つだけ理解したことがある。
——これは、良くない状況だと。何故かレモンは、自分の背筋に冷や汗が流れるのを感じた。動揺を隠しながら、レモンは主人の名前を呼ぶ。
「……マオ様?」
「——レモン。この我が、貴様に命令を下す」
マオはレモンに名前を呼ばれたことにも気が付かない。嗚咽を抑え、いつもの厨二病口調に戻り、顔を俯かせたまま……底なしに低い声で、レモンにこう告げた。
「……貴様は本日付けで、世話係兼ボディーガードをクビにする。今後は普通の女子高生として生きるがいい——」




