第一話 燃えろ、フレアレッド!
「事実は小説よりも奇なり」という言葉がある。現実に起こる出来事は、小説よりも複雑である……赤羽アゲハという少女が今まさに直面している出来事も、そのように複雑であることに相違ない。
「……は?」
目の前にいる、蟻のような怪物。獰猛な牙を覗かせながら、ギラギラと赤い目を輝かせ、アゲハを睨んでいる。
「キシャアアアアア!!」
「うわぁぁぁぁ!?」
怪物が叫び声を上げると同時に、アゲハは背を向けて逃げ出した。学生鞄を抱えながら、スカートが翻るのも気にせず必死に走る。
(なんだこいつは!近道したせいでとんでもねぇ奴に会っちまった!)
アゲハは冷や汗を流しながら、鞄だけは落とさないように体勢を整える。しかし怪物は恐るべきスピードで迫ってくる。このままでは、追いつかれてしまうだろう。
(クソ、振り切れねぇ――)
「――ヒーロー、参上!」
アゲハは怪物を見た時、それは現れた。それと同時に怪物が蹴飛ばされ、ひっくり返る。
「ハーッハッハッハ!突然変異種如き我の敵ではない!行くぞ、≪緑の戦斧≫!」
それ――もとい金髪の少女は、緑に光る戦斧を構える。自身も緑の装束に身を包んでおり、さながらその様はヒーローのようであった。
「キシャアアアアア!」
「――一、閃っ!」
「キシャアアアアア!?」
勝負は一瞬。少女が振るった戦斧が怪物を真っ二つに切り裂き、塵となって消えた。アゲハは呆然としながら、少女の戦いを眺めていた。
「あ?え……?今、何が……?」
「ハッハッハ!大丈夫かそこの君!朝から突然変異種に襲われるとはついてないな!」
「……は、はぁ」
「おっと、それでは我はこれで!次あいつらを見かけたら、我、アカシアグリーンを呼ぶといい!さらばだ!」
そう一方的に告げ、少女ことアカシアグリーンとやらは姿を消した。アゲハはただ呆然とするだけで、展開について行けていなかった。
「お姉ちゃん、知らないの?今、聖鎧戦隊ゴシキジャーが話題になってるんだよ?」
家に帰ったアゲハは、二歳年下の弟に先ほど見たことを説明した。そして帰ってきた回答がこれである。どうやらあの奇っ怪なものを弟は知っているらしい。
「青い槍を使うマリンブルー、黄色い弓を使うランドイエロー、桃色のモーニングスターを使いこなすラブピンク、そしてお姉ちゃんがあったアカシアグリーン。以上が聖鎧戦隊ゴシキジャーで……」
「待て待て待て。ちょっと待ってくれ」
情報の供給量がやばい。どうして未知の情報を当たり前かのように流し込んでくるのだ。テスト赤点のアゲハの脳みそには入り切らない。
「何、お姉ちゃん」
「弟よ。お前は一体なんの話をしてるんだ?ゴシキマイだのマリンなんたらだの」
「ゴシキジャーだよお姉ちゃん。殴り合いの喧嘩ばっかりして脳みそに穴が開いたの?」
「なっ!?サグル、お前……!」
アゲハの弟――赤羽サグルは、無表情でやれやれと頭を振る。喧嘩っ早い性格であるアゲハに対し、サグルは冷めた性格でこのような辛辣な言動が多い。外では優等生なのがたちの悪いところだ。
「話を戻すけど、聖鎧戦隊ゴシキジャーは突然現れた正義の味方。お姉ちゃんが会った怪物――突然変異種を倒すために日夜励んでいるらしいよ」
「正義の味方、ねぇ……なんでサグルはそんなに詳しいんだ?その……ゴシキジャーって奴に」
「だってボクもこの前怪物に襲われたから」
「……はぁ!?おま、襲われたって……!」
「で、その時に救ってくれたマリンブルーさんに教えてもらった。猫被ってしつこく聞いたら教えてくれた」
……随分図太い弟だ、とアゲハは思った。……しかし、それでも疑問は残る。いや、そのゴシキジャーとかいう珍妙な集団がいるのは分かったが、突然変異種とは一体なんなのか。そもそもゴシキジャーなのに一色たりねぇ……とか。
「ちなみに前は赤い剣を使うフレアレッドがいたらしいけど、怪我して引退したらしいよ」
「引退?……怪我って、骨折とかか?」
「ぎっくり腰」
なんだその締まりの無い理由は。正義の味方ってこう……戦いの末に、とかじゃないのか?いや本人にとっては一大事なんだろうけど。
「……まぁ、もう関わることもねぇだろ。あたしはもうあの路地裏使わん。サグルも一人で帰るときは気をつけろよ?」
「あ、ボク友達と帰ってるから。ボッチのお姉ちゃんと一緒にしないで?」
このガキ、いつか締める。アゲハはそう決意した。
赤羽アゲハは不良生徒である。校則違反の赤く染まった髪にピアス。そして制服の上に羽織ったジャージ。最初は難癖つけられていたが、とうとう教師陣に愛想を尽かされ、そしてこの偏差値の低い高校が不良生徒の集まりであることも相まって諦められていた。
「えー、ではこの問題を……青宮、解いてくれ」
「はい、先生」
授業中。いつもだったら眠くて不貞寝しているアゲハだが、今日は違った。昨日の出来事が頭に鮮明に残っていて、寝たくても眠れないのだ。仕方なく今先生に呼ばれた黒髪ストレートの少女……青宮リリスの背中を眺める。学級委員長である彼女は、この高校では珍しい模範生であり、その見てくれの良さも相まって生徒からの人気も高い。ちなみにアゲハはそんなリリスと幼馴染だったりするのだが……アゲハが不良街道を進みすぎたせいで疎遠になっている。
「先生、出来ました」
「お?よーし……うん、正解だ。席に戻りなさい」
「はい」
淡々と先生の言葉に答え、リリスは真っ直ぐ自分の席に戻る。その際にリリスの方をみていたせいか、アゲハとリリスの目が合った。
「…………!」
リリスは一瞬目を見開いたが、すぐにそらしてしまった。アゲハはイラッとした。見知った仲なのだからそんな反応は普通に傷つくのだが。
(ふん……リリスめ、お高く止まりやがって……)
アゲハは知っている。リリスが本当は超のつく自由人であり、アゲハをからかって遊ぶのが大好きな愉快犯であることを。
「……まぁ、昔の話だがな」
「お、赤羽。今日は眠っていないのか。それじゃこの問題を解いてもらおうかな」
「√3」
「不正解だ。横着せずに前に出て問題を解け」
適当に答えを言ったら注意されてしまった。――あたしの考えてる途中に先公が話しかけてくんのがわりぃんだよ。と内心悪態を突きながら、寝不足で頭もまわらないので前に出て問題を――
(――あ、これ数学じゃん。全然わかんねぇ……)
解こうとして、すぐに断念した。毎授業寝ているアゲハには、数学はほぼ未知の学問であった……
「ただいまー」
「おはふぇりお姉ひゃん」
授業も終わり、何事もなく家に帰るとサグルが出迎えてくれた。饅頭を口に咥えながら喋っていたので何言ってるのかさっぱり分からなかったが。相変わらず舐めた態度を取る弟だ。
「……ん?誰か来てんのか?」
靴を脱ごうと下を向くと、弟の靴とは別に見覚えのないローファーが並んでいた。アゲハの家に出入りするのは父と母、あとは弟と自分くらいだ。さらに父と母は今出張で家にいない。よって、考えられるのは来客くらいだが……
「そうだよ。お姉ちゃんにお客さん」
「は?あたしに?」
「綺麗な黒髪の女の人。帰り道にいきなり声を掛けてきて、「アゲハに合わせて」って言ってたから家に入れた」
「ちょ、何してんだお前!怪しい奴だったらどうすんだよ!」
「確かに。お姉ちゃんに知人なんていないよね。もしかしたら不審者かも」
「知人がいないは余計だ。あと途中で気づけよ」
この弟は少し常識が欠けているようだ。……仕方ない。ここは警察に連絡して外に……
「……アゲハ?」
家の奥から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。それと同時に、リビングのドアが開かれた。そこにいたのは――アゲハにとって見覚えのある人物であった。
「……リリス?」
黒髪ストレートで、人形のように整った顔をした美少女……青宮リリスがそこにいた。リリスは弟と同じく無表情のまま、じっとアゲハを見つめていた。
「な、なんでリリスが家に?」
「私は幼馴染だから。アゲハの根城は私の根城」
「いやちげぇだろ」
いきなり何を言い出すのだこの女。戸惑いよりもツッコミが勝ってしまいアゲハの動揺が止まった。リリスはリビングから出て、アゲハに近づいて来た。サグルがそれを見て肩をすくめる。
「あっ、リリスお姉ちゃん。ちょっと出てくるの早いよ。お姉ちゃんにサプライズしたかったのに」
「ごめん、サグル。我慢できなかった」
「ちょっと待て、サグルはリリスがここに来たって知ってたのか?」
「……てへぺろ」
このガキ。いつか絶対締める。アゲハは携帯をしまい、ため息を吐いてリリスに向き直る。無表情でテヘペロしたサグルが大変腹立たしいが、無視だ無視。
「それで、リリスはあたしに何の用――」
「アゲハ、ゲット」
「うおっ!?いつの間に懐に……いや待て、なんで抱き着いてきたお前は?……ちょっ、本当になんなんだよ!あたしの胸に顔を埋めるな!痛いって!グリグリすんな!」
リリスはいきなり抱きついてきて、絶賛成長期のアゲハの胸に顔を押し付ける。どうしよう、不審者かと思ってはいたが本当に不審者がいるんだが。なんか息荒いし。
「ハァハァ……アゲハの香り……とても良い」
「気持ち悪っ!?ちょっ、サグルなんとかしろよ!こいつ引っぺがせ!」
「無理だよお姉ちゃん。ボクが痴漢扱いされたら責任取ってくれるの?」
「どこ触る気だてめぇ!リリスの腰引っ張って普通に剥がせや!」
「サグル、邪魔したら……刺すよ?」
「なんにもしないから安心してよ。とりあえずそのボッチ姉をもらってやって」
「サグル!?」
アゲハの胸に顔を埋めたままのリリスに脅され、サグルは意に介さず興味を失った様子でその場を去った……結局、アゲハはこの後二十分くらい拘束された。
二十分後。サグルが現場に戻ると、そこには顔を赤くして寝転がっているアゲハと満足そうな顔で鼻血を出して気絶しているリリスがいた。そんな状況を見て、サグルは一言。
「……夕べは、お楽しみでしたね」
「ぶっ飛ばすぞ!」
「いや、完全に事後じゃん」
「ちげぇわ!なんにもなかったから!お前マジでぶっ飛ばすぞ!?」
ガバッと身体を起こし、サグルの胸ぐらを掴むアゲハ。サグルはそんな状況でも無表情で、視線を下に落とす。
「……なんで服、はだけてんの?」
「必死にリリスを振り払った時に下着が取れたんだよ。そこに転がってんだろ?」
「実姉の下着とかキツ」
「……お前、マジで殴られたいみてぇだなぁ……!?」
「つまりはだけたお姉ちゃんを見て耐性のないリリスお姉ちゃんが死んだと。やったねお姉ちゃん。人類で初めて「悩殺」出来たじゃん」
「頭イカれてるのかお前」
ちょっとこの弟怖くなってきた。いやマジで。人として大切なものを何処かに置いてきてしまったのだろうか。殴る気も失せてきたので、弟を話してリリスの元へ。
「リリスー?大丈夫かその……鼻血とか」
「床が鼻血で汚れてなくてよかったね」
「お前は一回黙れ。……おーい、起きろー?」
アゲハがリリスの身体を揺らすと、リリスはすぐさま目を覚ました(鼻血を流しながら)。リリスは鼻血をぐっと腕で拭い、目に光を戻した。
「私は一体……」
「リリスお姉ちゃんはお姉ちゃんのあられもない姿を見て気絶したんだよ」
「えっ……!?」
「言い方ァ!お前ほんとに一回黙っとけ!話が進まねぇだろが!」
「私が、アゲハの…………あっ……」
「あ、気絶した」
「うがあああああーーーーー!!」
アゲハは頭を掻きむしり、怒りの限り叫びを上げた。
「……それで、あたしになんか用か?」
「アゲハ、それ一回聞いた」
「本来なら一回で済むはずだったんだがなぁ……?」
アゲハがサグルに目を向けると、サグルはスッと目を逸らした。このクソガキ。リリスは落ち着いた様子で、アゲハの問いに答える。
「単刀直入に言う。……アゲハ。私と一緒に、ゴシキジャーとして戦ってほしい」
「……はぁん?」
アゲハは首を傾げた。ゴシキジャーってあれか。サグルが説明したあの正義の味方とやらか。アゲハは半分与太話だと思っていたが、このリリスの雰囲気をみるに、あながち与太話でもなさそうである。……だが、あの優等生のリリスがこんな頭の悪い話をするか?アゲハが怪訝な顔をしていると……いきなり、椅子に座っていたリリスが立ち上がった。リリスはどこからか現れた腕輪を装着し、ポーズを取る。そして腕輪の一部のパーツを回した。
「見せたほうが早い。――≪聖鎧装着≫」
――ズバババーン!
「うわっ!?ど、どっから声が……?」
――コバルト・オーシャン!マリンブルー!
謎の高い声が響くと同時に、リリスの身体が青い光を放つ。アゲハは目を開けていられなくなり、咄嗟に顔を覆う。……やがて、光は収まり、アゲハは恐る恐る目を開けた。
「……ん?」
――そこにいたのは、青い装束を纏った青髪のリリスであった。一部鎧のようなものがついたその装束は昨日見たアカシアなんたらが身につけていたものに似ていた。
「お前、それは……」
「もうサグルから聞いてると思う。私はマリンブルー・青宮リリス。聖鎧戦隊ゴシキジャーの……≪青い槍≫」
「は?」
「受け入れてお姉ちゃん。これが現実だよ」
「いや受け入れられねぇよ!?」
久しぶりに幼馴染が家に押しかけてきたと思ったら、珍妙な名乗りで珍妙な格好の奴に変身した。わけが分からない。一から十まで理解できない。アゲハは頭を抱えた。
「……アゲハは、私のこと……いや?」
「なぁ、今そんな話してたかなぁ!?あと一回止めろや!整理する時間をくれ!」
「アゲハが受け入れてくれなくても……私は、アゲハの事、ずっと好きでいるからっ……」
「聞けよ!?止めろっつってんだろ!空想のあたしと会話するんじゃない!」
「わー、告白されてるー。モテ期ー」
よし、あの弟は後でしばく。なんかハァハァしだしたリリスを無視し、アゲハは頭の中の整理を始めた。
(……えっと、今何が起こってる?リリスがゴシキジャーで、あの怪物と戦ってる奴で……今あたしは、そのゴシキジャーとやらに勧誘されている……いや、どういう事だ?)
全然整理できない。情報量が多すぎる。見切り発車で書いた小説みたいだ。
「あー……リリス、お前疲れてんだよ。家帰って寝て休め。幼馴染のよしみで、相談くらいは聞いてやるからよ」
「疲れてない。私は八時間睡眠早寝早起き健康体」
もう結論が出ないので、「リリスがめっちゃ疲れてる」ということにしようとしたが、無下なく却下された。五時間睡眠遅寝遅起きアゲハはなんにも言えない。
「まぁ、いいんじゃないお姉ちゃん。いっちょ正義の味方になって世界救ってきなよ」
「おい、勝手に話を進めるんじゃない。……サグルは何とも思わないのか?ゴシキジャーだとかマリンブルーだとか」
「まぁ、人生いろいろだよね」
アゲハより二歳年下のはずのサグルは、適当にそんな事を言った。こいつ面白がってるだけだろ、絶対。と二人で話していると、リリスが少し目線を下にしてこう言っていた。
「……アゲハ、お願い。アゲハが隣にいれば、私はもっと強くなれる気がするの」
「……リリス」
アゲハに昔の記憶が蘇る。――幼少期よりリリスにからかわれていたアゲハは、ある時リリスにガチギレしたことがある。その時リリスは怖さで泣いてしまい、「お願い、嫌いにならないで」と今のように俯きながら言っていた。……根はいいやつなのだ、こいつは。――バツの悪くなったアゲハは頭をかきながら、そっぽを向いてぶっきらぼうに言った。
「……わかったよ。そこまで頼まれちゃ、断れねぇ」
「……!本当!?」
「まぁ、お前の話に付き合ってやるよ、リリス。一応あたしもゴシキジャーとやらに助けられた身だからな」
「嬉しい……!ありがとう、アゲハ!」
「交渉成立だね。それじゃ早速……はい、お姉ちゃん。これ付けて」
喜んでいるリリスを他所に、サグルはアゲハに赤い腕輪を渡した。リリスがつけていたものにどこか似ている腕輪を見て、アゲハは首を傾げる。
「……なんだこれ?」
「ほら、それ付けてポーズ取って。そして腕輪を回してっと……ほら、≪聖鎧装着≫って言ってごらん」
「……≪聖鎧装着≫?」
――ズバババーン!
「うわっ!?」
突然、高い音声が鳴り響いた。そして腕輪が赤く光り、アゲハの身体を包んでいく。アゲハは戸惑い、腕輪を外そうとするが……外れない。
「なんだこれ!おい、サグルお前何を付けやがった!」
――レッド・フレイム!フレアレッド!
「しかも止まんねぇし!これ外せよサグル!」
「変身途中で変身解除とか、禁忌だよお姉ちゃん」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇー!」
アゲハがサグルに掴み掛かろうとしたその瞬間――アゲハの身体を、赤い光が包みこんだ。光は赤い装束へと姿を変え、アゲハの姿を変えていく。――やがて、アゲハは赤い装束を付けた赤髪――もともと染めていたので赤だが――を長く伸ばした、ポニーテールの少女へと姿を変えた。光は収まり、その姿があらわになる。アゲハは眩しさで閉じていた目を開け、自分の手を見つめた。その手には――赤いグローブが装着されていた。それだけじゃない。首にかかる髪の重みに、やたらとひらひらした装束……アゲハは絶句した。そして、拳を震わせた。
「……な」
「「な?」」
「なんじゃ、こりゃあ〜!?」
アゲハは変わった自分の姿を見て、本日何度目か分からない叫びを上げるのだった。




