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ダミアン バクランド 〜第二王子殿下の親友の日常〜  作者: 島田すい


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「まず、コンスタンスお嬢様はあなたの娘さんで、お間違いないでしょうか?」


 十中八九この女性は母親だろうが、確認を怠ってはいけない。調べる際の基本だ。

 

「……そうよ」

「この度はお嬢様を亡くされて……、大変お(つら)いでしょうね」

「ええ、なんでこんなことになったのか」


 夫人がため息をついた。


「お嬢様はジュリアンに失恋し絶望され……その選択をしたと伺いました」

「そうなの。失恋したくらいでって……この歳になるとそう思うけど、若かったら周りが見えなくなるものね。ましてやあんなにかっこいい貴族だったし」


 話を聞きに来ているため、取り乱されるのは正直困るが……娘が亡くなってあまり時間が経ってないのに、冷静すぎるのは気のせいだろうか?


「結婚のために、お金を渡していたと伺いましたが」

「そうよ。あの子は店のお金に手をつけていたの。気が付いた時には、結構な金額になっていた」


 まるで本を読んでいるような、現実感の薄い口調だ。

 

「――失礼ですが、彼にお会いしたことは?」

「ありますよ。一度だけですが……すぐに遊ばれていると感じました。親として身分の違いや、彼がどれだけ相手に困っていないかなど言ったけど、娘は最後まで聞く耳を持たないで彼を信じていた。いえ、本当は分かっていたのかも」

「分かっていた?」

「ええ、叶わない恋だって。でも王子様が最後は自分だけを見てくれると、夢を見てしまったのだと……」


 夢を見る気持ちは理解できるが、本物の王子の実態を知っている身としては、少々複雑だ……。

 王子様が平民など相手にしない、ということではなく、実は仮面をかぶった怪人が演じているのだぞ――という意味で。


 そんな不謹慎なことを考えていて気がついた。この母親は落ち着いているのではなく、娘が亡くなったという事実を受け入れられていないのだと。彼女の言い方は、観客が悲劇の舞台を眺めた感想を語っているようだった。

 


「お嬢様は、セイン川に身を投げたと……。詳しい状況をお聞かせ願えないでしょうか」

「前から何度もお金を渡していたみたい。私たちが気づいてからは娘に注意したけど、『結婚して爵位を継いだら返す』って言われたから大丈夫だと、親の言うことは聞き入れなくて……」


 その時のことを思い出したのか、ため息をついてから続けた。


「説教されるのがうっとうしかったのか、だんだん家に帰らなくなっていったの」

「はい」


 

 燃え上がっているときに周りから受ける助言は、それが正当であればあるほど燃料になり、態度を硬化させる。コンスタンスのような、若い女性なら特に。


「ジュリアンは貴族ですが、なぜお金をそんなに無心していたのか理由は分かりますか? バードン男爵家の爵位は高くありませんが、金銭的に困窮していたという話を聞いたことがないので」

「そんな貴族のことなんて私には……ただ、娘の他にもお金を渡していた女性(ひと)はいたみたいだし、彼は怪しい人たちとの付き合いもあったとか……」

「怪しい人たち――とは?」

「よく分からないけど、娘が生前彼と一緒にいた時に、普通じゃない男たちに絡まれたとか脅されたとか言ってたの」


 それは女性を連れていることへのやっかみや、貴族から金銭を奪おうとするならず者だろうか。ジュリアンは貴族には見えなかったと、ピエールたちが言っていたが。


「それは――道を歩いていて偶然言いがかりをつけられる、というのではないのでしょうか?」


 エステルも同じ考えのようだ。


「そうかもしれないけど、娘が言うには……ジュリアンも相手の名前を知っていて、謝っていたって……」

「他にも何を話していたか、お嬢様は言っていましたか?」


 彼女が頭の中でその時のやり取りを思い出そうとしている間、エステルは自身の手帳に素早くやり取りを書き込んでいく。

 

「全部は思い出せないけど、確か……『この次は必ず返す』とか、『あの場所で』とか、そんなことを娘が言っていた気がするわ」


 どういう意味だ? 他の女性が、荒くれ者を雇って貸した金の返済を迫ったのだろうか。


 

「そういうことが何度かあったみたいで……。娘とジュリアンも最後は言い合いをして、結局ジュリアンの方から『二度と顔を見せるな』と、絶縁されたらしいの」

「そんな、ひどい……」

「ええ。それで娘は絶望して、あの橋から川に……」

「女性をそんな風に扱うなんて、許せないわ」

「――だから、あの男が殺されたって聞いて、正直、こんなこと言うのはいけないと分かっていますが……」


 続きの言葉を口にさせぬよう、エステルは『共感できます』という態度で頷いた。その思いを言うのは簡単だが、一度吐露してしまえば呪文のようにつきまとい、やがて彼女が悲しみを受け入れる機会の妨げになる。


「警備隊員たちは物取りの仕業と言っているとのことですが、あなたはどうお考えですか?」

「どうとも……」

「彼は多くの人から恨まれていたので、怨恨が理由で殺されてもおかしくないと聞きました。犯人に心当たりがありますか?」


 母親は顔を引きつらせ固まった。目の前の新聞記者が、警備隊員の判断に異を唱えたことに驚いたのか、エステルが言った内容を想像もしていなかったのか……いや、それはなさそうだ。それほどに、ジュリアンの評判は悪い。


 

「お嬢様の幼なじみのチボーさんが怒って、ジュリアンと言い争いをした話はご存知ですか?」

「…………」

「ご存知なのですね。どなたからお伺いしましたか?」

「……チボー本人よ」

「どのように言っていましたか?」


 唇が動いてはいるが、音は出ていない。どう答えればチボーに迷惑がかからないのか、思案しているように見える。


「えっと……、娘が亡くなって少し経った後、チボーがいつものように来て、『おばさんごめん』って泣きながら……」


 ――何に対する謝罪だ……?


「ジュリアンに、謝るよう迫ったみたい。だけど喧嘩になって周りに止められたって。相手は貴族だし、私は大丈夫って言ったんだけど。チボーは、『コンスタンスの無念を晴らしたい……』って」


 ジャックの話を聞いてから頭に浮かんでいた疑いが、だんだん強くなっていくが……。

 犯人が彼ならば、ロイがわざわざ僕たちに調査を頼まない。もし彼だったとしても、色恋が原因の単純な事件ではないことは、今までの経験から想像できる。

 


「最近、チボーさんにはお会いしましたか?」

「――いいえ、前は肉の配達でよく来ていたんだけど、この頃は……」

「担当が変わったということでしょうか?」

 

 動揺しているのか視線が定まらず、右下や左下を行ったり来たりさせている。


「クレモンティーヌ――チボーの母親に聞いたけど、体調を崩して休んでいるって。あの子、娘のことで落ち込んでいたから……」


 この後、肉屋に行く予定だったが、彼本人と話すのは難しいかもしれない。


「チボーさんはお嬢様のことが好きだったのですか?」

「それは……好きだと本人も言ってましたけど、幼なじみで、私たち親同士も、『将来二人が結婚したら嬉しい』とか言ってたので、その影響もあったのかもしれないわね」

「お嬢様は、チボーさんのことが好きではなかったのですか?」

「好きだったと思うわ。でも兄弟みたいな、家族愛に近い感情だったと思う」


 

 そういう相手とこそ一番幸せに暮らせると理解するには、まだ時間と経験が足りなかった。

 ジュリアンが平民だったら、まだ良かったのかもしれない。それならば失恋で落ち込んでも、少しずつ前を向き、幼なじみからの愛にやがて気がつく。だが、男爵とはいえ貴族の子息。自分がお姫様になったかのような夢心地――たとえそれが錯覚だったとしても。

 高く舞い上がれば舞い上がるほど、その反動は大きいものになってしまうのは、残念ながら自然なことだろう。

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