第二十一話 気高き才児と弱気な魔王
――翠川マオ&古賀ミドリの仮想空間。
こちらはうって変わって閉鎖的な空間で、畳が敷かれており、障子で囲まれたどこか趣き深い部屋。所謂、和室という奴だ。その部屋の中で、二人は互いに向き合って――
「王手。詰みだ。これで私の十連勝だな」
「うっ、ううっ……ぐすっ……」
「これしきで泣くのか?全く頭だけじゃなく心まで弱いとは。先が思いやられるな」
「泣いてないっ……泣いてないもん……!」
――ひたすらに将棋をしていた。パチッ、と耳に良い音が響くと同時に、マオの瞳から涙が溢れている。それでミドリは呆れるのだが、マオは震え声でそれを否定した。
「たった一度だけ、勝てばよいというのに」
「無理だよぉ……わたしの駒、すぐになくなるんだもん……」
「さっきまでの威勢はどうした。脳筋戦術なんかで攻めるからこうなるんだぞ。もっと一手先を読め。私を圧倒してみせろ」
「無理ぃ……」
完全に戦意を喪失して泣きじゃくるマオを見て、ミドリは深いため息を吐いた。――ミドリの与えた、特訓内容……それは、ゲームでミドリに勝つことだった。ミドリはその優秀な頭脳を用いて、将棋やオセロ、チェスに囲碁、更には様々な対人ゲームで一度も負けたことがなかった。ミドリにとっては特訓なんてどうでもいいことなので、マオの配慮など一切せずに自分の土俵に上げたのだ。つまりは、ストレス発散に使っていた。
「ふむ、将棋も飽きたな……次は、FPSでもやってみるか?最近始めたばかりだから、貴様でも勝てるかも知れんぞ」
「嫌だ……どうせ、わたしがボコボコにされるんだ……オセロもチェスも負けたのに、勝てるわけないよ……」
「……ふむ」
ミドリはマオを見ながら、思う。この少女――ミドリにとっては年上の存在だが――は、どうも負けると拗ねる癖がある。最初は自信満々なのに、負けるだけで地団駄を踏み、泣きじゃくる。それは、ゴシキジャーの戦いにおいて致命的な弱点だ――と、マオは思った。突然変異種は涙一つで動きを止めるわけではないし、マオのように脳筋戦術を使うだけで勝てるわけでもない。今は突然変異種のレベルが低いからなんとかなっているが、このまま彼女を放置しておけば――
(ま、死ぬだろうな。普通に)
二年前――当時、古賀ミドリ十歳。彼女はその頭脳と運動神経の良さで、数々の突然変異種と戦ってきた。だから分かるのだ。この少女には向いていないと。ミドリよりも頭が悪くて、その上運動神経もないときた。ミドリが失望するには、十分だった。
「嫌ならやらなくてもいい。所詮貴様では私の後継者にはなれんよ。諦めて、平和な世界で暮らすのだな」
「……っ!」
「そう悲観するな。貴様は今、普通の女子高生なのだろう?これを期に、学業にでも励んでみては……」
「……嫌だ」
「!」
――その瞬間。マオの目つきが変わった……気がした。はっきりと表に出された反抗の意志に、ミドリは目を見開く。
「嫌だ!絶対に嫌だ!わたしは絶対に、ゴシキジャーを辞めたくないっ!」
「……ほう?」
「だってわたしには……もうこれしか……」
マオはそう言って、拳を握りしめる。――彼女の浮かべていた悲痛な表情は、先程からミドリが見ていたものとは、少し違った。ゲームに負けた悔しさから来ているのではない。まるで何かを恐れているようなその表情に、ミドリは訝しげな表情を向ける。
(……まるで、あいつのような――)
ミドリは脳裏にとある人物を思い浮かべ、すぐに頭を振ってそれを思考の端に追いやる。その時――ミドリの顔に、怒りの感情が浮かんだ。
(……あいつが、このガキと同じ……?馬鹿をいえ。あいつとは似ても似つかん。こいつはただの女子高生。それ以上でもそれ以下でもない)
マオは感情を抑え込み、目の前にいるマオを睨む。少しズレた眼鏡を掛け直し、彼女は再び将棋の駒を手に取った。
「……気が変わった。やはり、次も将棋で行こう」
「……!」
「せいぜい足掻いてみせろ。私に心を折られる前に」
「……わかった。わたし、負けないから」
先程とは違い、覚悟を決めた様子のマオ。それを見て、ミドリはより一層苛立ちを募らせる。年相応の怒りが、彼女の胸中を支配していた。
(……すぐに、泣き顔に変えてやる)
ミドリはそう決意して……盤上に将棋の駒を並べ始めるのだった。
――――
古賀ミドリは生まれた頃から天才だった。幼少の頃から書物に触れ、文字を読み……身体の動かし方を知り始めた頃には、その同年代の誰よりも俊敏に、柔軟な動きが出来た。小学生で高校生が解くような数学の問題を解き、英語もすぐに理解し、習得した。そのためか、彼女は誰にも理解されず、周囲の人間はついていくことが出来なかった。否応なくして、彼女は孤独になった。
「ねぇ、ミドリ。一緒に遊ぼうよ!」
「断る。私は今忙しいのでな」
「えー、いつもそう言ってるじゃんかー」
二年前――十歳の彼女に、それでも声を掛ける人間がいた。名を古賀シグレ。年が七つ離れた、ミドリの姉だった。いつも冷静で愛想のないミドリとは違って、シグレは天真爛漫で元気もよく、その美しいルックスから、学校でも人気者だった。彼女にはミドリのような才能はなく、どちらかというと出来ない人間だった。
「はぁ……いいか?今、本を読んでいるんだ。シグレと遊ぶ暇などない」
「何の本読んでるのさ?」
「シグレの買った大学の赤本だ」
「それは読む本じゃないよ!?なんでそんなもの読んでる……いや、読んでるっていうのかな……?」
「なかなかに面白いぞ。脳の刺激にいい」
「え、クロスワードの本解いてるおばあちゃん?」
当時のミドリは様々な伝記や研究論文など、興味のある物をほとんど読み漁ってしまっていたため、家中の本棚を片っ端から漁るようになったのだ。年相応の好奇心故だろう。ちなみに、シグレは本を読むタイプではないので、彼女の部屋の本棚には参考書や漫画本しか並んでいない。だが、ミドリはよく彼女の部屋に入り浸っていた。
「外で遊ぼうよー。せっかくの休日なんだし、公園でバドミントンやったりとかさー」
「シグレが弱いからつまらん」
「ひっど!?わたし、バド部なんだけど!?」
「だからいつも補欠になるんだろう」
「うぐっ……!ミドリ、言葉のナイフが鋭すぎるよ!人は一度心にヒビが入れば、二度と戻らないんだよ!?」
「結構余裕があるじゃないか。まだ刺しても大丈夫だな」
「え、サディスト?」
ミドリはまだ小学生だが、シグレとの会話はまるで、同年代の友達のようだった。口調は厳しいが、ミドリは確かにシグレを姉と認めていた。その頃のミドリには、笑顔があった。
「……ハハッ、まぁいい。そこまで言うのなら、外に出てやらんこともない」
「えっ……?」
「何を呆けている。シグレが誘ってきたんだろ」
「だって、つまらんって……」
「やらないとは言ってない」
ミドリは不敵な笑みを浮かべてそう言った。……基本的に捻くれた物言いしかしない彼女だが、なんだかんだでシグレの言うことはよく聞いていた。だからこそ、二人の姉妹仲は険悪にならなかったのだろう。
「やったー!ミドリとバドミントンだー!」
「子供か?もう高校生だろうに」
「ミドリがそれ言う?わたしは妹と遊べることを純粋に喜んでるだけなんですー。子供じゃありませーん」
「……フッ。なら、そういうことにしてやる」
そう言うミドリの口元には、あどけない笑みが浮かんでいた――
――――
「……王手。詰みだ」
「ぐっ……まだまだ!もう一回!」
ミドリの駒を打つ音が響き、また一つ勝敗が決する。先程の十戦から数えて、合計五十戦目。未だ一度も勝てないマオの瞳には、先程のような弱気な光は宿っていなかった。彼女の瞳には、ただ闘志だけが宿っている。しかも、だ。
(……こいつ、回を重ねるごとに成長している……?)
戦いを続けていくうちに、徐々にマオの手が読めなくなってきた。突拍子もない手を打ったかと思えば、堅実に攻めてくる……ミドリには、マオの意図が理解出来なかった。
「王手!」
「……っ!」
そんな折――とうとう、マオの一手がミドリを追い詰めた。すぐさまミドリは回避の手を取る。雨垂れ石を穿つかの如く、マオは着実に成長していた。
(落ち着け。慌てるな。まだ私の方が一手上だ。このようなボンクラ如きに、私が敗れるはずがない)
「王手!」
「何っ……!?」
詰みではない。王手だ。一手動かすだけでそれはすぐに回避出来る。だというのに、ミドリは驚かずにはいられなかった。先程まで何も出来なかった初心者が、だ。――マオは意思を宿した瞳で駒を動かし、その後、何度もミドリを王手まで追い込んだ。
「くっ……何故だ。何故立ち上がれる。何故そこまでして勝とうとする……?お前の心は、もう折れたはずでは……」
「折れてないっ」
「何だと……?」
「わたしは――我は、絶対にゴシキジャーを諦めない。ここであなたに勝って、我を認めさせてみせる」
「……!」
マオの顔は本気だった。≪聖鎧装着≫もせずに、その身一つでミドリを下してみせると言ったのだ。これまで一度も負けていないミドリを。
「世迷言だ……!私に勝てるはずがないっ」
「いや、勝てる。何故なら我は――魔王だからな」
マオの番。マオは一つの駒を持って、視線の先にある盤上に置いた。両者互いにほとんどの駒が奪われている中、置かれたその駒は――
「なっ……!?馬鹿な!?これは……!」
「……これで、詰みだ」
二方向から迫る二つの駒。それはミドリの王将の駒の逃げ場を、完全に封じていた。特訓終了の――合図だ。
「……古賀ミドリよ。これが、我の力だ」
「……!」
「これで文句を言われる筋合いはないな。一度とはいえ、我は貴様に勝ったのだから」
「……何故だ」
ミドリの言葉に、真剣な表情をしていたマオは首を傾げた。ミドリは歯を食いしばりながら、ギロリとマオを睨んでいた。
「何故、貴様はここまで変わった?」
「……え?」
「何故私の予測を超えた。何故引き下がらなかった。何故、何故……私に勝ったんだ?」
ミドリは俯き、ぐしゃり、と服を握ってそう言った。前髪に隠された表情からは、何の感情も読み取ることが出来なかった。マオは顔を覗き込むようなことをせずに、淡々と述べる。
「……別に、我は何も変わっていないさ」
「は……?」
「変わったのは……寧ろ貴様だろう、古賀ミドリ」
「私が……?」
「……最初は隙一つなく、我の手を完璧に封じていた。しかしどういうわけか、回を重ねるごとに、貴様の戦術に綻びが生じた。我はそれをずっと見ていただけだ。だから、我は諦めなかった」
「…………!」
馬鹿な。まさか、この私がミスをしていたというのか。ミドリはそんな事を脳裏に浮かべながら、目を見開いてマオを見る。……マオが成長していたのではない。ミドリが弱くなっていっていたのだ。
「……確かに、我――わたしは、あなたの言うように弱い人間だよ」
「!」
「だから、出来ないって思ったことは出来ないし、すぐ泣いちゃうし……普段だって、レモンに頼ってばっかり」
「……滑稽、だな」
「そうだね。でも、こんなわたしでも、誰かを助けることができる。誰かに報いる事が出来る。だからわたしは、ゴシキジャーを辞めない。自分のしてきた事には、命を張る価値があると信じてるから」
「…………!」
ミドリの脳内に、昔の記憶が再生される。
――大丈夫、怖くないよ。
それは、過ちの記憶。傲慢で無知な自分が引き起こした……罪の記憶。幼い……いや、幼すぎたミドリは、未だにそれにとらわれている。
「……私には、姉がいた」
「……え?」
だからなのか。その言葉はミドリの口から、無意識に溢れた。きょとんとした様子のマオが、ミドリを見る。
「明るくて、元気で、こんな無愛想な私にも優しくしてくれる、理想の姉だった」
「だった、って……」
「……姉は死んだ。私を突然変異種から庇ってな」
「…………!」
その時の光景を、今でも覚えている。まだミドリがゴシキジャーではなかった頃。二人で公園に遊びに来たミドリとシグレは、公園の中で突然変異種に襲われた。
「一瞬の出来事だった。私は姉を守ろうと、その身一つで突然変異種に挑んだ」
しかし、それは悪手だった。いくらミドリとはいえど、彼女の根底は幼い子供に過ぎなかったのだ。突然変異種の咆哮一つで怯み……その隙を突かれたのだ。ミドリは怯えて瞳をつむり……
「目を開けたら……腹を貫かれた姉が、そこに立っていた」
突然変異種の刃から妹を守った姉。身体の中心を貫かれた彼女は地面に崩れ落ちた。それを見て、ミドリは言い表しようのない恐怖に襲われた。
「けど、姉はずっと笑顔だった。怖いはずなのに、痛いはずなのに、身体を起こして、私を血塗れた手で、そっと抱きしめた。「大丈夫、怖くないよ」と言って離さなかった。その間も、突然変異種に身体をきり刻まれて……そのうち、姉は一言も発さなくなった」
「……っ!そんな、事が……」
「……そこを、赤羽オトに救われた。赤羽オトは地に伏した私の姉を見て、間に合わなくて申し訳ないなどとのたまった。もう少し早ければ、助けられたかも……しれない、のに……と、言って……」
そこから先に、ミドリは言葉を発せなくなった。彼女の瞳から溢れる涙が、小雨のように地面に落ちていく。それを見て、マオは思わず目を見開いた。
「……どうして……どうしてシグレが死んだっ……私はまだ、シグレと一緒にいたかった……一緒に遊びたかった……シグレがいないと……私は、一人ぼっちなんだ……」
「ミドリ……」
マオは、泣きじゃくるミドリを見て、悲しそうに眉を伏せた。思わず手を伸ばしたが、将棋盤を挟んだ彼女との距離は、なんだか酷く長いように思えた。……それでも、目の前の少女を助けたいと思い……気づけば、勝手に口を開いていた。
「――ミドリ。あなたは、一人じゃないよ」
「……え……?」
「だって、今はわたしがここにいるじゃん。頭が悪くて、力も弱くて……誇れることのない、後輩が」
「後輩……?」
「わたしがお姉さんの代わりになれるなんて、そんな図々しい事は言わないけどさ……愚痴くらいなら、聞くことが出来る」
「あ……」
「だから……さっきの調子に戻ってよ、ミドリ。わたしのことなら、いくらでも馬鹿にしてくれてかまわないからさ」
「…………!」
マオの穏やかな笑みが、ミドリの瞳に写る。ミドリが呆気に取られていると、マオは自分の纏う雰囲気を離散させて、こう言った。
「あ、でも限度はあるからね!?あんまり強い言葉を使われたらわたし、泣いちゃうから!そこのところをよく理解しておくよーに!」
マオはミドリの目の前に人差し指を指しながら、そんな情けないことを言う。その様が、あまりにも先程と違いすぎて……ミドリは、思わず噴き出した。
「……ぷっ!ハハハハハッ!そこは、「何を言っても大丈夫」、と虚勢を張るところだろうに……!ハハハハハハッ……!」
「あーっ!?なんで笑うの!?わたし今、かっこいいこと言ったつもりなのに!」
「やはりっ……貴様は、子供だな!……ふっ……くくっ……!」
「はぁー!?子供じゃないしー!もう十八歳だしー!?というか、子供はそっちでしょ!?」
笑いを必死に堪えているミドリと、怒りはしながらもどこか楽しそうなマオ。どこか似ている二人の間には、穏やかな雰囲気が漂っていた。
――――
「……特訓は終わりだ。貴様のことを認めてやる、翠川マオ」
「本当!?あ、じゃなくて……ハーッハッハッハッ!当然の結果であるな!」
――それからしばらくして。ミドリに特訓の終了を告げられたマオは、すっかり元の調子に戻って高笑いをあげていた。
「とはいえ、特訓らしい特訓はしていないがな……」
「ハッハッハ!我は完全完璧な魔王であるからな!我に足りぬ部分など、あってないようなものだとも!」
「そうだな。貴様の言う通りだ」
「ハーッハッハッハッ……!ん?あれ、否定しないの?」
途端に素に戻ってミドリを見るマオ。最初はあれだけマオのことを小馬鹿にしてきた彼女が、いきなり殊勝な態度をとってきたことに驚いたのだ。
「なんだ?否定して欲しいのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「ならば何も問題はあるまい。そうだろう、マオ姉?」
「んんん?」
おかしい。そう思ったのはもちろんマオだ。だって今、目の前の黒髪眼鏡ポニーテール毒舌少女から、随分と浮ついた声が聞こえた気がしたんだもの。
「えっと……古賀ミドリ?今、我のことをなんと……」
「む、この呼び名は不満か?とっても呼びやすくて、マオ姉の偉大さが現れた素晴らしい呼び名だと思うのだが……ならば、マオ様、マオ殿、マオエル様……」
「ちょっと待って??」
マオが「あれ?」と思いながらミドリを見る。ミドリはどこか恍惚とした笑みを浮かべながら、うっとりとした様子でマオを見つめていた。マオの人生でこれまでに一度も向けられたことのない熱っぽい視線である。
「あの……古賀ミドリ?わ、我は魔王なのだぞ?そのような妙な――もとい、可愛らしい呼び名で呼ばれる覚えはないのだが……」
「うん。やっぱりマオ姉が一番しっくり来るな。それに、このほうが私にとっても都合が良い――」
「ちょ、ちょっとストーップっ!」
急に早口で喋り始めたミドリに、マオは再び待ったをかけた。なんだろう、この感じは。じわじわと距離を詰められているような、この感覚は。例えるならばそう、赤羽アゲハに対する青宮リリスのような――っ!?
「……♡」
「……ハッ!?」
マオは気づいた。ミドリが自分を見てくる瞳が、捕食者のような瞳をしていることに。まるで、お前の全てが欲しいというような、その熱っぽい視線に、マオは何故か酷く既視感を感じた。
「マオ姉……私を、貴女の妹にしてくれ……♡」
「わぁぁぁぁぁぁぁ!?」
本性を表したかのようにマオに抱きついてきたミドリに、マオはやはり、と確信を得た。この少女は……青宮リリスと同類だ……!
「ちょ……離れっ……!ひうっ!?」
「私と比べて、随分と細い身体だ……この身体のどこに、あのような力が宿っているのか、気になってしょうがない……!」
「ひゃっ!?そ、そこはだめぇ……!じゃなくて!や、やめるのだ古賀ミドリよ!このままでは、あっ――我の尊厳が破壊されてしまうっ!!」
「マオ姉……?まさか、私を捨てるのか……?私を、一人にしないって言ってくれたのは……嘘だったのか?」
「ひっ……!?う、嘘じゃないですっ……!」
ハイライトの失われた瞳で見つめられては、マオはそう答えるしかなかった。ついでに、マオの言葉がミドリに都合の良いように解釈されているのも、指摘は出来なかった。
「ハハハハハハッ……マオ姉……♡」
「こっわ!何その感じめっちゃ怖いよ!ていうか身体触るのやめ、てっ……!」
身体を好き勝手弄られ、思わず素を出しつつ声を抑えるマオ。すっかりヤンデレ堕ちしたマオ(十二歳)は、そんなものは意に介さず、姉(姉ではない)への愛を囁く。――ミドリは本来、身内しか心を開かない内弁慶のきらいがあった。誰にも心を開かず、シグレのみに心を開いていたのもおそらくそれが原因だろう。しかし姉を失い、完全に殻にこもったともいえる状態に陥っていたミドリの前に現れた、新たな姉……それはミドリの殻を破るには十分だった。
「は、早く現実に戻って逃げなければ……!えっと、確かこの腕輪を、こうやって……」
「ハハハハハハッ……マオ姉、逃さないぞ……?」
「よし!できた!魔王・翠川マオ、直ちに帰還するっ!」
「マオ姉――♡」
仮想空間が揺れて、二人の姿が同時に消失する。――こうして、才児と魔王の特訓は、終わりを告げたのだった。




