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「それで、ロイ殿下が部屋に入ったんですよね」
「ええ。その時の緊迫した状況を詳しく聞きたいですか?」
「あまり興味はありませんが。というかまさか、『私のエステル嬢に何を……』とか、言ってないですよね?」
「ダミアン君、実は見ていたんですか。私が説明するまでもなさそうですね」
ロイはエステルに向き合った。その整った顔から放たれる魅力は、普通の女性ならば直視できないくらいだと思うが、残念ながら妹は普通の女性ではない。
「ダミアン兄様。私がそのように言われて、喜ぶように見えるのかしら?」
「ううん、思わないね。ロイ殿下が、『私もご一緒させてください』と言って同席し、さりげなく嫌味を言う様子を観察する方が好きだろうし」
エステルがふふっと微笑んだ。
「さすが兄様、一番私たちを理解してくれていて嬉しいわ」
一番じゃなくて、唯一と言っても大げさではない気もするけど。
「それで、結局……状況はどうなんですか?」
ロイに尋ねた。
「使用人たちにはどのような話をしていたかまでは分かりません。彼らは国王が倒れ、王弟の表情から察するにあまり宜しくないと思うでしょう。そして、バクランド侯爵令嬢だと分かったエステル嬢を王太子と第二王子が取り合っている。そのように話が広まればどのようになるか、お分かりでしょう」
「はい。国王陛下から前もって何か話があるかもしれないと想像すると思います」
国王に何かあった場合に備えての婚約と王太子位についての発表。しかも自分以外の王族のみで話を進められていると気づけば、怒りから焦って行動に移す可能性が高い。
思考中、あることに思い至ったので、ロイに訊いた。
「殿下。今日のリュー地区での契約ですが、予想に反してシェール伯爵からの質問などもなく、逆に助けられる場面もありました。それは……」
「ええ、叔父上から話があったのでしょう。そもそもダミアン君が指名されたのも、エステル嬢と私のみを呼び出すために、君を宮殿から離したのだと考えられます」
「それに兄様の身元――お父様の息子だと、露見しないためもあると思うわ」
「ええ。これからも私の親友、相棒としていていただきたいので、ダミアン君の正体が謎のままの方が助かりますからね」
相づちを打ちながら気がついた。フィリップ王弟がそのために今日の予定を組んだのなら、それはおそらく父たちからの頼みだ。
ということは……
「えっ、もしかして僕たちの調査の仕事について、父様たちも知っているってこと?」
「残念ながらそうでしょうね。ダミアン兄様の身元が分かってしまえば潜入調査がしづらくなってしまう。そのために私との関係も隠そうとしたのだと思うわ」
「じゃあ、本当の黒幕は彼ら?!」
もちろん実際の悪い方のじゃなくて、一番上で操っているって意味だ。
「ダミアン君、国王陛下にも君の優秀さを認められているということですよ」
「あまり嬉しくないというか……いや、光栄なんですが、初めはロイ殿下に何か企みがあるのではと思っていましたが、結局父様たちの方が上手だったってことですよね」
「ええ。私は品行方正な若者ですからね、老獪――失礼、経験豊富な父上たちには到底敵いませんよ」
ロイのことだからこう言っていても油断はできないと思うけど。
「……って、ダミアン君。いつもの君からの嫌味がなくてつまらないですよ」
「これでも結構疲れているんですよ。僕はあなたと違って普通なので」
「ダミアン君。私も至って普通ですよ」
怪人のどこが普通……と指摘するのは、余計疲れそうだ。
そういえば、妹が少し不機嫌だったことを思い出した。
「ねえエステル。なんでさっきジュリエットと戻ってきた時、いつもよりその……なんていうか、少し元気が……」
「兄様、気を使わせてごめんなさい。はっきり言ってかまわないわよ。ええ、少し機嫌が悪かったことは認めるわ」
「エステルがそうなるなんて滅多にないのに、どうして?」
それこそ侯爵令嬢で周りからの愛情に包まれて育った妹は、苛立つようなことはしない――というより、それを周りに分かるような態度は取らない。
「ごめんなさい。兄様の前だったから、少し甘えてしまったわ」
「あえてそういう風にした理由は? まさか僕が本当に、君が不貞腐れていたと思うとでも?」
恋愛にしか興味がなく、気分で態度を変える令嬢など、妹からは一番遠い。
「エステル嬢は、お義兄様と離れてしまうことが寂しいのですよ」
「離れるとは?」
「私と結婚しましたら、こちらに住むことになりますからね」
「確かにそうですが、ここに来れば会えますよね。ロイ殿下とは、必要以上に会っている気もしますし」
「ひと言多い気もいたしますが……ええ、そうでございます。ですが、将来の王妃となりますと、すでに完璧なエステル嬢でもまだまだ勉強していただかなくてはならないことがございますので……」
「ロイ様」
エステルが途中で割って入った。
「少し解釈の相違があると思いますが?」
「何か違いましたか」
「ロイ様も結婚はまだ早いとおっしゃっていましたよね」
「ええ。確かに愛おしいエステル嬢と過ごせるのであれば、結婚という契約を急ぐ必要はございません」
「えっと、それで結局エステルは何に対して不満があったの?」
いや、別に二人の間での些細な喧嘩なら別に理由を絶対に知りたいわけじゃないんだけど。もしかしたら作戦に関わることかもしれないし、それか妹が嫌な思いとかしたなら、兄として守らないと……。
「ダミアン兄様。何か色々と想像しているのかもしれないけど、ただ……初めはロイ様との仲を認められただけだったのに、この流れでは結婚までさせられてしまう。それが少し嫌なのよ」
意外にも、ロイまで頷いて同意している。エステルの後に続けて言った。
「婚約の発表も、するかどうか未定だと言いましたよね」
「はい」
「私もその、エステル嬢との仲を半ば公に認められることを望んでいましたが、正式な婚約はまだ先のことだと考えていました。もちろん、エステル嬢との関係に不安がある――ということではございません」
目の前に座る恋人同士……心なしか二人の距離が縮まっているように見える。いや……認めたくないが、手を重ねているように見えるんだけど。
「ですが、エステル嬢との婚約の前に色々と片付けたい仕事がございますし、私は正直なところ、国王になることを望んでもおりません」
そうだろうね。ロイは表に立つよりも、後ろから操る方が好きそうだし。まあ、金髪碧眼の整った容姿では、どこにいても一番注目を浴びてしまうから、影という形にはなれないだろうけど。
妹は王族になったとしたらきちんと務めを果たすだろうが、今の自由気ままな生活が性に合っているのは分かる。それにエステルが結婚してしまったら、僕は一緒に探偵として働けなくなる――あ。
「もしかして……僕のため?」
「どういう意味よ、兄様」
「もし君が結婚してしまえば、僕が殿下から調査の仕事を頼まれたときに手伝ってもらえなくなるよね? だから僕のために……」
「違うわよ」
あ、ごめん……。と思ったら、エステルに続けて言われた。
「兄様が、私の助手じゃない」
確かに表向き、ロイに用意してもらった身分証には新聞記者と助手となっているけど……そこ重要?
「ああうん、そうだよね。お気遣いありがとう」
「なので機嫌が悪かったわけではないの。少し寂しく感じただけよ。それに……ジュリエットもおそらく気がついていると思うけど、お父様に伝わってほしくって。だって、陛下と勝手に進めてしまうし」
あ、やっぱり……。不機嫌でも大丈夫だと甘えられる相手、その意図まで組んでくれると期待したのは兄じゃなくてジュリエット?
「え、でもじゃあなぜジュリエットと別れたあとも必要ないのに、ずっと不機嫌だったの?」
「ふふ。純情な兄様が悩んでいる様子がおもしろくて。ごめんなさい、でも今後の仕事に役立つかもしれないわよ」
確かに女性の心理の見極めが、潜入調査時に必要になる可能性もあるかもしれないが……揶揄われている気がするのは僕の勘違い?
その僕の心の内を正確に読み取っているであろうロイが少し笑いながら言った。
「ダミアン君。そろそろよろしいでしょうか? 色々と立て込んでおりますからね」
それは僕の言い分……いや、殿下に言っても仕方ない。
「はい、ロイ殿下」




