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「え、それはどういう意味ですか?」
「お父様から、ロイ様たちとお茶をしようという誘いがあったのよ。結局、肝心のロイ様には入れ違いで話が伝わっていなかったみたいだけれど……。いえ、元々知らせる気があったのかしら」
「えっ、じゃあ、父様が故意に言わなかったってこと?」
「どうかしら」
素っ気なく答えたエステルの声は、怒っているようにも、本当に分からないようにも聞こえた。
「ん? どういう意味だ?」
「ダミアン君。バクランド侯爵は国王から、私も来るからエステル嬢を誘うように伝えられていたそうですので……」
「でもそれは二人で口裏を合わせたのかもしれないわよ。お父様が悪く思われないために」
まだ最後まで聞いていないから判断のしようがないが……正直否定はできない。頼んだのが昔からの親友でなおかつ国王だし、父は忠誠心が強い。エステルに危険が及ぶことは問題外だが、そうでなければいくら溺愛している娘であっても、国のためなら多少の嘘はつくかもしれない。
「それで……エステルと父様の他には、誰が茶会に来たんだ?」
「シャルル王太子殿下よ。国王陛下は急に体調を崩された――倒れられたようで、いらっしゃらなかったわ。付き添われたお父様もね」
「えっ……国王陛下は大丈夫なんですか?」
エステルがため息をついた。ロイもだ。察しの悪い僕に向けて。
「兄様って本当に純粋ね」
「ええ、たくさんの愛情を注がれたのでしょう。捻くれていませんね」
いや……だって、まさか国王が仮病を装うかもしれないなんて、想像できなかったし。というかどう育っても、怪人になれる気はしないけど。
「えっと……陛下のご体調は、対外的にどうなっているのですか?」
「ダミアン君、勘を取り戻しましたか。父上については、その一報が入ってから新しい情報がございませんので、どのような状況なのか不明となっております」
「えっ、では重篤な可能性も?」
「そう思われる方は多いでしょうね」
ロイの言い方からすれば、少なくともロイたちには事実が伝わっているようだ。
「えっと、それで……なぜ彼らはシャルル王太子殿下とエステルを二人にさせたのですか?」
「エリックさんが作戦のため、ロイ様と私のことを周りに話しているでしょ」
エステルが続ける。
「実際にお父様たちにも認めてもらっているけれど、私たち以外の人には、今のところただの噂しかなく、婚約が本当かどうか分からないわ」
「うん、そうだね」
「エステル嬢と一緒のときは、ミッシェルしか入室させませんしね」
ロイが付け足すように言った。ミッシェルは僕たち三人の関係に気がついていても、彼の口から情報が漏れることはない。
「そんな中、シャルル王太子殿下と私が人目に付く場所で会っていたら?」
「弟は偽装で、実際は王太子との婚約だと思われるってこと?」
確かに順番的にはそうだが、シャルルは優しげな顔立ち――はっきりと言うなら、眉目秀麗で貴公子然のロイと比べて地味な印象は拭えない。美女と名高いエステルと並んだ場合、ロイの方が映える。
それに……変わっている者同士、どう見てもお似合いなのはやはりロイと妹だ。だが、二人の性格を知らない者たちなら、シャルルとエステルが婚約すると勘違いするかもしれない。
「ええ。エステル嬢の魅力がすべての者を惹き付けてしまうことは理解しておりますが、シャルル兄様が相手というのは、少々分が悪いですね」
「殿下から弱気な発言を聞くとは、不謹慎ですが槍が降りそう——本当に反乱が起こりそうですよ」
「ダミアン君。ええ、確かに私は優秀ではありますが、エステル嬢に関しては非の打ち所のない彼女に釣り合う完璧な相手でいられるよう、常に気が抜けませんからね」
思わず吹き出しそうになったのを堪えた。
「まあ王太子というのは、一般的にとても魅力的に映るでしょうね」
「ええ。ある志を持った令嬢たちには、どのような宝飾品や貴公子よりも一番優先する部分でしょう」
ある志……王妃になるという野心を持つ令嬢たち、または娘を王妃にして国王の岳父になりたい者にとって、王太子を射止めることは普通の結婚とは意味が違う。
「ロイ様。私が肩書きで人を見ると思っているのですか? それに私の気持ちを信じていただけていないなんて……悲しいですわ」
「すまない、エステル嬢。君のことを愛おしく思うあまり、自分が……」
「コホン」
長くかかりそうだったので、わざとらしく咳をしてみた。
「ダミアン君、続けさせてくださいよ」
「はい、先ほどの話の続きをずっと待っていますよ」
「そうですね。えっと……どこまで戻りましょうか」
「ロイ様。私から言わせていただきますね」
「ではエステル嬢、お願いします」
目を合わせて微笑んだ二人。その一瞬で通わせたであろう気持ちは、想像したくない。
「兄様。シャルル王太子殿下と私はお茶をしながら、お天気のことや好きなお菓子のことなど、たわいない会話を楽しんでいたわ」
妹にとってはあまり興味のない話題だろうね……という発言はもちろん頭の中だけにした。
「少し経った頃だったかしら。フィリップ王弟殿下がいらっしゃったの」
想像していなかった人物の登場に、顔を上げた。それを見たロイも、分かるよ――というように頷いた。ロイにとってもフィリップが来たのは意外だったようだ。
「初めてお会いしたので、とても緊張したわ」
「それで、フィリップ王弟殿下はなぜいらっしゃったんだ?」
「彼から、陛下とお父様がなぜ来られなくなったのか、その理由を伝えられたのよ」
ロイが話を引き継ぐ。
「叔父上が言うには、父上は体調不良で倒れたのではなく、昔からの友人との再会を懐かしんで飲み過ぎてふらつかれたようですよ」
「え? 国王陛下のお酒の許容量は分かりませんが、父様も一緒にそこまで飲むとは初耳なんですが」
「ええ。私も少々嗜みますが、父上には全く敵いませんので驚きましたよ」
「……ということは、その話自体も作ったということですか?」
「フィリップ王弟殿下は、非常に言いづらそうにされていたわ」
ロイに聞いたのだが、答えたのはエステルだった。
「え、どういう意味?」
「ダミアン君。父上たちが飲んでいたのは本当だと思われます。ただ、彼らが酔って行動ができなくなるということはないでしょう。おそらくわざとそう言ったはずです」
「それは何のために……? 普通にシャルル王太子殿下とエステルにも、体調が悪いとだけ伝えれば良いと思いますが」
ロイから返ってきた言葉は意外なものだった。
「エステル嬢から伺った叔父上の様子を考えますと、そのように言ったのはおそらく叔父上の意思ではございません」
「ということは国王陛下ですか? 何か思惑が?」
「ただ単に潔癖で真面目な叔父上を揶揄ったとも思えますが……周りには、会話を聞かれない程度の位置に使用人が控えていたそうです。叔父上が苦虫を噛み潰したような顔で二人に話していたとすれば、彼らにはどう映るでしょうね?」
さすが他人に本心や行動を悟らせず、隙を見せることを好まない、優秀な怪人である親友の父親だ。正確には、ロイが父親からその性質を引き継いでいるのだろうけど。
「彼らは陛下の体調不良だと捉えるでしょうが、シャルル王太子殿下とエステル――ロイ殿下が聞けば、酒に飲まれたというのは本当のことではないと気づく。なので実際には倒れていないと理解できる、ということですか?」
「ダミアン君、本来の調子を取り戻しましたか」
「合っているということですね」
「ええ」
ロイを見ると、いつもの貴公子――怪人の顔だ。
「そして叔父上は『兄上は部屋で休まれているためすぐに様子を見に行く必要はない』と言い、そのまま二人を見守るように同席されたそうです」
会話が全く弾みそうにはないが、機転が利く妹は上手く取り繕ったはずだ。フィリップとシャルルも王族で、そのような場面は何度も経験しているだろうし。
それに――重要なことが分かった。
確かめるため、ロイに訊く。
「ロイ殿下。今の話ですと、フィリップ殿下は……」
「ええ、叔父上は父上に協力をしています。まあ結局私が何も知らず、乱入してしまったのですが」
「え、乱入ですか?」
「ええ、エステル嬢を取られてしまうのかと心配になり、取り乱してしまいましたよ」
動揺など、怪人からは一番遠い行動に思えるが。
「ダミアン君、私でも動揺いたしますよ」
「愛しいエステル嬢に対して限定ですが――とかですか?」
「ええ、さすがお義兄様」
「はあ……」
だが言い方から察するに、フィリップは国王側で間違いないのだろう。ロイのことだからおそらく確認も済んでいる。
要するに……黒幕は小さいリス――いや、リシャール王弟で間違いなさそうだ。




