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約一週間後に迫った夜会の準備に追われているが、同時にリュー地区の子供を預ける施設の方もやるべきことが多い。手続き関係の書類はあらかた書き終えたが、まだ視察が残っている。とはいえすでに話は通してあり、候補地だった教会と、その近くの食べ物屋の店主から了解は得ている。後は双方の最終確認と署名のみだ。
そもそもの発案者であるフィリップ王弟は、全面的にロイに任せると言っていたらしい。だが後から問題を指摘される可能性をなくすため、再度王弟に同行してもらえるよう頼んだそうだ。予想通りフィリップは機嫌を少し損ねつつも、シェール伯爵を派遣することを了承し、僕とシェール伯爵が一緒にリュー地区へ行くことに決まったと、ロイから伝えられた。
「え……僕は、どうすれば良いのですか」
「ダミアン君、弱気な君を見たのは初めてですよ。つい守ってあげたくなりますね」
「いや、でも殿下は来れないですよね?」
「ええ。私はあいにく出席必須の会議がありますので」
日程を指定したのは王弟だ。どう考えてもロイの予定を知っていて、あえてその日にしたのだろう。穏便に済ませたいロイが反論しないことを見越して。
「はい、分かっています。ですが僕は話すことができないので、どうやって会話すれば良いのか……」
「いえ、とても上手に話せておりますよ。婉曲な表現を好んだり皮肉をたまに混ぜるところなども、大変貴族らしいじゃないですか」
「褒められている気がしませんが」
というか、それはあなたではなくて? いや、それでもなくて……
「僕はそういう意味で話せないと言ったわけじゃないんですが」
「ええ。それに、彼らも気づいているでしょうね」
「何をですか?」
「東の国出身のはなと名乗る女性と事件調査をしていた新聞記者の助手。その二人が同一人物で、なおかつ私の親友だということをです」
確かにアラン、ジャック、フィリップが繋がっているならば、照らし合わせればすぐに分かることだ。
「エステル嬢とダミアン君の身元まで掴んでいるかもしれません」
「でしたら、僕の演技も見破られているでしょうね」
「ええ。ですので、ダミアン君が必要だと思ったときは、今のように話してかまいませんよ」
「殿下。ですが……いくら殿下の名代という手紙を持っていたとしても、正直僕の見た目では珍しがられるのみで、話をまともに聞いてもらえないと思います」
ロイが立ち上がり、窓に目をやった。差し込む陽で、金色の髪がより一層輝いて見える。
「ダミアン君。このような言い方になるのは申し訳ないですが、確かにシェール伯爵の方が立場が上だと思われるでしょうね」
「はい、実際に歳も上ですし」
「教会などの方から署名もシェール伯爵の方でと言われる可能性も……」
ロイは話の途中で一度口を閉じた。
見るからに高位貴族という雰囲気のシェール伯爵の方が、リュー地区の人々は安心するだろう。貴族にも外国人はいるが、みなユーディア大陸の他の国の出身なため外見は大きく違わない。東の国の者は貴族、平民に関係なくファロンヌ王国ではほぼ見かけないため、僕を初対面から信用するのは躊躇うはずだ。
「もしかして、ダミアン君が自ら素性を明かすことを叔父上は望んでいるのでしょうか」
「確かにバクランド侯爵子息と言えばリュー地区の人たちも少しは安心するでしょうが……いや、信じてもらえないでしょうね。余計に警戒されます」
「いえ、ダミアン君は話し方も貴族らしいですし……と言いたいところですが、先入観は簡単には消せませんね」
「フィリップ殿下が僕の身元の確認をしたいのなら彼には容易ですよね。僕が自分から言い出すことで、何か変わりますか?」
「身分を盾に威張るという印象を与えると、言えなくはないかもしれません。私とダミアン君、そして国王陛下とバクランド侯爵の仲……要するに蜜月関係による一家への贔屓を明るみに出そうと画策している――というのは私の考え過ぎでしょうか?」
父も僕も、親友に擦り寄って益を得ようとなど決してないが、傍から見たらそう感じる部分があるのだろうか。
「失礼な発言になりますが……」
今さらですか? と言いたげな顔をしたロイ。
そうなんだけど、一応毎回訊かないとね。さっきロイが言ったように、こういうのが貴族の会話なんだし。
「フィリップ殿下は潔癖であると思いますが、そういう潔癖さとは違うかと……」
「ええ。もし彼が王座を手にしたなら、むしろ率先して自分の周囲を都合の良い人間のみで固める方だと思いますよね」
よねって同意を求められても、そこまでは言っていない……多少、思ってはいるけど。
「アランの忠告が本当だとしたら、フィリップ殿下の狙いはリシャール殿下ですよね。僕たちにかまっている時間――必要があるのでしょうか」
ロイは壁に寄りかかり、外を見つめている。他の者たちの前では決してしない姿だ。
「リュー地区での新規事業の噂は、ルグランや隣のイリナ地区へもすぐに伝わるはずです。ということは、やはりリシャール叔父上にダミアン君のことを知らせることが目的――とも考えられますね」
「ロイ殿下がバクランド家の者を国王陛下と同じように自分の側近にしていると分かれば焦る……ということですか?」
「ええ。それに今回の私の婚約です。王太子位を得て、国王を継ぐための準備に入ったと思わせられます。実際に我が国の王位は必ずしも終身ではなく生前退位の前例もありますので、叔父上は危惧されるのではないでしょうか」
「ですと、シェール伯爵はフィリップ殿下から言い付けられるでしょうし、助けは期待できませんね」
「残念ですが、ええ、そうだと思います。ですが優秀なダミアン君です。問題ないでしょう。良い成果を期待しておりますよ」
「分かりました、殿下」
ロイは常に自分の時間を削り、他の者たちから回ってきた無理難題に向き合っている。そんな彼に不満や弱気を伝えて負担を増やすことはしたくないので、自分で解決策を探すしかない。
一番良さそうなのは……。
執務室で書類作業をするというロイを残し、僕はエリックが所属している近衛隊員の鍛錬場へ向かった。剣の稽古をしている最中らしく、模擬対戦をしているのが見えた。彼らは近づいてきた僕に気づいたようだが、近衛隊員は身分の高い貴族子息の集まりなので、大体の者が雑用係の僕を見ていい顔をしない。
いや、違うかな……近衛隊に選ばれるには名家出身であるだけでなく、王族を護衛するため見栄えも重要になる。そんな彼らにとって、東の国出身の容姿をしている僕に対して、完全に自分たちと違う生き物――という認識を持たれている。
もちろん全員がそうじゃない。その少ない例外であるエリックがこちらへ向かってきた。ファロンヌ語が話せない振りをしていることを知っている彼は、周囲に聞かれても大丈夫なよう「俺の部屋、この後」と、わざとゆっくりと簡潔に言った。仲間に少しの間訓練を抜けることを伝えたエリックは、そのまま僕の顔を見てから歩き出したので、後ろをついて行く。近衛隊員の部屋は鍛錬場の横、宮殿の端にある。そのうちの一つにエリックが入った。
「狭いですが、どうぞ座ってください」
部屋の隅にテーブルと椅子が二脚置いてあった。そこに座り、扉がきちんと閉まっているか確かめる。
「エリックも座って。訓練で疲れているはずだ」
「失礼します」
エリックと向き合う形になった。
「エリック、急に呼び出して申し訳ない」
「ダミアン様。それはかまいませんが、何かありましたか?」
「一つお願いがあって来たんだけど……」
「何でしょうか?」
訓練をしていたにもかかわらず、汗をかいたり髪が乱れたりもしていない。さすがは近衛隊員……と、変なところで感心してしまった。
「明日予定しているリュー地区の訪問に、エリックも一緒に来てほしいんだけど、可能かな?」




