第二十五話 金の切れ目は縁の繋ぎ目
――昼休み。アゲハとレモンは、すっかりおなじみの溜まり場となった空き教室に来ていた。アゲハの手には、昼食である菓子パンが入ったビニール袋が握られている。アゲハは菓子パンの一つを手に取ると、包装を破ってパンを齧りながらレモンに尋ねた。
「――それで?一体何があったんだ?」
アゲハの言葉を受けたレモンは、実に嫌そうに顔をしかめる。思い出すのも嫌だ、という表情だったが、レモンは意外にも丁寧に説明してくれた。
「今朝、あの黄埼ミカンがお嬢様のもとに押しかけてきたんや。自分は世話係兼ボディーガード、って名乗って、そのままお嬢様を拉致したんや」
「……連れ去られたのか?でも、お前だったらすぐに取り返せるんじゃ……」
「あの女はなかなかの曲者やねん。自分が足の速さで敵わへんからって、ヘリを使って空に逃げたんや」
「空に逃げた!?……じゃああいつ、誘拐犯じゃねぇのか……!?」
「……けど、あの女はどういうわけか、お嬢様と一緒に学校に来た。その時にはもう、お嬢様はあんな感じになってたんや」
アゲハの脳裏に思い浮かぶのは、先程の清楚な雰囲気のマオ。普段なら高笑いをあげて厨二病台詞ばかり口にするのに、あのマオは優雅な所作で冷静にミカンを窘めて、謝罪までして足速にその場を去った。……アゲハは神妙な顔になりながら、言葉を返す。
「……つまり、その黄埼ミカンってやつが、魔王に何かしたのか?」
「その可能性は高いやろね」
「じゃあ、そいつをぶっ飛ばせば、解決するんじゃねぇのか?」
アゲハの脳筋な提案に、レモンは首を横に降る。
「……黄埼ミカンが何かしたっていう証拠はあらへん。翠川家の使用人やったらヘリを使っても不思議とちゃうし、お嬢様が普通に生活してる以上、あの女を責める理由もないんや」
「……じゃあ、どうしようもないんじゃないか?このままあいつが尻尾を出すのを待つしかないだろ」
「――それはできひん」
レモンは再び、アゲハの提案に首を横に振った。 立て続けに提案を却下されたアゲハは、少し苛立ったように反論した。
「出来ないってなんだよ。証拠がないから動けないって、お前が――」
「――このままやと、うちがクビにされるんや」
しかし、その反論は続くレモンの言葉によって遮られた。アゲハが目を見開きながらレモンを見ると、彼女は珍しく焦っているような表情を浮かべていた。
「お前が、クビ……?それって、ボディーガードの仕事をか?」
「ちゃう。あの女はうちから全部奪う気や。世話係の仕事も、ボディーガードの仕事も……ゴシキジャーの力も」
レモンはそう言って、制服の右腕の袖をめくった。――彼女がいつも着けているはずの黄色い腕輪が、そこにはなかった。
「……!?お前、腕輪はどうしたんだよ!?」
「お嬢様が拉致された時に、一緒に消えとった。――あの女は、こそ泥の素質まであるみたいやな」
憎々しげな表情で舌打ちをするレモン。いよいよ大事になってきた事を察したアゲハは、サッと顔を青くしていた。
「……あの女は、余程うちの事が気に入らんのや。既にうちをクビにするために旦那様……お嬢様の父親に打診しようとしとる」
「……魔王は、反対しなかったのか?」
「……お嬢様はうちの事を忘れてる。さっきも教室に入ってきた時、声かけてこんかったやろ」
言われて、アゲハは先程のマオを思い出す。笑みの一つも浮かべずに真顔でお嬢様っぽい言動をしていた彼女は、レモンを一瞥もしていなかった。普段のマオなら、「ここにいたのかレモンよ!」などと言いそうなのに。――思わず顔をしかめながら、アゲハはレモンに気になっていた事を尋ねる。
「……クビになったら、お前はどうなるんだ?」
「……多分、退職金だけ渡されてポイやろうな。まぁ、旦那様は優しい方やから、次の就職先くらいは紹介してくれるかもしれへん。でも……」
レモンはそこで言葉を止め、顔を青くしながらこう言った。
「――うちは、元孤児やねん。小さい頃に親に姉弟ごと捨てられて、まともな援助も貰われへんかった。うちは学歴も資格もなかったから、働く事もできへんかった……そんな時に、旦那様に拾われたんや。うちがこうして普通の暮らしをしてるのは、ここで働けてるから……もしクビになったら、またあのひもじい暮らしに逆戻りや……嫌、嫌や、そんなん……」
レモンは頭を抱えて蹲り、目から床に数滴の雫を零す。普段のレモンからは考えられない弱々しい様子に、アゲハは目を剥いて驚いていた。気づけば、レモンの肩に手を置いて、彼女に慰めの言葉を掛けていた。
「お、落ち着けよ。まだそうなったわけじゃないだろ。黄埼ミカンをなんとかすれば、クビになることもねぇじゃねえか」
「……黄埼ミカンはアレでいいとこの出や。大抵のわがままは自分で押し通せる。あの女が本気を出せば、うちにはどうにもできひん……」
「……もしかして、それがお前の頼みに繋がってるのか」
「そうや……赤羽さん、お願い。黄埼ミカンを、何とかしてほしいねん……」
目の前で泣きじゃくり、膝から崩れ落ちているレモン。……アゲハはそんなレモンを神妙な表情で見ながら、ボソリと呟いた。
「……そうか。それがお前の願いか」
「うん……あの女をなんとかしてくれたら、うちは……」
「――馬鹿言ってんじゃねぇ、この腹黒女」
気づけばアゲハは、そう吐き捨てていた。レモンの肩を掴んでいる手に自然と力が入り、アゲハの表情が怒りで歪む。
「自分じゃどうにもできないから、あたしに頼る?あたしが言うのもなんだが、あたしは相当な馬鹿だぞ?お前を説得で助けてやれるほど口も上手くないし、黄埼ミカンを言いなりにする権力もない。ただの不良生徒だ。あたしがお前にしてやれることなんざ一つもねぇよ。この馬鹿女狐」
「なっ……」
あんまりな言いように、レモンは目を剥いて少しだけ顔を赤く――おそらく怒りによるものだろう――した。そのらしくないレモンの姿に、アゲハは言いようのない違和感を感じていた。端的に言えば――めちゃくちゃにムカついたのだ。
「――お前はあたしを捨て駒にして、自分の立場を守ろうとしたんだ。そうだろ?」
「……っ」
――アゲハの言葉は図星だった。レモンはアゲハが泣き落としに弱い事を知っていて、わざわざプライドを捨ててまでアゲハに泣きついたのだ。アゲハを黄埼ミカンを始末する暗殺者に仕立て上げるために――勘の良いアゲハは、レモンの企みを敏感に感じ取っていた。
「その腹黒さはいつも通りだな。だが、お前ならもっと良い策を思いつくだろ。普段通りのお前ならな」
「……なら、どうしたらええねん」
アゲハの言葉を聞いて、レモンは小柄な身体でアゲハの胸ぐらを掴んだ。涙の痕の残る、悲痛な表情を浮かべて。
「うちには黄埼ミカンに対抗する力がない!所詮うちはただの雇われのボディーガードでしかあらへん!うちには……人を利用するしか……これしかないねん!わかったような口利くなや、脳筋女っ!!」
レモンの平手打ちが、アゲハの左の頬に当てられた。アゲハは何も言わずに、冷静にレモンを見つめていた。そして、少しだけ口角を上げて……笑った。
「――んだよ、ちゃんと出来んじゃねぇか」
「は……?」
「お前はそういう奴だ。気に食わない事には反発して、自分の利益の為なら何でもする。誰にも屈せず、どんな手段を使っても自分の目的を達成する」
アゲハは自分の胸倉を掴むレモンの手首を掴み、引き剥がす。驚きで言葉を失っているレモンに向かって、アゲハはどこかニヒルな笑みを浮かべこう告げた。
「――黄埼ミカンとやらにも勝てる武器、お前にもあるじゃん」
「……っ!?」
「お前は超の付く腹黒女だ。その気になったら黄埼ミカンどころか、あたし達も消せるような策、考えられるだろ。――勝手に絶望して、力の使い方間違ってんじゃねぇよ、馬鹿女」
……アゲハの言葉は、はたから見たら幼気な少女への誹謗中傷にも聞こえたかもしれない。だが、レモン――ゴシキジャー随一の腹黒さを持つ彼女にとっては、それは新たな気づきであった。……少しの間ポカンとしていたレモンは、ふと、堰を切るように笑い始めた。瞳に、涙を浮かべながら。
「くっ……アハハハハッ!なんやそれ!超の付く腹黒女て、慰めの言葉にしてはキツすぎるやろ!」
「――!?てめ、笑ってんじゃねぇよ!それに、お前が腹黒なのは事実だろうが!」
「アハハハハ!知らんの?今はちょっぴり強かな方が男にモテるんやで?ま、ちっさい脳みその赤羽さんには分からへんか!」
「言わせておけば……!さっきまで子供みたいにピーピー泣いてやがったくせに!」
「なっ……!?べ、別に泣いてへんし!赤羽さんの見間違いとちゃうの〜!?」
「お前、それは無理があるだろ!どう見ても涙の痕が残ってるじゃねぇか!……あっ!何そっぽ向いてんだ、こっち見ろ!」
「き、きゃあー、赤羽さんに襲われるー」
「棒読みでとんでもないこと言ってんじゃねぇ!さっきから舐めた口ばかり聞きやがって、この腹黒女が!」
……アゲハはレモンに掴みかかり、無理やりにレモンにこちらを向かせようとする。そんなアゲハの猛攻を、レモンは笑いながらいなしていくのだった――
――――
――放課後。アゲハとリリスはレモンに連れられて、再び空き教室へと来ていた。アゲハが教室の扉を開くと、黒髪のメイド服を来た女性と、金髪碧眼の美少女――ミカンとマオが、教室の中に立っていた。
「あら、やっと来ましたのね、負け犬レモン。そしてそちらの方は、赤羽アゲハに、えっと……」
「青宮リリスさんや。お嬢様の知り合いやから、うちが勝手に連れてきたんや。堪忍な」
「……よろしく」
ミカンの疑問にレモンが答え、リリスは無愛想な挨拶をする。何故か不機嫌そうな表情をしているリリスは、アゲハの腕に抱きついていた。
「……リリス、レモンが今から大事な話し合いをするんだ。だから離してくれるか?」
「嫌。そう言ってまた私を一人にするんでしょ」
「ごめん、悪かったって……」
リリスはアゲハを睨み、断固としてアゲハの腕を離すことはしなかった。――アゲハが先程レモンに呼び出された時、リリスは羞恥心の渦から抜け出せておらず、会話もままならなかったので、アゲハはリリスを置いてレモンの元に行ったのだ。それが不満だったのか、今こうしてアゲハは引っ付かれている。
「絶対離さない。今日はずっとこのまま」
「青宮さん、イチャイチャするのはかまへんけど、ちょっと静かにしとってな。赤羽さんも、ちょっと後ろに下がっとって」
「はいはい、わかったよ」
アゲハはリリスを引き連れながら、素直に教室の壁にもたれかかった。レモンはそれを一瞥したあと、ミカンの方に向き直る。
「……さて、負け犬レモン。お嬢様と私をここに呼び出した理由を、聞かせてもらえますわよね?」
「そんなの決まっとるやろ。うちのクビを撤回してもらいに来たんや」
レモンがミカンを睨みつけ、二人の間に緊張が走る。緊張感の中、アゲハは気だるげに壁にもたれ、マオは背筋を崩さずに毅然とした態度でアゲハを見ていた。ちなみに、リリスはアゲハの腕を堪能していた。
「……赤羽アゲハ様。何故貴女はここにいるのですか。見た所、わたしの従者を睨みつけている方に付き従って来たようですが……」
「別にいいだろ。今はレモンが話してんだから、そっちを聞いとけよ」
マオの問いに淡白に答え、アゲハはレモンの方に視線を向けていた。リリスはアゲハの腕に頬ずりしていた。
「……貴女はお嬢様のボディーガードに相応しくありませんわ。高貴な出である私とは違い、貴女は出自不明の下賤の民……どちらがお嬢様のボディーガードに相応しいか、一目瞭然ではなくて?」
「それでも、あんたは選ばれへんかったやろ。あんたがやったのはお嬢様の拉致や。これをチクったら、クビになるのはあんたの方やで」
言葉の応酬が続き、二人の空気は剣呑なものとなる。
「ふっ……なんのことでしょう。そのような証拠がどこにあると?」
「くっ……それでも、あんたのやったことは許されることやない。お嬢様を拉致して、その上こんな無個性で面白みもない性格にしたんやからな」
「えっ。わたしが無個性で、面白みがない……?」
……口喧嘩の間にマオの悲しそうな呟きが聞こえたが、誰も反応しなかった。代わりに、レモンは言葉を紡いでいく。
「旦那様も、こんな真面目で清楚なお嬢様見たら、腰抜かして帰りは雪が降るんちゃうかと疑うはずや。あんたは一人で報告済ます気やったんやろうけど、そこにお嬢様がついて行ったら、疑われるのはあんたやで」
「……ちょっと待ってください。その言い方だとわたしが普段はそうじゃないみたいな……」
「だからなんだと言うのです?寧ろ、旦那様はレモン、貴女を疑うのではなくて?何故なら貴女と同じくらい、いやそれ以上に――私は旦那様からの信頼があるのですわ。貴女の発言など、無下にされるに決まってますわ」
やはりマオの発言は無視されながら、レモンとミカンの言い争いは続いていく。真面目で清楚になったにも関わらず、不憫な扱いを受けているマオの姿は哀愁を誘った。
「……分かった。要は、証拠があればいいってことやな」
「ハッ。何を言うかと思えば……そんなものは始めからないのですよ。私はお嬢様の世話係兼ボディーガードとして、役目を果たそうとしただけ。疑う余地など、どこにも――」
ミカンがレモンの言葉を鼻で笑った、その時……これまで、立場の弱い者を演じていたレモンは、後ろにいるアゲハに向かって叫んだ。
「――赤羽さん、今やっ!」
「分かった!――これでも、くらえっ!」
レモンの指示通り、これまで後ろでボーッとしている……フリをしていたアゲハはミカンに向かってあるものを投げた。――それは、小さなボールだった。凄まじい速度で投げられたそれは、ミカンの額に当たり――ミカンの額に、割れた鏡のようなヒビが入った。
「――なっ!?」
「っし!狙い通りだ、レモン!」
「ミカン!?赤羽アゲハ様、一体何を……!」
ミカンの悲鳴が上がり、彼女は拳を握ってガッツポーズをする。マオはそれを見て、驚いたような声を上げ、ミカンとアゲハを交互に見て……ミカンの方を見て、言葉を失った。
≪ぐっ……!何故、私の正体が分かった!≫
そこにいたのは、黄埼ミカンではなかった。白く無機質な直方体を積み上げたような身体に、タコを連想させるような無数の触手。異形の怪物――突然変異種は、恨めしそうな声で叫び声をあげた。レモンとアゲハは突然変異種を見ながら、ニヤリと笑みを浮かべた。
「やっぱり偽物やったな。黄埼ミカン……いや、突然変異種。随分と手の込んだ事をしてくれたもんや」
「マッドには感謝しないとな。あいつが変装の解き方を教えてくれなきゃ、上手くいかなかった」
――黄埼ミカンの正体は突然変異種だった。アゲハ達がそれに勘づいたのは、昼休みの頃。レモンがクビを回避するために、アゲハと作戦会議をしていた頃だった。
「――冷静になって、思い出したんやけど」
「ん、どうした?」
「実はな。黄埼ミカンは頭のいい馬鹿やねん。頭は切れるんやけど、詰めが甘いからいつも失敗ばかり。せやから、あの女はボディーガードにはなれへんかった。いつも悔しそうにうちに捨て台詞ばっかり吐いとったんや。そんなミカンが、いきなりうちを追い詰めるレベルにまで腕を上げたっていうのは……変やと思う」
「……どういうことだ?」
「つまり、あの黄埼ミカンは――偽物っちゅうこっちゃ」
それを聞いて、アゲハの脳裏に思い浮かぶものがあった。かつてアゲハの弟、サグルに化けていた突然変異種……マッド。もしもミカンが、マッドのように姿を偽っているとしたら……?そう思ったアゲハはマッドに連絡を取った。幸いにも、二人で暮らしていた時にスマホの連絡先は交換していたので、アゲハはすぐに電話をかけることが出来た。すぐにマッドの声が、携帯から聞こえてくる。
≪……何か用かな、お姉ちゃん。ボク、一応謹慎中なんだけど?≫
「マッド、お前に聞きたい事がある。もしお前みたいな人に化ける突然変異種に出会ったら、どうやって見分けたらいい?」
≪え?もしかしてお姉ちゃん、ボクの同族に会ったの?なんで?……まさか、ボクを処刑しに来たのか……?≫
「いいから答えてくれ。どうすればいい?」
≪えっと、擬態を解くには、突然変異種の身体に何か硬いものをぶつければ――≫
「よしわかった。サンキュな」
≪えっ、ちょっと待ってよ!もう少し事情を――!≫
……こうして、アゲハとレモンはこういう策を取った。まずはミカンの事をよく知るレモンが彼女の説得を試みる。その途中で違和感を感じることがあったら、アゲハに合図して全力でボールをぶつけてもらう……ミカンが偽物であれば、それだけでミカンの策は全て無駄になる。その一筋の可能性に掛けて、二人はこの策に出たのだ。
≪貴様ら、私の企みに気づいていたのか……!こうなってしまっては仕方ない。隊長の命により、貴様らを抹殺するぞ、ゴシキジャー!≫
「ハッ!やれるもんならやってみろ!」
「抹殺されるのはそっちや。うちを嵌めた罪、あの世で清算してもらわんとな」
「……?よく分からないけど……アゲハが戦うなら、私も加勢する」
「ええ……?ミカンが偽物で、赤羽アゲハ様達が、ゴシキジャー……?ああもう、どういうことなんですか!?」
臨戦態勢となった突然変異種。それに相対するのは、威勢良く啖呵を切るアゲハに殺意を漲らせるレモン、そして未だ状況をよく分かってないリリス。元に戻っていないマオは蚊帳の外だった。
≪舐めるなよ、ゴシキジャー……!そちらの力の一部は、既に私の手中にある!≫
突然変異種はそう言うと、再び黄埼ミカンの姿になって黄色い腕輪――レモンの腕輪を右腕に身に着ける。突然変異種は左手で腕輪の部品を回すと、その身に≪聖鎧装着≫した。
――イエロースター!ランドイエロー!
和風の忍者風の衣装に身を包み、髪を黄色に染めた戦士――ランドイエローに≪聖鎧装着≫したミカンがそこに立っていた。それを見て、アゲハとリリスは驚愕の声をあげる。
「それは……レモンの!」
「……なんで、突然変異種が持ってるの?」
「ハッハッハ!驚いたか!木戸レモンが油断してる間に、私が奪ったのだ!そこのチビを攫った時に間抜け面を晒していたものだったから、簡単に奪えたぞ!」
「えっ、チビ!?わたし、チビですか……!?」
流れで罵倒されたマオは涙目になって膝をつくが、誰も拾ってくれるものはいなかった。今この場にいる一番の被害者である。
「……なんや、それだけかいな」
「……なんだと?」
レモンは首をこきこきと鳴らしながら、つまらなそうに突然変異種を見る。――彼女の手には、いつかのアゲハとの戦いで使ったクナイが握られていた。アゲハとリリスは驚いた様子でレモンを見る。レモンは殺気を込めた目で突然変異種を睨みつけ、指でクイクイ、と手招きをした。
「うちの事、舐めてもらったら困るわ。これでもずっとお嬢様のボディーガードして来たんやで。≪聖鎧装着≫くらい、あんたには丁度いいハンデや」
「……!?貴様、人間如きが私を愚弄するか!」
突然変異種が怒りの声をあげながら腕を振るうと、周りの景色が入れ替わって、遮蔽物の少ない広場になった。突然変異種の背後から、蟻型の怪人――アントマの軍勢が現れる。しかし、レモンはそれを見ても全く動じずに……アゲハとリリスに向かってこう告げた。
「赤羽さん、青宮さん。あの後ろの奴らは頼むわ。うちはあの真っ黄色の奴を潰す」
「……分かった。行くぞ、リリス」
「よく分からないけど、分かった」
アゲハとリリスは同時に構え、腕輪の部品を回す。
「「≪聖鎧装着≫!!」」
――ズバババーン!
――レッド・フレイム!フレアレッド!
――コバルト・オーシャン!マリンブルー!
聖鎧装着した二人は、アントマの軍勢に向かって駆けていく。レモンはそれを一瞥し、目の前の偽ランドイエローの方を向いてクナイを構えた。
「下等生物如きが……!私を虚仮にしたことを、後悔させてやる……!」
「それはうちの台詞や。偽物野郎」
こうして、レモン達と偽ランドイエローの戦いは始まった。
――――
「≪爆剣・フレイムスラッシュ≫!」
「≪激流・スパイラルブラスト≫……!」
アゲハの≪赤い剣≫から放たれる炎がいくつかのアントマを炎に包み込み、リリスの≪青い槍≫から発生した水の竜巻が、別のアントマを吹き飛ばす。二人は背中合わせにアントマの軍勢に向き直り、武器を構える。
「リリス、あたしから離れるなよ!」
「んっ……分かった。一生離れない」
「いや、攻撃する時は離れろよ!?」
アゲハはリリスと漫才のようなやり取りをしながらも、アントマ達に果敢に斬りかかっていく。リリスはそんなアゲハの背中を守るために、槍で敵の攻撃をいなしていく。流石は幼馴染で恋人というべきか、息の合った連携っぷりだった。
「チッ……!数が多いな!このままだとジリ貧だぞ!」
「……あっ。アゲハ、いいものがある」
それでも敵の数は多く、アゲハが辟易していると――何かを思い出した様子のリリスは、アゲハにあるものを渡した。
「これ、使って」
「……なんだこれ、鍵か?」
アゲハに渡されたのは、赤くキラキラと光る小さな鍵だった。それは、かつてマッドがリリスに渡した、フレアレッド専用のアイテム。ギガンダイルやギガンダイナといった巨大な突然変異種に対抗するためのものだった。アゲハは鍵を訝しげに眺めながら、首を傾げる。
「これ、どうやって使うんだ……?」
「分からない。とりあえず、腕輪にかざしてみる?」
リリスはいつの間にか、青く光輝く潜水艦のような飾りのついたネックレスを手に持っており、アゲハと同じように首を傾げながらネックレスを腕輪にかざした。アゲハもそれにならって、鍵を腕輪にかざす。――すると、赤と青の強い光が、二人の視界を覆った。
「うわっ……なんだ!?」
「っ、何……!?」
やがて、光が収まり、二人が恐る恐る目を開けると……そこには、赤いボディを持った小さな人型ロボットと、小さな潜水艦が宙を浮いていた。ロボットはアゲハの≪赤い剣≫のようなものを装備しており、青い潜水艦はまるで魚のようにスイスイと空中を動き回っている。
「これ……ロボットか?」
「ネックレスについてたのと一緒……まさか、本物の潜水艦だった……?」
二人が首を傾げていると、ふと、ロボットと潜水艦がアントマ達の方を見た。二体はしばらく動きを止めていたが……次の瞬間、ロボットが剣を構え、潜水艦に乗ってアントマの軍勢に突っ込んでいった。
「「えっ」」
潜水艦に乗ったロボットは辺りを縦横無尽に駆け回り、アントマの軍勢を凄まじいスピードで切り裂いていく。それはまるで、小さな竜巻の如き動きであり……二人が呆然とロボットを眺めている間に、アントマの軍勢は半分以下になっていた。
「……よし!あたし達も行くか!」
「……異議なし」
アゲハとリリスはロボット達の意外な戦闘力には触れずに、再びアントマの軍勢に突っ込んでいくのだった――
――――
「――シッ!」
「ぐっ、ちょこまかと……!」
レモンは偽ランドイエロー相手にクナイ一つで立ち回り、偽ランドイエローは苛立ちを募らせる。彼女は未だにゴシキジャーの力を使いこなせていないのか、レモンに圧倒されていた。
「フッ、この程度かいな。これならこの前戦ったマッドホワイトの方が強かったわ」
「貴様……!私は「宵闇」のレーナ様直属の兵士だぞ!馬鹿にしていられるのも、今のうちだ!」
怒りで顔を真っ赤にした偽ランドイエローは、左腕を白い触手に変え……無数の触手を蠢かせてレモンに襲いかかる。しかしレモンはそれを軽々と躱すと、偽ランドイエローに向かってクナイを振り下ろした。
「ぐうっ……!」
「……硬さだけはうちより上やな。普通の人間やったら、これで終いなんやけど」
偽ランドイエローは腕を交差させて、レモンの一撃を防いでいた。彼女はレモンのクナイをそのまま弾いて、後ろに飛び退く。
「何故だ……!人間はもっと脆弱な存在のはず……!」
「一応、鍛えとるからな。そう簡単には負けへんよ」
「くっ……!このままでは、ゴシキジャーを弱体化させるという、私の計画が……!」
「……計画なぁ。随分と大層な計画立てたみたいやけど、相手が悪かったな――≪黄色い弓≫」
怒りで顔を歪めている偽ランドイエローを他所に、どこからか黄色く輝く弓が飛んでくる。それは≪聖鎧装着≫した偽ランドイエローではなく、レモンの手の中に飛んできた。
「何っ……!?馬鹿な!ランドイエローの力は私が……!」
「これ、自我持ってるんやって。持ち主と認めた人を覚えて、その人が呼んだらすぐさま駆けつける……こういう仕組みらしいで」
かつてマッド――サグルに聞いた情報を告げながら、レモンは≪黄色い弓≫を引く。すると、光の矢が三本現れ、その全てが偽ランドイエローの方を向いた。
「……最期に聞いとくわ。なんで、黄埼ミカンに化けてた?」
「……ハッ!愚問だな!この人間が強欲で、演じやすい単純な人間だったからだ!だから私は黄埼ミカンを喰らって、木戸レモンを叩き落とす機会を伺っていたのだ!」
……その言葉を聞いて、レモンの眉がピクリと動いた。しかし誰もそれに気づくものはおらず、レモンはあくまでも無表情を装いながら、三本の矢を放った。
「――≪狙撃・グランドショット≫」
「何っ!?――ぐ、ぐああぁぁぁ!!」
三本の矢は無情にも偽ランドイエローを貫き、彼女の身体に三本の風穴を開けた。それと同時に≪聖鎧装着≫が解除され、レモンの足元に黄色い腕輪が転がってくる。レモンはそれを一瞥し、ミカンの姿をした怪物のほうを見て、ボソリと呟いた。
「……ほな、さいなら」
レモンが呟いたあと、突然変異種は仰向けに倒れ、そのまま爆発した。――しばらくレモンは、その光景をずっと眺めていた。




