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ダミアン バクランド 〜第二王子殿下の親友の日常〜  作者: 島田すい


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 教会の鐘が二回、店内にまで振動が伝わってくるくらい大きく鳴り響き、時刻を告げた。


「さてお嬢さん。どこに行きたい?」

「お仕事は終わりですか?」

「ああ、鐘が聞こえただろ?」


 片目をつぶりながら言う彼は、完全に普段、自分が女性からどう思われているのかを理解している様子だ。ロイも同じだが、殿下が爽やかな貴公子という評判を崩さないよう演じているならば、こちらは少し危ない香りがする男、という感じだろうか。


「王都には美味しいお菓子が多いと聞きましたの。この近くで、おすすめのお店はご存知かしら?」

「ああ、それなら丁度ここから少し行ったところにある店が有名で繁盛しているよ。そこでいいかな?」

「ええ」


 従者になっている僕が会計を済ませたのを見て、エステルが席を立った。

 この飲み屋の店先の道路にまで椅子が並んでおり、今日のような天気が良い日は太陽の光を浴びながら酒を飲む客で埋まっている。


「おまえやったな!」「頑張れよ!」などの耳障りな酔っ払い達の言葉を笑顔で交わしつつ、男はエステルをエスコートするように、先ほど鳴った鐘がある教会の前に出た。大きな塔を持つこの教会は、王都でも二番目の大きさを誇るため、今も人で賑わっている。


 男は一際目立つ美人令嬢の横に立ち周りからの注目を浴びていることが快感のようで、その様子が簡単に見て取れるが、僕もいることが気に入らないのか、ちらちらとこちらに視線を寄越す。いなくならないのかと考えているのであろう。


「彼は従者ですのでお気になさらず」


 仕方なさそうに肩を落としつつも「こっちだよ」と、案内しながら歩き出した。

 数世紀前に建てられたであろうこの教会は大きく、ステンドグラスには様々な色が使われている。今のような日が差し込む時間帯に見たら、さぞかし綺麗そうだ。

 建物の周りには背が低い植物で揃えられており、景観が保たれ、等間隔に置かれている長椅子も壊れていない。いくつかには市民が座って会話したり昼寝しているのが見えた。


 この地区を管轄する区長のフェーブルは、正しく税金を管理し使っていると分かる。もちろんこれは事件の捜査だけでなく、ロイから言いつけられているもう一つの調査への報告のためだ。



 教会の反対側まで来ると、そこから大通りの少し先にある道を曲がった。


「あそこだよ」


 指で示した先には、外観の飾り付けが洒落ている店があり、ちょうど女性二人が出て来るところだった。着ているドレスと雰囲気から、おそらく裕福な平民の娘たち――といったところだろうか。

 入れ違いに中に入ると、昼下がりの店内は混雑していたが、一卓だけ空いており、二人席だったので、エステルと男が座った。


 ジャックという名の男の、一番人気の菓子ひと皿と紅茶を二杯、慣れた様子で注文する姿は、今までに何度も女性を連れて来たのだろうと想像できる。

 有名店なだけあり貴族や裕福な者も来るため、従者が横に立って控えても違和感がないのはありがたい。



「さっきの教会の所は、この辺の市民がよく(つど)う広場でね。週に二回、朝に市場(いちば)も立つ。だから俺が働いている店も、いつも客が多いんだ」  

「そうなんですね。お店にいらっしゃるのは、この近くにお住まいの方たちだけですか?」

「ん〜いや、たまにだけど外国の商人とかも来るよ。それに貴族も」

「さすが王都ね。わたくしの故郷では初対面の方と話す機会がありませんので、羨ましいですわ」


 嘘は言っていない。溺愛されている箱入り娘の妹なので、基本的に領地の屋敷では家族と専属の使用人たちとしか会話しないし、近所に住む領民たちも昔からの顔見知りだ。



「そうかな? 俺らにとったら普通だし……まあ色々話も聞けるけど揉め事も多いし」

「揉め事ですか?」

「ああ、酔っ払いの喧嘩とかしょっちゅうだよ。お陰でこの間なんかも俺が止めに行かされて、結局――ほら、ここ見てよ。大したことなかったけど」


 差し出された左腕には、まだ日にちが浅いことを思わせる、治りきっていない赤い線が入っていた。


「怪我をなさったのですか?」

「ああ。客が殴られそうだったのを庇ったら、その拍子にグラスが割れちゃって、その破片でね。――お? お嬢さん、心配してくれてる? なら俺を労わって(うち)で手当てをしてくれても……」



 くだらない――と言いたげな視線は、男には何の効果もなさそうだ。その瞳も良いね、というように、色気のある顔で余裕の笑みを見せている。


 

「どのような争いだったのですか?」 

「んー、客同士の言い争いがだんだん過激になってって感じで。まああいつは敵も多かったから」

「お知り合いだったから、止めに入られたのですか?」

「あはは、そんなんじゃないよ。お嬢さんはお育ちが良いだろうから、正義感みたいのがあるんだろうけどさ……。俺は正直めんどくさかったけど、店主の親父(おやじ)に給金上乗せするって言われたし、貴族だったからさすがに店で怪我でもされて問題になったら俺も困るし、だからだよ」



 エステルは「え?」と、短い声を発したが、もちろんそれは『もしかして』ではなく、『貴族の方が?』と驚いたように見せるための演技だ。


「貴族の方がそのような行為を?」

「ああ。貴族の者全てが君みたいに上品ってわけじゃない、うちの店に来るやつらはひどいもんだよ」

「わたくしは……。いえ、どのような言い争いだったのですか?」

「喧嘩に興味があるようには見えないけど?」

「もちろん喧嘩は好きではございませんよ。普段見慣れないものを知りたいと思う、好奇心がある女性はお嫌いですか?」



 恥じらいつつも上目遣いで言う妹の演技力に、僕は吹き出しそうになるのをこらえた。こっちも、会話が理解できない――という演技をしていることを、忘れちゃいけないからね。


「嫌いじゃない――むしろ君みたいな美人は大歓迎だよ」


 兄としては妹を連れてすぐに帰りたいところではあるが、眉目秀麗な王子にすら(なび)いていないエステルなら心配は不要だろう。


「なら――あなたが身を呈して止めた話、ぜひお聞かせ願いたいわ」 

「そんな大層な話じゃない、ここでは日常茶飯事だけど」


 その割には満更でもない顔をしながら、男は語りだした。


「しょっちゅう朝から飲んでいた常連のジュリアンって男がいて、そいつは貴族で――といっても俺もその喧嘩の時に親父(おやじ)から言われて初めて知ったんだけど」


 男はエステルが頷いたのを見て、先を続けた。


「そいつはえらく顔が良かったから、色んな女を連れ歩いていてさ。好き放題やってたから元々評判は悪かったんだよ。今思えば貴族だったんだし、それで傲慢になってたのかもな」


 貴族全員が居丈高のように言われるのは心外ではあるが、完全に否定はできないし、この男に対して弁解する必要がある内容ではないだろう。エステルも何も気にしていなそうだ。


「それでその喧嘩については……、なんでもそのジュリアンに入れ込んだ一人の女が身を投げて死んでさ」

「――え、亡くなったんですか?」


 当然知っている結果だが、可憐な令嬢として――驚かなければ怪しまれることを、妹は理解している。


「ああ、かなりの金を貢いでいたみたいでさ。相手は貴族だから金持ちだろうに、現実を見れなかったのか……馬鹿(ばか)だよなぁ」



 貴族にも裕福な貴族と落ちぶれた貴族がいるが、総じて平民の貧困層とは比べ物にならないから、こう感じるのは普通だろう。

 だがジャックのような遊び慣れていそうな男と、純粋な――まだ少女の面影を残す女性とでは、恋に対する比重は違うはずだ。そう考えると、このように言われるのは少し気の毒ではある。


「まあその死んだ女も、隣のイシナ地区で料理店をやってる家の娘で、実家は儲かっていたみたいだけど。でも結婚を約束してたから金を渡してたのに騙されて捨てられて……それで橋からセイン川に飛び込んだみたいだよ」


 ジャックが話す様子から、ジュリアンの評判は本当に悪かったのだと感じる。それなのに、なぜ警備隊は不自然な工作をしたのか。

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