第十七話 継がれし意志
「……あたしは……ゴシキジャーを続けたい」
アゲハの言葉に、オトは目を見開いた。オトだけではなく、その場にいるリリス以外のゴシキジャーが、驚いた素振りを見せる。
「……何故だ、アゲハ。さっきも言ったように、ゴシキジャーは危険な役目なんだぞ」
「そんなの、今さらだろ。それに、あたし達が辞めたとして、突然変異種はどうするんだよ」
「……新しくメンバーを集める。それまでは、私含めた先代のゴシキジャーで……」
「でも、オトさんはぎっくり腰で引退してるって聞いたぞ。また再発するかもしれないだろ?」
「なっ……!?どこでそれを!?」
「マッドから聞いた」
「あいつ……!よりにもよってアゲハに教えるとは……!」
頭を抱えてこの場にいないマッドへの恨みを募らせ、顔を赤くするオト。そんな彼女を、マオやレモンが首を傾げながら見ていた。
「……オト殿は、先代ゴシキジャーだったのか?」
「というか、引退の理由がぎっくり腰て……結構変わった理由やな」
「オトさん……無理は、しないほうがいいと思いますよ……?」
「や、やめてくれ!そんな目で私を見るんじゃない!と、というかアゲハ!先代のゴシキジャーなら、私以外にもあと四人いるから!別に戦力としては申し分ないだろう!?」
(((……あ、話逸らした……)))
マオ、レモン、サクラの哀れむような視線から目を逸らし、オトはアゲハに向かって反論する。アゲハは毅然とした態度を崩さぬまま、オトを見つめている。
「……そうかもしれねぇ。あたしより何倍も頭が良くて、力も強いオトさんの仲間なら、あたしが戦う必要はないのかもしれない」
「そうだろう?だから――」
「――でも、それじゃ駄目なんだ」
アゲハはリリスの方を見て――この場にいないマッドの言葉を思い出し、自分の気持ちを、言葉として形にする。
「……マッドから聞いた。あたしの両親とサグルは、突然変異種に殺されたって」
「……!」
「オトさんは知ってたんだろ?マッドの正体を知っても、驚いてなかったしな。あたしにマッドの催眠がかけられていたことも、知っていたんだ」
「……その通りだ」
アゲハの指摘を、オトは素直に受け入れた。アゲハの言葉通り、オトはアゲハ、リリス、サクラに掛けられている催眠を知っていたのだ。彼女らを守るためにと、見て見ぬふりをしていた。オトは申し訳ないといった様子で顔を歪め、顔を俯かせた。
「……すまない」
「……別にいいよ。おかげで、あたしは今もまともに生活できてる。それについては、責めるつもりはねぇ」
「なら、何故その話を……」
「……今日までずっと、ゴシキジャーとして戦い続けて、あたしは突然変異種がどういう奴らなのかわかった。またマッドの時みたいな事が起こったら、今度はこいつらにも、民間人にも、死人が出るかもしれねぇ……あたしは、それが怖い」
「アゲハ……」
「もうあたしと同じ目に会うような奴を、増やしたくない。誰かを守れるように、自分を守れるように……あたしは、強くなりたいんだ。そのためには、ゴシキジャーの力が必要なんだ」
アゲハは瞳に意志の炎を宿し、オトの瞳から目を逸らさない。アゲハはリリスの手を握ったまま、もう片方の手を自分の胸の前で握りしめ……こう言った。
「だから……頼むよ、オトさん。あたしに――ゴシキジャーをやらせてくれ。この通りだ」
アゲハは、深々と頭を下げた。……いつもとは全く違うアゲハの様子を見て、その場にいる全員……いや、アゲハを信じているリリス以外は、驚いた表情を浮かべていた。……オトはアゲハを見ながら、昔の彼女の姿を思い返していた。
(……いつもどこか上の空で、なかなか自分の意志を言わないアゲハが……この短期間で、こんなに変化したのか……)
どこに行くにも自分の後ろをついてきた、オトにとっては娘同然の少女。そんな彼女は、もうオトの助けを必要としないほどに、強い少女になっていた。それを理解した時……オトは、口元に笑みを浮かべた。
「……わかった。アゲハ、君はこれからも、ゴシキジャーのフレアレッドだ。私の後を継ぐ、勇敢な戦士だ」
「……!オトさん……!」
「……しかし、そうなるともう後戻りはできない。確実に修羅の道を歩む事になるだろうが……それでもいいのか?」
「ああ!寧ろ、どんと来いだ!」
「……なら、好きにするといい。私からは、もう何も言わないさ」
オトがそうやって笑顔を浮かべると、感極まったアゲハはオトに抱きついた。……リリスの手を離して。
「ちょ、アゲハ!?」
「ありがとな、オトさん!」
「ああ、美少女が私に抱きつい……じゃなくて!皆が見ているんだから止めてくれ!」
「アゲハ……?まさか、浮気……?」
「ほら、リリスちゃんが怖い顔をしているぞ!だからとりあえず止めよう!な!?」
「ちょ、押すなよオトさん!危ないだろ!?」
「アゲハは私のもの……誰にも渡さない……!」
オトはアゲハを突き返し、引き剥がされたアゲハはリリスに抱きつかれる。そんな茶番のようなシーンを、他の三人は少し安心したような様子で見ていた。
「……なんか、うちらが口出す暇もなかったな」
「流石は、我が好敵手である。心身共に、強き戦士だ」
「アゲハちゃん、凄いなぁ……」
三人の呟きは、アゲハ達の騒ぎに掻き消され、その三人以外が耳にすることはなかった。
――――
「……ふぅ、疲れた……」
自室のベッドの上で、アゲハは力の抜けたように寝転がる。その横についてきたリリスが腰掛け、アゲハに向かって微笑む。
「……上手くいって、良かった」
「そうだなぁ……まさか、オトさんを説得出来るとは思わなかったよ。リリスのおかげだな」
「私は何もしていない。全部、アゲハがやったこと」
リリスにそう言われて、アゲハは天井を眺めながら笑みを浮かべる。その瞳は先程と同じように、強い意志を宿していた。
「というか、結局皆辞めなかったな……」
アゲハとリリスの騒ぎが収まった後、マオ、レモン、サクラも、ゴシキジャーを続けることになった。命令されてではなく、自分の意志でだ。
「ふふん、我が好敵手がゴシキジャーを続けるのであれば、最古参である我もその道を歩むしかないであろう?」
「……まぁ、お嬢様もこう言うてるし、しばらく付きおうたるわ。報酬はきっちりと用意してもらうで」
「わ、私も、誰かを助けられる人になりたい……!」
三人はそのような言葉を言って、オトにゴシキジャーを続けられるように頼み込んだ。そしてめでたく続けられるようになり、ゴシキジャーは存続する事になった。リリス?彼女はアゲハが辞めない時点で辞めないに決まっている。だってアゲハの事が大好きだから。
「……それにしても、変な気分だな……自分で進む道を決めるってのは」
「……それは、アゲハがちゃんと考えていた証拠。賞賛されるべきこと」
「ははっ、ありがとな。褒めてくれたお礼にハグしてやるよ、ほれ」
「……え、それって……」
「ほら、こっちに来いよ」
「……え、ええと……お邪魔、します」
リリスはアゲハと同じようにベッドに横になり、アゲハの腕の中に潜り込んだ。リリスの腰にアゲハの手が回され、リリスの顔が真っ赤に染まる。
「やっぱり、リリスは可愛いな。お前がいたから、あたしは変われたのかもしれん」
「……そ、そう……」
「ん?リリス、なんか顔が赤くないか?」
「……!?!?……し、しらないっ……!」
アゲハの顔を直視できず、リリスは顔を赤くしたまま目を逸らした。しかし天井ではなくベッドに視線を向けたため、ベッドに顔を埋める形になった。可愛らしい幼馴染の様子を見て、アゲハは彼女の頭を撫でる。
「……悪い、からかいすぎたか?」
「……今のはよかった。もっとやってほしい……」
「あ、そう……」
どうやらお気に召したらしい。よかった。アゲハは自分でやっておいて苦笑いを浮かべながら、リリスを撫でていた。そうしてしばらく互いに黙っていると、ふと、リリスが口を開いた。
「……ねぇ、アゲハ」
「ん、なんだ?撫でるのはお気に召さなかったか?」
「……違う。それは続けて。……私が聞きたいのは……さっきのこと」
「さっきのこと?」
「……アゲハは、なんでゴシキジャーを続けようと思ったの?」
……リリスにそう聞かれて、アゲハは言葉を詰まらせた。……リリスの知っているアゲハは、自分の意志を見せることが少ない人間だった。誰かを守るために立ち上がる強さはあるものの、あんな風にオトに反発するようなアゲハを、リリスは初めて見た。……リリスの疑問を聞いたアゲハは、少し視線を下に向け、声のトーンを落としながらこう言った。
「……マッドがさ、言ってたんだよ。ゴシキジャーは、サグルのアイデアから創ったんだってさ」
「サグルの、アイデア……?」
アゲハの口から出てきたのは、彼女の弟の名前だ。突然変異種に殺され、ある意味一連の騒動を引き起こした元凶……何故今になって、サグルの名前が出てくるのだろう……と、リリスは首を傾げた。
「サグルの願いは……あたしを笑顔にすること、だったらしい。あいつは心優しい奴だったから、両親から見限られてグレたあたしを……放っておけなかったんだろうな」
「…………優しい、願いだね」
「だろ?……そんな中、あいつはマッドっていう友達に出会って……マッドの奴に、こんな事を言ったらしい」
――お姉ちゃんを助けてくれるヒーローがいればなぁ……テレビで見るような、五人組のヒーロー……誰かの笑顔を守れるような、そんなヒーローが。僕じゃ、お姉ちゃんの力にはなれないから……
「……マッドの奴は、そんなあいつのお伽噺みたいな願いも、叶えたいと思ったらしい。だから、ゴシキジャーを創ったんだと」
「……そう、なんだ」
「だからあたしは、その願いを終わらせるべきじゃない、と思った。誰かの笑顔を守れる、五人組のヒーロー……あいつがあたしを救いたいと思ってくれた意志を、今度はあたしが受け継いで、誰かに返したい……そう思ったんだ。そのためには、解散なんてしてる場合じゃないだろ?」
「……アゲハらしい」
「ははっ、まぁ、あたしが戦うのはちょっと違うかもしれないけどな……結局は、あたしの自己満足にみんなを巻き込んだだけだよ」
「そんなことない。私は、とてもいい考えだと思う」
「ありがとな。そう言ってくれて嬉しいよ……まぁ、一応言っとくが、オトさんに言ったあの時の言葉も、嘘じゃねぇぞ?今のあたしには、守るべきものがたくさんある。例えば、お前とかな」
「……私も、ゴシキジャーの一員なのに?」
「お前はもう、あたしにとってなくてはならない存在だからな。それに……ずっと一緒に、いてくれるんだろ?」
「……うん。アゲハが望むなら、ずっと」
「なら、あたしはお前を絶対に守る。あたしは、もう大切な人を亡くしたくないからな」
「アゲハ……」
「……リリス、じっとしててくれ」
「え、アゲハ……?何を――」
……言い終わる前に、リリスの視界がアゲハの顔でいっぱいになった。リリスの唇が一瞬熱を帯び、すぐにその感触は離れた。きょとんとした様子のリリスは、数秒経って……さっきよりも、顔を赤くした。
「あ、アゲハ!?今……!?」
「……じゃ、あたし寝るから。おやすみ」
「え、ちょっと……!?なんでそっぽ向くの!?今の、その、えっと……!……うぅぅぅ……!」
アゲハはリリスと同じように少し顔を赤くして、寝返りをうってリリスに背を向けた。彼女の顔には、笑みが浮かんでいて……後ろにいるリリスはずっと、両手で顔を押さえて悶えていた。
――空に浮かんでいる太陽の光が、二人のいる部屋にうっすらと差し掛かっていた。




