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もっと話したいと思わせることは大事だが、かわいそうに……という同情めいたエステルの表情は、男の欲を必要以上に刺激してしまう。
肝心の内容を聞き出す前に、口説かれかねないのでは――と、少し焦り始めた。
「女性がお亡くなりになったのは残念ですが……、そのことが言い争いの原因になったのですか?」
言い寄る機会を窺っている男だが、冷静な声色を保ったエステルは、我が妹ながら手強いと僕は感心した。
「ああ、チボーが――チボーってのは向こうの地区の肉屋の倅で、彼女の親の店に肉を卸していた関係で幼なじみでさ。それで、なんで騙したのかってジュリアンに詰め寄ったんだよ。彼女のこと好きだったみたいだね」
「――でしたら相当落ち込んだでしょうね」
「ああ。チボーはしょっちゅうジュリアンにくっついて、幼なじみが近づけないよう牽制していたからな。だけど結局彼女が死んで、あの日喧嘩になったんだよ」
エステルは耳を傾けつつ、二口分だけ残っていたケーキを口に運んだ。
「あなたがそのとき仲介に入って、その後はどうなったのですか?」
「二人とも俺が怪我したのを見て、さすがに喧嘩は止めたよ。まあ酔っ払い同士だったからエスカレートしたみたいで、その日は少し酔いを醒ましてから二人とも帰って行ったかな」
「では、あなたのお陰ですね」
「あはは。そんな大げさなものじゃない。それにジュリアンは結局殺されたし」
エステルが持っていたフォークを、わざと音を立てて置いた。驚きの演出だろう。
「殺された……?」
華やかな有名菓子店に似つかわしくない会話なので、自然と二人は声を落としている。
「ああ、ここからそう遠くない細い路地で刺されたみたいだね。物取りだって警備隊は言ってるらしいけど、ジュリアンを知っている俺たちはあまり信じていないかな」
「なぜそう思われるのですか?」
「だって嫌われる理由しかない男だよ? いくらあれだけの色男でも、あんな態度は許されない。恨まれるさ。女性には優しくしないとね」
エステルに向けて左目を一瞬、魅力的に閉じてみせた。同じ美形男でも、自分は違うよ――とでも言うように。慣れていない女性ならば、色素の薄い瞳に吸い込まれそうな感覚になるだろう。
「彼にはそれほど多くの敵がいたのですね」
「ああ。まあでも常連客が実際に殺されたのは俺らも驚いたけど、正直、悲しんではいないというか、自業自得だと思っているやつらばっかりだよ」
「まあ……」
区切りはついたとばかりに、ジャックが流し目で妹に何か言おうとした瞬間、エステルが遮った。
「ジャックさんの話が面白くて時間を忘れていたわ。待ち合わせに遅れてしまったら、お父様に叱られてしまう」
この手の男は美人と遊びたい欲求はあれど、相手の親に紹介されるような面倒事は避けたいだろう。それが貴族の親ならば、なおさらに。軽薄だが聡明さも感じられるジャックは、出世立身を夢見るような身の程知らずではなく、初めから相手にされず、むしろ権力を使い潰されると理解しているはずだ。
万が一気に入られて結婚まで漕ぎ着けたとしても、相手の立場の方が上で、常に気を使いながら振り回され、他で遊ぶこともできないようなことが容易に想像できる生活など、選ばないに違いない。
「残念だな。もっと君と話していたかったのに」
「あのお店に行けば、またあなたに会えるのかしら?」
貴重な情報源との繋がりを切る必要はない。
「来てくれるのかい? 店が開いている時間は大抵いるよ。いなくても、親父に言ってもらえれば、誰か呼びに来るから。俺の家もこの近所でね」
僕が払おうとしたのを、ジャックが制した。初回を払い、安心させてから無心していく詐欺師の典型的な手口か、紳士的な行動か。捜査とは全く関係がないが、気になってしまった。
「ごちそうさま、本日はとても楽しかったわ。では近いうちに、ご機嫌よう」
亡くなった女性とチボーの親の店があるイシナ地区の方向へ数百メートル無言で歩き続け、ジャックが追って来ていないことを確認する。
「エステル、どっちに先に行くつもり?」
「どちらでも。先に見つけた方に行こうと思っているけれど。 恨みだとするなら、幼なじみの男性、あるいは女性の家族によるものだと考えるのは、単純すぎるかしら。人の感情は複雑なようで意外と簡単に、普段と違う行動を取らせてしまうものだけど」
「動機としてはある……。でもいくら平民としては裕福だからって、彼らに警備隊員を動かすほどの力なんてあると思う? 金を受け取る利益よりも、男爵とはいえ今後起こるかもしれない貴族絡みの面倒事を避けたい気持ちの方が強いはずだし」
「借金でもあったのかもしれないわ。それなら目先の欲に飛びつくのは理解できる」
そうだと仮定すると……賄賂を受けた警備隊の上官に個人的な事情があり、便宜を図ったということだ。だがそんな単純な内容なら、いくら貴族の三男が殺されたとはいえ、わざわざロイが調査に乗り出す必要はない。
彼は何か別の動きを察知していて、だからこそ、僕にこの事件を調べるように命じたのではないか――そう感じている。
もちろんもっと単純な事件を扱ったこともある。紛失した宝石を探したり(この犯人は結局猫だった)、宮殿で保管されていた楽器の損壊原因を調べたりとかもあった。要するに――僕はロイ殿下の便利屋、というわけだ。今までの仕事を振り返るならば、濃度の違いはあれど、全てロイに関わることだった。
王都とヴァルリナは馬車で片道二時間、調査の内容によっては数日以上の泊まり込みになる。理想の第二王子、という対外的な印象を崩さない殿下なので、奉仕精神を使うとしたらもっと周りに分かりやすく、国民のためになる活動を僕にさせるはずだ。評判の悪い下位貴族子息の個人的な事件の調査ではなく。
より真相に近づけば、ロイの別の思惑とも自ずと繋がるだろう。
「料理店なら、夕食の時間になると忙しくなって話を聞けないかもしれない。先に行った方がいいんじゃないかな」
「そうね、急ぎましょう」
結局前回は徒労に終わったが、その時に場所は調べてあった。ここから歩いて三十分もかからないイシナ地区は、リュー地区と同じように人と店が多い。ある程度の腕があれば、店は繁盛するだろうから賄賂のための金は用意できる。
「あのお店かしら?」
周囲に人がいるため、声は出さない。こういう場合、エステルは無言が肯定だと分かっている。
「こんにちは」
扉を開けながら声をかけると、「ごめんなさいね、今は休憩中で」と中から返事があり、母親だと思われる年齢の女性が顔を出した。
エステルを見ても驚いた様子はないので、この店の客層には富裕層もいるのだろう。
「いえ。食事ではなく、お尋ねしたいことがあり伺いました。少しよろしいでしょうか?」
そう言いながら差し出した身分証を見て、彼女はどの内容かを察したようだ。
招き入れられた店内は広く、席数も多い。四人用のテーブルに向かい合って座った。
「それで、聞きたいことっていうのは……」
「はい、こちらのお嬢様が亡くなったことについてと――バードン男爵の息子、ジュリアン殺害事件についてです」
ヴァルリナ宮殿付きの新聞記者が、一平民の身投げなどに関心を持つわけがないと、普通なら分かる。自分達が疑われているのだと感じているはずだ。
さすがは客商売をしているだけあり、元々人当たりが良いのか、新聞記者の反感を買って不都合な記事を書かれることで被る店の損害を心配してなのか。彼女はその不快感や戸惑いを顔には出さず、ただ頷いた。




