外伝 「赤羽サグル」
――XXXX年X月X日 赤羽アゲハ
……ねぇ、お姉ちゃん。
「ん?どうかしたか、サグル?もう真っ暗だぞ?」
ちょっと、怖い夢見ちゃって……一緒に、寝てほしいんだ……ダメ?
「それくらいお安い御用だ。ほら、こっちに来い」
ありがとう……ごめんね。こんな遅い時間に……
「気にすんなよ。あたしは姉ちゃんなんだから、もっと頼ってくれ」
えっと……それは、ちょっと……
「えっ?あ、あたしじゃ力不足だって言うのか!?」
そ、そうじゃなくて!……お姉ちゃんが頼もしくて、とっても強い事は知ってるんだけど……僕、ちゃんと自分で生きていきたいっていうか……頼るばっかりじゃ、ダメな人になっちゃいそうというか……
「……随分としっかりしてるな?お前、ほんとにあたしより年下か?」
……と、とにかく!僕ももっと強くなりたいんだ。僕はその……守られてばっかりだし。いつか、お姉ちゃんを守れるくらい……強くなりたい。
「……なれるさ。お前なら、絶対に」
えっ、お姉ちゃん……?あ、頭……
「お前はあたしの弟なんだ。あたしよりずっと凄い奴だ。きっと、何にだってなれる」
そ、そうかな……そうだと、いいな。
――――
――XXXX年○月○日 マッド
……この子が、サグルの姉か。なんだか、サグルやオトから聞いてた人物像と違うんだけど……
「…………」
喋りもしないし、ずっとベッドに座ってるだけ……完全に、人間としての力を失ってるのか。
「…………」
……これは骨が折れそうだ。まずはこの子に暗示をかけて、記憶を消去してっと……後は、好き勝手に記憶を捏造するだけでいい。……よし、完成だね。
「……ん?サグルか?」
――そうだよ。ちょっとお姉ちゃんと話したい事があってさ。
「……まぁ、別に良いけど……っていうか、あたし何してたんだ?ちょっと記憶が曖昧で……」
気にする必要はないよ。それよりボクとお話しようよ。
「お、おう……なんかサグル、雰囲気変わったか?」
そうかな?ボクはいつも通りだけど……
「そ、そうだよな。ごめん、なんか変な感じがして……」
気のせいだよ。そういえば、お姉ちゃんってそろそろ高校生になるんだよね?
「……ん?そ、そうだな。もう十五だからな」
いいなぁ、ボクもお姉ちゃんと同じ学校に通ってみたいなぁ。最近の勉強はつまんないし、ボクもお姉ちゃんと一緒に勉強したいよ。
「べ、勉強……確かにお前は成績もいいし、あたしの通う高校なんて余裕だろうけどさ……お前なら、もっと頭のいいとこ行けるんじゃねぇか?」
お姉ちゃんと一緒がいいんだよ。お姉ちゃんは弟心がわかってないね。
「……なんか、やっぱ変だな。お前、そんな弟心とかわけのわかんないことを言う奴だったか?」
あー……昔、言ったでしょ?ボクはもっと強くなりたいって。だからまずは、言葉遣いから変えてみようと思って。
「……いや、それにしたって変わりすぎ……」
……暗示、解除。
「…………」
ふぅ……次はもうちょっと、「赤羽サグル」を勉強してからにしよう……
――――
――XXXX年☆月☆日 赤羽サグル
「ふふ……アゲハ……」
……えっと、リリス、お姉ちゃん……?
「……!サグル……!?い、いつから、そこに……」
ずっと、いたけど……ねぇ。今、リリスお姉ちゃんが持ってたのって、お姉ちゃんの写真――
「気のせい。私はアゲハの写真を見て喜んだりしてない」
そ、そう?
「決して、アゲハがお手洗いに行っている間に、こっそり撮った写真を見てたりしてない」
そ、そうなんだ……
「……それより、サグルに聞きたいことがある」
な、何?
「アゲハって……好きな人、いたり……する?」
えっと……どうだろう。僕はそういうのは聞いたことないけど……というか僕、お姉ちゃんの知り合い、リリスお姉ちゃんしか知らないし……
「……そう。なら、別にいい……」
……リリスお姉ちゃんは、お姉ちゃんの事が……好きなの?
「好き。めっちゃ好き」
そ、そうなんだ。その、僕にはよくわからないけど……が、頑張ってね。
「……!家内からのお墨付き、貰った……サグル。私、頑張る」
あははは……
――――
――XXXX年□月□日 マッド
……次は、青宮リリスって子か……
「…………」
うーん……見た感じ、いろいろ複雑な子みたいだし……赤羽アゲハみたいな暗示を掛けたら、変になっちゃうかも。
「……アゲ、ハ……」
……!?この子、ボクの≪印象操作≫を自力で……!?早く、記憶を植え付けないと……!……はぁっ!
「……あれ?サグル……?なんで、私の家に……?」
わ、忘れちゃったの?お姉ちゃんの新しい情報を、リリスお姉ちゃんに教えるために来たんだよ。
「……!そうだった。サグル、今すぐ情報の開示を求める」
えっと……お姉ちゃんが、夜な夜な特撮ものを観ている事とか……?
「馬鹿なの?それくらい、知ってる」
知ってるの!?これって、結構な秘密だと思うんだけど!?
「私はアゲハの隅々まで知ってる。でも、それでも知らないことがある。サグルにはそれを聞きたい」
……お姉ちゃんは、ご飯を食べるとき、野菜から食べるとか……?
「常識」
常識なの!?
「はぁ……もっと有意義な情報が得られると思ったのに、がっかり。やっぱり、この目で確かめるしか……」
…………ボク、ちょっと用事思い出したから、帰るね。
「ん。次は、もっと役に立つ情報を持ってきて」
はーい…………この子はもう、記憶操作しなくて……いいかな。
――――
――XXXX年△月△日 赤羽サグル
……はぁ。
「……どうかしたの、サグル君?」
あっ……サクラ姉。ちょっと、嫌な事があって……
「そ、そっか……ごめん、そんな時に話しかけちゃって……」
だ、大丈夫だよ。……むしろ、話しかけてくれて嬉しいな。さっきからずっと、気分が滅入ってたから……
「そ、そんなに落ち込んでたの……?」
あはは……かっこ悪いよね。
「そんな事……ないよ。私も、よく落ち込んだりするし……」
サクラ姉が?そんな風には見えないけど……だってサクラ姉って、凄く大人っぽくて、何でも出来そうなのに。
「ほ、褒め過ぎだよぉ……えへへ。私なんか、まだまだ未熟だから……」
お姉ちゃんが言ってたよ。サクラ姉は凄い人だって。それに、サクラ姉って凄く綺麗だし。
「ふぇ……!?き、綺麗……!?」
未熟なのは、僕の方だよ…………はぁ。
「さ、サグル君……そんなことないよ。私はサグル君の良い所、いっぱい知ってるよ……?」
え……?
「サグル君は優しいし、人の事を第一に考えられるでしょ?頭も良いし、人のいい所をたくさん見つけてくれる……私はいつも、そんなサグル君のこと、かっこいいと思ってるよ……!」
サクラ姉……ありがとう。なんか、元気が出てきたよ。
「えへへ……よ、よかった……また、落ち込んだりしたら……私に言ってね。もしかしたら、力になれないかもしれないけど……」
……ううん、それで十分だよ。
――――
――XXXX年○月△日 マッド
「…………」
……さて、後はこの人かな。赤羽アゲハの交友関係が狭くてよかった……また青宮リリスみたいなのが現れたら、ボクの計画が狂っちゃうもんね。暗示って結構大変だし、さっさと終わらせちゃおう。
「…………」
……それにしても、この人――桃橋サクラだっけ?背丈も大きいし、というか今まで見てきた他の人間より全体的に大きい。今のボクの身体だと、大分身長差があるね。ちょっと怖いかも。
「……?サグル、君?」
……この星の生物はどうなってるんだ。どうしてボクの≪印象操作≫が効いていない?いや、効果が阻害されてるのか?だとしたら、面倒な事になるなぁ……
「サグル君は、事故で死んだんじゃ……?……もしかして、幽霊……?」
――≪印象操作≫
「…………」
ふぅ……流石に、二回連続でやれば阻害されないみたいだね。さてさて、この人にはどういう記憶を植え付けようか……
「…………」
……ふむ?なるほど。桃橋サクラは、赤羽サグルの事を好きだったと……確か、青宮リリスも赤羽アゲハに恋愛感情を抱いていると言っていたな。それなら、桃橋サクラには……今のボクを好きでいてもらおう。そうすればボクの正体を疑われる可能性を減らせるからね。じゃあ、そんな感じに暗示をかけて、っと……
「……サグル君?」
やぁ、サクラ姉。こんにちは。
「こ、こんにちは……え?何で、サグル君が私の家に……?」
お姉ちゃんにちょっと、お使いを頼まれちゃって。サクラ姉はよく無理をするから、このお菓子を食べて休んでくれって言う伝言と、お姉ちゃんから預かったお菓子を持ってきたんだ。はい、これ。
「わぁ……美味しそう……!ありがとう、サグル君……!」
それを買ってきたのはお姉ちゃんだから、また今度お礼を言ってあげてね。
「うん。そうするよぉ……」
さて、それじゃあボクは、労いの意味も込めて、このお菓子をサクラ姉に食べさせてあげようかな。
「ええっ!?た、食べさせるって……」
サクラ姉、疲れてるでしょ?ちょっとの間だけ、ボクがサクラ姉の手になってあげようと思ってさ。
「私の、手に……!?そ、それは流石に……!」
ん?ああ、安心して。手は綺麗に洗ってるから。それとも、迷惑だったかな……?
「め、迷惑じゃないですっ……」
よかった。じゃあ早速……あーん。
「あ、あー……もぐもぐ」
どうかな?美味しい?
「お、おいひいです……」
じゃあ、あと何個か食べさせてあげるね。食べ過ぎは身体に良くないし、あと二つくらいでいいかな?
「ひゃ、ひゃい……」
……まさか、これしきのことでそこまで顔を赤くするとはね。人間には、まだまだ未知の領域があるみたいだ。
「サグル君……?」
あ、ごめんごめん。ぼーっとしてた。それじゃあ、二個目行こっか。はい、あーん。
「あ、あーん……」
――――
――XXXX年△月□日 マッド
ねぇねぇ、そこの人。
「む?……なんだ?我を呼んでいるのか?」
そうだけど……あっ、その校章の色……先輩だったんですね。タメ口聞いてごめんなさい。
「別に構わぬぞ、少年。我は慈悲深い魔王であるからな!して、この魔王になんの用だ?」
……すいません、人を間違えたみたいです。失礼しました。
「待て待て!そちらから声を掛けておいて、何故立ち去ろうとしている!」
いや、思ったよりクセの強い方だったので……あまり、関わりたくないなぁ……と。
「おい、やめろ!ストレートに言うんじゃない!傷つくであろう!?」
あ、割と繊細なんだ……
「ああああぁぁ!なんなのあなた!?わたしをからかって何がしたいわけ!?」
いや、からかってるわけじゃ……というか魔王さん、その……口調が変じゃないですか?
「そんなことないもんね!変なのはそっちだもん!中庭で一人ボッチ飯をきめているわたしに関わろうとする人なんていないもん!」
……あの、ボクでよければ、一緒にお昼ご飯食べます?
「……ええっ!?いいの!?」
はい。その代わり、ちょっとボクの話を聞いてもらってもいいですか?
「うん!……コホン、勿論だ!我と食事を出来ることをありがたく思うのだな!」
うっわ面倒くさ。
「ん?何か言ったか?」
いえ、何も…………参ったな。すぐに話を済ませて戻るつもりが……勧誘も楽じゃないね。
「少年?おーい?」
少年……?ボクの事ですか?
「それ以外に誰がいる?ここには我と貴様の二人しかいないだろう」
……ボクは赤羽サグルです。少年じゃなくて、名前で呼んでください。
「では、サグルと呼ばせてもらおう!ハーッハッハッハ!」
……あの、先輩のお名前は……
「我か?我の名は、翠川マオ!唯一無二にして絶対的な力を持つ魔王である!」
魔王さんですね。よろしくお願いします。
「うむ、よろしく頼むぞ!サグルよ!」
あれ?ボク、もっと大切な事をしにきたような……?
――――
――XXXX年☆月△日 マッド
「……単刀直入に言うで。お嬢様から手を引くんや。赤羽サグル」
ちょっ……!何でボク、首根っこ掴まれてるの!?
「あんた、うちのお嬢様に何を吹き込んだ?」
お嬢様、っていうのは……魔王さんのことかな?
「そうや。四六時中魔王とかふざけたこと言ってるあのボッチお嬢様や」
……んん?なんか、魔王さんへの言葉強くない?ボク、そこまで言ってないんだけど。
「あんたがお嬢様にあの妙な腕輪を渡してから、お嬢様――翠川マオ様は、怪物と戦うようになった」
む、無視した……というか、魔王さんが怪物と戦ってること知ってたんだね。
「うちはお嬢様のボディーガードやからな。お嬢様に危険が及ばんように護るのがうちの仕事や。お嬢様が普段何をしているかは全部知っとる」
なるほど……あの、そろそろ離してくれない?首が痛いんですけど。
「そう言って、さっさと逃げるつもりやろ」
逃げないよ。逃げ切れるとも思ってないし。
「随分と潔いな。もっと抵抗してくると思っとったんやけど」
だってボクは逃げる理由がないから。あなたが望むなら、ボクは魔王さんに腕輪を返してもらう。けど、果たしてあの人が素直に腕輪を返してくれるかなぁ……?
「……交渉のつもりか?」
いや、別に?でも、魔王さんは相当に頑固みたいだからねぇ……最近知り合ったばかりのボクが言うんだ。彼女と長い付き合いのあなたなら……腕輪を取り上げようとしたらどうなるか、わかるよね?
「……確かに。お嬢様は気に入ったもんは絶対手放さんからな。ああいう変身アイテムみたいなヤツが大好きな人やし、うちが説得してもごねるだけやろうなぁ……」
……自分のボディーガードにここまで言われてるのか、魔王さん。でもまぁ、これならこの人に説得の余地ができそうだ。
「……なんや?こっちをじっと見て……またなんか企んどるんか?」
そうだよ、ボディーガードさん。実は、いい提案があるんだ。魔王さんを危険な事に巻き込ませないようにする、そんないい提案が。
「……ほう?それは、あんたがお嬢様から手を引くことよりもいい案なんか?」
勿論だよ。きっと満足してもらえると思う。
「……なら、話だけでも聞かせてもらおか。けど、うちに刺さらん提案やったら、すぐさま却下して、お嬢様から手を引いてもらうで」
分かった、それでいいよ。じゃあ早速だけど、これを着けてもらえる?
「……これ、お嬢様がもらったやつと同じ腕輪やん。何でうちまでこんなけったいなもんをつけんといかんのや」
それがボクの言う提案ってやつさ。ボディーガードさんには、魔王さんと一緒に怪物――突然変異種と戦ってもらいたい。
「突然変異種?なんやそれ?」
魔王さんが戦っている、見境なく破壊活動を行う怪物だよ。ボクはそいつらを倒すために、この腕輪を使いこなせる人を探しているんだ。
「……それが、お嬢様ってことかいな」
そういう事。で、この話の本題は、ボディーガードさん……あなたも、その資格を有しているってことだ。つまり……
「……うちが身代わりになれっちゅうこっちゃな?」
アハハ、違うよ。僕が言いたいのは……一緒にゴシキジャーになってみるのはどうかな、ってことさ。それなら、一番近くで魔王さんを守れるでしょ?主人のに嫌われることもなく、魔王さんを危険な目に遭わさずに済む……ねっ、いい案でしょ?
「……確かに、ええと思うけど……うちへのメリット、少なないか?」
安心して。給料は出ないけど、ボクのお金でよければあなたの依頼として報酬を払うこともできるよ。どうかな。
「……あんた、悪いやっちゃなぁ……!……ふふっ、でも、悪い話やないな……ええで、契約成立や」
え、いいの?正直、釣れるとは思ってなかったんだけどな……
「ん?今、なんか言うたか?」
いや、何でも。じゃあ、これからよろしくね、ボディーガードさん。
――――
――XXXX年〆月○日 マッド
……ようやく、この日がやってきた。先代のメンバーのおかげで装備のデータも整った。ここまで二年も掛かったけど、サクラ姉とリリスお姉ちゃんも無事勧誘出来たし、後はアゲハお姉ちゃんだけだ。アゲハお姉ちゃんは結構仁情に熱いところがあるから、リリスお姉ちゃんを引き合いに出せばうまく釣れるはずだ。
「……だというのに、なんで気が進まないのかな」
サグルが殺されたあの日、ボクは彼の願いを叶えると決めた。アゲハお姉ちゃんを笑顔にする……いや、サグルを守れなかったアゲハお姉ちゃんを、恐怖から湧き上がる笑みで染め上げるために。今までの布石は、全部この時のためだ。アゲハお姉ちゃんを絶望に叩き落とすための。
――僕の願いは、お姉ちゃんが笑っていられること、かなぁ……
「……っ」
どうした、今さら何を躊躇っている。ボクはサグルの願いを叶えるって決めたじゃないか。そのために、今まで……
「ボクのやっていることは、正しいのか……?」
脳裏に浮かぶ疑惑を、自分の意志で打ち消した。ボクは唇を噛み、拳を握り……心の中に怒りを滾らせた。決して消えない、あの時の怒りを。
「……大丈夫。大丈夫だよ……サグル」
ボクが、君の願いを叶えるから……




