第十九話 氷と水は紙一重
結局、オトの提案したこの集会は皆でお茶をするというものになり、後日、同じメンバーが再び基地に集められた。昨日はいなかったサクラも、仕事の合間を縫ってここに来ていた。
「……えっと、あの人達が、先代のゴシキジャー……なんだよね、アゲハちゃん?」
「ああ、そうらしいけど……サクラ姉、何で震えてるんだ……?」
「な、なんか凄そうな人達だから……緊張しちゃって……」
オトを除いた先代のメンバーを目にしたサクラの反応を見て、サクラ姉らしい、とアゲハは思った。サクラは人を見た目で判断するような人間ではないが、根が人見知りなのだ。……しかし、どうもサクラの震え方が、人見知りのせいというより何かを堪えているように見えるのは気のせいか。
「大丈夫だって。サクラ姉なら、誰とでも仲良くできるさ」
「そ、そうかな……?」
「――二人共、おしゃべりはそこまでだ。姿勢を正し、一列になれ」
外面百パーセントのオトに注意され、二人は他の仲間三人と横一列に並ぶ。アゲハ達の前には、オトを始めとした先代ゴシキジャーのメンバーが、横一列に並んでいる。
「ゴシキジャー諸君、よく集まってくれた。改めて挨拶をさせてもらうが……私は、前責任者のマッドからこのプロジェクトを引き継いだ、≪突然変異種対策本部≫設立者、赤羽オトだ。ゴシキジャーの諸君には面識のある者も多いだろうが、改めてよろしく頼む」
オトの挨拶に、現ゴシキジャーの五人は息を呑んだ。オトの内面を知っているアゲハ達三人は「え、誰……?」という困惑が混ざっていたが、レモンとマオは「これが組織の設立者……」と畏怖の念を抱いている。他の三人も一応、同じように畏怖の気持ちを抱いている。そんな彼女らの内情を知ってか、オトはハッキリとした口調で続きを述べる。
「本日忙しい中諸君を集めたのには、理由がある。それは、現ゴシキジャー諸君に……特訓をさせるためだ」
オトはそう言って、右手首につけた端末をいじり、空間に何者かの姿を映し出した。……それは、この前アゲハ達の戦った、マッドホワイトの姿だった。
「先日、我が組織の開発担当の一人であるマッドが、大規模な反乱を引き起こした。建物への被害は甚大だったが、死者は無し……それを解決したのは、現ゴシキジャー諸君、君達だ。組織を代表して、謝辞の言葉を贈らせてもらう。本当にありがとう」
オトは頭を下げて、感謝の念を述べた。そしてすぐに姿勢を正し、マッドホワイトの姿を消した。一瞬だけ柔らかい雰囲気を纏った彼女の雰囲気が、再び固いものとなる。
「――そこで、ゴシキジャー諸君に対し、これからの戦いの備えという意味と、激励の念を込めて……我ら先代ゴシキジャーが、直々に特訓をつけることにした」
「「「「ええっ!?」」」」
オトの言葉を聞いて、事前に聞いていたアゲハ以外のメンバーが目を丸くする。そんなメンバーはそっちのけで、オトは隣に立つ四人を指す。
「まずは、マリンブルー……青宮リリス。君の特訓相手は、元マリンブルーである、白河ミコトだ」
「よろしくお願いします、青宮さん」
「よ、よろしく……?」
「続いて、ランドイエロー……木戸レモンの担当は、元ランドイエロー、横田メアリーだ」
「レモンちゃんデスネー!よろしくお願いしマース!」
「は、はぁ……」
リリスの前に立ってお辞儀をするミコトに、列を崩してレモンの手を握るメアリー。そんな二人を、リリスはきょとんとした様子で、レモンは実に嫌そうな顔を浮かべていた。
「……アカシアグリーン、翠川マオ。君の担当は、元アカシアグリーンの古賀ミドリだ」
「は?何故そうなる?私は聞いていないぞ?」
「そ、そうだ!我も、こんな奴に指導されたくなどないっ!」
「……悪いが、決定事項だ。文句のある者は後で私に言ってくれ。……次に、ラブピンク、桃橋サクラ。君の担当は、元ラブピンクの桃井ツクモだ」
「よろしくね〜。あ、ツクモちゃんのいうことは、ちゃんと聞くこと〜」
「は、はい……よろしくお願いします……」
互いに嫌そうな雰囲気を発するミドリとマオ。朗らかな雰囲気を発するツクモに、人見知りが発動している様子のサクラ。……四人に担当を告げたオトは、一人立っていたアゲハの元に歩いて、疲れた様子で肩に手を置いた。
「最後に、フレアレッド、赤羽アゲハ……君は私が直々に担当する。身内だからといって手加減はしない。よろしく頼む……」
「いや、なんでそんなに疲れ切ってんだよ」
「昨日、ミドリを除いた三人に許可取りをしていてな……ミコトはともかく、メアリーは話が進まないし、ツクモはいちいち文句を言うし……ミドリに至っては、親御さんの許可が必要でな……とにかく大変だったんだ」
「お、おう……」
幽霊のように顔を青くしたオトを見て、アゲハはそれ以上何も言えなくなった。アゲハはオトと肩を組んで彼女を支えながら、他のメンバーの様子を伺う。
「……まさか道案内をして頂いたあなたが、私の後継者とは……数奇なものですね。……とはいえ、特訓は特訓。全力で取り組んでいただきますので、よしなに」
「う、うん……頑張る……!」
ミコトの言葉に当てられたのか、リリスは拳を握って気合を入れた。
「それにしても、レモンちゃんは随分とガッシリしてマスネー。めちゃくちゃにガチガチデース!」
「ちょっ……!?どこ触っとんや!?あっ、ちょ、やめ……!」
遠慮なしにレモンの身体を触るメアリーに、必死に声を抑えながら身を捩るレモン。
「全く、私がガキのお守りだと……?それに、こんなに頭の悪そうな奴がメンバーで、組織は本当に大丈夫なのか?」
「カッチーン……誰が!頭の悪そうな、ガキだってぇぇぇぇぇぇ!?」
ため息をついて己の不遇を嘆くミドリに、散々馬鹿にされて堪忍袋の緒が切れたマオ。
「えー、サクラちゃん、スタイルいーじゃーん。まっ、ツクモちゃんには及ばないけどー」
「そ、そうでしょうか……?」
小悪魔的な笑みを浮かべながらサクラを褒めるツクモと、戸惑った様子のサクラ。――そんな彼女達を見て、アゲハはポツリと呟いた。
「これ、本当に大丈夫なのか……?」
残念ながら、彼女の問いに答えてくれる人間はいなかった。
――――
――そして、冒頭に戻る。全力で特訓をつけようという意志を見せるミコト、やる気が漲っているメアリー……そして、敵意剥き出しのミドリに、所々ナルシストを出すツクモ。それに相対するのは、雰囲気に当てられてやる気を出したリリスに、身体を弄くり回されてブチギレたレモン……そして馬鹿にされ続けてブチギレたマオに、どこか必死な様子のサクラ。計八人が、それぞれの意思を持って互いに向き合っていた。
「……姉御、あいつらあのままにしてていいのか?」
「もう良いんじゃないかな」
「おい、適当に返事するな」
完全に上の空になったオトをアゲハが揺さぶると、オトはなんとか表情を引き締めて彼女達の前に立った。
「――各自、これを受け取ってくれ」
オトは懐から何かを取り出し、見事なコントロールで八人に何かを投げた。――それは、ゴシキジャーがつけているものにとても似ている腕輪だった。オトは同じものをアゲハに渡し、自分もその腕輪をつけた。
「これは特訓用のデバイスだ。これを付けた状態で目を閉じて横になると、精神が仮想空間に飛び、私が先ほど決めたメンバーで特訓が始まる。そして仮想空間で得た経験は、肉体と同期して現実のものとなる。諸君には、これをつけて施設内の医務室のベッドの上で寝てもらう」
「……なるほど、このようなものが……」
「オー、凄いデース!流石、オトさんデスネー!」
「……妙な造りだな。見たこともない造詣だ」
「なんか可愛くなーい。もうちょっとリボンとかつけてほしいなー」
四者四様の反応を見せる先代ゴシキジャー。対して、現ゴシキジャーはというと……
「……大きい。ブカブカ」
「仮想空間……丁度ええ、あの金髪女、目にもの見せたるわ……」
「これも星の定め……我の邪魔をするものは無し……我が封印されし力……解き放つ……!」
「リリスちゃん、大丈夫……?私の腕輪と、交換する……?」
明らかに様子のおかしい主従コンビと、呑気に腕輪のサイズを確かめるリリスとサクラ。こっちはこっちで実に彼女達らしい会話をしていた。
「……それでは、早速特訓を始める。ちなみに、仮想空間での一時間は現実では十分程度の時間だ。各自、適度に休憩を取ること。身体の安全のために、それだけは遵守してくれ。――では、医務室へ向かうぞ」
オトの言葉に一同は頷いて、彼女を先頭として医務室へと向かうのだった――
――――
――リリス&ミコト専用の仮想空間。そこでは早速、ミコトによる特訓が始まろうとしていた。
「青宮さん。ゴシキジャーに必要なものとは何か、貴女は知っていますか?」
「……知ら、ない。考えたことも……ない」
リリスの言葉に、ミコトはふむ、と顎に手を当てた。彼女はその無表情を崩さずに、リリスに淡々と言葉を返す。
「……私の持論ではありますが、戦士には、慈悲の心が必要だと私は思っています」
「慈悲の、心……?」
「はい。味方への気配り、人々を守るという意思、心に秘めている、誰かへの想い……そういったものの積み重ねが、慈悲の心を形作るのです。これは、人々を守る戦士……ゴシキジャーにとっては必要不可欠と言えるでしょう」
「誰かへの、想い……?それなら、アゲハへの想い……それだけで、事足りる」
ミコトの話を聞いてリリスが思い浮かべたのは、自分の恋人だった。彼女のためなら、例え火の中でも水の中でも飛び込んでいける。しかし、彼女のその答えを、ミコトは真っ向から否定する。
「いいえ、違います。青宮さんのそれは、大切な一人だけに向けられたものでしょう。戦士に必要なのは、不特定多数の誰かに向ける、愛情です」
「え……?」
「愛するものだけでなく、生きている人々を慈しみ、救いたいという気持ちを持つ……そんな慈悲深さを持つ者こそが、真の戦士と言えるでしょう」
……ミコトの言葉は、リリスには理解出来なかった。何故なら、リリスは生まれてこの方、アゲハ以外にそんな感情を向けたことがないからだ。親はいるにはいるが、出張ばかりで帰ってこない。最後に言葉を交わしたのは、だいぶ前だ。
「……よく、分からない……私の気持ちは、アゲハだけのもの。他の人に向ける余裕なんて……ない」
「……そうですか。ならば――」
ミコトがおもむろに指を鳴らすと、仮想空間が変化する。無機質な白一色の空間が、建造物が並ぶ都会の街にと変わった。
「一度、その身を持って教えて差し上げましょう」
ミコトはおもむろに刀を取り出し、リリスの目の前で構える。そして無表情を崩さぬまま、冷徹な声で呟いた。
「≪秘密結社ファイブカラー≫、異世界支部職員――白河ミコト、参ります」
いうやいなや、いきなりミコトが襲い掛かってきた!
――――
――コバルト・オーシャン!マリンブルー!
リリスの腕輪から高い声が響き、リリスの姿が青い鎧を纏った姿へと変化する。リリスの前には、刀を構えたミコトが迫ってくる。
「――シッ!」
「……!」
ミコトの刀を、≪青い槍≫で受け止めるリリス。しかし、ミコトの一撃は重く、押し返すことができない。
「……≪青い槍≫……相変わらず、変わった武具ですね」
「うう……!」
「ですが、まだ――浅い」
「っ!?きゃっ……!」
ミコトは刀を引かせて、リリスの槍の柄を素手で掴む。ミコトはそのまま力任せにリリスを押して、彼女の体勢を崩す。
「――はあっ!」
「うぐっ」
そのままミコトの蹴りが刺さり、リリスは建物の路地裏に吹き飛ばされた。痛みに耐えて、上にのしかかる板材などをなんとか払い除け、リリスはよろよろと立ち上がる。
「動きはまだ良いでしょう。ですが、この程度ではまだまだです。――段階を、少し進めます」
ミコトが再び指を鳴らすと、リリスの前に四人程の人影が現れる。おそらく、何かしらの敵兵を召喚したのだろう。リリスは警戒して、後ろに下がる。だが、人影はこちらに向かってきて……リリスは思わず、目をつぶってしまった。
「…………?」
しかし、いつまでたっても何か攻撃されたような感覚はなく……リリスは、恐る恐る目を開いた。――そこで目にしたのは、とんでもない光景だった。
「リリスー!あそぼうぜー!」
「あっ、ずるい!リリスはあたしと遊ぶの!」
「……リリス……!あたしを、助けてくれ……!」
「リリス……?なんでお前がここに……?」
リリスの周りに集まる、四人のアゲハ。これだけ聞くと、同じ人間が四人いる、と普通は思うだろう。ところがどっこい、その状況は全く普通ではなかった。アゲハ達は皆同じ顔だが……よく見ると、背丈も見た目も、今のアゲハとは異なっている。幼い頃からずっとアゲハを見てきたリリスなら見分けがつく。
「このまえはリリスがおにだったから、こんどはあたしがおにだな!まけないぞー!」
一番背丈の低い、どこか幼さを感じさせるアゲハ。今とは違う地毛の茶髪に、小さな子供が着るような動物がプリントされた服。彼女は、幼稚園時代のアゲハだ。
「リリス、あたしと遊ぼうぜー!ほら、ボール遊びとか、公園で遊ぶとか!」
一人目のアゲハより少し背が高く、しかし幼さを感じさせる二人目のアゲハ。髪は茶髪のままで、服装はTシャツ短パン姿。彼女は、小学生時代のアゲハだ。
「……なぁ、テストの勉強、手伝ってくれないか?次赤点取ると母さん父さんに怒られるんだ……!」
続いて、小学生時代より落ち着いた雰囲気の、今とあまり変わらぬ背丈のアゲハ。リリスと同じ中学校の制服を来ていて、どこか陰のある印象を受ける。彼女がゴシキジャーと関わるきっかけとなった、中学生時代のアゲハだ。
「…………」
最後に、そっぽを向いて不機嫌そうにしている、髪を赤く染めたアゲハ。今のアゲハとほぼ同じ姿で、違う所と言えば、リリスに冷たい態度をとっている、という所だろう。つまり、彼女は高校生でリリスと喋っていなかった頃のアゲハということだ。この状況は、一体――
「アゲハがいっぱい……まさか、天国……?」
リリスがまともに思考出来たのはそこまでだった。目の前にいる四人の異なる時代のアゲハ。気分はさながら好きな人の家族アルバムを見た時のような微笑ましい気持ち。同時に、自分の好きな人がたくさんいるという幸せな状況。リリスはその幸福感で、半分程脳が溶けていた。なんなら鼻血が出ていた。
「リリスはあたしとあそぶんだ!リリスをとるなよ!」
「嫌だ!あたしだってリリスと遊びたい!」
「……!?左右から、アゲハに抱きつかれ……!?」
「頼む、リリス!あたしを見捨てないでくれ……!」
「……昔のあたしとは仲良くするのに、今のあたしはどうでもいいのか?おい、答えろよ」
「はわわわわわ……!?」
左右から二人の幼いアゲハに抱きつかれ、肩を揺らされ、おまけに不機嫌そうに顎クイされ……リリスのキャパは悠々オーバーしていた。鼻血も止まってないし、顔はもう真っ赤だ。そんな腑抜けになったリリスを、ミコトは興味深い、といったように見ていた。
「ふむ、想像以上ですね……この仮想空間はここまで柔軟性が……これなら、上手くいくかもしれません。……それにしても、なんというか……えっと……」
リリスの様子を見て、ついにミコトの無表情が崩れた。なんか、漫画のヒロインが一目惚れしたシーンを、延々と見せられている気分になっていた。一体何を見せられているんだ自分は。
「……落ち着くまで、少し待ちましょうか」
ミコトは先程まで纏っていた威圧感を解き、リリスから目を逸らして次の特訓をどう進めるかを考えるのだった――




