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「それで、何が聞きたいんだ?」
「コンスタンスさんとジュリアン、お二人のお付き合いがどのような感じだったのか、教えていただけますか?」
「多分あんたらが町で聞いた噂と変わらないと思うけど」
「結婚の約束を理由にお金を渡し、結局裏切られた――という話は聞いております」
チボーは嫌悪感いっぱいに顔を歪めながら肯定した。
「それ以外の細かい内容――どんな些細なことでも良いので、あなたが存じていることをお話しいただけますか? それがきっかけとなり、事件の解明に役立つかもしれません」
「俺が知ってるのは――」
先ほどまでの怒りではなく、哀しみを目尻と口元に交えながら、チボーが話し始めた。
「ジュリアンは数年前からこの辺でよく見かける男で、若い女たちが騒いでたんだよ。俺もコンスタンスも悪い話は前から聞いててさ、ここから少し行った所にある商店の娘が遊ばれた話とか、貢がせた金で娼館にしょっちゅう出入りしているとか、怪しい人たちとつるんでいるらしいとか、そんな噂」
エステルがゆっくりと頷いた。
民家が密集している王都の平民街なので、外からの喧騒が聞こえてくる。チボーにとっては当たり前なようで、そのまま話を続けた。
「コンスタンスはあいつと、リュー地区にある喫茶店の前で知り合ったって言ってたな」
「喫茶店ですか?」
「ああ、ルグランって店だ。あそこは品がいい店主がやってるからか、結構金持ちそうな人たちが入ってるみたいで。馬車もたまに停まっている」
個人の馬車を使っているなら、裕福な平民よりも貴族の可能性の方が高い。リュー地区のような繁華街に貴族向けの喫茶店があるのは、少し違和感があるが。
「お二人は、具体的にどのように知り合ったか分かりますか?」
「ん〜あんまり詳しく分からないけど、確か急に雨が降ってきたから喫茶店で休もうとしたコンスタンスと、店から出て来たあいつが偶然ぶつかったらしい。それで結局一緒に店で雨宿りしたとか言ってたっけ」
「ジュリアンはその時、一人だったってことですか?」
「そうだろうね」
「私が聞いた話ですと、常に女性を連れていたとのことだったので、珍しいですね」
「ああ、それにいつもと――その後と違って、その時はマントを着ていたから、いかにも貴族子息って感じだったらしい。それにあの顔だ、コンスタンスじゃなくてもやられる女が多いだろうな」
殺された時もマントを着ていたようだし、常に貴族に見えない格好をしていたわけでもなさそうだ。だが、彼の行動パターンが見えない。
「それからはまあ、あんたが聞いた噂通りだ。コンスタンスはあいつに嵌って金を渡して……。俺もジュリアンに近づいて女を寄せ付けないようにしたけど、無駄だったな。金も結構使ったから親父に怒られたし」
「チボーさんにも無心していたのですか?」
チボーは『当たり前だろ?』という顔をした。
「だってそうじゃなきゃ、俺みたいな平民がジュリアンと一緒にいられないだろ? 俺は騙されてたわけじゃないし、コンスタンスが目を覚ますまで――って思ってたんだけど……」
最後はこの狭い部屋ですら聞き取るのがやっとの声で、振り絞るように言った。
「コンスタンスさんのお母様から伺いましたが、ジュリアンは素行の悪そうな方たちと怪しい会話をされていることも少なくなかったとか」
「ああ、それは俺といたときにもあったかな」
微かな動きだったが、エステルが反応したのが分かった。
「どんな内容だったか分かりますか?」
「俺は少し離れてたから全部は分からないけど、金返せとか言われてたよ。だから、他に貢いでた女の家族とかだと思う」
「他には何かありましたか?」
「ん〜……『次は無い』とか、『俺は知っている』とか、そのくらいしか思い出せないや」
「ジュリアンの方が言われていたってことですよね?」
「いや、ジュリアンも言っていたみたいだったよ」
「何を言っていましたか?」
「ごめん、そこまでは……」
どれだけの悪事を平民に目撃されたとしても、貴族ならば揉み消せる。そう考えるとジュリアンを脅していたのは貴族……バードン家よりも高い爵位を持っているが、財政は困窮しているような人物。だが貴族ならばジュリアンではなく、バードン男爵に直接話をする方が話が早い。
それにジュリアンの言動は到底褒められるものではないが、意外にも傷害事件などの記録はなかった。息子の不祥事が明るみに出ないよう、男爵が裏で動いた可能性もある。
もし動いたのならば、バードン家に金銭的な余裕はあるということだ。そうだとしたらジュリアンは親に金の無心をした方がよほど早くて効率も良さそうなのに、それをしていない。つまり、ジュリアンは親から勘当されていた……? そうなればジュリアンに貴族という後ろ盾はなくなり、平民でも脅迫しやすくなる。
「彼の実家については? 内情という意味で」
エステルも同じようなことを考えているのか、僕が確かめたかったことを訊いた。
「――全く知らない」
「実家に帰っているかどうかは?」
「それはないんじゃないかな、あいつはいつも女の所にいたから」
帰宅しなかっただけでは、家族との仲は分からない。
「ジュリアンのことはどう思っていましたか?」
「うら……あ、なんでもない、別にどうとも思ってないよ」
エステルの淡々とした態度に、つい本音を言いそうになったチボーが慌てて取り繕った。
「私は警備隊員ではございませんし、あなたの心境を新聞に書く予定もございませんから、ご安心を。率直な思いを教えていただけますか?」
少しの逡巡の後、躊躇いがちにぼそぼそと言葉にしていった。
「恨んでいる――いたよ。でもそれは、嫉妬の部分が大きかったと思う。俺は子供の時から、コンスタンスが好きだった……のに、あいつは全然気づきもしないで。でもいつかはって、思ってた」
「そんなに深い愛情だったのですね」
気恥しいのか、今更遅いとでも思うのか、エステルの言葉には触れず、先を続けた。
「悔しかった。俺は十年以上見守るだけだったのに、あいつは貴族だからって――あの美貌だからって、一瞬でコンスタンスを夢中にさせたから」
それが恋――という正論は、チボー本人も理解している口ぶりだ。
彼も決して不格好ではないが、町の人たちに聞いたジュリアンの人物像――派手で目立つ美男子の貴族の前では霞んでしまう。
もちろん性格や行動だけを鑑みれば、どう見てもチボー一択――というより、ジュリアンが論外だと言えるだろう。
「コンスタンスさんが亡くなった時の状況については?」
「それは……あの日、俺の配達中にコンスタンスが泣きながら路地裏にいるのを見つけて……」
「ジュリアンに別れを告げられた後でしょうか」
「多分……。あそこはいつも近道で使ってたから、俺を待っていたんだと思う」
「そうなんですね」
チボーの両目の端には滴が睫毛にかかり、揺れている。
「どうしたのか聞いたら、すごく怯えた様子で……何度も聞いて、やっと『ジュリアンが怒って、もう二度と近付くなって……』みたいなことを、ひゃっくりあげながら言ったんだよ」
「その後は、どうされたのですか?」
「俺は配達があったから、コンスタンスに家に帰るように言って……こんなことになるなら、なんで俺はあいつを置いて……」
最後は言葉にならなかった。チボーは仕方がなかったとはいえ、自身の過ちを許せないのだろう。なぜ配達を遅らせてでも彼女を家まで送り届けなかったのかと、一生悔やむ。
チボーや母親からの忠告はあった。不安に押し潰れそうになりながらも、見て見ぬ振りをしていたに違いない。だが一気に現実を突きつけられ、ナイフで刺されたような衝撃を受けた。周りからの話を聞かなかった自分自身への嫌悪感と罪悪感。若い女性が極端な行動を取るまでに至った理由が、残念ながら揃いすぎてしまったのだろう……。




