第九話 燃え上がる炎と炎!
「……はぁ、疲れた」
翌日。なんとか世紀の大決戦を乗り切って、マオを逃がすことに成功したアゲハは、疲れた様子でリリスと一緒に散歩をしていた。
「……アゲハ、どうしたの?」
「お前と戦ったせいでへとへとなんだよ。今もお前を家に送ってる途中だしな……帰って寝たい」
「私はアゲハともっと一緒にいたいのに……けち」
「はぁ……頼むから、その暴走気味な所だけでも直してくれよ……」
「暴走?……何を言ってるのか分からない」
「え、覚えてないのか?暴走したこと」
アゲハが聞くと、リリスは首を傾げながらこう言った。
「……?私が毎晩アゲハで(自主規制)してること?」
「今あたしはお前とこのまま一緒にいるべきか真剣に悩んでる」
「愛し合う二人……避けられない悩み。でも、私はアゲハの全てを受け入れる。悩む必要はない」
「じゃあ今のあたしの話も受け止めて欲しいんだが!?」
リリスはそっぽを向いた。この娘は一体朝っぱらから何をぶちまけてやがるのか。頭がついていかなくなり混乱するアゲハの申し出はよくわからない言葉で却下され、アゲハは叫ぶ。
「お前があたしをすっ、好きでいるのはまだいいとして!もうちょっと慎みを持てよ!重いんだよ、愛が!めっちゃ反応に困るの!」
「アゲハ、顔赤くしてる……可愛い」
「なぁ!?耳栓でもつけてるのか!?それともあたしの話を聞く気がないのか!?自重しろって言ってんだけど!?」
「アゲハ、痛い」
リリスの柔らかい両頬を横に伸ばして、アゲハは涙目で抗議した。重い愛をぶつけ続けられるアゲハの精神はもう限界に近かったのだ。もう人目を気にせず叫んでやろうか――アゲハがそんな事を考えだしたその時、二人の前にどこからか異形の怪物が現れた。その怪物は、蟹のようなハサミと甲羅を身に着けた、人型の怪物――突然変異種だった。
「コロロロロロロ!」
「……っ!突然変異種!?なんでこんな所に……!」
「コロロロロロロ!」
「……っ、アゲハ!≪聖鎧装着≫を……!」
リリスが腕輪に手を掛け、アゲハに呼び掛けようとしたが……それは突然聞こえた声にかき消された。
「――――はぁっ!」
「コロロロロロロ!?」
「くらえ!≪赤羽八式・千本突き≫!」
「コロロロロロロォォォォ――!?」
アゲハ達の前に、再び現れた何者か――聞こえてきた声の主は、目にも止まらぬ速さで蟹型の怪物を何度も殴り……最後にトドメとばかりに蹴りを喰らわせた。
「コ、コロロロロロロ……」
怪物は弱々しい声をあげ、うつ伏せに倒れ――そのまま爆発した。アゲハとリリスはポカンと口を開き、その光景を見ていた。
「は、え……?なんだ、今の……?」
「何が、起こったの……?」
二人が思った疑問をそのまま口にすると、爆発を背にしながら、何者かが歩いてくるのが見えた。アゲハは目を凝らしながらそれを見て……驚愕に顔を染めた。その何者かが――見覚えのある人物だったからだ。その人物を見ながら……アゲハはポツリと呟いた。
「……姉御……?」
「……姉御?アゲハ、何を言って――」
「ハッハッハ!元気そうじゃないか、アゲハ!」
何者か――声の主は、アゲハと同じ赤髪の女性だった。どこかアゲハと似た顔立ちで、赤いニットとベージュのズボン姿に白衣を纏った、目を奪われるような美女。その女性は朗らかに笑いながら、アゲハの元まで歩いてきた。そしてそのまま、アゲハを抱きしめる。
「なっ……!?ちょ、姉御!?」
「いやー、若者の成長は早いな!少し見ない間に、逞しくなったじゃないか!」
「…………!?!?何を、してるの……!?」
「おや?そこにいるのはリリスちゃんじゃないか?君もでかくなったねぇ……叔母さんは嬉しいよ」
女性の抱擁に戸惑うアゲハと、目を丸くして驚くリリス。そんな彼女達を前に、赤髪の女性は豪快に笑うだけだ。リリスは視線を鋭くした。
「……っ!アゲハから、離れて!」
「ん?どうしたんだリリスちゃん。そんなに睨んで、可愛らしいお顔が台無しだぞ?」
「アゲハは私の……!誰にも、渡さない……!」
「おやおや?アゲハ、いつの間にこんな可愛い子に手を出して……叔母さんは理解のある人種だからな。アゲハが例え女の子と恋人になろうと反対はしないとも。だが、結婚式には呼んでくれよ?」
「何言ってんだ姉御!いいから離してくれ!」
「んー?その呼び方はやめろと、何度も言ったはずだがー?」
「分かった!オトさん!頼むから離してくれ!……あと尻をまさぐるな!」
オトと呼ばれた女性は、アゲハの言葉を聞いてサッと身を引く。彼女のちゃっかり尻や足に触れていた手が、光の速さでアゲハから離れた。女性の腕を掴んでいたリリスは、つんのめって転けそうになる。
「きゃっ……!」
「……っと。大丈夫か?リリス?」
「……!だ、大丈夫……!」
アゲハはリリスを支え、真剣な表情でリリスの様子を見る。リリスは顔を赤くして、目をハートにしていた。アゲハはそれに気づかないふりをして、女性――オトの方を見る。
「……オトさん。久しぶりだな」
「久しぶりだ。随分とでかくなったじゃないか、アゲハ」
赤髪の女性――赤羽オトはニヤリと笑みを浮かべながら、アゲハの目――ではなく、それより下の方に視線を向ける。視線の先には、アゲハの胸があった。
「……本当に、でかくなったな……」
「おい、どこ見てんだ」
「私のとほぼ同じくらいじゃないか……悪くない」
「悪くないじゃねぇよ」
オトは自身の大きな胸を手で支えながら、真剣な視線でアゲハの胸をガン見していた。アゲハは思わず手で自分の胸を隠した。オトは残念そうにしていた。アゲハは嫌そうに顔をしかめながら、オトに尋ねる。
「……なぁ、さっき突然変異種を倒したのは、オトさんなのか?」
「ん?そうだが?あの程度のカニもどき、私の拳で十分だ」
「やっぱりな……あんな事が出来るのはオトさんくらいだしな。……助けてくれてありがとな」
「うーん……出来れば、胸を寄せて上目遣いをしてくれると嬉しいのだが」
「目ん玉潰すぞ」
「ハッハッハ、冗談だよアゲハ。私と君の仲じゃないか」
オトは呆れた表情のアゲハと肩を組んで、笑い声をあげる。その様子を見て、アゲハにくっついていたリリスはより抱きつく力を強めた。
「……り、リリス?」
「……私はアゲハの恋人。くっついちゃいけない理由はない」
「恋人じゃないし、腕が痛いんだが……ああもう、誰かこの状況を解決してくれよ……」
アゲハの悲しそうな声が、虚空に向かって響いた。
――――
その後、リリスを家に送り届けたアゲハは、オトと共に自分の家に戻っていた。
「ハッハッハ、久しぶりだなサグル!元気にしてたか!?」
「お久しぶりです、オトさん。お茶菓子を持ってきましょうか?」
「必要ない!今はアゲハを目に焼き付けるのに忙しいからな!」
「相変わらずですね。来年で二十八なのに……」
「サグルー?」
「何でもないです。じゃあ、後は御二人で」
そう言ってサグルは部屋を出ていった。後には変態とアゲハだけが残る。自室のベッドに腰掛けたアゲハは、ため息をついた。
「……あの、オトさん」
「ん?なんだねアゲハ?あっ、柔肌の感触を楽しみたいから抱きついてもらってもいいか?」
「……本当に変わってねぇな。オトさん、普通にしてたら美人なんだから、いい加減それ止めたらどうだ?」
「しょうがないじゃないか。こんなアラサー行き遅れ女に興味のある男なんていないし、もう美少女を選ぶしか選択肢にないだろう?」
「オトさんが美少女好きなだけじゃねぇかよ……あと、オトさんがその気になったら男も寄ってくるだろ……!」
アゲハは頭を抱えて呻いた。……赤羽オトは無類の美少女好きで、自分好みの女――特に胸と尻がでかい女――を見つけると、すぐにスキンシップという名のセクハラをしようとしたり、口説きに行こうとする。本人曰く、恋愛対象は男性らしいが、それはそれとして美少女が好きとの事。その特殊な趣味と破天荒な性格のせいで、昔のアゲハはよく振り回されていた。アゲハと初めて出会った頃のオトは多彩な格闘技の使い手であり人格者で、尊敬の出来る人物だったのだが……
「……ふっ、そこに美少女がいれば口説きに行く。美少女と語り合い、互いにスキンシップをするという日々……そのような理想郷を、私は目指したい」
「で、特に用はないんだよな?ないんならもう帰ってくれ。姉御」
「……また姉御と呼ぶ。私はアゲハに名前で呼んで欲しいんだが。ほら、オトさんとか、オトお姉ちゃんとか」
「サクラ姉に頼んでくれ」
「確かにサクラにもそう呼んでもらいたいが、私は姉御と呼ばれるよりお姉ちゃんと呼んでもらいたい」
「姉御は姉御だからな。一応格闘技を習ったのも姉御からだし、正直オトさんって言ってニマニマ笑われるのが気持ち悪い」
「ぐはっ……美少女からの辛辣なコメント……!」
バッサリと切り捨てたアゲハにショックを受けた様子のオト。見た目は頼れる大人という感じなのに、中身が残念だからか差し引きはマイナスである。オトは胸を押さえながらも、必死に言葉を続ける。
「……だが、私はこれくらいでへこたれないさ……アゲハをいい子いい子するために!」
「あたし、出かけてくるわ」
「ま、待ってくれ!本当に用事があるんだ!忙しい私がわざわざここに来たのにはわけが――」
「サグルー、姉御にお茶淹れてやってくれー!あたし、ちょっと出かけてくるからー!」
「ちょっ、待ってくれ!分かった!謝る!謝るから私に時間をくれ!」
――――
アゲハを説得し、ベッドに座らせたオトは、何事もなかったかのように話を始めた。
「私がここに来たのは、アゲハ……君が、ゴシキジャーの一員になった事を知ったからなんだ」
「え?……ああ、そうか。姉御も、ゴシキジャーについて知ってるんだったな」
「ああ。≪突然変異種対策本部≫……突然変異種から平和を守る組織の長だからな。組織の一番重要なプロジェクトの話など、嫌でも入ってくる」
オトは耳をトントンと叩いた。彼女は白衣のポケットに手を突っ込み、真剣な表情でアゲハを見た。
「正直、驚いたよ。乱暴ごとを嫌っていたアゲハが、ゴシキジャーに入るとは」
「……ん?そうだったか?あたし、結構今も乱暴してると思うんだが……」
アゲハがそう言うと、オトは大きく目を見開いた。どこか驚いているような素振りに、アゲハは首を傾げる。オトはそんなアゲハを見て、小さく呟いた。
「君は……そうか。忘れているんだったな。失念していた……」
「……?なんか言ったか?」
「いや、何も。……まぁ、ともかくだ。憎き姉からアゲハとサグルの世話を任されている私としては、少々心配という思考が出てきてしまうのだよ」
オトはアゲハの隣に座り、その手を握った。アゲハは嫌そうに顔をしかめたが、オトの真剣な表情を見て、抵抗するのは止めた。……ちなみに余談だが、彼女と彼女の姉であるアゲハの母は非常に仲が悪い。顔を見合わせれば喧嘩ばかりしている、というのが常だ。アゲハがオトの家に遊びに行ったときも、アゲハの母は決していい顔をしなかった。閑話休題。オトはアゲハの手を握ったまま、真剣な表情でこう言った。
「……アゲハ。私は君に……ゴシキジャーを辞めてもらうように、説得しに来たんだ」
「……!?何で……!」
「理由が必要か。突然変異種は普通の存在じゃない。怪物だ。そんな奴らと戦うのは、アゲハには危険すぎる」
「ふ、ふざけんな!あたしがあいつらより弱いって言ってんのか!?」
「違う。そんな事はないと分かっている。私はあいつらと二年も戦い続けてきたんだ。アゲハが突然変異種と十分に渡り合える事は一目瞭然。負けて殺される事もないだろう」
「だったら、何で……」
オトはアゲハの手を離し、視線を逸らした。その瞳は、どこか哀愁を帯びていて、アゲハの知っているオトからは想像もできないような様子だった。
「……突然変異種には、まだまだ謎が多い。いつか、私にも想像のつかないような怪物が現れるかもしれない。私は君の事を姉から託されている。……もう、君を傷つけるわけにはいかないんだ」
「……オトさん……?」
「それに、今期のゴシキジャーは先代よりも若い人物……リリスちゃんや君と同年代の人物がいると聞いている。何故サグルの奴がそんな人選をしたのかは分からないが、組織の長としても、若い人物が危険な目に遭うことを見逃すわけには行かない」
オトは悲痛な表情を浮かべ、俯いた。彼女の憂いがそのまま伝わってくるようで、アゲハは居た堪れない気分になる。……オトは顔を上げ、再び真剣な表情でアゲハを見てきた。
「……記憶を消す薬に関しては、私がサグルを説得して飲ませないようにする。だから、アゲハ。ゴシキジャーから手を引いてくれ」
「……意地でも、辞めさせる気か?」
「何かやりたい理由があるのか?ないだろう?君にはその意思はない。顔を見れば分かる」
……痛い所を突かれた、とアゲハは思った。オトの言う通りだ。アゲハにはゴシキジャーをやる意思がない。リリスに、そしてサグルに流されただけだ。そして、今の今までゴシキジャーを続けている。アゲハは俯いてしまった。
「……心配するな。君は今まで通り、好きなように過ごせばいい。突然変異種は私達が引き受ける。ゴシキジャーの選別も、今度は私が立ち会おう。君も、リリスちゃん達も、自由な生活を過ごすことができるようにすると約束する」
「なっ……!おい、他の奴らは関係ないだろ!」
「言ったはずだ。若い人物を危険に晒すわけにはいかない、と。彼女達もきっと、それが幸せで――」
「――ふざけんな!」
気づけば、アゲハはベッドから立ち上がって、叫んでいた。燃え上がる怒りが、アゲハの胸中を支配する。抑えることができない。
「……確かに最初は流されてやってるだけだった。サグルに脅迫じみた事をされて、リリスにも引き止められた。でもあたしは、ゴシキジャーを辞める気はねぇ」
「……何故だ?アゲハ、君は……」
「ああ、そうだ。確かにあたしは乱暴ごとが好きじゃねぇ。誰彼構わず喧嘩するわけじゃねぇし、誰かと戦いたいわけでもねぇ!あたしはただ……!」
そこまで言って、アゲハの脳裏にある人物が浮かんだ。一番長い付き合いである、あの弟を。今、一番信頼の出来ない、あのサイコパスの事を。
「サグルが企んでる事全部……暴いてやりたいだけだ!」
「……!?」
「あいつはゴシキジャーの話題をあたしに出してから、明らかに様子がおかしい。いつにも増して明るいし、二年前にゴシキジャーを作ったっていうのも信じられねぇ。あいつは二年前、ずっと部屋に籠もってたんだぞ?どう考えても変だろ!」
「……っ!アゲハ……!」
「あたしは――あいつの姉ちゃんだ!弟が変な事を企んでるって言うなら、全力で止めてやる!もう隠し事はさせねぇぞ!」
アゲハはそこまで言って息が切れたのか、ぜぇはぁと言いながら息を吐く。対してオトは、驚いた様子でアゲハの事を見ていた。彼女の頭の中で、思考の渦が渦巻く。
(アゲハ、君はまさか……記憶が戻っているのか?――だが、二年前の記憶に齟齬がある……断片的に、記憶を思い出しているのか?しかし、ヤツの記憶消去は完璧で……)
「……オトさん?」
「……はっ!す、すまない。アゲハにそんな風に怒鳴られることがなかったから、驚いたんだ」
「あっ、ごめん……だが、オトさん。あたしは絶対に、ゴシキジャーを辞めない。あいつが何を企んでるのかを……知るためにもな」
「……分かった。どうやら、私の負けのようだ」
オトはベッドから立ち上がり、アゲハに背を向ける。そしてドアの元まで歩いてドアノブに手を掛け、アゲハの方を振り返った。
「……危険な事態が起こったら、すぐに連絡してくれ。できる限りのサポートをする」
「……ああ。ありがとな、オトさん」
「ははっ、次は楽しい話が出来ることを願っているよ。また会おう――アゲハ」
オトはドアを開けて、部屋を後にした。彼女は玄関に向かいながら、再び思考を繰り広げていた。
(……さて、どうしたものか。このままではおそらく、アゲハの記憶が……)
「戻ってしまうかもしれない、でしょ?」
聞こえてきた声に、オトは振り返る。そこには、壁に背を預けたサグルが佇んでいた。彼は相変わらずの無表情だったが……その瞳はギラギラと光っていた。
「……まさか、聞いていたのか?」
「違うよー。ボク、勘が良いんだ。オトさんの考えてることなんて、すぐに分かるよ」
「……アゲハを止めなくて、良かったのか?アゲハの記憶が戻れば、君は――」
「おっと、そこまでだ。その先を口にすれば……今度は、あなたがボクを殺す事になる」
「……っ、すまない。口が過ぎた」
オトはサグルに謝罪をし、それ以上話す事を止めた。自分の上司が謝罪をするのが自分に可笑しいのか、サグルは笑う。
「それでいい。ボクはオトさんと対等な関係でありたいからね。ボクの目的のためにも」
「……その企みに、アゲハは勘づいたようだが」
「おや、流石お姉ちゃんだね。本当に勘が良い……けれど、まだボクの方が一枚上手だ」
サグルは獰猛な光を瞳に宿したまま、意地の悪い笑みを浮かべる。……オトは警戒するように、サグルを睨む。
「言っておくが、アゲハに手を出せば……私は君と戦わなくてはならない」
「ああ、大丈夫だよ。お姉ちゃんには手を出さない。もちろん、他の人達にもね」
サグルはオトに背を向け、小さく呟いた。
「……ボクが手を出さなくても、皆はボクの思い通りに動いてくれるからね」
その呟きは、オトの耳に拾われることはなかった。




