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エリックはすぐに了承の返事をした。近衛隊員の仲間たちに翌日の訓練に出ないことを伝えた際、僕はロイからの書類を持ってきただけだと思われたらしい。怪しまれた様子はなさそうだとエリックが伝えてくれた。
ロイはああ言っていたが、フィリップも僕が何の準備もなしに行くとは思ってないだろう。エリックが一人でも対応できるよう、詳しく説明していく。彼は飲み込みが早く頭が良いので、僕はできる限り無言を貫くことができそうだ。
翌朝、身支度を済ませて馬車のところへ向かうと、すでにエリックがいた。
「おはよう」
「おはようございます」
シェール伯爵も来るのでこれ以上の会話はしない。今日はエリックも同乗するので、御者は別の者に頼んである。その若者にエリックが声をかけた。二人が談笑していると、シェール伯爵と従者がやってきた。
「待たせたかな」
「シェール伯爵、おはようございます。エリックと申します。ロイ殿下から命を受け、本日は私も同行させていただきます」
エリックの言葉に合わせ、僕もお辞儀をした。
「普段は近衛隊員を?」
「はい」
シェール伯爵は、エリックがルロー伯爵の息子だと気づいただろうか。だがさすがはフィリップの側近でアランたちの父親だ。表情からは何の情報も読み取れない。
四人で馬車に乗り込んだ。本来ならばシェール伯爵は別の馬車で行っても良いところなのに一台だけなのは、やはり僕の出方を見たいからだろうか。要職についているし倹約家だと聞いたこともないし……と思ったけど、王都で平民と働くアランとジャックの父親ならば意外と庶民派なのかもしれない。
車内での会話は終始今回の事業についてで、フィリップ王弟やシェール伯爵の子供たちに関する話は一切彼の口から聞くことはなかった。アランが僕たちと接触があったことを父親に伝えたのかも謎だ。
リュー地区へ到着し、まずは教会、そして食べ物屋での説明と契約書への署名がこの日の予定だ。基本的にエリックが話し、シェール伯爵は責任者のような立ち位置に徹した。
リュー地区の人々は、正式な雇用契約がある子供を預かる施設という今までにない取り組みに対して、意外にも好意的だった。
「警備隊員の人に確認するよう言われたけど、もし事故があったときの責任は?」
「やるのはここだけか?」
「金はどうなるんだ?」
市民からの質問もいくつかあったがすべて予想範囲内だったので、エリックが対応した。
また、ロイが心配していた、シェール伯爵によって僕が話さざるを得ない状況にさせられるようなこともなかった。順調に工程が進み、当初考えていた時間よりも早く終えることができた。
帰路の馬車では、シェール伯爵とエリックが天気や料理などの話をしている。僕は会話に入れないため、今日のやり取りで二つ、気になったことを頭の中で反芻する。一つ目は、教会で市民の女性から受けた、『警備隊員の方に……』という質問だ。エリックは特に反応を見せなかった(気にならなかったのか、冷静を装ったのか不明だ)が、その警備隊員はアランではないのか?
今回の事業について、ロイ経由ですでにリュー地区の施設側の人たちに話がされていたが、それは警備隊員からではなかったはずだ。街の治安を守る警備隊員が噂を聞くことはあっても、逆はない。そもそも今日が正式な契約日なので、この事業自体を知っている者は、数えられるほどしかいない。
そうなると……シェール伯爵が息子に伝え、表向きは平民のアランが注意事項をさりげなく話していたと考えるのが自然だ。
そして二つ目は、食べ物屋見学時にたまたま店にいた数人組の客が珍しい顔立ちの僕を見て、笑いながら揶揄った時だ。相手は酔っ払っていたため、無視をすれば、より態度を大きくすることは明白だった。シェール伯爵はごく自然に彼らに話しかけ、世間話に持ち込んだのだ。面倒事を避けたい気持ちが優先だったのだろうけど、僕は助けられた形になった。
リュー地区の人々から不安の声や反対の意見はなく、予想していたよりも順調だったのは確かだ。今のところ悪意を持って裏工作をされた様子は一切ないが、逆になぜ好意的なのかも腑に落ちない。
ここでシェール伯爵に聞くわけにもいかず、そのままヴァルリナまでの道を馬車に揺られた。
宮殿に着いた時には、すでに夜になっていた。部屋にはジュリエットの両親しかいない。彼らに父たちがどこにいるか尋ねたが、行き先は知らないようだ。
部屋で寛いでいると、エステルとジュリエットが戻ってきた。
「すでに帰っていたのね」
父は一緒じゃないようだ。そして妹はいつもより機嫌が少し悪い? いつもなら、「兄様、おかえりなさい」って麗しい笑顔を見せながら、もっと弾んだ声で言ってくれているし。エステルを溺愛している者たちだけが気がつけるくらいの、些細な違いだけど。
「うん、父様は?」
「友人の部屋にいるそうよ」
友人というのは、国王陛下だろうか。
「兄様。疲れているところ申し訳ないけど、まだ平気かしら?」
「問題ないけど、何をするの?」
やっぱり不貞腐れていると感じる。ロイと喧嘩でもした? それなら今夜は一晩中でも付き合って、不満を聞くよ。
「ロイ様の部屋、付き合ってほしいの。ジュリエットは先に休んでいてかまわないわ」
「かしこまりました、お嬢様」
廊下に出て無言で歩く。ロイの部屋ということは喧嘩の続きを僕の前でするのか、それともロイも妹と同じ不満を共有しているのか。どっちだろう。
「ロイ様、入ってもよろしくて?」
「ええ、かまいませんよ。――あ、ダミアン君も一緒でしたか」
ロイの声は普段と変わらず、自身の感情を悟らせない。
エステルがソファーに腰を下ろした。いつもなら僕がその横に座るが、今夜は執務机から移動したロイがその位置を選んだため、二人と向かい合う形になった。
「殿下。本日のリュー地区の契約の件ですが、滞りなく終えました。詳しい報告は明日しますね」「ええ、よろしくお願いします」
思わず「はい」と返事をしてこの話題を終了させようとしたが、ロイが昨日僕のことを心配していたのに、何も訊いてこないことに気がついた。
「ロイ殿下、シェール伯爵とのことや現地で問題があったかどうか、訊かないんですね」
いや、友人にも自分と同様の優秀さを求めるロイは、普段も不要な質問はあまりしてこないけどね。
「ええ。ダミアン君が言わないのでしたら、何もなかったのでしょうし」
「はい。ですが、その……」
エステルは恋人と兄と三人だけという私的な状況だからか、先ほどよりも目に見えて不貞腐れているようだ。いくら絶世の美女と評判の侯爵令嬢でもまだまだ若いしね。婚約も早過ぎるくらいだ。
僕の視線に気がついたロイが苦笑した。
「エステル嬢、お義兄様が心配されていますよ」
エステルは何も言わない。ロイは理由を知っているようだ。
「何かあったんですか?」
ロイが恋人を窺うように見た。何があったのか分からないが、想像はつく。
「殿下が僕のことをお義兄様と言ったということは、やはり婚約絡みですか?」
「ダミアン君、相変わらず鋭いですね」
エステルの顔を上げた動きに合わせて、金色の艶やかな髪が流れるように肩を滑った。
「ロイ様から話していただける?」
「ええ」
親友を自負している僕は、ロイが小さくため息をついたのを見逃さなかった。
「今日の午後のことですが、会議と書類作業に区切りがつきましたので、チボー君と話をしようと部屋へ向かったんです。その途中でサロンへ入るシャルル兄上を見かけたのですが、少し離れていましたので、声はかけませんでした」
チボーはミッシェルの部屋に泊まっていると頭の中で思い出しつつ、頷いた。
「チボー君の所に行きましたら、驚いたような顔をされたので理由を伺いました。するとチボー君が、『さっきエステルさんと偶然会った時、これからロイ殿下とサロンで茶を飲むようなことを言っていたと思ったけど、俺の聞き間違いだったかな』と。ですが、私はそのような約束はしておりませんでしたので、少々不思議に思いました」




