第二十八話 青い海が映す心
――私がアゲハに出会うまでの人生は、実に無意味なものだったと今になって思う。共働きの両親は仕事で家を空けることが多く、私とのコミュニケーションも最低限。「おはよう」とか「ご飯食べた?」というのを一言聞ければまだマシな方。酷い時は、一言も口を聞かない事もあった。暴力を振るわれることも、理不尽に怒鳴られることもない。ただ、会話がないだけ。
「ママ、今日学校で――」
「……ごめんなさい、今はちょっと忙しいの」
母に話しかけても、「忙しい」の一言で返されて。
「パパ、今日学校で――」
「……すまない、後にしてくれ」
父に話しかけても、気まずそうに顔を逸らされて。そんな二人と過ごしているうちに、何時しか、私から両親に話しかけることは無くなっていた。どんな事も、必要最低限。それが私達の「普通」だった。
「――あたし、アゲハっていうんだ!おまえは?」
「……青宮、リリス」
「リリスっていうのか!これからよろしくな!」
そんな折に出会ったのが、アゲハ。小学校の時にたまたま隣の席になったのがきっかけだ。気さくで親しみやすく、虫取り少年のような活発さを持っていたアゲハの事を、私は「変わった人」と評価していた。当時の私はかなり内気で、人とまともに関わることがなかったのだ。そのせいか、クラスメイトからはなんとなく避けられ、学校でも私はひとりぼっちだった。だから、アゲハがそんな私に話しかけてきたのが不思議だったのだ。
「リリス、おにごっこしようぜ!あたしがおにな!」
「……おそと、いくの?」
「ん?おにごっこはそとじゃないとできないぞ?」
「わたし……そと、にがて」
当時の私は、外に出るのが苦手だった。というのも、あまり外に出ることがなかったからだ。親の仕事が忙しいせいで旅行なんて行ったこともないし、祖父母と顔を合わせるのもリモートだった。学校に行くことは出来るが、外の世界というのは私にとって未知のものだ。それに触れるのが怖くて、私はアゲハの誘いを断った。――けど、アゲハはそんな私のことなどお構いなしに、私を外に連れ出した。
「そんなこといわずに、いっしょにあそぼうぜ!おにごっこはたのしいぞ!」
「え、ちょっ……」
私は無理矢理外の世界に連れて行かれた。――でも、そこで見たのは自分の想像していた景色よりも、遥かに綺麗なものだった。下を向いてばかりだった私が見ることの出来なかった青い空に、青々と茂った芝生に、風に揺れる木々。今まで遠ざけていたものが、私の視界に彩りを与えていた。同時に、私の心に何か暖かい火が灯った気がした。
「きれい……」
「よーし、じゃあ十かぞえるから、リリスはにげるんだぞ!あたしがつかまえてやる!」
「わ、わかった……!にげる……!」
……その後、私達はおにごっこを楽しんだ。息を切らしながら走り回って、たくさん笑って、もみくちゃになったりして――私はその時の事を、一生忘れない。だって、アゲハが私の人生に彩りを与えた出来事なんだから。
――――
――見覚えのある天井の下で、リリスは目を覚ました。リリスが朧気に目を開けると、その光景はより鮮明になっていく。
(……あれ、ここ……アゲハの、家……?)
見覚えのある――恋人の家の天井を見て、リリスは首を傾げる。窓の方に目を向けると、雲一つない青空が見える。
(え……?私、寝てた……?ということは、お泊り、したってこと……?)
確か自分が昨日アゲハの家に来た時、空は既に真っ暗だったはず。それからオトに九番――マッドホワイトの事を報告して、マッドに九番についての話を聞いて……それから……えっと……
(…………!!!!!)
昨日の記憶を順に掘り起こしていったリリスは突然、目を見開いて、顔を真っ赤に染めた。昨日のアレの光景が、リリスの脳内で鮮明に再生されたからだ。
(わ、私……アゲハと……!?あんなことやそんなことを!?)
顔を真っ赤にしたまま、自分はアゲハを受け入れて、人にはとても見せられないような姿を晒して……乱暴にされるのも悪くないとか思いながら、アゲハの(自主規制)に――
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!??」
一度思い出してしまうと、とめどなくその時の光景が頭の中に流れ込んでくる。リリスは声にならない悲鳴をあげながら、自分の顔を両手で覆った。
(い、淫乱……破廉恥っ……!)
半ば自分に向かって向けられた言葉。心の奥底から羞恥心が湧いてきて、リリスはポカポカとベッドを叩く。何かしらで発散しないと、羞恥心でオーバーヒートしそうだったのだ。
――そうしてアゲハのベッドを叩いて三十分程。少し冷静になったリリスはふと、自分の身体を見下ろす。
「これ……アゲハの服……」
リリスが着ていたのは、アゲハのジャージだった。次いで床に視線を向けると、キチンと畳まれたリリスの制服が置かれていた。――その時、リリスに電流が走る。
(……えっ。私、今……アゲハの服を着てる……?それってつまり……アゲハの温もりに包まれてるってこと……?)
カムバック、変態的思考。途端に真剣な表情になったリリスは、ジャージの袖を顔に当てて、匂いを嗅ぐ。すると、リリスの身体がビクッと震えた。
「ん……最高……」
別の意味で人様に見せられない姿を晒しているリリス。好きな人の香りと温もりに包まれるというのは、なんと幸せなことだろうか。そんなことを思いながら、アゲハのジャージを堪能していると……部屋の扉が、ガチャリと音を立てて開いた。
「リリスー、起きてるか――って、え?」
「あっ」
ジャージの匂いを嗅いでいたリリスは、部屋に入ってきた同じくジャージ姿のアゲハと視線が合う。……アゲハはリリスが自分のジャージに顔を埋めているのを見て……瞬時に、リリスがしていた事を理解した。
「……ふーん?」
アゲハはニヤニヤとした笑みを浮かべながら、リリスの座るベッドに腰掛ける。いつもとは少し違う恋人の様子に、リリスは何故か頬が上気するのを感じた。アゲハはそのままリリスの耳元に顔を寄せると、少しいたずらっぽい口調で囁く。
「……変態♡」
「……っ!!!??」
高校生女子にしては若干低い声で紡がれた甘い囁きに、リリスは顔を真っ赤にしてその場にへたり込むのだった。
――――
――その後。リリスを家に送り届ける事にしたアゲハは、リリスを引き連れて外を歩いていた。
「……なぁ、リリス?ちょっと離れてもらってもいいか?」
「……や」
アゲハはコアラみたく腕に抱きついてくるリリスを見ながら、苦笑を浮かべる。対してリリスは目がハートになっており、瞳の奥には絶対に離さないという強い意志を宿している。はたから見れば完全に危ない人だ。
「や、じゃなくてだな。ちょっと近すぎっていうか……めちゃくちゃ歩きにくいんだけど」
「気にする必要はない。その分アゲハと一緒にいる時間が増える」
「……まぁ、それは嬉しいけどさ。周りの視線が痛いんだよ。ほら、皆凄い目でこっち見てるぞ」
ジャージ姿の女子高生二人の片方が、ほぼゼロ距離で鼻息荒くもう片方の女子高生に引っ付いている。町中で見かけたら三度見はされそうな絵面である。そんなアゲハの指摘に、リリスは頬を染めながら、わざとらしくそっぽを向く。
「私をこんな風にしたのはアゲハなのに……」
「公衆の面前で何言ってんだ」
「……アゲハ、溜まってる……?それなら、そこに丁度いい裏路地が……」
「裏路地がなんだよ。お前はあたしに一体何をさせる気だ」
「私の口から言わせるの……?……すけべ」
「んー……」
反論しようとして、止めた。少し前のアゲハなら否定出来ていたのかもしれないが、リリスを襲ってしまった身としては、そう言った所で説得力がないような気がした。
(……こんな状況で告白とか、出来ないよな……)
変態のレベルが上がってしまったリリスを見ながら、アゲハはそんな事を思う。せっかくリリスと正式な恋人となるべく覚悟を決めたというのに、当の本人が聞く耳を持たないため、告白は次の機会に持ち越すことになった。元はといえばアゲハがリリスをからかったせいでこうなってしまったので、自業自得とも言える。アゲハはため息を吐きながら、自分の取った行動を後悔していた。
(いやまぁ、あたしも慣れない事をしたって自覚はあるけど……それにしても、刺さりすぎじゃねぇか?)
あれか。もしかして、攻められるのに弱いのか。普段はアゲハをドン引きさせるような下の話ばかりするくせに、いざ自分がされるとなると初心になる。確かに昨日のリリスは、何処か弱々しい反応をしていたような気が――いや何を思い出しているのだ自分は。ピンク色の記憶を脳内から振り払い、アゲハはリリスの方に向き直る。
「……そろそろお前の家に着くからな。あたしのジャージはまた今度返してくれたらいいから」
「アゲハ……泊まってく?」
「泊まらない。リリスの親御さんが帰ってきたらどうすんだ」
「大丈夫。ママもパパも出張。家には私とアゲハの二人だけ。昨日の続き……しよ?」
「するかっ!人様の家でそんな事する趣味はないぞ!」
問答無用で成人指定の展開に持っていこうとするリリスに、アゲハは思わず叫び声をあげた。いくらなんでも人様の家でそういう行為をする度胸はアゲハにない。リリスが顔を赤く染めてもじもじしながら言った台詞はそんなアゲハの理性をガンガン削るものだったが、アゲハは鋼の意思でなんとか持ち堪えた。しかしリリスは何故かニヤニヤと笑みを浮かべながら、アゲハの耳元で囁く。
「……アゲハ……私とシたいの……否定しない……ね♪」
「…………」
――え、何?誘ってるの?誘ってるのか?――ゴリゴリと理性を削ってくる恋人に、アゲハは天を仰ぎそうになった。もう理性なんか吹き飛ばして、薄い本を厚くしてしまいそうである。誰か助けてほしい。――そんな事を考えながら歩いていると、アゲハはリリスの家のすぐ近くまで来ている事に気がついた。
「あー、着いたぞリリス!いやぁ、いつもより時間が掛かっちまったなー!ここまで来たらもう自分で帰れるよなー!」
理性、カムバック。わざとらしい芝居がかった口調で先程までの会話を誤魔化し、アゲハはリリスを家に帰そうとする。心の中のマッドが「お姉ちゃんってチキンだね」と呟いている気がするが、無視だ。無視。自分たちはまだ学生なのだから、色欲に惑わされずに清いお付き合いを――と脳内で言い訳していると、ふと、隣のリリスが無言になっていることに気づいた。視線を向けてみると、リリスは家の方を見ながら顔を強張らせていた。先程までの変態リリスは鳴りを潜め、アゲハの腕を掴む力も弱まっている。……不思議に思ったアゲハは、リリスの見ている方向に視線を向けた。
「……ん?」
見ると、リリスの家の前に、随分と小柄な女性が立っていた。女性は艷やかな黒髪を頭の後ろで一つに結んでおり、服装はOLのような格好。顔立ちは整っているが、眉一つ動かさない無表情で、何処か冷たい印象を受ける。一体誰だろうか、とアゲハが首を傾げていると……隣にいるリリスが、ボソリと呟いた。
「――ママ……」
「……え?」
アゲハが聞き返すと同時に、女性の視線がこちらを向いた。女性はそのままアゲハ達の方に歩いてきて、目の前で足を止める。彼女は無表情のまま首を傾げ、アゲハを見上げながらこう言った。
「……誰、あなた。リリスとどういう関係?」
「あ、え……」
「それと、リリス。こんな真っ昼間にどこをほっつき歩いていたの?」
女性は厳しい視線をリリスに向け、リリスはアゲハの後ろに隠れる。緊迫とした雰囲気が両者の間に漂う中、アゲハは恐る恐る口を開いた。
「あ、あの……あたし、リリスの友達の赤羽アゲハっす。ちょっとリリスと遊んでて、今家に送りに来た所で……」
「……なるほど。そういう事情なら、仕方ないね。じゃ、家に上がって。娘が世話になったみたいだから、お礼をさせて欲しい」
「え?あ、はい……えっ、と……」
「――あっ、自己紹介がまだだったね。リリスの母の青宮カンナ。よろしく」
リリスの母――カンナはそう言って、アゲハを家に迎え入れるのだった。
――――
「ごめんね、こんなものしかなくて」
リリスの家の居間に案内され、椅子に座らされたアゲハは、カンナに茶菓子とお茶を振る舞われていた。アゲハの隣には未だカンナを警戒した様子のリリスが座っていて、アゲハのジャージの袖を摘んでいた。
「大丈夫っす。あたし、煎餅好きなんで」
「そう?なら良かった」
「寧ろ、こんな格好で来てるあたしの方が失礼っすよ」
「そんな事はないよ。社交パーティーでもあるまいし、服装で人を判断したりしないさ」
カンナは冗談を交えながら朗らかな声でそう言った。顔は相変わらずの無表情だが、少なくとも怖い人ではなさそうだ。というのがアゲハの感想である。
(……この人が、リリスの母さんか……)
アゲハはリリスの家には何度か来たことはあるが、こうしてリリスの親と顔を合わせるのは初めてだった。本人曰く、「超のつく仕事人間」……とのことだが、今この瞬間においては優しそうな母親である。
「……ママ、何で帰ってきたの」
「昨日の夜に、家の電話に連絡を入れたはずだよ。仕事が一段落したから家に帰る、って」
リリスが訝しげな表情を浮かべて問うと、カンナは無表情にそう答える。少し声のトーンが下がった様子から、二人はあまり仲が良くないのだろうか、とアゲハは思った。
「……聞いてない」
「……?もしかして、昨日は家にいなかったの?」
「……アゲハの家に、泊まってた」
「赤羽さんの家に……だからそんな格好をしてるんだね」
カンナはリリスのジャージ姿を指摘しながら、納得したように頷く。責めるわけでも、心配しているようなわけでもなく、ただ平坦な声だった。
「……ママには、関係ない」
「……そっか」
いつもより無機質なリリスの声にも、カンナは感情の乗らない声を返す。重苦しい雰囲気に、アゲハはただ黙っておくことしか出来なかった。そんな折に、ふと、カンナと目が合う。無感動ながら、リリスと同じ色をした瞳がアゲハの顔を覗き込んでくる。……しばらくの沈黙の後、カンナは徐ろに口を開いた。
「リリス、着替えてきたらどう?服は赤羽さんに借りたのかもしれないけど、下着は無理だったでしょ。お客さんの前なんだから、着替えておいで」
「……でも」
「でもじゃない。ほら、着替えてきなさい」
リリスの反論を一喝すると、リリスは渋々といった表情でアゲハから手を離し、自分の部屋に戻っていった。リリスがいなくなったのを見届けると、カンナはふぅ、と息を吐いた。
「……今のは、露骨過ぎたんじゃないっすか?」
「ん、そうだね。あの子も勘づいていると思う」
「じゃあ何で、あたしと二人きりになるようにしたんすか?」
アゲハがカンナの狙いを明確に口にすると、カンナは無表情のまま顔を逸らした。……リリスもあまり顔に感情が出る方ではないが、この人はそれ以上だな、とアゲハは思った。
「……娘が友人を連れてきたんだ。どんな人間なのかを知りたいと思ってね」
「……リリスに聞けばいいんじゃないすか」
「残念ながら、わたしと夫は娘に嫌われているみたいでね。聞いても話してはくれないさ」
小柄な背を丸めながら、カンナは平坦な声で呟く。……何故か、アゲハにはその呟きが、何処か悲哀を帯びたものに聞こえた。しかしそれを指摘することはせず、アゲハはカンナの要望に応えることにした。
「……あたしとリリスは、小学生の頃からの付き合いっす。中学校も高校も一緒で、ちょっとすれ違いになったこともあったっすけど、今は仲良くやってます」
本当は仲良くどころか恋人にまでなっているのだが、ややこしいので一旦伏せておく事にした。ふむ、と頷くカンナを見ながら、アゲハは話を続けていく。
「リリスは学校でも人気者の学級委員長で、クラスの奴らから慕われてます。あたしは……結構嫌われものなんですけど。リリスはこんなあたしにも、仲良くしてくれてるっす」
「……そうか。あの子は恵まれてるね」
「……あんまり、リリスの事には興味ないっすか?」
喜ぶ様子も微笑む素振りもないカンナを見て、アゲハは思わずそんな事を聞いてしまう。すると、カンナは首を横に振りながら平坦な声でこう答えた。
「まさか。興味津々だよ。あの子の言った事は一言一句覚えているし、あの子が小さな頃にわたしの誕生日にプレゼントしてくれたものは、今も大事にしまってある」
「……なら、どうしてあんな冷たい素振りするんすか」
先程のリリスの様子を思い浮かべながら、アゲハはカンナに少し強い言葉をぶつける。リリスの冷たい声色や、警戒したような目つき。どちらも、アゲハの見たことないものだった。そして、それを引き起こしているのであろうカンナの態度に、少しだけ苛立ちを抱いていた。アゲハのそんな内情を察したのか、カンナはすんなりと事情を説明してくれた。
「……わたしと夫はね。少し……いや、常軌を逸した口下手なんだ」
「口下手……?」
「親からの愛情を受けられず、一人で過ごす時間が長かったんだ。友達もいなくて、感情を表に出さずに生きてきた。……夫も似たような人だった。初めて高校で出会った時は、人形と会話してるのかと思ったよ」
冗談を交えながら、カンナは自分の身の上話を語る。声色は平坦だったが、その声にはやはり悲しげな響きが込められていた。
「でも、あまりにも似た者同士だったから、妙に惹かれちゃったんだ。それから一緒に過ごすうちに、私達は恋人になって……結婚して、そして、リリスが生まれた。この世の宝かと思うほどに、生まれたばかりのリリスはとても可愛かったよ」
少しだけ声色に喜色を混ぜながら、カンナは感慨深いといった様子でそう言った。しかし、カンナの雰囲気は一転して、重苦しいものになる。
「……でも、リリスが小学生になった頃。わたしと夫は仕事が忙しくなって、あの子を家に置き去りにした。家にご飯だけをおいて、お小遣いも与えたりして……そんな事がズルズルと続いて、わたし達はあまり話さなくなった」
「……カンナさんは、リリスと話をしようとしたんすか?」
「勿論……と、言えたら良かったんだけどね。わたしはこの通り口下手で、どう声を掛けたらいいか分からなかった。……親からされなかったことを、わたしができるわけがなかったんだ」
「……だから、あんな冷たい態度を」
「うん。……日を重ねることに、あの子と言葉を交わすのが難しくなっていった。夫も同じで、あの子の声に答えてやることが出来なかった……わたし達は、親失格だよ」
そこまで言って、カンナは言葉を止めた。……アゲハも同じように、黙ることしか出来なかった。――これは、アゲハ如きが口を挟めることじゃない。そう理解してしまったのだ。中途半端な正義心で首を突っ込んだ結果が、この有り様だ。お通夜みたいな空気が、二人の間に漂っている。
「……すみません。軽々しく聞いちゃって……」
気まずさから頭を下げると、カンナは気まずさを感じさせない平坦な声でこう言った。
「別に構わないよ。……君は、リリスの事を、大切に想ってくれているんだね」
「え?まぁ、そうですけど……」
「どうか、これからも娘と仲良くしてあげてくれ。……娘もわたしなんかより、君と一緒にいたほうが楽しいだろうし」
「……はい」
それから、カンナは一言も喋らなくなった。アゲハは悲痛な表情を浮かべながら、顔を俯かせている。その気まずい雰囲気は、リリスが居間に戻ってくるまで続くのだった。
――――
「……それじゃ、あたしは帰ります」
「うん。今日はありがとうね。また会える時を楽しみにしているよ」
「…………」
時刻は夕方頃。アゲハは夕日に照らされながら、カンナに見送りをされていた。カンナの隣には何処か不機嫌そうなリリス――アゲハのジャージではない私服姿になっていた――が立っており、そっぽを向いて我関せずという姿勢を貫いていた。余程カンナの事が嫌いなのだろう。だが、アゲハにはもうそれに触れる勇気はなかった。
「……またな、リリス」
「…………ん」
別れの挨拶をすると、リリスは会釈だけを返してくれる。その様子はとても可愛らしかったが、彼女の怒りや悲しみのような感情が伝わってくるようだった。アゲハはそれを指摘せずに、リリス達に背を向けて――
「――見つけたぞ、ゴシキジャー!」
振り返った先で、アゲハは驚愕の表情を浮かべる。そこには、白い触手を蠢かせた異形の怪物――この前戦った黄埼ミカンの偽物に似た突然変異種が立っていた。
「なんだあれは……?」
「…………」
アゲハの背後から、カンナの平坦な声が聞こえてきた。ちらりと横目で見ると、警戒した様子のカンナとリリスが、互いに身を寄せ合っている。そんな二人を他所に、突然変異種は低い声で笑う。
「隊長の言う通りだったな!この辺りを歩いていれば、ゴシキジャーがいるってよ!」
「てめぇ……なんの用だ」
「勿論、お前達を抹殺しに来たんだよ。二十六番がやられたって聞いてなぁ?この俺――三十三番がその任務を引き継いだのさ」
突然変異種――三十三番がそう言うと、彼の後ろに蟹型の突然変異種の軍勢が現れる。三十三番は触手を手足のように蠢かせて、挑発するようにクイクイと触手を動かした。それを見て、アゲハは自身の腕輪――金色の装飾が着いた腕輪に手を掛ける。
「上等だ。あたし達の前に現れたこと、後悔させてやる!――≪聖鎧装着≫!」
――ズバババーン!オーバーフロー!
――ゴージャス・レッド・フレイム!ゴールドフレアレッド!
赤い装束の上に金色の鎧を纏った戦士――ゴールドフレアレッドとなったアゲハは剣を構え、三十三番の元へ突っ込んでいく。アゲハは目にも止まらぬ速さで駆けていき、蟹型の突然変異種を切り裂いていく。
「何っ!?なんだ、その動きは――!」
「――≪翼炎剣・ソニックフェザー≫っ!!」
驚く三十三番の言葉を遮り、アゲハの高速の剣撃が他の突然変異種を切り裂き、爆発させる。一瞬にして追い詰められた三十三番に、アゲハは剣を向けた。
「――それで終わりか?」
「ぐぬぬ……!なんという力だ!だが……!」
三十三番は触手をかざすと、再び蟹型の突然変異種がアゲハの周りに現れ、アゲハを取り囲む。
「なっ……!?さっき倒したはずなのに……!」
「ハハハハハ!驚いたか!これこそが王に与えられた俺の力だ!この≪無限軍団≫で貴様らを始末してやる!」
三十三番は高笑いをあげ、蟹型の突然変異種軍団がアゲハに襲いかかってくる。アゲハは剣を構えると、蟹型の突然変異種の攻撃を受け止める。
「クソっ……!こいつら、さっきより強いな……!」
「そいつらは俺の力で強化できる。先程のように簡単に勝てるとは思わぬ事だ!」
三十三番はそう言い放つと、アゲハから目を逸らしてリリス達の方を向く。ギョロギョロとした瞳がリリスを捉え、三十三番は不敵な笑みを浮かべる。
「さて、フレアレッドは奴らに任せて……次は貴様だ、マリンブルー!」
「……!」
「マリンブルー……?」
警戒した様子のカンナが、首を傾げながらリリスを見上げる。リリスは険しい表情を浮かべるだけで、無言のままだ。
「ん?もう一人人間がいたのか……俺がここにいた事を他の人間に告げられたら面倒だ。貴様もついでに始末しておくとしよう」
「……っ!」
三十三番の言葉に、カンナが息を呑む。今まで無表情だった顔が恐怖に染まり、カンナは足を竦ませる。
「り、リリスに手を出すな……!」
しかし、カンナは逃げなかった。直ぐ側にいる自分の娘を三十三番から庇うように、カンナはリリスの前に立つ。その後ろ姿を見て、リリスは一瞬目を見開いた。
「ママ……」
「なんだ?もしや、貴様が俺の相手をしてくれるのか?……まぁいい、殺す手間が省けるだけだ」
三十三番は触手を槍のように鋭い形状に変え、それをカンナに向ける。彼は大きく触手を振り被って、カンナに迫ってくる。
「――くらえぇっ!」
「……っ!」
カンナは恐怖のあまり目を瞑った。だが、その場からは動かなかった。動けば自分の娘が殺される。想像もしたくない光景を思い浮かべてしまい、カンナの身体はただリリスを守るために動いていた。あわや、三十三番の茨のように鋭い触手が、カンナを貫くと思われたが――
「……え?」
いつまで経っても、触手がカンナを貫く事はなかった。痛みの一つも感じない自分に違和感を抱き、カンナは閉じていた瞳を開ける。……そこには、三十三番の攻撃を槍で受け止めている、青い鎧を身に纏ったリリスの姿があった。
「リリス……!?」
カンナが目を見開いて驚いていると、リリスは槍に力を込め、三十三番の攻撃を弾く。三十三番はその衝撃で体勢を崩した。
「チッ……!マリンブルー、貴様!」
「……ママには指一本触れさせない」
リリスは何処か凄みのある声でそう告げる。リリスは槍に水を纏わせると、槍を回転させて竜巻を起こす。
「――≪激流・スパイラルブラスト≫」
「何!?――ぐあぁぁぁ!」
三十三番が吹き飛び、アゲハを襲っていた蟹型の突然変異種達を巻き込んで地面に転がる。アゲハは驚きながらもその場から飛び退いた。
「うわっ、なんだ!?」
「――アゲハ!」
距離が近くなったアゲハにリリスは叫ぶ。アゲハがリリスの方を向くのを見て、リリスは言葉を続ける。
「あの腕輪を、渡して!」
「あの腕輪……?――これか!」
アゲハはリリスの言葉の意図を瞬時に理解し、懐から銀色の装飾が施された白い腕輪を取り出す。アゲハはその腕輪をリリスに向かって投げる。
「受け取れ、リリス!」
「ん……!」
リリスは空中に飛び上がって、銀色の腕輪をキャッチする。そして、そのままそれをリリスの腕輪にかざすと、リリスの青い腕輪に銀色の装飾が施された。リリスは地面に着地し、三十三番の方を向きながら腕輪の部品を回す。
「――≪聖鎧装着≫……!」
――ズバババーン!オーバーフロー!
その場に高い声が響き、リリスの身体が銀色の光に包まれる。リリスの青い鎧が、徐々に変化していく。
――青い鎧に銀色の紋様が刻まれ、形状が変化していく。
――リリスの青い髪の一部が、綺麗な銀色に染まっていく。
――そして、リリスの持つ≪青い槍≫に銀色の装飾が施され、形状がより鋭いものに変わる。
――メタル・コバルト・オーシャン!シルバーマリンブルー!
銀雪を纏う青き戦士――シルバーマリンブルーが誕生した瞬間である。
「……多少姿が変わったところで!」
体勢を立て直した三十三番が、蟹型の突然変異種を引き連れて襲いかかってくる。しかし、リリスは眉一つ動かさずに、槍を構えたまま歩みを進めていく。
「――≪氷海槍・ブリザードエリア≫」
リリスが地面に槍を突き刺すと、辺り一面に雪が振り注ぎ、地面が氷に包まれる。すると、蟹型の突然変異種達が凍りつき、三十三番は驚きの声をあげる。
「何だと!?俺の≪無限軍団≫が封じられた……!?」
「す、すげぇ……!」
「一体、何が起こっているんだ……?」
アゲハは感嘆の声をあげ、カンナは戸惑ったような呟きを漏らす。リリスは眉一つ動かさない無表情のまま、三十三番に近づいていく。
「く、来るなっ!」
三十三番が茨のような触手でリリスを攻撃する。しかし、触手はリリスの鎧に弾かれ、リリスは傷の一つも負わなかった。
「――≪氷海槍・フロストファング≫」
リリスは氷を纏わせた槍を振るい、三十三番を袈裟懸けにする。牙のように鋭い一撃が、三十三番の身体に大きな傷を付け、割れた氷の礫が彼に襲いかかる。
「ぐあああぁぁぁぁぁ!!」
「……私の前に立った事、後悔して」
感情のない声で呟かれた言葉に、三十三番は「ひっ」と短い悲鳴を漏らす。それと同時に、リリスの槍に大量の水が纏わりついていき、巨大な槍を形作る。そして、水は凍った。鋭く美しい氷の槍が、リリスの手に現れた。
「≪氷海槍・アイスエイジシュート≫っ!」
リリスは大きく振り被り、力の限りを尽くして氷の槍を投擲する。吹雪を纏った巨大な槍が、三十三番に向かってくる。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
三十三番の悲鳴が響き渡り……次の瞬間、巨大な氷の槍が、三十三番を貫いた。
「ガハッ……」
同時に、蟹型の突然変異種を凍りつかせていた氷にヒビが入る。≪青い槍≫は元の姿に戻り、リリスの手元に戻ってくる。――身体に大きな穴を開けられた三十三番は、蟹型の突然変異種と共に爆発した。
「……さよなら」
その爆発を見ながら、リリスは無表情に呟いた。
――――
――三十三番を倒したリリスは、≪聖鎧装着≫を解除してアゲハの近くに戻ってきた。
「お疲れ、リリス」
「……ん」
アゲハの労いの言葉に、短く頷きを返すリリス。普段のリリスなら穏やかな笑みを返す所だが、リリスの顔色は暗いものになっていた。元に戻ったリリスの姿を見上げたカンナが、呆然としたように呟く。
「リリス……君は……」
「――何で」
しかしその呟きは、リリスの声によって遮られた。リリスの表情は夕日に照らされており、彼女がどんな顔をしているかはカンナにはわからない。
「何で、あんな無茶したの……!」
だがその声色から、リリスが悲しんでいることは理解できた。リリスの鋭い針のような言葉が、カンナの胸に突き刺さる。カンナの目が、大きく見開かれた。次いで、彼女は顔を逸らす。
「……気づいたら、身体が勝手に動いていたんだ」
「何で!?私が遅かったら、ママは死んでた!ママは私のことなんて嫌いなんでしょ!?どうしてそこまでするのっ……!」
カンナの言葉に、珍しく感情を露わにして叫ぶリリス。初めて見る幼馴染の姿に、アゲハは言葉を失う。一気にまくし立てたリリスは息を切らし……その場に、しばしの沈黙が続いた。リリスの目尻には涙が浮かんでいて――それを見たカンナは、咄嗟に口を開いていた。
「――わたしは、リリスを嫌ってなんかないよ」
「……え?」
「リリスはわたしのたった一人の大切な娘だ。嫌うわけがないよ。神に誓ってもいい。わたしは、リリスの事を愛している。もちろん、わたしの夫も同じ気持ちだよ」
カンナの言葉に、リリスはカンナの方に視線を向ける。……その時、リリスは初めて、カンナが泣きそうな表情を浮かべているのを見た。
「ママ……?」
「リリスはわたしの命よりも大切な娘だよ。あの時、リリスを庇わないなんて選択肢はわたしにはなかった。君にさらに嫌われることになっても、君だけは守りたかったんだ」
「嘘……そんな……」
「……今までごめんね、リリス。そんな風に思わせてしまったのはわたし達の責任だ。もっと話をしてあげれば良かった。もっと君に構ってあげれば……何度そんな事を思ったか。本当に、ごめん」
カンナは目尻に涙を浮かべたが、それをリリスに見せるようなことはせず、深く頭を下げる。小柄ながらに深く下げられた頭が、彼女の謝罪の気持ちを表していた。
(……どれだけ罵倒されようと、頬を引っ叩かれても仕方ない。それだけの事を、わたしはしてしまった)
――娘にまともな愛を与えず、道を違えてしまった結果がこの有り様だ。カンナは自分が情けなかった。親の責務を果たすことが出来なかった自分に、罰を与えてほしいとすら思った事もある。だからリリスの罵倒も、娘からの罰も……受け入れるべきだ――そんな事を考えていた、その時。リリスの冷たい声が、カンナの耳に響いた。
「……私は、ママを許せない」
「……っ」
「私はずっと一人だった。家にいる時も、学校にいる時も、ずっと」
「リリス……」
「……でも、私はアゲハに出会えた」
リリスは少し語気を弱め、隣に立っていたアゲハに抱きついた。突然巻き込まれたアゲハは目を白黒させながらも、指摘することはしなかった。リリスはカンナから目を離さずに、言葉を紡いでいく。
「アゲハがいたから、私は寂しくなかった。でもアゲハに出会えなかったら、私は今も一人ぼっちだったと思う」
「…………」
「……でも、私はママとパパの事を嫌うことは出来ない。私にとっては……大切な、家族だから」
「……!」
続く言葉で、カンナは目を見開いて驚く。自分を嫌っていると思っていた娘が、自分を大切な家族だと言った。それだけで、カンナの涙腺を刺激するには十分だった。
「リリ、ス……」
「だから、「わたしよりもアゲハと一緒にいた方が良い」なんて……二度と言わないで」
「……っ!……聞いて、いたのか……」
「……あんなに大きな声で話していれば、嫌でも聞こえてくる。――次にそんな事を口にしたら、縁を切る」
リリスは平坦な声でそう言いながら、静かに涙を流すカンナを抱きしめた。……久しぶりに抱きついた母の身体は、リリスにとっては随分と小さく感じた。
「ごめん……ごめんね、リリス……」
「……ん。分かってくれたら、良い」
リリスは若干頬を赤く染めて、泣きじゃくる母の涙を隠すかのように、カンナを強く抱きしめていた。それまで冷たい表情を浮かべていたリリスは、少しだけ口角を上げていた。
「……一件落着、ってとこかな」
抱きしめ合う二人の姿を見ながら、アゲハは微笑ましいものを見るような笑みを浮かべ、ボソリと呟いた。その呟きは風の音に掻き消され、アゲハ以外の耳に届くことはなかった。
――――
≪アゲハ、ママと仲直りできた≫
≪ママが、アゲハならいつでも家に遊びに来ていいって≫
≪今度、パパとも話してみる事になった≫
――リリスからそんなメッセージが送られてきたのは、アゲハが家に帰ってからの事だった。恋人から連投されるメッセージに苦笑を浮かべながら、アゲハはベッドの上で返事を打つ。
≪親父さんとも上手く行けば良いな≫
≪ん。頑張る。二人と仲直りできたら、改めてアゲハを二人に紹介したい≫
≪……えっと、幼馴染としてって事か?≫
≪恋人として。私とアゲハは結婚を前提にお付き合いしています、って言う。親からの公認を貰えたら、いつでも私の家でイチャイチャ出来る≫
「マジかよ」
アゲハは思わず、送ったメッセージと同じ言葉を呟いていた。確かにカンナとリリスの父親には、アゲハがリリスの恋人ということは伝えていないが……結婚はまだ気が早いのではないか、とアゲハは思う。まぁ、娘に彼女が出来たというのも、いろんな意味で驚かれそうだ。思わずリリスの家族に自分が挨拶をしに行く光景を想像してしまい、アゲハの胃が重くなる。
≪……ちょっと気が早いんじゃないか?≫
≪え、アゲハは私と結婚したくないの?≫
「早っ」
リリスを嗜めるようなメッセージを送ると、コンマ一秒にも満たない速さでメッセージが返ってくる。このままだとアゲハのメッセージ通知音が大変な事になりそうので、すぐさま返事を打つ。
≪ごめん、ちょっと緊張しちゃってさ。カンナさんにあたしとリリスの仲を認めてもらえなかったらって思うと……≫
≪そんな心配をすることはない。認めてもらえなかったらその場でアゲハを襲って私の愛を証明する≫
≪頭イカれてるのかお前≫
この幼馴染は一体両親に何を見せるつもりなのか。いきなり目の前でそんな成人指定がかかりそうな光景を見せられて何が伝わるというのだ。
≪……アゲハが私を襲っても、いいよ?≫
≪いや親御さんの前でそんな事しねぇよ≫
アゲハは極めて冷静に返事を打ちながら、顔を引きつらせる。別にリリスとそういう事をするのに抵抗があるというわけではないが、TPOは弁えられるようになって欲しい、とアゲハは切に思った。
(……それに、ちゃんとした告白も出来てないしな……)
この前アゲハがやると決めた、正式な恋人になるための告白も、結局出来ず仕舞いだ。そんな曖昧な関係で「恋人です」と言うのは不誠実だし、アゲハとしてもそんな状態で挨拶など御免である。
「……家族、か」
――挨拶をするにしたって、律儀な性格であろうカンナなら、きっとアゲハの両親にも挨拶しようと言い出すはずだ。そんな時に、アゲハはどんな顔をして親がいないという事を告げればいいのか。一応アゲハの保護者はオトという事になっているので、彼女を紹介すれば事足りるのだろうが……
(……オトさんにも、あたし達の関係を明かす必要があるよな……絶対にからかわれるだろうがな)
からかわれる分なら、まだいい。いや良くはないのだが、一歩外に出れば美少女美少女言い出すあの叔母を人様に紹介するのには、いささか抵抗があった。
(……母さんと父さんが、生きていれば……)
そう口に仕掛けて……止めた。その先を口にするのは、頭の中だとしても嫌だった。自分の今まで人生を、否定してしまうような気がして――
「……って、うおっ」
スマホの画面を見て、アゲハは思考を止めた。見ると、リリスから連投されたメッセージが、画面を埋め尽くしていた。その大半が≪アゲハ?≫≪どうかしたの?≫≪無視、しないで?≫みたいなものばかりで、所々長文が混じっていたりもする。どうやら放置したせいでリリスがご機嫌斜めになってしまったようだ。
「まずいな……早く返事しねぇと――」
アゲハはそれまでの思考を断ち切り、すぐさまリリスの機嫌を損ねないために返事を打っていく。そうして何度もメッセージを打っていくうちに、アゲハの頭の中から「親」という単語は消え失せていた。




