第三十一話 バイオレンス・テラ・クリスタル
——人の悲鳴が飛び交う街中で、紫に輝く禍々しい剣が、突然変異種を次々と切り裂いている。無差別に人に襲いかかる突然変異種と、自身から注意を逸らした突然変異種を問答無用でたたっ斬る紫の剣——テラ。はたから見ると、人々を守る謎の剣のように思えるのだが、彼女はただ戦いを求めているだけの煌水晶種である事を忘れてはならない。彼女にとっては、人間など取るに足らない弱者でしかないのだ。
≪ぬるい!ぬるいぞ!突然変異種はやはりこの程度か!もっと俺様を愉しませてみせろ!≫
ひとりでに動く紫の剣が、突然変異種を次々と切り裂いていく。テラは高笑いをあげながら、逃げ惑う突然変異種を追いかけていく。
「——全員、撤退だ!個体番号十六番が命ずる!我らの目的はゴシキジャーだ!無意味に消耗するわけにはいかない!」
白い岩のようなもので構成された身体の突然変異種が、周りの仲間にそう呼びかける。十六番の言葉に従い、他の突然変異種はテラに背を向けて——
≪くはははははっ!逃さん、逃さんぞ!お前らは俺様を悦ばせる玩具だ!——戦え、戦え、戦えぇっ!≫
——文字通り凶刃と化したテラによって、完膚なきまでに細切れにされた。
「私の部下ぁぁ——!」
一体残った十六番は悲痛な叫びをあげて、その場に崩れ落ちた。殲滅された仲間の事を嘆きながら、十六番はテラの方に向き直る。テラはふよふよと宙を漂い、刀身からオーラを放ちながら十六番の方に迫っていた。
「ひいっ……!や、止めてくれ……!」
≪戦え……俺様と戦え……!≫
十六番は完全に戦意を喪失していたが、戦いへの渇望に呑まれたテラにはそれを察することは出来ない。彼女はたちまち姿を異形の少女へと変えると、瞳孔を開いたまま拳を構えた。
「戦えぇぇぇぇぇぇ!!」
「や、やめっ——ガハッ!?」
大きく振り被ったテラの拳は、いとも容易く十六番の身体を貫いた。身体の中心に風穴を開けられた十六番は吹き飛びながら、宙で爆発した。テラは拳を振り回しながら、高笑いをあげた。
「くはははははっ!また俺様の勝ちだな!次の相手はどこだぁ……?もっと俺様を愉しませてくれよぉ……!?」
白目と黒目が入れ替わった瞳が街中を見渡すが、テラの周りには既に人っ子一人いなかった。突然変異種の気配もせず、テラの相手となるものはもういない。
「チッ……つまらん!つまらんぞ!この前の黄色い奴みたいな、俺様を愉しませてくれる奴はいないのかぁ!?赤でも、青でも、ピンクでもいいぞ!誰でもいいから、俺様と戦えぇぇぇぇ!」
「——ならば、我が相手をしよう」
——その叫び声が響くと同時に、テラの前に一人の少女が現れた。綺羅びやかな長い金髪に、引き込まれるような蒼い瞳——翠川マオが、スマホ片手にテラを睨んでいた。マオの存在に気づいたテラは、グルリと首を向ける。
「——なんだぁ?随分と弱そうな奴が出てきたなぁ?」
「黄色いの……貴様が、我の従者に怪我を負わせた者か」
「ああ?お前、もしかして黄色い奴の知り合いか?ならあいつを呼んでこい。もう一回あいつと戦いたいんだ。俺様の同胞を使いこなすあいつと——」
「——≪聖鎧装着≫」
——ミスティック・ビリジオン!アカシアグリーン!
テラが言い終わるよりも前に、マオは腕輪の部品を回して≪聖鎧装着≫する。深淵を支配する緑の魔王——アカシアグリーンが≪緑の戦斧≫を構えて、テラに襲いかかる。
「はぁぁぁぁ!!」
「——っ!?お前、どこから武器を……!?」
マオの戦斧を受け止めたテラは、驚愕に目を見開いてそう呟く。マオはテラの問いには答えず、怒りの籠もった瞳をテラに向ける。感情のままに戦斧を振るい、テラはそれを軽々と躱していく。
「貴様がっ!我の従者を!レモンをっ!絶対に許さない!」
「……ほう。緑……なるほどな、お前もその力を使うのか。面白い!」
ようやくマオを瞳に据えたテラは、拳を構えて目を輝かせる。煌水晶種が求めるのは戦いのみ。目の前の金髪碧眼の少女は、テラが認める強者となったのだ。
「——≪粉砕・ジェノサイドブレイク≫!」
地を砕く戦斧の一撃が、テラに襲いかかる。テラは再び拳で戦斧を受け止めるが……マオの一撃は凄まじく、テラの立つアスファルトの地面にヒビが入った。
「くく……はは……くはははははっ!なんという威力!なんという怒り!面白い、実に面白いぞ、緑の……!」
テラは衝撃を受け流す事が出来ないことを悟ったのか、受け止めていた拳を下げる。——戦斧の一撃をまともに喰らったテラは、自分の身体に戦斧を喰い込ませる。それだけで、マオの動きが止まった。テラの身体に喰い込んだ≪緑の戦斧≫が、ピクリとも動かなくなったのだ。
「……貴様、何をした!」
「知らないのか?戦いは己の全てを賭して挑むもの……つまり、俺様の身体すらも、俺様の盾となる!」
「——ぐぁっ!」
テラは据わった瞳でそう叫ぶと、マオを蹴り飛ばす。地を転がるマオを見て、テラは笑みを浮かべながら己の身体に突き刺さる戦斧を引き抜いた。そして、彼女の身体はパズルを組み替えるかのように再生した。異様な光景を目にしながら、マオはなおも怒りの籠もった声で叫ぶ。
「化け物、め……我の戦斧を返せ……!」
「ふむ……これが……おい、聞こえるか、緑の?まさか感覚全てがイカれたわけではあるまい?ほら、返事をしてみろ」
マオの叫びも意に返さず、テラは何故か≪緑の戦斧≫に話しかけている。マオはそれを挑発と受け取ったのか、顔を歪めてテラの元へと走った。
「——はぁぁぁぁ!」
「おっと」
テラはマオの拳をいとも容易く受け止めた。片手で戦斧を持ちながら、テラの瞳は再びマオを捕らえた。
「すまんすまん、お前の事を忘れていた。俺様らしくもない……なっ!」
「あがっ……!?」
テラはマオの拳を片手で掴みながら、背負い投げでもするかのようにマオを地面に叩きつけた。思いっきり背中に衝撃を受けたマオは、肺の空気を圧迫されて噎せる。
「軽いな。こいつの方が重いぞ」
「ぐっ……!≪緑の戦斧≫を返せ……!」
「構わんぞ。ほらよ」
マオが地に伏せながら目の前の化け物にそう言うと、テラはあっさりとマオの近くに戦斧を放り投げた。マオは這いずりながらそれを掴むと、戦斧を支えにしてよろよろと立ち上がった。
「いいぞ、それでいい。それこそ俺様の望む戦士の姿だ」
「……減らず口を……!我は、絶対に貴様を倒す……!」
「立ち向かうか。ますます俺様好みになっていくなぁ。もっと、あの黄色い奴みたいに、俺様を愉しませてくれ……!」
「……っ……貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」
怒りを爆発させたマオは、身体中から無理やり力を引き出して戦斧を構え、テラの元へと向かっていった。
————
——放課後。教室に残ったアゲハは、リリスと一緒に試験勉強に勤しんでいた。忘れられているかもしれないが、アゲハはほぼ全ての授業を寝て過ごしている不良生徒なのだ。高校一年の頃、試験が終わった後の一ヶ月は補習を受けていたのは記憶に新しい。
「……アゲハ、そこ間違ってる」
「え、マジか?」
「この証明問題は、定義域の設定が必要。アゲハの答えだと式が成り立たなくなる」
「ていぎ……何だって?」
「つまり、xの範囲を決めてyの取りうる値を——」
アゲハが行き詰まる度に、リリスは詳しくなおかつ分かりやすく解説してくれる。流石は成績優秀な学級委員長といったところだろうか。その実力は伊達ではない。
「なるほど……じゃあ、こうすればいいのか?」
「……うん、完璧。流石アゲハ」
「いや、リリスの教え方が上手いんだよ。おかげで数学はなんとかなりそうだ」
「私は、大したことしてない。アゲハののみ込みが早いだけ」
そう謙遜して微笑むリリス。しかし、アゲハはリリスが自分を過大評価している事を理解している。授業を寝て過ごしてばかりのアゲハの学力は、お世辞でも良いとは言えないレベルだ。唯一国語だけはどうにかなっているが、他の科目に関しては「何が分からないのか分からない」というレベルだった。しかしリリスの教えによって、アゲハは自分でも驚くほどに成長しているのを感じていた。まぁ、まだ完璧とは言い難いのだが。そんな事を考えていると、ふと、リリスが首を傾げながらこう言ってきた。
「……ねぇ、アゲハ。気になることがある」
「ん、どうした?」
「何で、いきなり「勉強を見てほしい」って言ってきたの?」
「あー……」
リリスの疑問を受けて、アゲハは気まずそうに視線を逸らした。リリスの疑問は最もだろう。アゲハは勉強があまり好きではないし、やる気もない。いきなり「勉強を見てほしい」だなんて、不自然極まりないだろう。だが、アゲハにはそれでも勉強する理由があった。彼女は若干頬を赤らめながら、その理由を告げる。
「……そろそろ夏休みだろ。補習ばっかりじゃリリスと遊べないしな」
「……!?アゲハ、それって……!」
「……ああ」
同じく頬を赤らめたリリスに、アゲハは頬をかきながら頷いた。リリスの目にハートが浮かび、彼女は胸を押さえながら悶え始める。
「ふふ……嬉しい……アゲハ、私と一緒に夏休みを過ごしたいんだ……」
「……ま、そういうことだ」
「ふふふふふ……なら、任せてほしい。私がアゲハをさらなる高みへと導いてみせる」
「おお、そいつは頼もしいな」
リリスの頼りになる発言にアゲハは笑みを浮かべてそう返す。リリスはその言葉でさらにやる気になったのか、何処か怪しげな笑みを溢していた。そうやって、しばらく互いに笑みを浮かべていると——突然、教室のドアが勢いよく開かれた。
「——アゲハちゃん!リリスちゃん!」
聞き覚えのある声と扉が開く音で、二人はそれまでの良い雰囲気を離散させ、ギョッとした様子で扉の方を見た。そこには、何処か切羽詰まった様子の黒髪の女性——サクラの姿があった。サクラは息を切らしながら、スマホ片手に二人の元に駆け寄る。
「ど、どうしたんだサクラ姉?」
「……サクラ姉、タイミング悪い。今、良い雰囲気だったのに……」
「はわっ!?ご、ごめんね……!でも、どうしても二人に伝えないといけないことがあって……!」
リリスの睨みに怯えながらも、サクラは焦った様子で目を白黒とさせている。アゲハは席を立ってリリスとサクラの間に割って入り、サクラをなだめながら尋ねる。
「落ち着いてくれ、サクラ姉。伝えないといけないことってのは、一体何なんだ?」
「えっと、えっと……さっき、マッドさんから連絡があって……」
「……マッドから?あいつに何かあったのか?」
アゲハは首を傾げてそう言うが、サクラは首を横に振って否定する。サクラは少し深呼吸をして自身を落ち着かせ、真剣な瞳で二人にこう告げた。
「——翠川さんが危ないって……!翠川さんが、今一人で戦ってるって……!」
その言葉を聞いて、アゲハとリリスは目を見開いて驚くのだった——
————
——同刻、テラと戦っている翠川マオ——
「くはははっ、どうした、緑の!随分と動きが鈍くなっているぞ!」
「くっ……」
テラに向かって何度も戦斧を振るうマオ。しかし、マオの戦斧がテラを捉える事はなく、テラはそれを軽々と躱している。マオに蓄積されたダメージが、彼女の身体の動きを鈍らせているのだ。
「侮るな……!我は、貴様を……倒す!」
「残念だが、それは——無謀というものだ」
テラがそう言うと同時に、マオの視界がぐらりと揺れる。加えて、腹部に強い痛みが走った。——自分が蹴飛ばされた事をマオが理解したのは、彼女の視界に青い空が広がった時だった。
「ぐうっ……」
「どうだ?そろそろ負けを認める気になったか?」
「っ……誰、が……!」
「くははははっ……!ならば、戦いを続けるとしよう。どちらかが倒れるまでが戦いだからな……!」
テラは獰猛な笑みを浮かべ、マオにとどめを刺そうと拳を振りかぶる。何度も叩きのめされたそれを見て、マオの心の内に諦観が広がっていく。
(……無理だよ……やっぱり、勝てっこないよ……)
マオは悔しさで拳を握り、目尻に涙を浮かばせる。レモンを打ち負かした存在……即ちマオよりも圧倒的な力を持つ敵。——そんな奴に、わたしが勝てる道理はない——マオはそう思った。
(……レモン、ごめんね……わたし、情けない主だ……レモンを傷つけたこいつに、傷一つつけられない……)
次いでマオに込み上げて来たのは、レモンに対する申し訳なさと、自分自身への無力感。自分の大切な従者の仇すら取ってやれない……その事実が、悔しくてたまらなかった。
「——くらえぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「……ごめん、レモン……っ」
直ぐ側まで迫ったテラの拳を目にして、マオは瞳をゆっくりと閉じた。——世界が、とてもゆっくりになったように思えた。自分はこのまま負けて、命を奪われるかもしれない……そう思うと、無性に怖くなった。マオは数秒先の未来を思い浮かべ、ぎゅっと拳を握った。テラの拳が、マオに襲いかかる——
「——≪流星弓・スターマインエッジ≫!」
——その時、火花が散る音が聞こえた。それと同時に聞こえたのは……マオにとって、とても馴染み深い声だった。マオは思わず瞳を開けて、目の前の光景を見た。……そこに立っていた人物を見て、マオの目尻から涙が溢れた。
「はぁっ、はぁっ……なに勝手に死にかけてんねん、お嬢様……?」
「レモ、ン……?」
マオの前に立っていたのは、黄色い和風の装束の上に金色の鎧を身に纏った戦士——ゴールドランドイエローに≪聖鎧装着≫したレモンだった。しかし普段の姿と異なるのは、彼女のトレードマークであるツインテールが解かれていることだった。煌めく黄色い髪をストレートにしたレモンは、息を切らしながらマオの方を見ていた。
「なんで……?なんでレモンが、ここに……?」
「それはこっちの台詞や……お嬢様見つけるの、結構苦労したんやで?マッドのサポートが無かったらどうなってたことか……想像するのも恐ろしいわ」
「マッドが……?」
マオが思い浮かべるのは、テラの居所を探していた時の記憶。マオが敵の正体と場所を教えてもらった所で、彼女はマッドとの連絡を絶った。おそらくそれを不審に思ったマッドが、レモンに連絡を取ったのだろう。マオはそう脳内で片付け、痛む身体に鞭打ちながら、身体を起こして立ち上がる。
「レモン……怪我は……?」
「まだ治りかけやけど。というか、怪我ならお嬢様の方が酷いやろ。今もフラフラしとるし」
「……そ、そうかもしれないけど……でも、レモンだって、昨日まで入院してたでしょ……?」
「まぁ、せやな。まだ殴られたとこが痛むし、多分≪聖鎧装着≫解いたら倒れてまうな。病院も勝手に抜け出してしもうたから、後で旦那様に叱られるやろなぁ……」
「……!?何やってるの!?だったら、安静にしてないと駄目でしょ!?またレモンが倒れたりしたら、わたし——」
「阿呆」
「痛っ!?」
マオの言葉を遮り、レモンは主人の額にデコピンをかました。結構な痛みだったのか、マオは涙目で額を押さえている。いつも通りの情けない主人の姿を見ながら、レモンは何処かニヒルな笑みを浮かべてこう言った。
「うちはお嬢様のボディーガードやからな。身体の動く限りお嬢様を守るのが仕事や。ここでお嬢様見捨てたら、それこそ旦那様に叱られてまうわ」
「レモン……」
「……それでもうちに安静にしてほしいって言うんなら、せいぜい自分のことくらい自分でなんとかしいや。——マオ様?」
——その言葉を聞いた瞬間、マオの瞳から再び涙が溢れた。レモンとマオは幼少期からの付き合いだが、今までレモンがマオの名前を呼ぶことはなかったのだ。彼女はその性格上、余程信頼を置いた人間しか名前で呼ぶことはない。だから、レモンから名前を呼ばれた時——マオは彼女との距離が、グッと縮まったのを感じた。二人の間に、何処か穏やかな雰囲気が流れる中……そこに、割って入る影があった。
「——感動の再会は済んだか?」
聞こえてきた声に、レモンとマオは振り向く。そこにいたのは勿論、不敵な笑みを浮かべているテラだ。彼女は先程のレモンの攻撃を受けたのか、身体の一部が少し焦げていた。
「くははははっ!また会ったな、黄色いの……!お前とまた戦えるのを、俺様は待ち望んでいたぞ!」
「うちは待ち望んでないわぁ……あんた、うちのストーカーなん?ストーカーは古賀さんだけで十分なんやけど」
「それは残念だ。ストーカーというのはよく分からぬが……お前は俺様と同じく戦いを求める者だと思っていたのだがなぁ」
「勝手にうちを戦闘狂にせんといて。そういうのはうちのお嬢様だけで十分やから」
「!?ちょっとレモン、わたしは戦闘狂じゃないよ!?」
「一人でボロボロになるまでストーカーと戦ってる人間が、戦闘狂じゃなかったらなんやねん」
「ううっ……!そ、それは……」
マオは身体の傷を隠しながら、気まずそうに視線を逸らす。相変わらず口論にめっぽう弱い主人の姿を見て、レモンはクスリと笑った。レモンはマオの背後に立つと、その小さな背中を軽く叩いた。
「……ほら、あいつを倒すんやろ。しゃんとしい」
「……!——ああ、勿論だ!煌水晶種よ!我に刮目せよ!」
きょとんとしているテラを指さし、マオはレモンを庇うように堂々と立って、ポーズを決める。そして、不敵な笑みを浮かべながら、鈴を鳴らすような声でこう告げた。
「我はゴシキジャー最古参の戦士にして、数多の従者を束ねる緑の魔王!何度負けようと、何度弱音を吐こうと、決して諦めない不屈の魔王!——アカシアグリーン、翠川マオだ!我が覇道の礎となるがいい!」
マオは戦斧を構え、レモンと共にテラの元へ駆け出した——!
————
マッドの伝言を聞いたアゲハとリリスは、サクラと共に街中を駆けていた。言わずもがな、マオを探すためである。
「おい、マッド!本当にこっちで合ってんのか!?」
≪そのはずだよ、お姉ちゃん。魔王さんがワープでもしてなければの話だけどね≫
アゲハは携帯越しにマッドに尋ね、マッドは冷静に答えを返す。伝言を聞いた後、アゲハは詳しい事情を聞くためにマッドに電話を掛けた。その際に「ボクが謹慎中なの忘れてない?」と言われた気もするがアゲハは無視した。
「ま、待ってぇ……アゲハちゃん、リリスちゃん……!」
「サクラ姉、ふざけてる場合じゃない。事態は刻一刻を争う」
「ふざけてないよぉ……!これでも全速力、でっ……!」
走るアゲハの後ろから、リリスとサクラのそんな会話が聞こえてくる。運動神経があまり良い方ではないサクラは、フィジカル最強のアゲハと文武両道なリリスの走るスピードに追いつくことが出来ないのだ。
「……分かった。なら、私が≪聖鎧装着≫してサクラ姉を運ぶ」
「ええ……!?む、無茶だよリリスちゃん……!私、自分で言うのもなんだけど、結構重いよ……!?」
「安心してほしい。こう見えて、いつかアゲハをお姫様抱っこできるように鍛えてるから」
「え……リリスちゃんが、抱える側なの?」
——そこじゃねぇだろ。
もしアゲハが二人の話を聞いていたならば、そうツッコんだだろう。しかし悲しいかな、アゲハはマオの捜索に神経のリソースを注いでいるため、そのボケ(?)が拾われることはなかった。そんな二人を他所に、アゲハの携帯越しにマッドの大きな声が響き渡る。
≪——この先だよ、お姉ちゃん!魔王さんはその先だ!≫
「分かった!待ってろよ、魔王……!」
仲間のピンチと聞いて居ても立ってもいられなくなったアゲハは、足早にマッドの示した方向へと向かう。アゲハの視界に、若干マオの姿が写ったその時——アゲハの足元で火花が散った。
「……っ!?誰だ!」
「——十六番の連絡が途絶えたから来てみれば……まさか、貴様がここにいるとはな。フレアレッド」
その場から飛び退いたアゲハが叫ぶと同時に、何処か聞き覚えのある声が聞こえてくる。一瞬の沈黙の後、アゲハの前にローブを纏った黒髪の少年——九番が現れた。
「てめぇは……!?なんでここにいる!」
「それはこちらの台詞だ。もしや、貴様が十六番を殺したのか?……まぁいい。奴も貴様を呼び出す餌にはなったということか」
「餌?何を言って……」
「——アゲハ!」
アゲハが首を傾げていると、後ろから凛とした声が聞こえた。振り返ると、サクラを抱えたリリスが、こちらに向かって走ってきていた。リリスがアゲハの元に辿り着くと、アゲハは目を見開きながら疑問を口にした。
「は……!?リリスお前、何してんだ……!?」
「……?サクラ姉を運んできた。あのままだと追いつかなかったから」
「ふぇぇ……」
目を回しているサクラを優しく下ろしながら、疑問に答えたリリスは≪聖鎧装着≫を解いた。次いで、リリスは得意げに豊かな胸を張る。
「私、アゲハの助けになれるように頑張った。だから褒めて欲しい」
「え?あー……よく頑張ったな?」
「!……ふふ……嬉しい」
アゲハの戸惑いの感情が込められた棒読みの台詞を聞いて、リリスは本心から嬉しそうに喜んだ。未だ目を回している様子のサクラにとってはとんだ災難ではあるが。——そんな三人の様子を無表情で見ていた九番は、感情の乗っていない平坦な声でこう言った。
「ふむ……フレアレッドだけでなく、マリンブルーにラブピンクまで……まさかこんな場所で相まみえるとは、数奇なものだ」
「……!九番……こいつが、魔王を襲ってたの……?」
「ふぇ……?一体何の話ですか……?というかこの声、聞き覚えのあるような……——って、サグル君!?」
九番を見て眉をひそめるリリスと、目が回っているのも忘れて驚くサクラ。サグル、という名前を聞いたせいか、九番は嫌そうに顔をしかめた。
「……またその名前か。私は赤羽サグルではない。個体番号九番だ。私をその耳障りな名前で呼ぶな」
「ええ……!?でも、どこからどう見ても……」
「サクラ姉。あいつの言ってることは本当だ。あいつもマッドと同じ偽物なんだよ」
「に、偽物……?た、確かにちょっとサグル君とは違うかも……?雰囲気とか、喋り方とか……」
「……そのあたりは、また今度説明するよ」
アゲハはサクラに向かってそう言うと、九番の方に向き直る。九番は感情のない瞳で三人を一瞥すると、ローブの右袖をめくり、マッドホワイトの白い腕輪を露わにした。
「……王の侵略の足がかりとして、貴様らを抹殺する。——≪聖鎧装着≫」
——ズバババーン!
——マッドネス・ホワイトアウト……!マッドホワイト……2……!
地を這うような低い声が響き、九番の全身が白い鎧に包まれる。鎧の中心には黒い十字が刻まれ、兜には赤い紋様が現れていた。九番は巨大な銃剣を構え、臨戦態勢となる。それを見て、アゲハは二人に向かって叫んだ。
「あたし達もやるぞ!こいつを倒して魔王のとこに行く!」
「ん、了解……!」
「状況があんまり理解できてないけど……分かったよ!」
三人はそれぞれの腕輪の部品に手を掛けて、それを回転させる。
「「「——≪聖鎧装着≫!!」」」
——ズバババーン!
——レッド・フレイム!フレアレッド!
——コバルト・オーシャン!マリンブルー!
——チャーミング・ピンク!ラブピンク!
三人はそれぞれの鎧に身を包み、武器を構える。——こうして、マオの元にたどり着くための戦いが始まるのだった。




