第十五話 燃え上がれ!赤き炎と白き光!
アゲハはオトの車に乗せてもらい、目的地である隣町に向かっていた。どことなく緊迫した空気の中、助手席で外の景色を眺めながらアゲハは口を開いた。
「……なぁ、オトさん」
「ん、なんだ?」
「……何で、オトさんは突然変異種と戦ってるんだ?」
「……何故、そんな事を聞く?」
「オトさんだって、あたしに似たような事聞いただろ。それに、オトさんだって、戦うのは嫌いなんだろ?」
アゲハの言葉に、運転しているオトは前を向いたまま、どこか暗い声色で話を続ける。
「……確かにそうだな。私は戦うためではなく、自分を守るために格闘技を習った。まぁ、君は昔、私の教えた技を戦うために使っていたがね」
「うっ……今は、そんな事してないだろ」
「ああ。私の弟子は随分と丸くなった。それに、とびきり可愛く成長した。昔はあんなに手が付けられない乱暴者だったのに……」
「お、おい!何であたしの話ばっかりしてるんだ!」
「おっと、すまない。つい昔を思い出して……」
オトは少しからかうような口ぶりでそう言うと、少し咳払いをして、真剣な表情と声色で本題に入った。
「……私はな。四年前に大切な人を失ったんだ。突然変異種のせいでね」
「……え?」
「その人とは仲が悪くて、口を開けばいつも喧嘩ばかりしていた。堅物で、こっちの話を全く聞かない憎たらしい人だったよ」
「……それは、大切な人なのか?」
「まぁ、昔は優しかったからな。子供が生まれてからは、その優しさは失われたが……それでも、私にとってはかけがえのない大切な人だった。けど、その人は突然変異種に殺された。彼女の夫と一緒にな。だから私は、同じ悲劇を繰り返さないように、突然変異種と戦う組織を創ったんだ」
オトは話の最中、ずっと前を向いていた。アゲハがどんな顔をしているかを横目で確認することもせず、ただ前の道路だけを見ていた。
「オトさん……」
アゲハは、その先を口に出来なかった。何か慰めの言葉を掛けようと思ったが、無理だった。言ったところで、オトには届かない。彼女はそう感じさせる悲壮感をまとっていた。
「……アゲハ。君は、君の母の事を覚えているか?」
「……え?」
突然そんな事を言われ、アゲハは首を傾げた。……アゲハには、両親との記憶が殆どない。というのも、アゲハの両親は共働きで出張も多く、家にいることがほとんどなかったのだ。最後に顔を見たのはいつだったか、アゲハは思い出せない。嫌なことを思い出し、アゲハはぶっきらぼうに言った。
「……覚えてるわけないだろ」
「……そうか。なら、それでもいいさ。思い出せないなら、きっとその方がいい」
アゲハにはオトの言っている言葉の意味がよくわからなかった。だが、オトの何かを堪えているような横顔を見ると、その意味を尋ねる気にはなれなかった。運転を続けながら、オトはどこか悲しそうにこう言った。
「……アゲハ。もし母親のことを……姉さんの事を思い出したら教えてくれ。どんな些細な事でもいいから」
そう言ったきり、オトはそれ以上喋らなかった。
――――
オトの車が隣町についた途端、アゲハは≪聖鎧装着≫をして車を降りた。アゲハは身体を動かして、怪我の痛みを感じないことを確認すると、≪赤い剣≫を肩に担いで、車に乗ったままのオトに出発の挨拶をする。
「……よし、じゃあ行ってくるぜ、オトさん」
「ああ、行ってこい。ここまで君のわがままに付き合ってやったんだ、帰ってこなかったら許さないぞ?」
「ははっ、わかってるって」
アゲハはそう言って、その場を去った。オトは窓から顔を覗かせて彼女の後ろ姿を見ながら、ボソリと呟いた。
「……大丈夫。君ならきっと、ヤツを乗り越えられる」
その呟きは風に吹かれ、ざわめきの中に消えていった。
――――
「アハハハハ!逃げてばっかりじゃつまらないよ、リリスお姉ちゃん!」
人気のない町中で、白い戦士――マッドホワイトはあちこちを銃で撃ちまくり、逃げ回るリリスを歩いて追いかける。対するリリスは撃たれた箇所を押さえながら、よろよろと逃げていた。
「サグル……もう、やめて……!」
「ん?ボクは赤羽サグルじゃないって言ったでしょ?ボクはマッド。君の敵なんだよ、リリスお姉ちゃん」
「サグル……」
「……はぁ。その名前で呼ばないで欲しいな。ボク、その名前……大っきらいだからさぁ!」
マッドは銃を両手に構え、リリスの逃げる方角に向かって複数の光球を放つ。それらは曲がるようにリリスの元へ飛ぶと、すぐ近くの地面で爆発した。爆風のあおりを受けて、リリスは地面に転がされる。
「痛っ……」
「ほら、どうしたのさ?まさか、さっきの攻撃で参ったとか言わないよねぇ?」
「……っ!≪激流・スパイラルブラスト≫!」
リリスはなんとか身体を起こし、水を纏った槍を振るう。しかし、マッドは銃を構えてその槍を受け止めた。
「なっ……!」
「甘いよ、リリスお姉ちゃん。もっと、力を込めないと、ねぇっ!」
「かはっ……」
マッドは言葉の途中で一回転してリリスの攻撃を受け流し、隙のできた所に蹴りを喰らわせた。再び、リリスが地面を転がる。
「こほっ、こほっ……」
「おや、もうギブアップかい?困るなぁ、そういうの。もっと抵抗してくれないと、面白くないじゃない」
「……っ」
マッドの声色が変わり、彼の周りに白い光球が現れる。それらはマッドの持つ銃に集まると、銃は白い光を発しながら、その銃口をリリスに向ける。
「もっと、耐えてみせてよ?――≪双銃・マッドネスバースト≫」
マッドの掛け声と共に、無数の光球がリリスに向けて放たれる。それらは弧を描いて飛び回り、一斉にリリスに迫っていく。回避しようにも、リリスの身体は痛みで動かす事が出来ない。
「……っ」
迫る光球に、リリスは思わず目を瞑り、腕を顔の前に持っていく。迫る命の危機に、身体が勝手に動いていた。……しかし幸運にも、光球がリリスに届く事はなかった。
「≪爆剣・フレイムスラッシュ≫!」
突然リリスの前で聞こえた、聞き覚えのある声。何かが吹き飛ばされるような音が響き、リリスは恐る恐る目を開けた。――そこには、赤い魔法少女のような装束を身に纏った、赤髪の少女がいた。
「……アゲハ!」
「大丈夫か、リリス?待たせちまったな」
アゲハはリリスの方に振り返り、ニッと笑った。そのかっこよさと美しさに、リリスの顔が赤く染まる。同時に、直前まで迫っていた死への恐怖が襲い掛かり、リリスは涙を流していた。それを見て、アゲハは表情を崩して狼狽える。
「っておい、何で泣いてんだ!?本当に大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……!アゲハぁ……!」
「うおっ……参ったな、こりゃ」
リリスは泣きじゃくりながらアゲハに抱きつき、アゲハはそんな彼女を見て、苦笑しながら頭を撫でる。少し空気が緩んだ後、アゲハは真剣な表情をして、リリスを撃ったマッドの方を向く。
「――さて、リリスを泣かせたのはお前か?」
「あらら、本当に来ちゃうとはね……フレアレッド。せっかくの楽しい戦いに、乱入するなんて酷いじゃないか?」
「マッドホワイト……!この怪我の借り、そっくりそのまま返してやるよ!覚悟しろ!」
「おお、怖い怖い。でも、君が相手をしてくれるっていうなら……そのお言葉に甘えちゃおうかな?」
マッドは銃を構え、アゲハ目掛けて光球を放つ。アゲハはリリスを庇いながら素早く回避し、≪赤い剣≫でマッドに斬りかかる。マッドは銃を前に出し、剣を受け止める。
「だから……ボクには効かないよ!君のしょぼい剣じゃ無理だって!」
「なら、これは……どうだ!」
アゲハは剣を引っ込め、回転しながら蹴りを放つ。突然の不意打ちに、マッドは身体を仰け反らせる。
「くっ……なるほど、蹴り技か……!」
「あたしの武器は、剣だけじゃねぇ。この拳と足だ。自慢じゃねぇが、喧嘩ならオトさん以外に負けたことないからな」
「……アハハハハ!面白いよ、フレアレッド!これは……本気を出す必要があるね!」
「……っ、こいつ、雰囲気が……!」
高笑いを上げながら、マッドは殺気を纏い、周囲を威圧する。アゲハは警戒してマッドから距離を取り、リリスを自分の後ろに立たせる。マッドは仮面の奥で笑いながら、手を高く掲げる。
「来い、≪赤い剣≫――!」
マッドが叫ぶと同時に、彼の手に赤く輝く剣が現れる。それは、アゲハの持っている≪赤い剣≫と瓜二つの剣だった。
「なっ……それは!あたしの――!?」
「はぁぁぁぁ!」
「……!くっ……!」
マッドの振るう剣を、アゲハは自分の剣で受け止め、鍔迫り合う。マッドは素早く身を引き、剣に炎を纏わせる。
「――≪爆剣・フレイムスラッシュ≫……!」
「……!?危ねえ……!」
炎を纏った斬撃が、アゲハに向かって飛んでくる。アゲハが剣で受け止めようとしたが……斬撃は剣で受け止める寸前に、複数に分かれてアゲハに襲いかかった。
「ぐっ……うああっ!」
「アゲハ――!」
身体中に熱を持った斬撃をくらい、リリスの叫ぶ声を背に受けて、アゲハはその場に膝をつく。斬撃を受けた箇所からは血が流れていた。アゲハはマッドを睨みながら、声を絞り出す。
「何で……お前が……それを……!」
「何故かって……君なら分かるんじゃないかな?燃えるように熱い心と、異常なほど鋭い勘を持った、赤羽サグルの姉……赤羽アゲハなら」
「えっ……?」
「って、わかんないか。勘はあくまでも勘だし。そうだよね――リリスお姉ちゃん」
マッドはそう言って、剣を持ちながらリリスの方を向いた。アゲハもつられてリリスの方を見る。リリスは怪我の痛みのせいか顔を歪めていた。しかし、そのリリスの表情には、どこか影があるように見えた。様子のおかしいリリスの様子に、アゲハは呟く。
「リリス……?」
「――大丈夫か!?赤羽アゲハ!」
アゲハがリリスを見ていると、聞き覚えのある声が聞こえた。声に振り返ると、マオ、レモン、サクラの三人が、アゲハの元に駆け寄ってくるのが見えた。三人はアゲハとマッドの間に割って入り、アゲハを見下ろす。
「この魔王が助太刀に来てやったぞ!感謝するがいい!」
「寝ときって言うたのに、あんたほんとに体力お化けやな」
「あわわ……アゲハちゃん、また酷い怪我……!えっと、手当をしなくちゃ……!」
突然現れた三人にアゲハは呆気に取られ、言葉を失う。傲慢な物言いのマオ、こんなときでも辛辣なレモン、アゲハの怪我を見て泣きそうになっているサクラ……そんな三人の後ろに、剣を持ったマッドが迫るのを見て、アゲハは慌てて叫んだ。
「皆!後ろ……!」
アゲハの言葉に、三人が振り返る。マッドは攻撃をすることなく、剣を構えたまま首を傾げる。
「おやおや、これでゴシキジャーが全員揃ったね。でもおかしいなぁ……?町にはまだ、突然変異種が暴れてるはずだけど?」
「ふん、我らの力を甘く見るなよ?あの程度の敵、我らにとっては朝飯前だ!」
「空におったあのデカブツを倒したら、後は突然変異種を片付けるだけやったからな」
「が、頑張りました……!後は、あなただけです……!」
三人の言葉を聞いて、マッドは仮面の奥で驚愕の表情を浮かべた。次いで、こみ上げてくる感情を堪えきれないかのように笑い声を上げた。
「アハハハハ!君達、本当に面白いね!ギガンダイルがやられたなんて想定外だよ!それでこそ、ボクが選んだ甲斐がある!」
「……選んだ?」
アゲハがマッドの物言いに違和感を感じていると、マッドは笑うのをやめて五人の方を向く。
「ああ、ごめんごめん、一人で盛り上がりすぎたね。――じゃあ、改めてラウンド2と行こうじゃないか、ゴシキジャー!」
マッドがそう言うと同時に、≪赤い剣≫が姿を消し、彼の左手に≪青い槍≫が、右手には≪緑の戦斧≫が現れた。それを見て、リリスとマオが驚愕の表情を浮かべる。
「……!?あれは、私の……!」
「我の戦斧……!?ふん、なかなか面白い余興であるな……!」
五人は警戒し、目前の白い戦士――マッドホワイトに向けて武器を構える。マッドは自らの高揚感を抑えきれず、仮面の奥で笑みを浮かべながら、高らかに宣言した。
「さぁ、かかってきなよ、ゴシキジャー!」
――――
マッドが最初に狙ったのは、リリスとマオだった。マッドは二人の方に矛先を向け、槍と戦斧を巧みに扱いながら襲いかかる。
「ほら、どうしたのさ!キレが悪いよキレが!」
「うっ……強い……!」
「怯むな、青宮リリスよ!所詮奴の使う武器は紛い物だ!」
そう言って鍔迫り合うマオに、マッドは仮面の奥で笑みを浮かべた。彼の持つ青い槍が、水の竜巻を纏っていく。
「……紛い物かどうか、試してみるかい?――≪激流・スパイラルブラスト≫!」
「……っ、きゃっ……!」
マッドは槍を弱っているリリスに向け、水の竜巻をリリスにぶつけた。リリスは一瞬にして吹き飛ばされ、建物の壁にぶつかって意識を失った。
「なっ……青宮リリスを一撃で!?」
「てめぇ!よくもリリスを!」
それを見て激昂したアゲハが、マッドに襲いかかる。しかし、マッドはアゲハの攻撃を槍で捌き、今度はマオの攻撃を防いでいる戦斧に風を纏わせた。マッドはマオの戦斧を弾いて高く飛び上がり、自ら竜巻のように回転して斬り掛かった。
「――≪旋風・トルネードディザスター≫」
「なんだと!?――ぐあああっ!」
マオはマッドの攻撃を受け、その強い衝撃で地面を転がり、気を失う。それを見て、レモンは思わずマオの方を見て叫んだ。
「――お嬢様っ!……よくもお嬢様を……!」
レモンはマッドを睨み、黄色い弓を構えて光の矢を連射する。しかしマッドはアゲハの攻撃を躱しながら、槍と戦斧を振るい、矢を叩き落とした。
「なっ……!?うちの矢を、全部……」
「不意打ちは卑怯だよ、ランドイエロー。――卑怯な子には、お仕置きしなくちゃね」
マッドはその場から飛び退き、青い槍と緑の戦斧を消失させる。そして、自らの背後に二つの≪黄色い弓≫を出現させ、自らも≪黄色い弓≫を構えた。
「――≪狙撃・グランドショット≫」
マッドが光の矢を放つと同時に、凄まじいスピードの光の矢が彼の後ろに浮かぶ弓から放たれる。三本の矢は弧を描きながらレモンに向かい、矢は一瞬にして彼女の身体を穿つ。
「かはっ……」
「――木戸さん!」
レモンは身体の中から口に上がってきた血を吐き、その場に崩れ落ちる。それを見たサクラは、マッドに背を向け、彼女の元に駆け寄る。
「しっかりしてください……!今、サグル君に連絡を……!」
携帯を取り出したサクラを見て、マッドは両手に二つの≪桃色のモーニングスター≫を出現させ、サクラ目掛けてモーニングスターを振るった。
「――≪烈愛・マジカルバスター≫」
「きゃあっ……!」
モーニングスターの放つ二撃を変身スーツの鎧部分に受け、サクラは吹き飛ばされて建物にぶつかる。サクラは声も発さずに、そのまま気絶した。
「サクラ姉!」
「よそ見をしている場合かい、フレアレッド!」
サクラを心配するも束の間、再び赤い剣を出現させたマッドがアゲハに斬りかかる。アゲハは怪我による痛み、戦闘で負った傷の痛みを堪えながら、なんとか剣を防ぐ。鍔迫り合いになりながら、アゲハはマッドを睨む。
「リリスだけじゃなく、サクラ姉まで……!てめぇ、絶対ぶっ飛ばしてやる!」
「無理だよ。君はボクには勝てない」
「やってみなきゃわかんねぇだろ!」
アゲハは剣を引き、マッドの無防備な部分に向かって剣を振るう。マッドは身体を捻り攻撃を避け、先程のアゲハのように蹴りをくらわせる。
「ぐあっ……」
「懐かしいね、この感じ。あの頃も、君はがむしゃらにボクに立ち向かってきた」
「くそっ……はあっ!」
「昔から変わらないね。動きが単調で、実に読みやすい。精神は……あの頃のままだ」
「わけわかんねぇこと、言ってんじゃ、ねぇ!」
マッドに言葉を切りながら何度も剣を振るうが、マッドはその全てを防いでみせる。やがて、身体の限界を迎えたのか、アゲハの勢いがマッドを下回り、動きが鈍くなっていく。
「ぐうっ……!」
「隙あり、だよ」
アゲハに生まれた一瞬の隙を逃さず、マッドは剣を振るって、アゲハの剣を弾き飛ばした。
「あっ……剣が!」
「――≪爆剣・フレイムスラッシュ≫」
「なっ……ぐああああっ!」
アゲハは真正面から炎の斬撃をくらい、その身体が吹き飛ぶ。地面を転がり、飛びそうになる意識を保ちながら……アゲハは顔を上げる。
「ぐ、ぅ……マッド、ホワイト……!」
「あれ、まだ意識があるんだ。なかなかタフだねえ」
「何で……こんな事を……お前も……ゴシキジャーじゃ、ないのか……?」
「ボクはゴシキジャーじゃないよ。この装備は、君達の使ってるものを改良しただけさ。ボクは君みたいに、人を助けたいとか、誰かを守りたいとか、高尚な考えは持ってないわけ」
マッドは倒れているアゲハに歩み寄り、その身体を思い切り踏みつけた。身体が圧迫され、アゲハは苦悶の声を上げる。
「ぐあっ……」
「ボクはさぁ、君達と楽しく戦いたいんだよ。特に君……赤羽アゲハとね」
「……何で、あたしの名前を……」
「……まだ気付かないの?勘の良い君なら、この声でそろそろ気付いていると思ったんだけど…………ねぇ?お姉ちゃん?」
――その呼び名を聞いた時、アゲハの脳は活性化した。アゲハは驚きで目を見開いて、首だけをマッドに向ける。すると、マッドの着けている仮面が、一瞬だけ黒髪の少年の顔に変わった。それを見て、アゲハは声を絞り出すように呟いた。
「……サグ、ル……?」
「あっ、やっと気づいてくれたんだね?遅いよ〜。もうリリスお姉ちゃんにネタバレしちゃったじゃない」
「何で……!?何で、サグルが……!?――ぐあっ」
アゲハが顔を上げようとすると、マッド――サグルは踏みつける力を強くする。マッドは口調こそ飄々としたものだったが、彼の仮面の奥の表情はどこか見下すような冷たい表情をしていた。
「そう、ボクは赤羽サグル。赤羽アゲハ――君の、可愛い弟だった者だ」
――――
「サグル……?」
「ボク、裏切り者なんだ。お姉ちゃんを怪我させたのも、他の四人を戦闘不能にさせたのも、お姉ちゃんを今ボコボコに負かしたのも……ぜーんぶ、ボク」
マッドはアゲハを踏みつけながら、飄々とした言動を崩さず、悪魔のような笑い声を上げる。
「アハハハハ!ここ最近の生活、楽しかったかな?正義の味方になって突然変異種を倒す気分はどんな感じ?気持ちよかったよね?楽しかったよねぇ!?――でもそれも今日で終わり!お姉ちゃんはボクに殺されるんだよ!」
「……サグル、お前……!」
「あっ、その呼び名止めてくれる?さっき言ったじゃん。ボクは赤羽サグルだった者。君にその名前で呼ばれる筋合いはない。だから、マッドって呼んでほしいな」
楽しそうな様子から一転、冷ややかな口調でアゲハを踏みつけるマッド。アゲハは痛みを堪えながら、キッとマッドを睨みつけた。
「何で、こんな事をしたんだ……!お前の目的は、何だ……!」
「おや、まだ喋れるんだね。じゃあその根性に敬意を評して、教えてあげよう。――ボクと、サグルの事を」
――――
ボクが彼――サグルと出会ったのは、突然変異種としてこの星に降り立った時……今から四年前のことだった。家で本を読んでいた彼は、庭に立つボクの姿を見るなり腰を抜かした。
「ひっ……!化け物……!」
化け物なんて、酷いなぁ。ボクはただ遊びに来ただけなのに。
「だ、誰かっ……!助け……!」
――≪印象操作≫
「……あれ?身体が……動かない……」
君のボクへの印象を、化け物から友好的な生物に変えた。精神に干渉する事は無理だったみたいだけど、身体は素直だったみたいだね。君は無意識のうちに、ボクを歓迎するようになったってことさ。ようは催眠だね。
「……!?催眠術……!?」
そういうこと。さて、侵略の足掛かりとして、最初の獲物は君を――
「凄いっ!凄いよ!本当に催眠術が使えるの!?」
……ん?
「催眠術を使える人なんて、初めて見た……!怪物さん、もっと催眠術見せてよ!」
な、何その反応……?あれだよ?ボクは他者を自由に操れるんだよ?怖いとか……思わないの?
「最初は怖いと思ったけど……今は、全然怖くないよ!それよりも、催眠術が見たい!」
……君、面白いね。いいだろう、ボクの技を見せてあげようじゃないか。対象は……この家の人間でいいかな。
――――
やぁ、また会ったね。
「あっ、もしかして、怪物さん……?」
そうだよ。珍しいじゃないか。君が外に出ているなんて。
「……怪物さんが、お母さんに催眠をかけたでしょ?そのおかげで、外に出られるようになったんだ。怪物さんこそ、何で女の子になってるの?この前は宇宙人みたいな感じだったのに」
あの姿だと不都合だからね。この星の人間の子を真似たのさ。よく出来てるだろう?
「うん。どこからどう見ても、女の子にしか見えないよ。やっぱり、怪物さんって凄いね!」
……君は、ボクの事を全然怖がらないよね。一応ボク、この星を侵略しに、遠い遠い所からやって来た侵略者なのに。こうしてる今も、ボクが君を襲うかもしれないんだよ?
「え……それは、ちょっと怖いかも」
でしょう?分かったなら、もっとボクを怖がって……
「でも、僕は怪物さんが悪い人じゃないって分かってる。ほんとに襲う気なら、最初に僕と会った時にしてるはずだよ。そうでしょ?」
……確かに。何でボク、君の事を野放しにしてるんだろう?姿を見られたら、殺さなきゃいけないのに……
「……きっと、怪物さんは優しい人なんだよ」
優しい?ボクが?
「うん。だって、怪物さんは僕を殴ったりしてこないもん。脅したりもしない。催眠術を見せてくれた時だって、お母さんやお父さんに変なこともしなかったでしょ?つまり、心が優しいってことだよ」
催眠はかけたけどね。
「それでも、怪物さんは優しいと思う。上手く言えないんだけど、その……お姉ちゃんに似てるっていうか……」
へぇ。君、姉がいるんだ?
「うん。凄くかっこよくて、優しい人なんだ。お姉ちゃんは今、叔母さんの家に住んでて、会えないんだけど……いつか、怪物さんにも紹介したいな」
……ふーん。なら、ちょっと楽しみにしておこうかな。君の自慢のお姉ちゃんとやらを、この目で見てやろうじゃないか。
――――
彼との出会いは、思ったより悪いものじゃなかった。彼は突然変異種であるボクを恐れず、対等に接してくる。長く生きてきたけど、こんな人間と出会ったのは初めてだった。ボクの故郷の星では、奪う事が全てだったから。弱者を踏みにじり、強者として全てを蹂躙する。それこそが、ボク達の生き甲斐だった。
「――ねぇねぇ、聞いてよ怪物さん!今度、お姉ちゃんに会えるんだ!お母さんが、叔母さんの家に連れて行ってくれるって!」
――よかったじゃないか。ところで、ボクはその自慢のお姉さんには会いに行けないのかい?
「うーん、ちょっと難しいかも。お母さん、厳しいから……友達を連れて行ったら、怒られちゃう」
友達……?今、ボクの事を友達と言ったのかい?
「え、そうだけど……何かまずかった?」
……友達ってなんだ?ボクは、そんな変な名前を名乗ったことはないんだけど。
「あはは、友達は名前じゃないよ。すっごく仲が良い人達の事を言うんだよ!僕と怪物さんは、もう友達でしょ?」
仲が良い……?ボクと君が?
「えっ、違うの……?僕、もう友達だと思ってたのに……ぐすっ」
えっ、ちょっと……泣かないでよ。ボクが悪いことしてるみたいじゃないか。
「だって……怪物さんが……」
ああもう、分かった分かった。ボク達は仲の良い友達だ。そうだろう?
「うんっ!そうだよ!」
……君、泣き真似してたでしょ?
「なんのことかなー」
……なかなかいい性格をしてるじゃないか。このボクに向かっていい度胸だねぇ?
「……あれ?怪物さん、怒ってる?」
怒る?ボクが?ハッ、馬鹿も休み休み言いなよ。ただ、やられっぱなしは気に食わないってだけさ……!――そら、くすぐり攻撃だ!
「あはははは!くすぐったいよー!」
――――
……君には、願いはないのかい?
「え?願い?」
そうさ。だって君は、いつも人のことばかり考えてるじゃないか。話すのも君の話じゃなくて、母親や姉のことばかり。そろそろ、君の話も聞かせてほしいな。
「だから、願いを聞いたってこと?」
願いは人間の本性が現れるものだからね。それだけ聞けばその人の人となりが分かる。この星に来て学んだことだ。
「願い、かぁ……僕の願いは……お姉ちゃんが笑っていられることかなぁ」
……あのさ。君の願いを聞きたい、って言ったんだけど。
「え?これが僕の願いだよ」
また姉の話……もっと他に望みはないわけ?ほら、世界征服したいとか、破壊活動をしたいとかさ。
「そんなこと望んでないよ。……お姉ちゃんはさ。僕が違う学校に通い始めてから、全く笑わなくなったんだ。昔はもっと笑ってたのに……僕を避けて、話しかけて来なくなっちゃった。それが…………ちょっと、悲しいんだ」
……なるほど。君は本当に、他人のことばっかりだね。
「あはは…………お姉ちゃんは、僕の恩人だから。お姉ちゃんが笑顔だったら、僕も嬉しいんだ」
……じゃあ、ボクがその願い、叶えてあげるよ。
「え……?」
ボク達は友達なんだろう?友達は、助け合うものだって聞いた。だから、君のその健気な願いを実現するために、ボクが手助けをしてあげるよ。
「い、いいの?」
うん。ボクは君の――友達だからね。
――――
――サグル!
「あれ?また誰か来たのか?」
…………っ!何をしている……!
「何って、この人間共を殺しただけだが?……あれ、この匂い……同族じゃないか。お前も、人間を殺しに来たのか?」
違う……!それに、お前のその姿はなんだ!何故サグルと瓜二つの姿をしている!?
「……ああ、この姿のことか?私がこの人間共を喰おうとしたら、立ち向かってきた奴がいてな。そいつを真っ先に喰らって、そいつの姿を真似て……絶望に歪むそいつらをこの身体で殺してやったのさ」
……サグルを、食べた……?
「まだ小さい子供だったからか、食べれる所も少なかったぞ。まぁ、今殺したこいつらは……さぞ食いごたえがあるだろうがな?」
――嘘だ、そんなの、嘘だ……
「お前も一緒に食うか?同族?その姿、お前も私と同じように人間を喰らったのだろう?私達は仲間なんだ、このご馳走を山分け……」
――黙れ。
「がっ……!?な、何故私を……!」
ボクは人を食べてない。この姿は――自分で作ったんだ。紛い物の君と違ってね。……紛い物は、このまま刺し殺してやる。
「ぐあっ……!?こんな事をして、許されると思ってるのか……!?」
どうでもいい。例え同胞を裏切ることになっても、お前は殺す。ボクの本来の力で……
「……!この、裏切り者が……!……ん?――おいおい、まだ、人間が、いるじゃないか……」
……!?……あれは、人間の少女……!?
「大方、この家の関係者だろう…………丁度いい、死ぬ前に、あいつを喰らって……」
……っ、やめろっ!
「がああああ!?が、がはっ……」
……そのまま死ね。ゴミクズ。
「あ、あああ…………」
「サ、グル……?」
……まだ生きてたのか。それっ、と……
「サグルっ……!起きろよ、おい……!サグルっ!」
あー……悪いけど、もうその子は死んでるよ。起きることはない。
「うそだっ……!そんなの、信じないっ……」
信じて欲しいなぁ……ボク、素直な子どもの方が、好きなんだよねぇ。
「黙れっ!返せよ!サグルを返せよぉっ!」
――うるさい。
「かはっ……」
……安心してよ。君の命は奪わないからさ。ボクはただ――願いを叶えにきただけだから。
「ねが、い……?」
そうだよ。純粋で、綺麗で、素晴らしい願いを叶えに来たんだ。まぁ、君に言っても分からないだろうけど。
「何、言ってんだ……!サグルを、返せよ……」
残念だけど、賽は投げられた。止める術は……ない。
さて、子どもは寝る時間だ……さようなら、リトルレディ。また会おう。
「待て!」
願いを叶えなきゃ……願いを……
――――
マッドはそこで話を止め、言葉を失ったアゲハを見下ろした。
「面白い話だったでしょ?怪物と人間の熱い友情物語だ。涙が出てくるよね」
「……お前、人間じゃないのか?」
「そうだよ。ボクは突然変異種。君の弟と両親の命を奪った突然変異種と……同類の」
「……っ!」
アゲハの脳裏に、封じられたはずの記憶が蘇る。両親が殺され、サグルが殺された時の記憶……そして、その時に見た、白い怪物の記憶。それはアゲハの精神を蝕み、恐怖として姿を現す。
「はっ……はあっ……!」
「……やっと思い出したんだ。どうだい?大切なものを奪われた気分は」
「……サグルが、もう……死んでる?嘘だ……」
「……はぁ、またそれか。君はいつ見ても、ボクをイライラさせる」
「……!がっ……!」
マッドはアゲハを蹴り飛ばし、手に持った剣を肩に乗せる。≪聖鎧装着≫を解き、彼はそのサグルと瓜二つの顔を露わにした。彼はどこか、不機嫌な様子だった。
「君はいいよね。嫌なことは忘れて、泣きたくなったら誰かに甘えられるんだから」
「ごほっ……ごほっ……」
「おっと、ボクの目的を教えてほしかったんだよね。お望みを叶えてあげよう。――ボクの目的は、赤羽アゲハ……君を、絶望の底に叩き落としてやることだよ」
「ごほっ……あたし、を……?」
「ボクはサグルの願いを叶えるって、約束したんだ。君を笑顔にしてあげるよ。赤羽アゲハ――この恐怖から湧き上がる笑みでね!」
マッドは剣を振り上げ、アゲハ目掛けて振り下ろす。アゲハは地面を転がり、その剣を躱して立ち上がった。肩で息をしながら、アゲハは剣を構える。
「はぁ、はぁ……」
「もうボロボロじゃないか。無駄な抵抗は止めなよ」
「やられて、たまるか……!あたしはまだ……」
「手が震えてるよ。やはり、サグルの死が受け入れられないんだね」
「……!」
図星だった。アゲハの頭には、サグルを殺されたときの恐ろしい光景がずっとフラッシュバックしている。怪我の痛みよりも、それのせいで気を失いそうだった。それでも立っていられるのは、その身体の頑丈さ故か。はたまた、精神の強靭さか。
「……これなら、思ったよりもボクの目的を達成するのは簡単そうだ」
「……お前は……あたしを憎んでるのか……?」
「アハハハハ!そんなんじゃないよ。ただ、君が笑ってるのが気に入らない……それだけさ!」
マッドは剣を振るい、サグルの姿で再びアゲハに襲いかかる。アゲハは、同じく剣を構えて攻撃を防ぐ。
「ぐっ……」
「ほらほら、どうしたの?さっきよりキレがないじゃない」
「……お前は、間違ってる……!お前の目的を達成したって、サグルの願いは……叶わねぇ……!」
「ハッ、今度は説教!?君は本当に、なんにも出来ない姉だね!そんなんだから、サグルは殺されたんだ!」
「なんだと……?」
「君がサグルを守っていれば!四年前に家出をしなかったら!君は、サグルを守れたかもしれない!君の未熟な選択が、サグルの命を奪ったんだ!アハハハハ!」
「……っ、てめぇ……!」
アゲハは湧き上がる怒りを原動力にして、マッドに斬り掛かっていく。マッドはそれを躱しながら、残虐な笑みを浮かべる。
「いいのかなぁ?ボクを斬っちゃって。君の大切な、大切な弟の姿に傷がつくよ?」
「うるせぇ!お前は、あたしの弟じゃねぇっ!敵だ!あたしがぶっ飛ばしてやる!」
「君じゃ、無理だよ。他の四人が呆気なくやられちゃうのを見たでしょ?それに、ボクは君に一度勝ってる」
「だからなんだ。まだお前との決着はついてねぇ。ここから、お前をボコボコに負かす!」
「ボクに勝ったら、サグルの願いも叶わなくなる。お姉ちゃんとして、それでいいのかなぁ?」
「何度でも言ってやる。――お前のその考えは間違ってる。あたしに絶望を与えても、願いは叶わねぇ」
「偉そうに……なら、それを証明してみなよ、赤羽アゲハ!」
マッドの攻撃が激しくなり、アゲハは必死に攻撃を回避する。アゲハも負けじと≪赤い剣≫を振るい、マッドに対抗する。その剣には、もう迷いはなかった。
「はぁっ!せいっ!」
「ぐっ……!なんだ……?赤羽アゲハの力が……上がっている……!?」
「遅えよ!」
アゲハの一撃がマッドに当たると同時に、マッドは再び≪聖鎧装着≫をする。白い鎧が剣を弾き、マッドの受けるダメージを減らした。マッドはその隙に剣の代わりに銃を構え、光の玉を放とうと――
「≪双銃――」
「させるかっ!」
する前に、アゲハの剣によって銃を真っ二つに切り裂かれる。マッドの銃が消失し、彼は無防備となる。マッドは舌打ちをしながら大きく後ろに飛ぶと、自身の背後に五つの武器――≪赤い剣≫、≪青い槍≫、≪緑の戦斧≫、≪黄色い弓≫、≪桃色のモーニングスター≫を出現させ、それぞれに五色の光を纏わせる。
「絶望に落ちろ、赤羽アゲハ――!」
マッドの声と共に、五つの武器が一斉にアゲハに牙を向く。剣は炎の斬撃を放ち、槍は水の竜巻を引き起こす。戦斧とモーニングスターは大地を揺るがし、弓はアゲハを射抜こうと光の矢を放つ。
「落ちて……たまるかよ!」
アゲハは高く飛び上がって地響きを躱し、剣で矢を叩き落とす。そして華麗に着地し、炎の斬撃と水の竜巻も軽々と回避した。アゲハは自身の剣に炎を纏わせ、一直線にマッドの元へ駆けていく。
「なっ……!?」
「食らいやがれ!――≪爆炎剣・ボルカニックドライブ≫!」
「何……!?――ぐああああっ!」
アゲハのスピードを乗せた神速の一撃が、マッドの鎧を貫き、さらに、怯んだ彼を爆炎が包みこんだ。一瞬にして彼の身体が焦げ、≪聖鎧装着≫が解除される。
「かはっ……」
「あたしの……勝ちだ」
アゲハはマッドに背を向けたまま、剣を地面に突き立てた。その直後、アゲハの耳に、マッドが地に伏せる音が聞こえてきたのだった。




