第十四話 裏切りの弟!分かたれた五色の光!
喧騒あふれる町の中、黒髪の少年が鼻歌を歌いながら歩いている。少年は見目麗しい中性的な顔をしており、誰もが目を引くような美貌を持っていた。だというのに、少年に目を向ける者は誰一人としていない。
「今日は随分と、人が多いなぁ」
少年は朗らかにそう言って、鞄を揺らしながら歩みを進める。制服を着ていることから、彼が学生という事が判断できた。
「ここに怪物が現れたりでもしたら、皆びっくりするだろうなぁ……」
少年は辺りを見渡しながら、笑みを浮かべた。彼の笑顔は無邪気な子供のようだったが、瞳には残虐さを秘めていた。
「――行け、≪ギガンダイル≫」
少年は赤い宝玉を掲げ、空に裂け目を生み出す。すると、そこにワニのような見た目をした巨大な怪物が現れた。怪物――ギガンダイルは、巨大な口を開いて咆哮した。
≪グルルルルルアア!!≫
すると、地面の一部が変化し、人型の怪物――突然変異種達を形作っていく。蟻型の怪物、牛型の怪物、鳥型の怪物……地面より生まれた彼らは、まるで命を与えられたかのように動き出した。たちまち、それを目撃した人々から悲鳴が上がる。少年はその悲鳴を聞きながら、恍惚とした笑みを浮かべた。
「いやぁ、いい光景だね。まさしく、終わりの始まりって感じだ。これなら、彼女らの敵として申し分ない」
少年は脳裏に、五色の戦士――ゴシキジャー達の姿を思い浮かべる。少年が見つけ、導いた彼女達なら、今回の試練も、難なく突破してしまうだろう。
「……そうでしょ?お姉ちゃん」
少年――サグルは。恍惚とした笑みを浮かべたまま、自らの望む未来を思い描くのだった。
――――
「突然変異種が暴れてる?」
アゲハがその知らせを聞いたのは、リリスに告白をした日の翌日だった。
「そうや。この前突然変異種がたくさん現れた町に、また突然変異種が現れたんや。今、お嬢様と桃橋先生が戦っとる」
レモンの説明を聞き、アゲハはすぐさま家を飛び出そうとして……顔を苦痛に歪めた。
「痛っ……!」
「……赤羽さんは、まだ怪我が治っとらんやろ。無理したらアカンで」
「そんなん聞かされて、寝てられっかよ……!」
「はぁ……怪我してるって知っとったら、お嬢様も「赤羽アゲハに助けを求めよ」なんて言わんかったやろうに……来て損したわぁ」
レモンはわざわざ聞こえるようにため息と愚痴を吐き、アゲハに呆れたような視線を向ける。アゲハは額に血管を浮かび上がらせ、レモンを睨む。
「てめぇ、やっぱいけ好かない奴だな……!」
「はいはい、褒め言葉ありがとさん。ほな、役目は果たしたし、うちは戻るで。今回は割とピンチなんや」
レモンはそう言って、いつも通り飄々とした様子で部屋を出ていった。部屋に残されたアゲハは布団を掴みながら、怪我の痛みも忘れて身体に力を入れる。
「舐めんなよ……!あたしの底力、見せてやる……!」
アゲハは無理やり身体を動かし、ジャージ姿のまま玄関へと向かった。
――――
「……吹き飛ぶがいい!≪旋風・トルネードディザスター≫!」
マオは自分を中心にして、戦斧を持って竜巻のように回転する。何体かの突然変異種が巻き込まれ、切り裂かれて爆発する。
「ハーッハッハッハ!かかってくるがいい突然変異種共!この我が纏めて相手をしてやろう!」
「ま、魔王さん、あまり前に出ては……!」
高笑いを浮かべて突然変異種の注意を引くマオを、サクラが静止しようとする。しかし攻撃の手を止めないマオの前に、黄色い影――≪聖鎧装着≫したレモンが現れた。
「……≪乱射・ラピッドブラスター≫」
レモンは弓から無数の矢を放ち、マオが相手をしていた突然変異種の動きを止める。
「なっ!おい、レモンよ!そいつらは我の獲物だぞ!?」
「はぁ……お嬢様は自分の立場を忘れたんか?むやみに突っ込んで怪我でもされたら、うちが怒られるんやで?」
「うぐっ…………はっ!そうだレモン!赤羽アゲハは連れてきたのか!?」
「残念ながら、赤羽さんは怪我で療養中や。またうちらで戦うしかあらへんな」
「け、怪我!?あの赤羽アゲハが……!?」
レモンの言葉にマオは動揺し、レモンへの追求を止める。その隙に、レモンは弓を構えたまま、動き出そうとしている突然変異種の前に立つ。
「……さぁ、とっとと死んでもらおか」
「き、木戸さん……もう少し、穏やかな言葉遣いをした方が……」
「ああ、堪忍な。これ、うちの悪い癖やねん」
レモンは弓の弦を引き絞り、ほぼゼロ距離で光の矢を放った。突然変異種は身体を貫かれ、目の前で爆発する。レモンは素早く飛び退き、スカーフで隠された口元に笑みを浮かべた。
「うち、敵と認めた奴には……わざわざ猫被ったりせぇへんのや」
その瞳は、戦っている時の主と同じ、獰猛な光を宿していた。
――――
突然変異種が暴れまわる町中を、青い鎧を纏った青髪の少女が槍を構えて走り回る。少女――リリスは、三人とは別の所で、避難誘導と戦いを同時にこなしていた。
「≪氷河・フローズンダスト≫……!」
リリスは氷を纏った槍を振るい、突然変異種を凍りつかせていく。周りの突然変異種の動きが止まり、リリスはその隙に避難誘導を行う。
「……あっちに逃げて!私が、先導する……!」
リリスは槍を掲げ、人々を安全な場所へと誘導する。突然現れた青髪の少女に人々は戸惑いながらも、自分の命を守るためにリリスの指示に従う。
「はぁっ……!せいっ……!」
避難を終えたリリスは、また突然変異種と戦い始める。町にいる突然変異種の数は前回の比ではなく、リリスは避難誘導と戦いの繰り返しを強いられていた。
(……数が多い……!一旦、魔王達と合流する……?)
このままではジリ貧だ。アゲハが戦場に出れない今、リリスを助けに来れる者はいない。この大量の突然変異種相手に、単独行動はリスクが大きい。しかし、今ここで自分が引いてしまえば、避難させた人々が襲われてしまう。マオ達と合流することも難しい。
「一体、どうしたら……!」
「――お困りのようだね。リリスお姉ちゃん?」
リリスが戦っている途中に、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。リリスが一瞬視線を向けると、後ろに立っているのはサグルだということが確認できた。リリスは突然変異種の猛攻を抑えながら、サグルに向けて必死に叫ぶ。
「何っ……!?今、あなたと話してる暇はない……!」
「リリスお姉ちゃんに、いいものをあげようと思ってさ。今、リリスお姉ちゃんの手元に送るから、落とさないでねー」
サグルがリリスに聞こえる声量でそう言うと、リリスの掌の上に二つのアイテムが現れる。一つは、赤くキラキラと光る鍵。もう一つは、青く光り輝く潜水艦を象った飾りのついているネックレス。リリスはそれを取り落とさないように握りしめ、再び氷を纏った槍を振るった。
「≪氷河・フローズンダスト≫……っ!」
リリスの周りの突然変異種が凍りつき、動きが止まる。リリスは息を荒く吐きながら、サグルから貰ったアイテムを眺める。
「……これは、何?」
「それは、お姉ちゃんとリリスお姉ちゃん専用のアイテム。使い方は腕輪にかざすだけ。そして、それを使う相手は……あの怪物だよ」
サグルは空にある裂け目を指差す。リリスが見上げてみると、そこには、何度も咆哮を繰り返しているワニ型の巨大な怪物がいた。怪物が咆哮すると、地面から突然変異種が生まれていく。その異様な光景に、リリスは目を見開いて驚いた。
「あいつはギガンダイル。存在するだけで突然変異種を生み出していく上位の突然変異種だ。あいつを倒さない限り、この戦いは終わらない」
「……じゃあ、あいつを倒せば……!」
「――ま、あいつを倒しても、この戦いは終わらないけどね」
「えっ……――あぐっ!?」
リリスがサグルの方を振り返った時、リリスは腹部に強い衝撃を受けて地面を転がった。リリスは噎せて咳き込み、腹部を抑えながら顔を上げる。
「……どうしたの?リリスお姉ちゃん?そんなに苦しそうな顔しちゃってさ?」
リリスはサグルの方を見て……言葉を失った。そこには、リリスの知っているサグルはいなかった。残虐な笑みを浮かべ、片手に白い銃を持っている黒髪の少年が……嘲笑うかのように、リリスを見下ろしていた。それを見て、リリスはサグルに銃で撃たれたのだと察した。
「サグル……なんで……!」
「なんでって、聞かなくてもわかるでしょ?ボクは君の……いや、君たちの敵だったってことだよ。マリンブルー」
「私たちを、騙していたの……?」
「騙してなんかいないよ。ボクは最初から最後まで、真実しか言っていなかったからね。最初のボクはなんて言ったっけ……ああ、そうだ。「ボクはゴシキジャーの技術担当、マッド」……だったね。そう、ボクの名前はマッドだ。赤羽サグルは……君達が勝手に呼んでいた名前だよ」
サグル――マッドが喋った真実に、リリスは混乱していた。目の前の少年がサグル――アゲハの弟ではなく、マッド……?勝手に呼んでいただけ……?そんなの、まるで……
「――赤羽サグルが、もうこの世に存在しないみたいだ」
「……っ!?」
「でしょ?リリスお姉ちゃん」
心の内を読まれ、リリスは倒れたまま狼狽える。マッドは片手で銃を弄びながら、もう片方の手をリリスに向けた。……すると、マッドが差し出した手が、一瞬だけ白い刃のような形になり……すぐに人間の手に戻る。
「ご覧の通り、ボクは……人間じゃない。君達が、突然変異種と呼んでいる存在だよ」
「突然変異種……サグルが……」
「そうだよ。ボクは昔に、遠い遠い星からこの星にやって来た。他の突然変異種と共にね。この星を――侵略するために」
「……っ!」
マッドが真顔で言った発言に、リリスは警戒したように顔を歪める。痛む身体を動かし、その場をすぐに離れられるように体勢を整える。マッドはそれを見ながら、制服の袖をめくった。――マッドの腕には、白く光る、リリスが身につけている腕輪と同じ腕輪がつけられていた。マッドはその腕輪に手を掛け、パーツの一部を回した。
「……じゃあ、戦いを始めようか。――≪聖鎧装着≫」
――ズバババーン……!
――マッドネスマシーン……!マッドホワイト……!
マッドが白い光に包まれ、一瞬の内に白い鎧の戦士に姿を変える。片手には、先程マッドの使った白い銃が握られていた。その姿を見て、リリスは思わず声を上げた。
「それって……ゴシキジャーの……!」
「さぁ、ラウンド1の始まりだよ……リリスお姉ちゃん」
マッドは銃を構え、リリスの方へ歩みを進めるのだった。
――――
アゲハは傷の部分を押さえながら、足を引きずりながらレモンから教えられた町に向かっていた。
「痛ぇ……!」
目的地の町はアゲハの住んでいる隣の町だった。近場とはいえ、歩いていくには遠い。その証拠に、先程からアゲハがひたすら歩いていても、未だ目的地は見えていない。怪我で学校を休んでいる身分としては、なかなか無鉄砲なことをしているな、とアゲハは思った。
(……だが、止まるわけにはいかねぇ。リリスだってきっと戦ってるんだ。それに……あたしの勘が、行かなきゃならないって言ってるんだよ……!)
レモンの話を聞いた時、アゲハは何故か嫌な予感がした。まるで何か、大切なものを失ってしまうような……そんな予感がした。普通の人間なら、それだけでわざわざ怪我の痛みを我慢してまで動いたりしない。しかし、アゲハの勘となれば、話は別だ。アゲハの勘は、こういうときでさえ嫌と言うほど当たるのだ。
「このままじゃ、日が暮れちまう……!」
アゲハがそう呟いたとき……近くの道路に、一台の車が止まった。アゲハは思わず、そちらに視線を向ける。すると、聞き覚えのある声が、アゲハの耳に届いた。
「――アゲハ!」
「……姉御!?なんで、こんな所に……」
車の中から聞こえたのは、赤髪の白衣を纏った女性――赤羽オトだった。オトは車から飛び出して、アゲハを優しく抱きしめた。
「それはこっちの台詞だ!君は怪我人だろう!?何故外を歩いている!?サグルが君が外に出ていると教えてくれなければ、こうして迎えに来ることも出来なかったんだぞ!?」
「え、サグル……?」
オトの怒鳴り声に、アゲハは首を傾げた。……アゲハが外に出たことを、何故サグルが知っているのだろう。サグルは確か、レモンが来る前よりも早く、家を出たはずなのに……
「……あたし、今日はサグルに会ってねぇぞ?なんでそんな事サグルが知ってるんだ?」
「……何?それは本当か?」
オトに凄みのある顔で睨まれ、アゲハは恐怖で身体を震わせた。
「ほ、本当だって。朝起きたら、飯と一緒に「ちょっと留守にするよ」って書き置きが部屋に置いてあったんだ。それからサグルは見てない」
「……スマホの、位置共有は?」
「そんなのしてねぇよ。いくら姉弟でも今日びそんなことしねぇだろ」
アゲハがそう言うと、オトの目がよりつり上がった。額には血管を浮かび上がらせ、殺意すら滲ませた視線で虚空を睨んだ。尋常ではないオトの様子に、アゲハは若干怯えながらオトに話しかける。
「お、オトさん……?」
「そうか。ヤツは既に計画を……!ということは、あの騒動もヤツが……!」
「ヤツ……?」
オトの不穏な呟きを拾ったアゲハは、困惑した表情でオトを見る。オトはしばらくブツブツと呟いていたが……やがて、アゲハの手を優しく包み込み、その手を引いて車の方へ歩き出す。
「……アゲハ。家に帰るぞ。君を隣町に行かせるわけには行かない」
「なっ……!?なんで、あたしが隣町を目指してるって……それに、家に帰るってどういう事だ!」
「君をあそこに行かせるわけにはいかない。絶対に。行けば君は、死ぬほど後悔することになる」
「はぁ……!?意味わかんない事言うんじゃねぇ!皆が戦ってんだぞ!?あたしだけ呑気に休んどけって言うのかよ!?」
アゲハは激昂するが、オトは依然として真剣な表情のままだ。いつものふざけてる様子からは考えられないその表情に、アゲハは言葉を詰まらせる。
「私には、君を守る役目がある。私の姉――君の母から託された、役目がな。私は君を失うわけにはいかないんだ」
「何、言ってんだよ……!こんな怪我くらい、≪聖鎧装着≫してりゃ問題ないんだろ!?サグルが言ってたぞ!」
「チッ、サグルめ……確かに、問題はない。だが、そういう問題ではない。君は絶対に、大切なものを失う」
「……っ!?」
――大切なもの。それを聞いて、アゲハの脳内に思い浮かぶものがあった。サクラ姉、リリス、そして……弟のサグル。オトさん……皆、アゲハにとって大切な人物だ。それが、失われる……?
「これは赤羽オトとしてではなく、組織の上官としての命令だ。赤羽アゲハ。君が隣町での戦いに参加することを禁止する」
「……ふざけんなっ!そんなん聞かされて、あたしが納得するわけないだろっ!!」
「……いいのか?私は全力で君を止めるぞ、アゲハ」
オトがアゲハを睨む。その迫力と威圧感に思わずアゲハは屈してしまいそうになるが、アゲハは歯を食いしばって堪える。
「じょ、上等だ!もう昔のあたしじゃねぇ!オトさんが邪魔するっていうなら、ぶっ飛ばしてやる!泣いても、ボコボコにされても、絶対に諦めねぇ!」
「……何故、そこまでする」
「前も言っただろ。サグルの企みを止めるため……それに、大切な人を守るためだ!」
アゲハは脳裏に、リリスとサグルのことを思い浮かべた。自分を頼ってくれ、自分を好きと言ってくれる存在――リリス。昔からずっと一緒にいた、大切な家族――サグル。アゲハにとって、二人は何者にも代えがたい存在だった。そんな二人に危機が迫ってくるというのなら、アゲハが守らなければならない。共に戦わなければならない。アゲハは自分のそんな想いを、真正面からオトにぶつける。
「――あたしは戦う!自分の信念のためにっ!」
アゲハの想いを聞いたオトは、目を見開いて驚いた。こんなに情熱的なアゲハを、オトは人生で初めて見たからだ。
(……いつもどこか冷めていた、あのアゲハが……ここまで自分の感情を露わにするとは。どうやら私は、この子の成長速度を見誤っていたようだ)
オトはため息を吐いた。おそらく、アゲハは自分がどんなに脅しても、止めようとしても、屈したりはしないだろう。
(……こんな所まで、あの姉に似たか)
オトは困ったように頭をかき、決意をした表情でこちらを見るアゲハを見下ろした。オトはしばらくアゲハの顔を見つめ……観念したように笑みを浮かべた。
「……そこまで言われては、引き下がるしかないな」
「……!行っても、いいのか!?」
「ああ、もちろん。ただし、隣町には私の車で向かうぞ。先程までの様子なら、日が暮れるだろうからな」
「……っ、あ、ありがとう、オトさん!」
「……ぐふっ!」
アゲハは感極まったのか、若干涙ぐみながらオトに抱き着いた。アゲハの発育のいい身体が押し付けられ、完全に油断していたオトは鼻血を流した。
「び、美少女の、抱擁……!?なんて、なんて柔らかい……」
「……オトさん?」
「……はっ!な、なんでもないぞ、アゲハ!ちょ、ちょっと驚いてしまってな!ハッハッハ!」
「お、おう……?」
オトは鼻血を隠しながら高笑いをあげ、なんとか自身の変態性を隠そうとする。流石のオトでも、空気を読む、という常識は身についていたのだった。




