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ダミアン バクランド 〜第二王子殿下の親友の日常〜  作者: 島田すい


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9/27

 夕方だ。そろそろ夜の営業が始まる頃だろう。彼女にお礼と、また訪れるかもしれないことを伝え、店を出た。


 次はチボーの実家の肉屋へと向かう。場所は聞いたので、迷わず足を進める。

 言われた住所にあった肉屋は思っていたよりも店構えがしっかりしていて大きく、今も肉を買い求めに来る客が数人見受けられた。料理店にも配達しているのだから、結構儲かっているだろう。

 他人とはいえ、ここの息子と一緒になっていれば互いの両親も喜び、商売にも好影響を与え、やがて子供もできたりして幸せな生活を送れただろうに……と、感じざるを得ない。



「こんにちは」


 客が出て行ったのを見計らい、エステルが扉を開けつつ声をかけると、クレモンティーヌ(チボーの母親)であろう人物が店番をしていた。

 肉屋の奥さん――正直、もっと体格の良い、強そうな女性を想像していたのだが、ほっそりとしていて控えめな印象だ。


 彼女は「いらっしゃ――」と条件反射で言ったが、入って来た女性客をみて驚き、最後の文字を口にする前に固まった。通常、貴族令嬢どころか裕福な平民の娘も、自分で肉を買いに来ることはまずないからだろう。


 エステルはいつものように新聞記者としての身分を名乗ってから、奥さんかチボーに話を聞きたいと願い出た。

 彼女は少し黙った後、躊躇(ためら)いながら言った。


「ごめんなさい。私は手が離せないし、チボーは体調が悪くて寝ているから……」


 想定内の対応だ。だが、「はい、分かりました」と、ここで帰るわけがない。


「チボーさんがいらっしゃるのは、この家の奥でしょうか? 体に負担がかからないよう少しだけにしますから、おじゃまさせていただけませんか?」

「……狭いですし、あなたのような令嬢が入るような部屋では……」

「奥様。警備隊員が考えている犯人像と、巷で噂されている犯人――話が違うことはご存知ですか?」



 肉屋の女房――同じような職業の親の子だっただろう。そんな環境で育ち、生活をしている彼女に必要なものは、自分の感情を表に出さずに手札を切り、狡猾に物事を進める貴族のような駆け引きではなく、元気にいられれば十分という、自然で人間らしい生き方だ。

 エステルの質問に、冷静さを装ったりすることなどはできず、動揺を全身で表した。


 彼女は口をつぐみ、入口をちらちらと見ている。客が入って来ないかと期待しているのだろう。だがこちらとしては、話が完全に途切れられる前に、息子の部屋へ上がらせてもらう必要がある。


 

「現在はまだ捜査中ですが、場合によっては噂されている内容で落ち着くと思います。ですが、私は新聞記者として、真実のみを明らかにするために行動しております。チボーさんからの話も聞かなければ、解決のための断片(ピース)が揃いません」



 警備隊員が言った物取りでなくても、犯人がチボーで問題なければ最終的にそうなる。証拠や実際にやったかなど関係なく。

 重要なことは、警備隊の上官に指示を出した人物の意に沿うかだ。むしろチボーが犯人なら、動機もあり、物取りよりも説得力がある。一気に仕立てあげられるだろう。

 彼女がここまで理解し、一縷の望みをかけ、この新聞記者に捜査させた方が良い――となれば、僕たちを部屋に案内してくれるはずだ。

 もちろん本当に彼がやったのなら、罪を償わせるほかないが。



 奥さんが周りをきょろきょろと見回した後、囁くような声を出した。


「夫に見られると怒られると思う……。あと一時間くらいで終わって帰って来るから、それまでにしてほしいんだけど……」

「分かりました」

「この扉の奥の階段を上がって右側の部屋よ。――あなたを信じて良いのよね?」

「はい。ご安心ください、奥様」

 

 彼女がどういう理由で僕たちを息子に会わせようとしたのかは謎だ。多分計算してではなく、何も考えられず流された――という感じだろうか。

 僕たちにとっては、どちらでも問題ない。



 客が来ないことを確認してから、僕たちは扉の中へ消えた。階段は狭い上に薄暗く、エステルが滑って転ばないかと心配になったが、そもそもそんな令嬢なら、探偵ごっこを面白いと思うはずがない。杞憂だったようだ。

 言われた扉の前に立ち、二回、手の甲で叩く。親でないと知らせるため、エステルが名乗った。

 だが、中に人がいる気配は感じるが、返事はない。数回繰り返した後、エステルが「入ります」と言いながら扉を開けた。


 その瞬間、ベッドから起き上がって扉を閉めようとしたチボーが見えた。エステルの方が早く部屋に入り込み、チボーが驚いている隙に僕も向かい合うように立った。

 チボーは母親に良く似ており、肉の配達をしている(いた)はずなのに、日に焼けていないように肌は白く、細身の体型で筋肉はあまりついていない。顔の造形も特徴を言いづらい、良く言えば男性だが中性的で化粧映えのしそうな、悪く言えば覚えにくい顔立ちをしている。



「誰だ?」

「先ほど、新聞記者のエステルと申しました。こちらは私の助手です。チボーさんにお話を伺いたく参りました。お母様の許可は得ています」

「――っ、ジュリアンのことか?」


 すっきりとした目に苛立ちが見て取れるが、チボーの顔では迫力は出ず、かえって中性的な印象を強めている。


「ええ、それとコンスタンスさんについて」

「ふんっ、おまえらもどうせ、俺が彼女のためにやったって思っているんだろ? あんた、新聞記者だって言ったよな。貴族をやったのがどんなやつだか書こうってわけか」


 チボーの方から本題に入ってくれるなら話が早い。


「町でそう噂されていることはご存知なのですね」

「あれだけ言われてんだから、知らないはずがないだろうが!」

「――私が聞いたのは、あなたがコンスタンスさんのご両親のために、ジュリアンに謝るよう迫った、という話のみです」


 完全に犯人だと疑われていると思ったチボーは面を食らったように、「え?」と短い音を口から漏らした。


「でもそれを聞いたんだったら、喧嘩を止められても怒りが収まらなくて結局やったと、想像しているんだろ?」

「――そう思われる方もいらっしゃるかもしれません」

「ほら、どうせおまえそう思っているんだろ!」

「私が来たのは、事実を知るためです」


 まずは冷静になってもらわなければ、会話すらままならない。エステルは感情を落とした、静かな表情でチボーを見た。

 男性を昂らせる美人もいるが、エステルの彫刻のように整った陶器肌の顔は人間味がなく、温度を感じさせない。



 その冷気に当てられたチボーは、一度視線を下げ、大きく息を吐いた。


「でもやっぱりここに来たってことは、俺のこと疑っているってことだよな?」

「話を聞きに来たのです」

「だから殺した時の話ってわけだろ?」

「あなたが本当にしたのでしたら、そういうことになりますが」


 平民はこのような話し方をしないのか、エステルが言った言葉の理解に戸惑ったようだ。今までの勢いが消え、数秒経ってからチボーは返事をした。



「どういう意味だ?」

「事実を調べるために、あなたの話を聞きに来ました。チボーさんがしてないのでしたら、それが事実ということなのでしょう。コンスタンスさんへの想いと同じように」


 押し殺すように、もう一度深呼吸したチボー。お世辞にも広いとは言えないこの部屋なので、息遣いまで聞こえてくる。



「ここでいいか? 嫌なら下で……」

「こちらでかまいませんよ」

「でも狭いし――ベッドに座ったのでもいいか?」

「チボーさんがよろしければ、失礼いたします」


 驚きと照れから少し頬を赤らめた後、飛び出したままの掛け布団を整えた。

 見るからに自分と違う生活をしている女性が、まさか平民の(あまり綺麗とは言えない、何なら汚れている)ベッドに座るとは想像できなかったのだろう。

 エステルは気にする素振りを何も見せず、風刺画かと思われるほどの、この場には似合わない優雅な動きで腰を下ろした。


「えっと……あんたは座らないのか?」


 僕に言われた質問を、エステルが返す。


「ありがとう。彼は助手ですし話せないので、結構よ。チボーさんもお座りになって」


 話せない……という部分だろう、チボーは眉をひそめたが聞き返すことはせず、遠慮がちにエステルから離れた――といっても狭い部屋なので近い――所に座った。

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