第二話 燃えろ、フレアレッド!②
「なんじゃ、こりゃあ〜!?」
アゲハ宅に響き渡る叫び声。慌てたように自分の姿を確認しだしたアゲハを、サグルとリリスはまじまじと眺めていた。
「……アゲハ、想像以上。キュンとした」
「うわぁ……実姉の変身した姿キッツ……」
方や恋する乙女のような視線。方や汚物でも見たかのような視線。前者はいいとして、サグルのやつは後でしばく。
「おい、なんだよこれ!こんなひらひらした格好にされるなんて聞いてねぇぞ!」
「よし、それじゃあ機能の説明なんだけど」
「あたしの話を聞けよ!?何ナチュラルに説明に行こうとしてんだ!」
マイペースなサグルはアゲハのツッコミを無視し、懐からメモを取り出した。サグルはそのメモを見ながら、淡々と説明する。
「まず、お姉ちゃんの首元にあるリボン。それは他のゴシキジャーといつでも連絡を取ることが出来るよ。どこにいても電波は繋がるから安心してね」
「あのなぁ……だからあたしの話を……!」
「それって、一日中アゲハと連絡が取れるってこと!?」
「そうだよリリスお姉ちゃん。お姉ちゃんは寂しがり屋だから四六時中かけたらきっと喜んでくれるよ」
「いや喜ばねぇよ!?というかリリス!連絡なんて携帯で出来るだろうが!」
「アゲハの連絡先、知らない」
「後で教えてやるから!とりあえず今は黙っててくれるか!?」
「次に、武器の説明だけど――」
「だから話を続けるんじゃねぇよ!」
「……それじゃあ、一から説明してもらおうか」
リリスとサグルを正座させたアゲハは、仁王立ちで二人を見下ろしていた。リリスまで正座させる必要はなかったが、話が進まないので大人しくしてもらっている。
「コスプレ姉に正座させられるって、絵面が面白すぎるよね」
「コスプレ言うな。この姿にしたのはお前だろうが」
「でも割と気に入ってるんじゃない?お姉ちゃんって可愛い服好きだし、なんなら今もちょっと嬉しそうだし」
「べ、ベベベ別に!?っていうか、なんであたしが可愛い服が好きだって知ってんの!?」
「この前部屋でフリフリのワンピースを着て、鏡の前でポーズ取ってたじゃん」
「なんでそれを!?」
「お姉ちゃん、ドアは閉めたか確認したほうがいいよ」
アゲハは羞恥心で顔を覆った。確かにアゲハは可愛い服が好きで、よく自室で着ていたが……まさか弟に見られていたとは。死にたい。……アゲハは湧き上がる羞恥心を抑え、話を戻した。
「……それより!この格好の説明をしろ!」
「さっきしてたんだけどなぁ」
「あの雑な説明をお前は説明と言い張るのか」
理解した。この弟は姉の事を舐め腐っているようだ。顔と頭の良さだけは完璧なのだが、根っこが腐っている。弟の人格の悪さに、アゲハはため息をついた。
「でも、お姉ちゃんに一から十まで説明しても理解できないでしょ」
「うぐっ……そ、それでもだなぁ……」
「だからまずは、身体を動かして学べばいいよ」
サグルは徐ろに指を鳴らした。すると部屋の景色が切り替わり、アゲハの立っていた場所はコンクリートの地面となった。
「なっ……なんだこれ!?」
「新鮮味のあるリアクションをしてくれるね、お姉ちゃんは。リリスお姉ちゃんにこれをやったときは「ふーん」で済まされたのに」
「アゲハのことを考えていれば、火の中だって水の中だって怖くない」
狂気的なリリスの発言は無視して、アゲハは動揺しながら周りを確認する。道の幅が狭く、乱雑にものが置かれた人気のない建物の間。そこは、アゲハが一度怪物に襲われた、あの路地裏であった。
「いや、え……?あたし、さっきまで家の中にいたよな?」
「≪空間切替≫技術だよお姉ちゃん。ボク達がいたあの場所を、すでに貼ってあったシールを貼り直すみたいに切り替えたんだ」
「は?」
何を言っているのか全く分からない。だがこの状況はサグルが引き起こしたことだけは分かった。リリスの方を見ると、なるほどとばかりに頷いていた。いや、だからどういうことなんだ。――アゲハが困惑していると、ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ギシャアアアア!!」
「っ!?この声は……!」
声のした方を向くと、そこにはいつぞやの蟻型怪物が立っていた。アゲハに襲い掛かってきて、あのアカシアグリーンとやらに一撃で斬られたあいつだ。
「あれって、この前の……」
「ふーん、≪アントマ≫かぁ。あれくらいなら初心者お姉ちゃんでも大丈夫だね」
「へっ?大丈夫って、何が……うわっ!?」
聞き終わる前に、いきなり背中を押された。危うく転びそうになったが、すんでのところでアゲハは下を向きながら留まる。――顔を上げると、目の前に蟻型怪物がいた。
「「…………」」
黙り込む一人と一匹。その一瞬の沈黙の後……アゲハの耳に金切り声が響いた。
「ギシャアアアア!!」
「うわああああ!?」
蟻型怪物――アントマが鎌のような形の腕を振るってきた。アゲハは地面を転がってかわし、距離を取る。額に血管を浮かばせながら、アゲハはこの状況を引き起こした犯人に叫ぶ。
「おい、どういうつもりだサグル!さっき押したのお前だろ!危うくミンチになるとこだったぞ!」
「お姉ちゃんなら避けれるって信じてたよ」
「サグル……アゲハに何かあったら、どうする気だったの……?」
リリスがサグルに殺気を放つが、サグルはお構い無しにアゲハに呼びかける。
「さー、ラウンド1と行こうか。お姉ちゃん、そいつと戦ってみてー」
「戦ってみてって……いくらなんでも、うわっ!?無茶だろ!ちょっ!」
アントマは無差別に腕を振るい、アゲハを切り裂こうとしてくる。アゲハはそれをなんとか躱し、致命傷を避ける。サグルはリリスに胸ぐらを掴まれながらも、アゲハに指示を飛ばした。
「ほら、そいつ殴ってー」
「は!?いや、こんな奴にあたしの拳が効くわけ……」
「早くー」
「……ああもう、わかったよ!」
アゲハはアントマの攻撃を躱しながら、一気に距離を詰めた。拳を握り、腕に力を込める。すると、アゲハの右腕が赤い光を放った。アゲハはそれに気づかず、アントマだけを瞳に写す。
「……まず、一発!」
「ギシャアアアア!?」
アゲハは下から勢いよく右腕を突き上げた。見事なアッパー。それを無抵抗に食らったアントマは、上方向に吹き飛んだ。そのまま落下し、ドサリ、と音を立ててアントマが地を転がる。
「ギシャアアアア!」
「……今の、あたしがやったのか?」
アゲハは自分の右手を見つめ、ボソリと呟いた。アゲハは自分が力が強いほうだという自覚はある。しかし、自分の背丈以上の怪物を吹き飛ばせる程人間離れはしていない。自分のやったことにいささか困惑しながらも、アゲハは自分の身を守るために拳を振るう。
「せいっ!どりゃあ!」
「ギッ、ギシャア!?」
アントマの顔らしき部位に二発。その度に鈍い音が鳴り響き、アントマはたまらずバランスを崩す。しかし外傷は全くないようだ。それを見てアゲハはサグルに叫ぶ。
「おい、サグル!こいつピンピンしてるぞ!本当に効いてるのかよ!」
「そのはずだよー。あと五十回くらい殴れば倒せると思うー」
「攻撃避けながらそんなに殴れるわけねぇだろ!もっといい方法はねぇのか!?」
「仕方ないなぁ……リリスお姉ちゃん、変わりにあいつの相手しといて。お姉ちゃんに武器を渡してくるから。あ、倒しちゃ駄目だよー」
「……わかった」
サグルの案に了承し、マリンブルーに変身したリリスがアゲハの元へ走る。リリスは青い槍を取り出すと、アントマとアゲハの間に割って入った。
「リリス!?なんで……」
「交代。一度サグルの元に戻って。武器を渡してくれるらしいから」
「お、おう……ん?いや待て。リリスがあいつを倒してくれたらいいんじゃ……」
「それは駄目。私が倒したらアゲハのかっこいい所が見れない」
「それ今必要か!?」
「行って、アゲハ。ここは私が何とかする」
「……わ、わかったよ!戻りゃいいんだろ!」
アゲハはアントマをリリスに任せ、サグルの元に走っていった。アゲハが戻ってくると、サグルはその鉄壁の表情から口角を少し上げた。
「おい、サグル!早く武器とやらをよこせ!」
「ほら、お姉ちゃん。これ使って」
アゲハに渡されたのは、赤い光を纏った一振りの剣だった。アゲハは剣を手に持ち、まじまじと眺める。
「これって……剣か?」
「それは≪赤い剣≫。お姉ちゃんにしか使えない、意志を持った武器だよ」
「レッドソード?……名前そのまんますぎないか?あと、意志を持った武器ってなんだよ」
「まぁ、実際に使ってみてよ」
「相変わらず説明はないのな!……だがまぁ、わかった。こいつであの蟻野郎をぶっ飛ばすんだな」
「いっけー、お姉ちゃーん」
アゲハは剣を軽々と持ち上げ、野球バットのように振る。そしてサグルの気のない応援を背を受け、アントマに向かって走り出した。アゲハは交戦中のリリスに叫ぶ。
「リリス!交代だ!下がってな!」
「……!うん、わかった!」
リリスは≪赤い剣≫を持ったアゲハを見て、アントマから距離を取った。すかさずアゲハがアントマへと突っ込み、剣を一振り。
「おりゃあ!」
「ギシャア!?」
「もう一発!はぁっ!」
「ギシャーア!?」
アントマが剣の衝撃で吹き飛ばされ、再び地を転がる。アゲハはその隙を逃さず、剣で追撃を行う。
「せりゃあ!そいやっ!」
「ギシャアアアア!?」
「硬いんだよ、蟻野郎!とっととくたばれ!」
アゲハがアントマと戦いを繰り広げていると、いつの間にかリリスと並んで戦いを眺めていたサグルが口を開く。
「わぁー、ヒーローっぽくなー」
「アゲハ……かっこいい……好き」
「え、マジで?あの世紀末暴言姉のどこが?」
アゲハを熱っぽい瞳で見つめるリリスに、無表情ながらも引いた様子のサグル。アゲハが一生懸命戦っているにも関わらず、この二人はまるでショーでも観ているかのようであった。その二人を他所に、戦いは終わりへと近づく。
「ギシャ、ギシャア……」
「随分とボロボロじゃねーか。そろそろとどめだ……行くぞ、赤い剣!」
アゲハが赤い剣を高く掲げると、剣はさらに光を強めていく。やがてそれは一本の光線へと変わり、目の前のアントマに恐怖を抱かせた。アントマは酔っ払いのような足取りで、その場を離れようとする。
「ギ、ギシャア……!」
「逃がすかよ!≪爆剣・フレイムスラッシュ≫!」
アゲハは光線と化した剣を横向きに振るう。剣から発している熱が全てアントマを包み込み、地を裂くような一撃でアントマの身体が真っ二つに別れる。……そして、強い爆発を起こした。
「ギシャアアアア!!!」
アントマの断末魔が響き渡り、戦いの終わりを告げる。アゲハは剣を構え直し、爆発したアントマに背を向けた。その瞳に、赤い炎を宿したまま……
「いや、あれ何!?」
家に戻ってやっと変身を解き、先程の自分に起こったことを省みたアゲハは、疲れた様子のサグルに詰め寄っていた。
「代名詞で話を始めないで欲しいんだけど。もっと具体的に言ってよ」
「やかましいわ!あの爆発はなんなんだよ!あそこって家の近所だよな!?どう考えても大事故だろ!?」
「お姉ちゃんわかってないね。爆発は正義の味方とは切っても切れない演出だよ?もちろん無害に決まってるじゃん」
「あれを見てそれを信じろと言うのかお前は」
「……サグル。あれはやり過ぎ」
「そうだよな!?リリスからも言ってやってくれよ!」
「アゲハの変身スーツのスカート。短すぎ。タイツも履いてないから思いっ切り下着が見えてたし、風情というものを分かってない」
「違うだろ!っていうかスカート捲れてたのか!?誰か言えよ!あたし公衆の面前でパンツ丸出しで戦ってたのかよ!?」
見当違いの方向でサグルを詰めるリリスにツッコミをし、そしてその内容に赤面するアゲハ。確かに短いスカートだったが、捲れてるとか一切念頭になかった。穴があったら入りたい。
「安心して、見たのは私だけ。というか、あの場にいたのは私とサグル、アゲハだけだから」
「そ、そうなのか?」
「大丈夫、お姉ちゃんの下着には一ミリも興味ないから。ていうか見たくないから」
「最後の一言必要だったか!?なぁ!?」
うげっ、と顔をしかめるサグル。いつも無表情の癖にどうしてそういう時だけ感情を表に出すのだ。若干ツッコミ疲れを感じながら、アゲハは話を続ける。
「はぁー……まぁいい。一旦その話は置いておくとして……次はお前の話だ、サグル」
「ボク?ボクがどうかしたかな?」
可愛らしく首を傾げるサグル。サグルが中性的な美形であるせいか、その仕草はかなり絵になるのだが……見慣れたアゲハには一切響かない。
「なんでお前は、この腕輪や赤い剣を持ってたんだ?」
「あー、リリスお姉ちゃんに貰ったんだよ」
「嘘つけ。確かに今のリリスはあんなもんを持ってても違和感がないヤバい奴だが、そんな偶然があるわけないだろ」
「……アゲハ、私をそんな風に思ってたの?」
「ゴシキジャーに詳しかったのも変だ。お前は本と勉強にしか興味のない奴だし、人の苦しんでる姿を見て喜ぶサイコパスだろ」
「うん、お姉ちゃんがボクの事をどう見てるかよくわかったよ」
少し傷ついた様子のリリスは無視し、アゲハはサグルの事を詰める。……アゲハは頭はあまり良くない。しかし、その勘だけは異常に鋭い。いつも無表情のサグルが何を考えているかを理解できるのはアゲハだけだ。……だから、アゲハが理解できない事を考えている時のサグルは、アゲハにはとても怪しく見えるのだ。アゲハは少し顔をしかめ、サグルを睨みつける。
「答えろ。お前は……何を隠してやがる?」
「……はぁ、お姉ちゃんには叶わないなぁ……いいよ。教えてあげる」
サグルはアゲハの視線を受けながら、いつも通り飄々とした様子で、笑みを浮かべた。
「ボクは――ゴシキジャー技術担当、マッド。ボクの発明品を使ってくれてありがとう、お姉ちゃん♪」
その笑顔は、いつものサグルとは思えない程朗らかな笑みだった。




